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第1章 始まり
僕が守る
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「ジャルド……」
「ん?」
奏子を見る。
その顔は、何かを思い詰めているようでもあり。何かを吹っ切れたようでもあった。
「おじさん……はね、ミカちゃんのお父さんなの。ミカちゃんは、保育園のおともだち」
「そ……そうなんだ」
思わず、どもった。
驚きをうまく隠せただろうか。
保育園に通う子ども……の父親……が……!?
「でね、うちの森で葉っぱを集めてるの。お仕事の、けんちゅう……じゃなくて、けんきゅうで使うからって」
何……だそれ……葉っぱを仕事で、研究……?
「ちゃんとママにいいよって言ってもらってるから、ここで何しても大丈夫。だから、この子たちのおうちも……おじさんが作ったから大丈夫だよって」
ママにいいよって……館の許可を得て、この森を好きに歩き回ってるってこと……?
それで……。
この子たちのおうちは、おじさんが作ったから……おじさんが作ってあげたから……おじさんがいいよって言われてるから……だから……。
僕の考えに、奏子の声が重なる。
「だから、あたしがね……あたしがいつも、ちゃんとおじさんの言うこと聞いてないと……このおうちがなくなっちゃうの」
「奏子……」
無意識に奏子の手を取った。
僕の手からクロが、奏子の手からはチャロがずり落ちる。
そのまま、奏子を抱きしめた。
そうせずにはいられなかった。
何故なら、震えているのは僕のほうだったから。
同じだ……。
あの時……。
『僕がこの男の言うことを聞かなきゃ、お母さんが痛めつけられる』
それが嫌だったから、そうしたくなかったから……だから……!
僕は自分を……諦めたんだ。
「……ジャルド? どうしたの? 大丈夫?」
奏子の温かい髪に顔を埋めたまま、大きく息をついた。
震えはまだ収まらない。
この震えは、過去の経験を思い出した恐怖じゃなく……怒りだ。
僕と母を襲った男たちへの怒り。
僕を助けられなかった母への怒り。
母を助けられなかった僕への怒り。
自分を助けられなかった自分自身への怒り。
そして、今。
あの男……『おじさん』への怒り。
「ねえ、ジャルド? 頭痛くなっちゃったの? お薬持ってくる?」
奏子の言葉に。ただでさえ怒りで熱くなっている僕の胸が、その熱量を増す。
僕は普通の表情を作るための最大限の努力をしてから、腕を緩めた。
「ごめん……大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、もう治っちゃった。奏子がいてくれたから」
僕は微笑んだ。
うまく微笑めたかどうか、自信はない。
「奏子は? どこも痛くない?」
「うん。大丈夫だよ」
奏子の瞳に嘘はない。
長袖Tシャツに膝までのスカート姿。
見たところ、どこもケガはしてなさそうだ。
さっきは……あの小屋の前で会ったときは、そこまで頭が回らなかったけど。あの男に何をされたのか、もっと気にかけるべきだった。
とりあえず。身体にひどいダメージはないようで、少し安心した。
奏子は、最悪の行為……レイプはされていないはず。
僕の時は……終わったあと、立ても歩けもしなかった。
膝の感覚はないし、足も腰も痛くて動かせなかったから。
いや、待て。
奏子は『いつも』って言った。
今日が初めてじゃない……かもしれない。
そして、この先まだ続く可能性も……。
「ママもよく頭痛いってなって、お薬飲んでたの。でも、奏子が笑ってるの見てればすぐよくなるわって」
「そうだね。大切な人が笑ってると……元気が出るんだ」
言いながら、僕は考える。
もう二度と、こんなことが起きないようにしないと……。
「あたしも。ハロ! おいで!」
奏子はうんうんと頷くと、ちょっと離れた場所にいた子猫を呼んだ。
トコトコと近寄って来たハロと、クロ、チャロの頭を撫でる。
「この子たちと遊ぶと、元気になるの。嫌なことがなくなるの。汐に怒られても、ユウにイジワルされてもね、平気」
「おじさんも?」
自分に言い聞かせるように話す奏子を見て。つい、言った。
子猫とじゃれる奏子の手が止まる。
どうする?
聞いて大丈夫か?
言っちゃったものは取り消せない。
素早く深呼吸して、奏子の瞳をまっすぐに見る。
「おじさんに、何かされても……平気?」
奏子が目を瞠る。
「おじさんに嫌なことされても、平気?」
奏子と視線を合わせたまま、続ける。
「僕は、秘密を守るよ」
奏子の瞳が濡れていく。
「秘密だけじゃない。僕が守る」
はっきりと口にする。
「奏子を守る。クロも、チャロも、ハロも、守る」
奏子が小刻みに首を横に振る。
「ひとりで……がんばったね」
「うあーーーっ!」
奏子が僕にぶつかってくるのと、高く濁った叫び声が聞こえてくるのは同時だった。
小屋の前で奏子が僕に飛び込んできたときも、僕たちの心はお互いに向けて開いて……通じ合い、繋がる何かがあった。
でも。
このときはもっと原始的で、剥き出しの……心に棲みついている何かを、共有した。
とても獰猛な、何かを。
好きなだけ叫べ。
好きなだけ喚け。
好きなだけ、泣いていいんだ。
もう、堪えなくていい。
我慢しなくていい。
耳を塞ぎたくなるほど悲痛な叫び声。
助けたいと思った。
今度こそ。
助けられないと知っていた、悪夢の中の叫び声じゃない。
声の主は、今この手の中にいる。
まだ、間に合う。
僕が助けるんだ……!
