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第1章 始まり
始まりの日の朝
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僕は10歳の時にレイプされた。
母親と一緒に。
その後。母は殺され、僕は逃げ出した。
僕たちを襲ったヤツらに、生きる価値はない。
同じようなことをする人間に、生きる価値はない。
人間そのものが、滅びて当然の生き物なのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
苦痛に満ちた叫び声が聞こえる。
助けたいと思った。
聞いていたくなかった。
でも、誰もいなかった。
叫び声の主は、この僕だった。
目覚めたとき、冷や汗でぐっしょりだった。
レイプされる身体の感触が、生々しい記憶として蘇る。
あの時の夢をみると、決まってこうだ。
「ジャルド? 大丈夫か?」
隣のベッドで寝ていたリージェイクの声。
リージェイクは今17歳で、一緒に暮らす家族だ。といっても本当の兄じゃない。1年前に僕が叔父のラストワに引き取られる数年前に、同じように叔父のもとに来たらしい。
「大……丈夫」
「うなされてたから……少し早いけど起こしたよ」
「うん。ありがとう」
心配そうに僕を見るリージェイクに、薄く笑ってみせる。
リージェイクは僕の悪夢を知っている。
知っているけど、同情やよけいなアドバイスはしてこない。
彼には、その無意味さがよくわかっているんだと思う。
「早く家に帰りたいな」
僕の言葉に、リージェイクが笑みを浮かべる。
白っぽい金髪の間に覗く灰蒼の瞳は、口元のように笑ってはいない。
「昨日着いたばかりじゃないか。そんなにイギリスの山奥がいいの?」
「この国にいると、みんなジロジロ見るんだもん。外国人なんか珍しくないのに」
「気にしすぎだよ」
「……人間は嫌いだ」
「ジャルド……」
リージェイクの声のトーンが落ちる。
「でも、リシールはまだいい。少しはマシだから」
「……同じだよ。同じ汚さと醜さを持ってる。きみには、もっと広い視野で物事を見てほしい。ラストワの言うことが全てじゃないんだ」
「わかったわかった」
リージェイクの話を切り上げるように頷いた。
最近は、よくこういうことを言われる。
リシールについて、リージェイクとラストワの意見が衝突しているのをよく見かける。
リシールっていうのは、僕たち特殊な一族のこと。
世界の真実……世界は三つあって、ここはそのうちのひとつで。それぞれがラシャという場所に繋がっていて、そこと行き来する道を護るのが、リシールだ。
ラストワとリージェイク、そして、僕は。今現在この世界に7人いる継承者のうちの3人だ。
継承者は、リシールの……いわゆるリーダーっていうところ。
今日は、この国の……この館の責任者になる継承者の女性との顔合わせがある。
昨夜遅くにここに着いたから、まだ会ってはいない。
「ねえ。ここの継承者って何歳なの?」
明るい声で尋ねる僕を暫し見つめ、リージェイクが答える。
「私より少し下……15歳だったかな」
「ふうん」
15歳で重い責任を背負わされる。
彼女にとって、それは不幸なこと?
それとも、幸せなこと?
