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第1章 始まり
いいもの見せてあげる
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世の中には、想像を超えるほど残酷な人間がいる。
悪魔の所業なんていったら、悪魔が気を悪くするくらい。
残酷とまではいかなくても、正常な理性を持つ人なら決してやらないような最低の行為をする人間もいる。
そういう人間は、ある種の病気なんだろう。
だからって、許されていいわがない。
でも、現実には許されて……いや。気づかれもせずに、のうのうと生きている。
この不条理な世界を。
それを甘受する人間を、僕は許さない。
僕と少女はひとしきり泣いたあと、手を繋いで歩き出した。
今あの小屋に入るのは嫌だったし、この森からも離れたかったから。
「おにいちゃん、誰?」
館に続く私道に出た辺りで、少女が初めて口を開いた。
見た目よりしっかりとした口調だった。
普段小さな子どもと話すことがないから、どの程度の言葉のレベルで話したらいいかわからない。
「僕はジャルド。ジャ、ル、ド」
「ジャルド……」
呟くように僕の名を呼び、少女が笑顔を見せた。
「あたしは奏子。かなでっていう字に、子どものこって書くの。最近、自分の名前の漢字を教わったんだよ」
「奏子……かわいい名前だね。奏子は、今いくつ?」
「5歳。11月に6歳になるの。ジャルドは?」
「僕は11歳」
5歳……そんな小さい子をひとり、森に置き去りにしたあの男……いったいどこのどいつなんだ……?
「奏子は……」
言いかけて、やめた。
まだ、ダメだ。
あの男に何をされたのか。
聞くのはまだ早い。
もしかしたら、何もなかったかもしれない……なんて思ってるわけじゃない。
何かあったのは間違いない。
僕にはわかる。
リシールの継承者……それ以前に。ああいう最低の人間に、同類の被害を受けた者だから。
そうだ。
まずは……。
「奏子は……リシールだよね。お母さんと一緒に館に来てるの?」
そう。
奏子はリシールだ。
僕たちはお互いを感知できる。
何か共通する……波動みたいなものがあるせいらしい。
そして。子どもの奏子がひとりで館に来るはずはないから、今日の継承者の顔合わせに参列してた誰かが連れて来たに違いない。
「え……?」
奏子がキョトンとする。
「館は奏子のおうちだよ」
「え? じゃあ……」
館がおうち……あそこに住んでるのは、継承者の家族と補佐する数人だけ……。
「奏子の名字は、梓? 梓奏子?」
「うん」
「汐さんの……妹?」
「そうだよ。汐は奏子のお姉ちゃん。今はママがお仕事でいないから、汐がママの代わりなの」
奏子が継承者の妹……。
そうか。
だから、この森は自分ちの庭と同じで、ひとりで自由に動き回れて……そこを狙われたのか……?
「ジャルドはお姉ちゃんを知ってるの? ジャルドはうちのお客さま?」
「うん、そう。昨夜来たんだ」
「ほんと? まだ帰らない? 一緒に遊べる?」
「うん」
「うれしい!」
無邪気に喜ぶ奏子。
さっきのこと……忘れちゃったのかな。
思い出させるのは、ひどいことか……?
