上 下
113 / 246

29-5 この件はこれで終わり……?

しおりを挟む
 涼弥に負けない自制心を発揮して。
 キスしたい欲望を抑えて物陰から出た俺たちは、来た道を戻る。

「ごめん。忘れてた。胸痛くないか?」

「胸……お前がつらいと痛い」

「違う。骨」

「ああ、大丈夫だ。薬飲んでるしよ」

「痛み止めってさ。切れると飲む前より痛い時あるじゃん? だから、苦手。お前には飲めって言ってるけど」

「一度楽になると、確かにな」

 涼弥が溜息まじりに頷いた。

「骨なんかより、お前のことはもっとだ」

「俺の……何が?」

「一度手に入れて失くしたら……考えると怖い。前と変わらなくてもな。もう同じじゃない」

 それは……わかる。
 今、こうやって涼弥が隣にいて。好きでいてくれて。手も心も届く。
 この感覚を知っちゃってから、知る前と同じ状況に戻ったら……前よりもずっとつらい。
 知らなきゃ、感じなかった怖さだ。

「失くすなんて考えるなよ。俺も考えない。楽しいこと考えたほうが、ケガも早く治るっていうだろ」

「明日……」

 俺に向ける涼弥の表情が明るくなる。

「そうだ。明日、お前ん家でいいのか?」

「そのつもりだったが、出かける予定がなくなって実花みかがいる。將梧そうごの家のほうがいい」

 実花は涼弥の中2の妹で、弥生さんと同じタイプの元気な子で……家にいるなら、気をつけなきゃいけないかもな。
 昨日は運良く、帰りがけに顔合わせただけで済んだけど。

「じゃあ、沙羅に言っとく」

「沙羅は御坂と会うらしい。電話してた」

「へー……そうか。なら、ちょうどいいかな」

「別れたんじゃなかったのか?」

「でも、好きなんだよ。お互い」

「御坂は街でよく見かけるが、ほとんど毎回違う女連れてるぞ」

「それでもさ」

「もともと、あいつの浮気を沙羅が腹に据えかねたんじゃないのか?」

 怪訝な顔の涼弥。
 御坂の恋愛スタンスは、理解出来なそうだ。

「それでも、だよ。理屈じゃないだろ。好きってのは」

 寮の出入り口が見えてきた。

「女癖は悪いけど、御坂はいいヤツだし。俺は好きだ」

 眉間に皺を寄せ、涼弥が前方に視線を留める。
 玄関の前にかいと鈴屋、紫道しのみち、御坂の姿。

「おい。反応するな。友達としての好きまで気にしてたら、そのうち病むぞ」

「……まだまともに見えるか?」

 涼弥が笑った。



 紫道が、心配してくれてた。
 ベッドに縛りつけられた凱を見て、自分がそうされた時の感覚が蘇ったこと。似たような手枷。キスマーク。フラッシュバックを起こしたのは…俺の弱さだ。
 さっき。江藤の部屋を出る時、紫道が言ったのは。



『思い出すのは当然だ。忘れるのは無理でも、思い出しても平気になる。大丈夫だ。お前は強い』



 紫道はいつも寡黙だけど。必要な時に、必要な言葉をくれる気がする。
 今日も、寮に住んでる紫道が快く協力してくれて助かった。何かある時には、俺も力になりたい。

 あらためて礼を言って紫道と別れ、俺たち5人は駅へ。



 道すがら。上沢から返されたケータイを受け取り、俺と涼弥が部屋を出てからのことを聞いた。
 身支度を整えた凱に、江藤と天野、そして上沢はキッチリ謝ったそうだ。

 悪いと思うこと、何でやる?
 理由はどうあれ、人を傷つける行為じゃん?
 簡単に許されるようなことか?

 俺はそう思うのにさ。
 凱はアッサリ……ていうか、こう言ったらしい。



『別にいーよ。やられても、やらされてもいねぇからさ。あとはそっちで解決してねー』
 
 

 本心なのはわかる。
 凱がいいなら、この件はこれで終わり……?
 なんかな。モヤるよね?

 江藤のことは、きっと上沢がどうにかする。天野はよく知らないから、何とも言えないけど。
 この先、偽の噂が流れないのを信じるしかない。




 駅に着き、御坂が俺を見る。

「沙羅と会うよ。話するだけだから」

「え……今? 明日じゃないのか?」

「明日会うために、今日も会うんだ。また、月曜日な」

 御坂の後ろ姿を見送り、俺たち4人は顔を見合わせた。

「どーする? どっか寄る?」

「結局、何があったの? さっきの様子だと、噂は僕たちの予想通りだったみたいだけど」

 凱の問いかけに、鈴屋が尋ねる。

「んじゃ、そのへんで話す?」

「江藤の話、俺も上沢から聞いた。お前のと合えば……」

「將梧!」

 え……深音みお……!?

 振り向くと、深音と和沙がいた。



 今、涼弥といるこのタイミングで、この二人とバッタリ会うって……これも、何かの必然か……!? 
 


「ちょうどよかった! 話があるの。つきあって」

「え……と」

 どうしよう? さすがに今回は『慰めて』とかじゃないにしても……。

「涼弥くんは、和沙と」

「は……!? 何で……」

「ごめんね。將梧」

 そう言ったのは、和沙だ。俺に微笑んで、涼弥へと視線を移す。

「この前はありがとう。結果報告がある。これが最後だから、顔貸して」

「本当に最後ならな」

 和沙の誘いに、涼弥が警戒するように答える。

「俺、鈴屋と行くねー」

 束の間の沈黙を凱が破る。

「続きは学校で」

「あ……じゃあ、委員長、杉原。またね」

「う……ん。月曜な……」

 二人がさっさと去り。

「涼弥。帰ったら電話する」



 俺は深音と話すから、お前は和沙と話す。俺たちは明日。



 その意味を汲み取るも、浮かない顔の涼弥に笑顔を向けた。

「心配するなよ。俺もしない。じゃあな」

 涼弥と和沙を残し、深音と近くのカフェに向かった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

俺のソフレは最強らしい。

深川根墨
BL
極度の不眠症である主人公、照国京は誰かに添い寝をしてもらわなければ充分な睡眠を得ることができない身体だった。京は質の良い睡眠を求め、マッチングサイトで出会った女の子と添い寝フレンド契約を結び、暮らしていた。 そんなある日ソフレを失い困り果てる京だったが、ガタイの良い泥棒──ゼロが部屋に侵入してきた!  え⁉︎ 何でベランダから⁉︎ この部屋六階なんやけど⁉︎ 紆余曲折あり、ゼロとソフレ関係になった京。生活力無しのゼロとの生活は意外に順調だったが、どうやらゼロには大きな秘密があるようで……。 ノンケ素直な関西弁 × 寡黙で屈強な泥棒(?) ※処女作です。拙い点が多いかと思いますが、よろしくお願いします。 ※エロ少しあります……ちょびっとです。 ※流血、暴力シーン有りです。お気をつけください。 2022/02/25 本編完結しました。ありがとうございました。あと番外編SS数話投稿します。 2022/03/01 完結しました。皆さんありがとうございました。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

エスポワールで会いましょう

茉莉花 香乃
BL
迷子癖がある主人公が、入学式の日に早速迷子になってしまった。それを助けてくれたのは背が高いイケメンさんだった。一目惚れしてしまったけれど、噂ではその人には好きな人がいるらしい。 じれじれ ハッピーエンド 1ページの文字数少ないです 初投稿作品になります 2015年に他サイトにて公開しています

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

処理中です...