まあ、いいや。
今の僕には関係ない。
人間を護るためにラシャがあるっていうけど……なら、要らないよね。
人間に、護る価値なんかない。
人間なんて、救う必要はない。
だから、誰も僕を救ってくれない。
「シャワー浴びてくる」
そう言って、バスルームに入りドアを閉めた。
鏡の中の自分を見る。
耳までの長さの黄色みの強い褐色の髪は、汗でボサボサ。
暗黄色の目は、悪夢のせいで充血している。
「見るな……」
僕を見返す二つの目を隠すように鏡面に両手をあてて呟いた。
世界中の人がみんな、透明人間だったらいい。
そうすれば、誰がどこで何をしているかなんてわからない。
知っている人と、予定した時と場所でしか会わなくてすむのに……。
早く大人になりたい。
生きる価値のない人間を滅ぼせるくらい、強い大人に……。
まだ無力な子どもである自分の姿を鏡に見るたび湧き上がるその願いが、今日はいつもより心にのしかかる。
滅ぼすべき誰かがふいに背後に現れたかのような錯覚に囚われて、素早く後ろを振り返った。
何もいない空間を睨みつけながら、僅かに速まる胸の鼓動を意識する。
無自覚に。自分の中にある何かが解き放たれ、始動する未来を予感していた。
母親と一緒に。
その後。母は殺され、僕は逃げ出した。
僕たちを襲ったヤツらに、生きる価値はない。
同じようなことをする人間に、生きる価値はない。
人間そのものが、滅びて当然の生き物なのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
苦痛に満ちた叫び声が聞こえる。
助けたいと思った。
聞いていたくなかった。
でも、誰もいなかった。
叫び声の主は、この僕だった。
目覚めたとき、冷や汗でぐっしょりだった。
レイプされる身体の感触が、生々しい記憶として蘇る。
あの時の夢をみると、決まってこうだ。
「ジャルド? 大丈夫か?」
隣のベッドで寝ていたリージェイクの声。
リージェイクは今17歳で、一緒に暮らす家族だ。といっても本当の兄じゃない。1年前に僕が叔父のラストワに引き取られる数年前に、同じように叔父のもとに来たらしい。
「大……丈夫」
「うなされてたから……少し早いけど起こしたよ」
「うん。ありがとう」
心配そうに僕を見るリージェイクに、薄く笑ってみせる。
リージェイクは僕の悪夢を知っている。
知っているけど、同情やよけいなアドバイスはしてこない。
彼には、その無意味さがよくわかっているんだと思う。
「早く家に帰りたいな」
僕の言葉に、リージェイクが笑みを浮かべる。
白っぽい金髪の間に覗く灰蒼の瞳は、口元のように笑ってはいない。
「昨日着いたばかりじゃないか。そんなにイギリスの山奥がいいの?」
「この国にいると、みんなジロジロ見るんだもん。外国人なんか珍しくないのに」
「気にしすぎだよ」
「……人間は嫌いだ」
「ジャルド……」
リージェイクの声のトーンが落ちる。
「でも、リシールはまだいい。少しはマシだから」
「……同じだよ。同じ汚さと醜さを持ってる。きみには、もっと広い視野で物事を見てほしい。ラストワの言うことが全てじゃないんだ」
「わかったわかった」
リージェイクの話を切り上げるように頷いた。
最近は、よくこういうことを言われる。
リシールについて、リージェイクとラストワの意見が衝突しているのをよく見かける。
リシールっていうのは、僕たち特殊な一族のこと。
世界の真実……世界は三つあって、ここはそのうちのひとつで。それぞれがラシャという場所に繋がっていて、そこと行き来する道を護るのが、リシールだ。
ラストワとリージェイク、そして、僕は。今現在この世界に7人いる継承者のうちの3人だ。
継承者は、リシールの……いわゆるリーダーっていうところ。
今日は、この国の……この館の責任者になる継承者の女性との顔合わせがある。
昨夜遅くにここに着いたから、まだ会ってはいない。
「ねえ。ここの継承者って何歳なの?」
明るい声で尋ねる僕を暫し見つめ、リージェイクが答える。
「私より少し下……15歳だったかな」
「ふうん」
15歳で重い責任を背負わされる。
彼女にとって、それは不幸なこと?
それとも、幸せなこと?
まあ、いいや。
今の僕には関係ない。
人間を護るためにラシャがあるっていうけど……なら、要らないよね。
人間に、護る価値なんかない。
人間なんて、救う必要はない。
だから、誰も僕を救ってくれない。
「シャワー浴びてくる」
そう言って、バスルームに入りドアを閉めた。
鏡の中の自分を見る。
耳までの長さの黄色みの強い褐色の髪は、汗でボサボサ。
暗黄色の目は、悪夢のせいで充血している。
「見るな……」
僕を見返す二つの目を隠すように鏡面に両手をあてて呟いた。
世界中の人がみんな、透明人間だったらいい。
そうすれば、誰がどこで何をしているかなんてわからない。
知っている人と、予定した時と場所でしか会わなくてすむのに……。
早く大人になりたい。
生きる価値のない人間を滅ぼせるくらい、強い大人に……。
まだ無力な子どもである自分の姿を鏡に見るたび湧き上がるその願いが、今日はいつもより心にのしかかる。
滅ぼすべき誰かがふいに背後に現れたかのような錯覚に囚われて、素早く後ろを振り返った。
何もいない空間を睨みつけながら、僅かに速まる胸の鼓動を意識する。
無自覚に。自分の中にある何かが解き放たれ、始動する未来を予感していた。
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