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第2章 許されざる人間
切り捨てたパーツ
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「おかえり」
部屋に戻ると、窓際で本を読んでたリージェイクが顔を上げた。
「少しはのんびり出来た?」
「まあね」
昼食会の後、外に出てくるって言っただけだったけど。リージェイクは、僕が森に行ったってわかっている。
あの事件以来、僕がリラックス出来るのは自然の中だけだから。
「僕も、ここに残るよ」
唐突に言った。
「来年の夏まで。ラストワがいいって」
「そうか……」
リージェイクは本をテーブルに置き、ベッドに腰掛ける僕のほうに椅子を向ける。
「私が彼に頼んだ時は『考えておく』と言っていたけど……了解してくれたんだね。よかった」
「リージェイクは何でここにいたいの?」
僕の問いに、リージェイクが片方の眉を上げる。
「ラストワから聞かなかった? ここで学びたいことがあるからって」
「本当は?」
リージェイクが微笑んだ。
「きみのほうは?」
「同じだよ。ここで学びたい。一族の人たちと仲良くなりたいって」
「本当は?」
微笑んだ。
リージェイクと同じように。
彼は、僕に本心を見せるだろうか。
「きみもここに残ると聞いて、ホッとしたよ」
「何で?」
「きみをラストワのもとに置いて自分だけ逃げる……そんな罪悪感を抱かずに済むからね」
逃げる……?
無言の問いに、リージェイクが続ける。
「私がここに残りたいと望んだのは、ラストワから離れたかったからだ。せめて……暫くの間だけでも」
「離れたい? ここにいたいんじゃなくて、ラストワから離れたいからなの?」
「そう。このまま彼のもとで彼の……リシール至上主義を教え込まれたら、きっと私は自分を否定してしまうだろうから」
僕は眉を寄せた。
リージェイクの言う通り。ラストワは、リシールと普通の人間は違うって言う。
特に継承者は、普通の人間には出来ないことが出来るから。
ひとつは、ラシャへの道を開けること。
もうひとつは、ラシャで覚醒してからは、指で額に触れて人を眠らせられること。
このことは……今も僕を苦しめる。
僕と母が……襲われた時、僕にはまだ継承者の力は使えなかった。
ラシャに降りる予定の、ほんの一週間前に起こった事件だった。
もし、僕があの男たちの意識を指1本で奪えていたら……!
その思いが、どうしようもない後悔として、僕を蝕み続けている。
だけど。その二つの力以外は、普通の人間と変わりない。
リシールの精神力の強さも直感力も、個人差の範囲内だと思う。
実際に、リシールよりすごい能力や特殊な力を持つ人間はたくさんいる。
たとえば。
僕の護身術の先生は指1本で相手を眠らせる代わりに、指1本で相手の呼吸を止めることが出来た。
特に筋肉ムキムキなわけじゃなく細身な先生が、軽く胸をチョンて突いただけで。その相手は心臓発作を起こしたみたいに息が出来ず、倒れこんだ。
すぐに先生がもう一度どこかを突いて、相手の息は戻ったけど。
ほかにも。
猛獣と話せる人や、1キロ以上離れたところにいる人が誰かわかる人。
幽霊が見える人。
針1本で人の五感を奪える人。
封筒や箱に触れずに中身がわかる人とか。
だから僕は、リシールが普通の人間より格段に優れているとは思わない。
だけど。普通の人間たちが、最低の行為をする人間……生きる価値のない人間がのうのうと生きられる社会を作ってるのは事実だ。
リシールのほうがマシだって思うのは、少なくともそういう不条理を徹底的に排除しているから。
僕たちは、ルールを破る者に容赦しない。
リシールのルールは必ずしも世の中のルールと一致してはいないけど、理不尽だと感じるものはない……今のところはね。
その点では、ラストワの言う通り。リシールがコントロールするほうが、今よりまともな世界になるんじゃないかって思える。
「ジャルド」
リージェイクの声で、我に返った。
「ごめん。ちょっと疲れてボーっとしてた。何?」
「きみは、本当は……何故ここにいたいの?」
リージェイクの瞳が僕を射る。
答えを強要してるわけじゃない、温かみのある眼差し。
でも、嘘を見透かす、強い瞳だ。
「少しの間、イギリスから離れたいんだ」
『ラストワから離れたい』っていうリージェイクをちょっと真似して言った。
「朝は『早く帰りたい』なんて強がったけど、本当は……あんなことがあった場所から、出来るだけ遠くに行きたかったって……ここに来て気づいた」
リージェイクの瞳が暗くなる。
「街に出て……青い瞳の男を見るたびに、お母さんを殴った男を思い出す。学校で栗色の巻き毛の先生と目が合うたび、僕をレイプした男を思い出す。ここにもイギリス人はいるだろうけど、僕は……」
「ジャルド……!」
いつの間にか僕の隣に来ていたリージェイクが、僕の言葉を遮った。
「もう、わかった。言わせてごめん……」
黙って俯いた。
泣きそうになったわけじゃない。
心配するリージェイクの瞳を見ていられなくなったから。
我ながら卑怯な手だと思う。
あの事件を、利用した。
リージェイクに自分の本心を偽るために。
殺された母への思いを。
傷ついた自分を。
リージェイクのやさしさを……利用したんだ。
自分自身にちょっと驚いた。
心も感情も、平気で利用出来ることに。
そして。
レイプされた記憶を思い出すたびに感じる痛みが、いつもより鈍くなっていることに。
それは……ヤツへの復讐という目的を果たすために、心から切り捨てたパーツのひとつだったのかもしれない。
部屋に戻ると、窓際で本を読んでたリージェイクが顔を上げた。
「少しはのんびり出来た?」
「まあね」
昼食会の後、外に出てくるって言っただけだったけど。リージェイクは、僕が森に行ったってわかっている。
あの事件以来、僕がリラックス出来るのは自然の中だけだから。
「僕も、ここに残るよ」
唐突に言った。
「来年の夏まで。ラストワがいいって」
「そうか……」
リージェイクは本をテーブルに置き、ベッドに腰掛ける僕のほうに椅子を向ける。
「私が彼に頼んだ時は『考えておく』と言っていたけど……了解してくれたんだね。よかった」
「リージェイクは何でここにいたいの?」
僕の問いに、リージェイクが片方の眉を上げる。
「ラストワから聞かなかった? ここで学びたいことがあるからって」
「本当は?」
リージェイクが微笑んだ。
「きみのほうは?」
「同じだよ。ここで学びたい。一族の人たちと仲良くなりたいって」
「本当は?」
微笑んだ。
リージェイクと同じように。
彼は、僕に本心を見せるだろうか。
「きみもここに残ると聞いて、ホッとしたよ」
「何で?」
「きみをラストワのもとに置いて自分だけ逃げる……そんな罪悪感を抱かずに済むからね」
逃げる……?
