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48-2 疲れた

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 そんな感じで、始業開始15分前。
 寮の朝食終了時間から10分ほど経過し、電車通学者は上下線ともに次の電車だと走らなきゃ遅刻のため。
 登校する生徒がまばらになってきたところで、江藤がみんなを集めた。

「きょうはここまで。お疲れさま」

 お疲れと口にしながら、まずはさっさとタスキを外し。ポケットに入れといたハチマキと一緒に、江藤が持つ紙袋に戻す。

「本当は、街頭演説も順番にすると盛り上がるんだけど……そこまでは強要しない」

 ホッとする空気の中。

「これ、何のためにやるんですか? 校内の選挙は強制で、クラスごとに金曜の午後に投票しますよね?」

 2-Eの深見が聞いた。
 まぁ、その通りで。質問する気持ちもわかるし、出来れば俺だってやりたくないけどさ。



 選挙には、パフォーマンスが必要なんだろ。

 去年も同じことやってたし、その前もやってたんだろうし。
 候補者本人の姿見せるのは、生徒の関心集めるのに有効だろうし。
 投票当日に適当に投票されるより、少しは選ぶ意識持ってもらったほうがまだ……諦めつくだろうし。



 そんなふうに思ってたら……。

「これは、投票する生徒のためじゃない」

 江藤が思わぬことを口にする。

「デカいタスキかけて、全校生徒の前に立って笑う。きみたちに、人目に晒される感覚を知ってもらうためだよ」

 何故って誰かが問う前に。

「この中の5人は、来季の役員になる。気乗りしなかろうが辞退したかろうが、選ばれたからにはシッカリこなしてもらう」

 江藤が続ける。

「嫌々でも何でも。候補者になることを受け入れたのは、きみたち自身だ。ここに立って覚悟決めて、前向きに……去年、俺もそう言われたからね」

 そうか……江藤も嫌々だったって、上沢に聞いたな。
 なのに会長。
 しかも。今じゃ、ちゃんと『生徒会長』ってオーラ纏ってるじゃん?

 現会長の説明に。深見をはじめ、みんな特に反論せず。

「じゃあ、解散。また、あさっての水曜の朝集合してください」



 やっと終わった……。
 水曜、金曜と。あと2回もあるのか。

 選挙の宣伝を兼ねた候補者アピール……という名目の、登校する生徒たちの出迎え見世物は。
 ものすごく疲れた……メンタルが。
 正味30分程度なのに、3時間労働した気分ていうか。



「早瀬」

 江藤と話してた上沢が、少し遅れて下駄箱に来た。

 始業前にすでに疲弊した俺と違い、元気そうだ。
 近くで朝の挨拶連呼してた時も思ったけど、なんか機嫌いいんだよね。

「お前、初日から2年3年に誘われんのは仕方ねぇけど。1年にも言い寄られてたな」

「……彼氏いるからって、ちゃんと断っただろ」

 選挙で人目につく候補者は、遊び半分で色恋のターゲットにされやすく。
 今週は、特に油断禁物で過ごさねば……うー気が重い。

「お前こそ、何人かマジな感じの1年いたな。江藤のこと内緒だとしても、フリーだって公言して……心配されないのか?」

 上沢がニヤリと笑う。

「させるチャンスだろ。じゅんの見てる前で、わざと愛想よくしてんだよ」

「何で……心配されないほうがいいじゃん」

「あーお前にゃわかんねぇか。杉原だもんな」

 盛大に溜息をつかれ、ほんのちょっとムッとした。

「涼弥だと何が? お前、あいつが心配し過ぎるのは俺のせいじゃない、みたいなこと言ってくれなかったっけ?」

「そりゃ、杉原の心配は度を越してるからだ。ひとつも心配されねぇ、妬かれもしねぇってのは……淋しいもんだぜ」

 そういえば。
 沙羅も言ってたな。



 自信がない人は思う……失くすかもって不安にさせたい、心配されたい、嫉妬されたい……って。



「お前と江藤……うまくいってるんだよな? その……江藤はもう、噂作るようなことは……」

「してねぇぞ。やめさせるっつったろ。疑ってんのか?」

「いや、違くて。お前……いいヤツだからさ」

 訝しげな顔をする上沢と一緒に、教室に向かう。

「わざわざ不安がらせなくても、江藤……お前のこと、ちゃんと好きだと思うよ」

「何だ。俺にホレたか? 杉原にバレねぇ自信あるなら、浮気してもいいぜ」

 合わせた目を瞬いて、笑った。

「ホレてないし、バレない自信もない」

「まぁ、冗談だけどよ。絢がフラフラしねぇよう、がんばるしかねぇからな」

「ん。がんばれ」

「あーそういや。杉原、髪刈って雰囲気よくなったな。お前は心配ってするか? 杉原なみにじゃなくてもよ」

「うん。する」

 意外そうな上沢に。

「涼弥が浮気する心配はしてないけどさ。ムチャしてくるヤツっているだろ。俺が選挙に出るせいで、あいつに何かあったら……嫌だ」

「ふうん。告られるくらいなら、別に気にしねぇか?」

「しない……って言いたいけど、するな。やっぱり。おかしなのに目つけられたら、心配だろ」

「いいねぇ。杉原と同じこと言ってら」

「……じゃあ、これも言われたか?」

 階段を上りきったスペースで、足を止めた。
 片眉を上げる上沢に、微笑んで。

「俺にそういう目的で近づいてきたヤツ、いたら教えてくれ……って。写真撮影の時も、似たようなこと頼まれてたよな」

「よくわかってんじゃねぇか」

「最近、お前と仲良くしてるみたいだしさ」

「快くオッケーしてあるからよ。杉原に聞かれて嘘つくとか、しねぇほうがいいぞ」

「わかった……あ。そうだ。お前、かなり涼弥に手助けっていうか……いろいろしてくれてる感じじゃん?」

 俺に変なの近づいたら報告、以外に。
 セックス関連でのアドバイス、情報提供……かなり細かく親身に高度なやつを。

「それって、お返しに涼弥も何かしてるのか?」

「まぁな。借りばっかじゃ嫌だろ、お互い」 

「涼弥には、何頼んだんだ?」

「そりゃ、もちろん……」

「お前ら教室入れーもう時間だぞー」

 下から響く、担任の小泉の声と足音。

「気になるなら、杉原に聞いとけ」

「そうするよ」


 小泉に追いつかれて、さらなる小言をもらう前に。
 上沢はA組、俺はB組の教室へと急いだ。



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