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52-6 自信ない、まるでない

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 3階のつきあたりにある、体育館の半分弱くらいの広さの小ホール。
 ここが相性チェックメイズ……って。



 メチャ広いじゃん!



 こんな面積に区切りの壁作るの、難儀しただろ。
 通路分けてるパネルと衝立……何十枚使ってるんだ? ポールにパイプ渡して布かけたカーテン状の場所もあるみたいだけどさ。

 やってるのは3-Dだ。
 相性チェックそのものの出来は微妙でも、大掛かりな迷路系を作成することにしたのはすごい。さすが3年生。



「出口は4箇所。そこの番号の札を係が渡すから。出口付近で立ち止まらないで、イスが置いてあるところで相方を待って。ホールを出る前に相性証明書をもらってね」

「はい」

 相性チェックメイズの受付で、説明と注意事項を聞く。

「中で紫側の道と黄色側の道が交差する場所では、自分の色の道に進むこと。一応、交通整理係がいるから」

 相性をチェックする二人は紫と黄色に分かれ、それぞれの入口からメイズに入る。

「これを手首につけて」

 紫と黄色、2本のリボンを差し出されて受け取ると。

「グッドラック」

 受付の男が満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます」

 無言の涼弥と、先へ進む。



「態度悪いぞ。礼ぐらい言えよ」

 咎める俺を鋭い目つきで見て、涼弥が足を止めた。

「前に1回笑ってやったろ。お前をやろうとした男だ。俺は許さねぇ」

 受付にいたのは南海だ。

「涼弥」

 何回でも言ってやる。

「俺は幸せだ。お前がそばにいる。だから、大丈夫。南海はただの先輩だ」

「……お前が平気ならそれでいいが……ひとりで思い出すな」

 涼弥が俺の手を掴む。
 震えてないかどうか……確認するみたいに。



 まだ忘れちゃいない。
 でも、ふと思い出すほど近くはない。
 今思い出して、震えもしない。痺れもしない。

 手足を拘束されて犯されそうになった恐怖は、確かにトラウマになってるんだろうけど。
 大した脅威じゃない。
 悩みの種にもならない。

 俺には涼弥がいるからな!



「大丈夫だろ?」

 何の異常も来してない俺の手を掴んだままの涼弥と目を合わせる。

「ああ……」

「ん。じゃあ、縛ってくれ」

「は……!!?」

 いきなりの涼弥の大声にビビった。

 何その驚愕の顔……目が泳いでるよ?

「これ。説明聞いてなかったのか? 手首につけるリボン」

 自由なほうの手に持った2色のリボンを掲げて見せる。

「そう……だったな。今やる……」

 何とも言えない妙な表情で、涼弥が俺の手首に紫のリボンを巻いて……あ。



 縛るって言葉に、過剰反応したのか……!



「ごめん。縛るじゃなくて結ぶって言うんだよな普通」

 手首を縛られたこと、チラッと考えてたせいでか……つい、そっちの言葉が。

「まぁ、そうだが……」

 涼弥も。俺のトラウマに頭がいってて、あの反応なんだろう……ほんとごめん。

「出来たぞ」

「ありがと……お前にもつけるよ」

 涼弥の手首に黄色のリボンを結び、準備完了。



將悟そうご。お前には俺がいる。同じ出口から出るぞ」

 リボンを結び終えた客の列に並び、涼弥が言った。

「別の道行っても、気持ちは一緒だ」

「う……ん。そう……だけどさ」

 涼弥のやる気、ブーストかかっちゃってる!?

「これ、がんばるとかじゃないじゃん? 俺たちの相性は最高でも、結果はランダムっていうか……」

 遊びで。
 気楽に……って。



 忘れちゃったのカナ?



「大丈夫だ。インスピレーションだろ。右って思ったら右に行け」

「うん。だけどそれ、その時お前がいる方向なだけかもよ? だから……結果は気にするな。そんな熱くなんないでさ」

「わかってる。信じろ。出口でな」

 すぐに順番となり。
 血気盛んな様子で黄色の入口へと向かっていく涼弥を、呆然と見つめた。



 涼弥がわかってるって……気がしない。
 かなり本気モードっぽいじゃん!?

 信じろって……何をだ?

 同じ出口から出て、相性度100パーになることか?
 第六感のお導きで?
 偶然の確率で?
 実際の相性の良さが反映する前提で?
 とにかく、何でもいいから謎な力が働いてくれることをか?

 涼弥の気持ちは信じてるけどもさ。



 結果が悪くてもヘコむなって……忘れてるよね!?



 あんなやる気満々になるスイッチ、どこで入ったんだ……。
 南海か。
 縛るって言ったからか。

 うーどうしよう。自信ない。まるでない。
 同じ出口になる自信も。
 ヘコんだ涼弥を即宥める自信も。

 たかが学祭のお遊びメイズにこのプレッシャー……感じるな俺!



 頭の中でそんなことをぐるぐるさせながら、紫の入口から入った道を行く。

 けっこう人がいて。
 みんな相方と分かれて、ぼっちで。
 驚きとか恐怖とか一切ないただの通路を、黙々と歩いてる。

 ただの通路……なんだけど。まんま白いパネルのところどころに、戯曲のセリフっぽい文言が書かれた紙や少女マンガを拡大プリントしたようなモノが貼ってある。
 ラブシーンの決め台詞的なやつ。

 ここ出て再会した恋人に、甘く囁くのにどうですか……って?

 たまにソレに見入ってる人がいるから、ほぼ装飾なしの素っ気ない壁よりいいのかもしれない。



 楽しい何かがあるわけじゃないし。ひとりでニヤニヤしたりブツブツ言ってたら、あやしい人になるから……淡々と進む。
 みんな、そんな感じ。



 基本、静かで。
 紫ルートと黄色ルートの交差地点にいる交通整理係の声と。そこで出口の情報を聞き出そうとしてる女子たちの声や、分かれ道で立ち止まった見知らぬ人同士が短い会話をしたりするのが聞こえるくらい。

 この空間は、何故か和やかな雰囲気で。
 入った直後の曇った気分は若干持ち直し、足取りも重くなく。道の分岐でも悩まず、サッとどっちか選んで行けるようになってきた頃。

 後ろから聞こえた駆け足の音に振り向いて。目が合ったのは、斉木だ。



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