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第2章 許されざる人間

館にいるために

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 俄仕立にわかじたての計画をしっかりと練るために、まずは自分の環境を整える必要があった。
 あさってには帰る予定を、少なくともひと月……出来れば余裕をもって2ヶ月、ここにいられるようにしなきゃならない。

 ここに残りたい本当の理由……ヤツに復讐するため……は、もちろん言わずに。



 陽が西の空に消える前に、僕と奏子は館に戻った。

 出迎えたショウさんに。

『ミカちゃんのお父さんに送られてきた奏子と私道で会ったので、そこから二人で帰ってきた』

 そう説明した。



 ショウさんは、この館に住んでいるリシールのひとりだった。

 柏葉かしわば笙子しょうこ。41歳。
 奏子の母親が不在の時は、汐と奏子の保護者代わりらしい。



「ジャルディーン、だったよね?」

 玄関から入ってすぐの小部屋に奏子の保育園バックをテキパキと片づけながら、ショウが振り返る。

「ラストワが探してたわ」

「ジャルドでいいです。笙子さん」

「ジャルドね。私はショウと呼んで。堅苦しいのは苦手なの。継承者でも未成年でも年上でも年下でも。人として対等な関係でいてくれたら嬉しいわ。ラストワには苦い顔されるけど」

 一息で言って、笑顔を向けるショウ。
 気さくなおばさんだ。

「オーケー、ショウ」

「ジャルド」

 そこに、ラストワがやって来た。

「どこへ行っていたんですか。探しましたよ」

「森を散歩していました」



 ラストワには丁寧語を使う。

 何故なら、ラストワが丁寧語で話すから。
 英語でも、くだけた言葉は使わない。

 今はラストワとリージェイクとイギリスに住んでいるけど、3歳から6歳までは日本で育った。
 ラストワとリージェイクもそれぞれ長く日本で生活していたことがあるから、3人とも日本語は普通に話せるし……日本では日本語のほうが話しやすいし、楽な気がする。



「急で申し訳ないのですが、明日のフライトで帰らねばならなくなりました」

「え……」

 僕が残念がっているように見えたんだろう。
 実際は。
 ここに残る口実を今夜考えて、明日ラストワと交渉するつもりだったから……その時間がなくなったことに焦ったんだけど。

「もしどこか観光などしてから帰国したいのなら、私だけ先に帰りますが。どうしますか?」

 ラストワが尋ねる。
 
 どうしよう。
 ちょっと観光してから……が、ひと月後じゃ変に思われるだろうし……。

「僕……観光ではなく、しばらくここにいたいんです。ここで……」

 何かいい案は……。

「ジャルドはずっとここにいるの。あたしたちお友だちになったんだから」

 突然、そばで話を聞いてた奏子が言った。

「こら。邪魔しないの。あなたは夕食の前にお風呂に入らなきゃ。汐が待ってるわ」

 ショウに連れていかれながら、奏子は僕に手を伸ばす。

「ジャルド。明日も遊ぼうねー」

「うん。遊ぼうね」

 そうだ!
 奏子に手を振って答え、ラストワに向き直る。

「僕は暫くここで生活して、汐さんやこちらにいる一族の方々との親睦を深めたいんです。いずれ協力し合う仲間となるのですから。以前この国にいた時にはまだ小さくてわからなかったことも、いろいろ学べると思います」

 僕の主張に、ラストワはフッと笑みを漏らした。

「リージェイクと同じことを言いますね。まるで申し合わせたかのように」

「え? リージェイクも?」

 素で驚いた。

「ええ。半年ほどここでお世話になりたい。汐の補佐をしながら学び、将来のための見識を広げたいと」

 最近のリージェイクは、一族のこと……ましてや継承者としての義務については懐疑的だったのに……。

 まあ、いいか。
 リージェイクの真意はわからないけど、僕にとっては好都合。

「彼と話し合ったわけではありませんが、僕も同じ考えです」

 背筋を正して、ラストワの瞳を見る。

「許可してもらえますか?」

 ラストワがじっと僕を見つめる。
 
 親代わりを務める彼とはもう1年近く一緒に暮らしてるのに、僕にはこの人が何を考えているか全くわからない。
 一族の繁栄を第一に考えているってことだけはわかるけど、人としての感情や思いがちっとも見えない……謎な男だ。

「いいでしょう。きみたち二人に、ここでの生活を許可します」

「ありがとうございます」

 僕は頭を下げた。

 よし!
 これで、ここにいる時間が出来た。
 半年もかからないと思うけど、じっくり復讐に取り組める。

「私は明日、きみたちの学校の手配を済ませた後帰国します」

 え……!?

 顔を上げた僕に、ラストワが続ける。

「期間は半年……いや、来年のイギリスでの新学期に合わせ、こちらでは夏季休暇の7月まで……9ヶ月間ですね」

「学校……へ、行くんですか?」

「当然でしょう。学齢期の子どもがこの館に住んでいるのに就学していなければ、周りから不審に思われてしまいます」

 そう言って、ラストワは口元に笑みを浮かべる。

「リシールとしての矜持を忘れずに、この国の学校生活を楽しみ学業に励んでください。では、夕食で」

 廊下を歩み去るラストワの後姿を、茫然と見送った。



 学校に行く……思ってもみなかった展開だ。
 同じ年の子どもたちと、毎日同じ授業を受けて過ごす……想像しただけで、かったるい。

 いや。
 ここにいるために、学校へ行くのは仕方のないこと。
 それよりも。
 本当の目的を悟られずに、ここでの生活を確保できたことを喜ぼう。



 奏子を守り、子猫たちを守り。ヤツに復讐する。



 それ以外は、重要じゃない。

 ひとつ気がかりなのは、リージェイクもここにいるってこと。
 頼りになる存在なのは確かでも、これから僕がやろうとしてることを感づかれたらまずい。
 
 うまくやらなきゃ……。



 大きな溜息をひとつついてから、客室へと歩き出した。


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