無言の問いに、リージェイクが続ける。
「私がここに残りたいと望んだのは、ラストワから離れたかったからだ。せめて……暫くの間だけでも」
「離れたい? ここにいたいんじゃなくて、ラストワから離れたいからなの?」
「そう。このまま彼のもとで彼の……リシール至上主義を教え込まれたら、きっと私は自分を否定してしまうだろうから」
僕は眉を寄せた。
リージェイクの言う通り。ラストワは、リシールと普通の人間は違うって言う。
特に継承者は、普通の人間には出来ないことが出来るから。
ひとつは、ラシャへの道を開けること。
もうひとつは、ラシャで覚醒してからは、指で額に触れて人を眠らせられること。
このことは……今も僕を苦しめる。
僕と母が……襲われた時、僕にはまだ継承者の力は使えなかった。
ラシャに降りる予定の、ほんの一週間前に起こった事件だった。
もし、僕があの男たちの意識を指1本で奪えていたら……!
その思いが、どうしようもない後悔として、僕を蝕み続けている。
だけど。その二つの力以外は、普通の人間と変わりない。
リシールの精神力の強さも直感力も、個人差の範囲内だと思う。
実際に、リシールよりすごい能力や特殊な力を持つ人間はたくさんいる。
たとえば。
僕の護身術の先生は指1本で相手を眠らせる代わりに、指1本で相手の呼吸を止めることが出来た。
特に筋肉ムキムキなわけじゃなく細身な先生が、軽く胸をチョンて突いただけで。その相手は心臓発作を起こしたみたいに息が出来ず、倒れこんだ。
すぐに先生がもう一度どこかを突いて、相手の息は戻ったけど。
ほかにも。
猛獣と話せる人や、1キロ以上離れたところにいる人が誰かわかる人。
幽霊が見える人。
針1本で人の五感を奪える人。
封筒や箱に触れずに中身がわかる人とか。
だから僕は、リシールが普通の人間より格段に優れているとは思わない。
だけど。普通の人間たちが、最低の行為をする人間……生きる価値のない人間がのうのうと生きられる社会を作ってるのは事実だ。
リシールのほうがマシだって思うのは、少なくともそういう不条理を徹底的に排除しているから。
僕たちは、ルールを破る者に容赦しない。
リシールのルールは必ずしも世の中のルールと一致してはいないけど、理不尽だと感じるものはない……今のところはね。
その点では、ラストワの言う通り。リシールがコントロールするほうが、今よりまともな世界になるんじゃないかって思える。
「ジャルド」
リージェイクの声で、我に返った。
「ごめん。ちょっと疲れてボーっとしてた。何?」
「きみは、本当は……何故ここにいたいの?」
リージェイクの瞳が僕を射る。
答えを強要してるわけじゃない、温かみのある眼差し。
でも、嘘を見透かす、強い瞳だ。
「少しの間、イギリスから離れたいんだ」
『ラストワから離れたい』っていうリージェイクをちょっと真似して言った。
「朝は『早く帰りたい』なんて強がったけど、本当は……あんなことがあった場所から、出来るだけ遠くに行きたかったって……ここに来て気づいた」
リージェイクの瞳が暗くなる。
「街に出て……青い瞳の男を見るたびに、お母さんを殴った男を思い出す。学校で栗色の巻き毛の先生と目が合うたび、僕をレイプした男を思い出す。ここにもイギリス人はいるだろうけど、僕は……」
「ジャルド……!」
いつの間にか僕の隣に来ていたリージェイクが、僕の言葉を遮った。
「もう、わかった。言わせてごめん……」
黙って俯いた。
泣きそうになったわけじゃない。
心配するリージェイクの瞳を見ていられなくなったから。
我ながら卑怯な手だと思う。
あの事件を、利用した。
リージェイクに自分の本心を偽るために。
殺された母への思いを。
傷ついた自分を。
リージェイクのやさしさを……利用したんだ。
自分自身にちょっと驚いた。
心も感情も、平気で利用出来ることに。
そして。
レイプされた記憶を思い出すたびに感じる痛みが、いつもより鈍くなっていることに。
それは……ヤツへの復讐という目的を果たすために、心から切り捨てたパーツのひとつだったのかもしれない。
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