だけど……。
5歳の子の記憶が、頭の中でどう処理されるのかわからない。
人は、恐怖やつらい経験の記憶を上手にしまい込める。
精神を守るために……自己防御ってやつだ。
ただし、リシールはちょっと違う。
リシールの精神は普通の人間より強い。
個人差はあるだろうけど、自分を守るために記憶をシャットダウンするそのボーダー……超えたら作動する設定ラインは、かなり高めだと思う。
継承者の僕はさらに許容値が高い。
そのおかげで。悪夢の記憶を未だ鮮明に持ち続けても、狂うことはない。
それが、僕にとっていいか悪いかは別として。
「いいもの見せてあげる」
奏子が僕の手を引いた。
館に向かって私道を進んでいた僕たちは、来た森と反対側の……丘に続く森の小径へと入る。
「あたしの一番大切なもの。すごくかわいいの」
「何だろう? 楽しみだな」
瞳を輝かせる奏子を見て、本当にそう思った。
それは、久しぶりの感情だった。
悪魔の所業なんていったら、悪魔が気を悪くするくらい。
残酷とまではいかなくても、正常な理性を持つ人なら決してやらないような最低の行為をする人間もいる。
そういう人間は、ある種の病気なんだろう。
だからって、許されていいわがない。
でも、現実には許されて……いや。気づかれもせずに、のうのうと生きている。
この不条理な世界を。
それを甘受する人間を、僕は許さない。
僕と少女はひとしきり泣いたあと、手を繋いで歩き出した。
今あの小屋に入るのは嫌だったし、この森からも離れたかったから。
「おにいちゃん、誰?」
館に続く私道に出た辺りで、少女が初めて口を開いた。
見た目よりしっかりとした口調だった。
普段小さな子どもと話すことがないから、どの程度の言葉のレベルで話したらいいかわからない。
「僕はジャルド。ジャ、ル、ド」
「ジャルド……」
呟くように僕の名を呼び、少女が笑顔を見せた。
「あたしは奏子。かなでっていう字に、子どものこって書くの。最近、自分の名前の漢字を教わったんだよ」
「奏子……かわいい名前だね。奏子は、今いくつ?」
「5歳。11月に6歳になるの。ジャルドは?」
「僕は11歳」
5歳……そんな小さい子をひとり、森に置き去りにしたあの男……いったいどこのどいつなんだ……?
「奏子は……」
言いかけて、やめた。
まだ、ダメだ。
あの男に何をされたのか。
聞くのはまだ早い。
もしかしたら、何もなかったかもしれない……なんて思ってるわけじゃない。
何かあったのは間違いない。
僕にはわかる。
リシールの継承者……それ以前に。ああいう最低の人間に、同類の被害を受けた者だから。
そうだ。
まずは……。
「奏子は……リシールだよね。お母さんと一緒に館に来てるの?」
そう。
奏子はリシールだ。
僕たちはお互いを感知できる。
何か共通する……波動みたいなものがあるせいらしい。
そして。子どもの奏子がひとりで館に来るはずはないから、今日の継承者の顔合わせに参列してた誰かが連れて来たに違いない。
「え……?」
奏子がキョトンとする。
「館は奏子のおうちだよ」
「え? じゃあ……」
館がおうち……あそこに住んでるのは、継承者の家族と補佐する数人だけ……。
「奏子の名字は、梓? 梓奏子?」
「うん」
「汐さんの……妹?」
「そうだよ。汐は奏子のお姉ちゃん。今はママがお仕事でいないから、汐がママの代わりなの」
奏子が継承者の妹……。
そうか。
だから、この森は自分ちの庭と同じで、ひとりで自由に動き回れて……そこを狙われたのか……?
「ジャルドはお姉ちゃんを知ってるの? ジャルドはうちのお客さま?」
「うん、そう。昨夜来たんだ」
「ほんと? まだ帰らない? 一緒に遊べる?」
「うん」
「うれしい!」
無邪気に喜ぶ奏子。
さっきのこと……忘れちゃったのかな。
思い出させるのは、ひどいことか……?
だけど……。
5歳の子の記憶が、頭の中でどう処理されるのかわからない。
人は、恐怖やつらい経験の記憶を上手にしまい込める。
精神を守るために……自己防御ってやつだ。
ただし、リシールはちょっと違う。
リシールの精神は普通の人間より強い。
個人差はあるだろうけど、自分を守るために記憶をシャットダウンするそのボーダー……超えたら作動する設定ラインは、かなり高めだと思う。
継承者の僕はさらに許容値が高い。
そのおかげで。悪夢の記憶を未だ鮮明に持ち続けても、狂うことはない。
それが、僕にとっていいか悪いかは別として。
「いいもの見せてあげる」
奏子が僕の手を引いた。
館に向かって私道を進んでいた僕たちは、来た森と反対側の……丘に続く森の小径へと入る。
「あたしの一番大切なもの。すごくかわいいの」
「何だろう? 楽しみだな」
瞳を輝かせる奏子を見て、本当にそう思った。
それは、久しぶりの感情だった。
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