その決意が伝わったかのように、僕にしがみつく奏子の力が強まった。
僕の復讐が、始まる。
「ん?」
奏子を見る。
その顔は、何かを思い詰めているようでもあり。何かを吹っ切れたようでもあった。
「おじさん……はね、ミカちゃんのお父さんなの。ミカちゃんは、保育園のおともだち」
「そ……そうなんだ」
思わず、どもった。
驚きをうまく隠せただろうか。
保育園に通う子ども……の父親……が……!?
「でね、うちの森で葉っぱを集めてるの。お仕事の、けんちゅう……じゃなくて、けんきゅうで使うからって」
何……だそれ……葉っぱを仕事で、研究……?
「ちゃんとママにいいよって言ってもらってるから、ここで何しても大丈夫。だから、この子たちのおうちも……おじさんが作ったから大丈夫だよって」
ママにいいよって……館の許可を得て、この森を好きに歩き回ってるってこと……?
それで……。
この子たちのおうちは、おじさんが作ったから……おじさんが作ってあげたから……おじさんがいいよって言われてるから……だから……。
僕の考えに、奏子の声が重なる。
「だから、あたしがね……あたしがいつも、ちゃんとおじさんの言うこと聞いてないと……このおうちがなくなっちゃうの」
「奏子……」
無意識に奏子の手を取った。
僕の手からクロが、奏子の手からはチャロがずり落ちる。
そのまま、奏子を抱きしめた。
そうせずにはいられなかった。
何故なら、震えているのは僕のほうだったから。
同じだ……。
あの時……。
『僕がこの男の言うことを聞かなきゃ、お母さんが痛めつけられる』
それが嫌だったから、そうしたくなかったから……だから……!
僕は自分を……諦めたんだ。
「……ジャルド? どうしたの? 大丈夫?」
奏子の温かい髪に顔を埋めたまま、大きく息をついた。
震えはまだ収まらない。
この震えは、過去の経験を思い出した恐怖じゃなく……怒りだ。
僕と母を襲った男たちへの怒り。
僕を助けられなかった母への怒り。
母を助けられなかった僕への怒り。
自分を助けられなかった自分自身への怒り。
そして、今。
あの男……『おじさん』への怒り。
「ねえ、ジャルド? 頭痛くなっちゃったの? お薬持ってくる?」
奏子の言葉に。ただでさえ怒りで熱くなっている僕の胸が、その熱量を増す。
僕は普通の表情を作るための最大限の努力をしてから、腕を緩めた。
「ごめん……大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、もう治っちゃった。奏子がいてくれたから」
僕は微笑んだ。
うまく微笑めたかどうか、自信はない。
「奏子は? どこも痛くない?」
「うん。大丈夫だよ」
奏子の瞳に嘘はない。
長袖Tシャツに膝までのスカート姿。
見たところ、どこもケガはしてなさそうだ。
さっきは……あの小屋の前で会ったときは、そこまで頭が回らなかったけど。あの男に何をされたのか、もっと気にかけるべきだった。
とりあえず。身体にひどいダメージはないようで、少し安心した。
奏子は、最悪の行為……レイプはされていないはず。
僕の時は……終わったあと、立ても歩けもしなかった。
膝の感覚はないし、足も腰も痛くて動かせなかったから。
いや、待て。
奏子は『いつも』って言った。
今日が初めてじゃない……かもしれない。
そして、この先まだ続く可能性も……。
「ママもよく頭痛いってなって、お薬飲んでたの。でも、奏子が笑ってるの見てればすぐよくなるわって」
「そうだね。大切な人が笑ってると……元気が出るんだ」
言いながら、僕は考える。
もう二度と、こんなことが起きないようにしないと……。
「あたしも。ハロ! おいで!」
奏子はうんうんと頷くと、ちょっと離れた場所にいた子猫を呼んだ。
トコトコと近寄って来たハロと、クロ、チャロの頭を撫でる。
「この子たちと遊ぶと、元気になるの。嫌なことがなくなるの。汐に怒られても、ユウにイジワルされてもね、平気」
「おじさんも?」
自分に言い聞かせるように話す奏子を見て。つい、言った。
子猫とじゃれる奏子の手が止まる。
どうする?
聞いて大丈夫か?
言っちゃったものは取り消せない。
素早く深呼吸して、奏子の瞳をまっすぐに見る。
「おじさんに、何かされても……平気?」
奏子が目を瞠る。
「おじさんに嫌なことされても、平気?」
奏子と視線を合わせたまま、続ける。
「僕は、秘密を守るよ」
奏子の瞳が濡れていく。
「秘密だけじゃない。僕が守る」
はっきりと口にする。
「奏子を守る。クロも、チャロも、ハロも、守る」
奏子が小刻みに首を横に振る。
「ひとりで……がんばったね」
「うあーーーっ!」
奏子が僕にぶつかってくるのと、高く濁った叫び声が聞こえてくるのは同時だった。
小屋の前で奏子が僕に飛び込んできたときも、僕たちの心はお互いに向けて開いて……通じ合い、繋がる何かがあった。
でも。
このときはもっと原始的で、剥き出しの……心に棲みついている何かを、共有した。
とても獰猛な、何かを。
好きなだけ叫べ。
好きなだけ喚け。
好きなだけ、泣いていいんだ。
もう、堪えなくていい。
我慢しなくていい。
耳を塞ぎたくなるほど悲痛な叫び声。
助けたいと思った。
今度こそ。
助けられないと知っていた、悪夢の中の叫び声じゃない。
声の主は、今この手の中にいる。
まだ、間に合う。
僕が助けるんだ……!
その決意が伝わったかのように、僕にしがみつく奏子の力が強まった。
僕の復讐が、始まる。
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