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第14章 真の望みを祈れ
本当の望み -1
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「ラシャには、今朝のことは伏せておいた。涼醒にはそう言ってある。おまえには事後承諾になったが…」
キノを先に通し、ドアを閉めた浩司が言った。
「うん。浩司がそれでいいなら…。希由香に何かされてたら別だけど、彼女も護りも無事だったから…」
キノは部屋の奥へと進み、ベッドの前で立ち止まる。
「三つ、あなたに言いたいことがあるの。二つは私から、もうひとつは…希由香の代わりに」
「…おまえは希由香じゃない」
「だから言えることがあるの」
そして…私だから聞けることも…。
希由香の胸元に光る銀の鎖から視線を剥がし、キノが振り返る。
「俺も、言い忘れたことがある」
浩司は壁際に置かれた椅子に腰を下ろし、脇にある小さなテーブルの上から煙草を手に取った。浩司の向かいに座り、キノも煙草に火を点ける。
「先に聞いておいた方がいい?」
立ち上る二つの煙の間に、キノは浩司を見つめる。
客間に腰を落ち着けようとした浩司に、続き部屋で話したいとキノは言った。希由香のいるここでなければと感じたからだが、浩司の方はどうなのだろう。
キノの肩越しに希由香を見る浩司の瞳は、その奥に抱える心がどうであれ、ただ静かだった。彼女の姿が目の端に映ることに安心しているかのようにも、その反対に、世界にたったひとり残された最期のひとりが、幻と知って見る恋人を眺めているかのようにも見えた。その瞳が、ゆっくりキノへと向けられる。
「そうだな」
浩司は煙草を揉み消した。キノがそれに倣う。
「おまえの見てきた希由香の記憶は、発動の日までのものだ。3年近く経った今のあいつの心が、あの頃と全て同じだと思うな」
変わらないよ。少なくても、あなたへの思いは…。あなたも、それを知ってる。
心の中で、キノがつぶやく。
「考えるのは…これからの幸せだ。あいつのな」
あなたの幸せもそこにある…そうでしょ?
「わかった」
キノは微笑んだ。その瞳を計るようにしばし見据え、浩司が表情を緩める。
「おまえの話を聞こう」
うなずき、キノは深呼吸をする。
重くはなく、張り詰めてもいないこの空間に、融かされている何かがある。浩司の心から解放されるべき、希由香への思い。その存在を確かめるべく、キノは今ここにいる。
「継承者のことを知る前に言ったことと…ほとんど同じよ。ひとつは、あの祈りには納得出来ない。希由香の幸せを願うあなたが、彼女にとっての幸せが何かわからないはずないよね。後悔するのがわかってるなら、始めからしないで。何をどう考えても、私は反対よ。もし、本当に、自分の苦しさを消したいのが一番の理由なら…希由香じゃなくあなた自身から、彼女の記憶を消せばいい。そうでしょ? 涼醒と同じことを、私も思ったの。怖いなら、それが何だとしても何からでも、ひとりで逃げればいい。希由香が望んでないのに、一緒に連れていかないで。その先が幸せに向かってるならいい。でも、そうじゃないってわかってるのに、止めないではいられない。自分を幸せにするのは自分だけど、その思いは誰にでも生まれるわけじゃない。もし、あなたを忘れれば愛せる人に出会えて、その男が彼女を幸せにするって考えるなら、そんな男がいるなら…このままあなたを思ってる間にだって出会う可能性は同じで、その人を愛するはずよ。そういう相手じゃなきゃ、あなたみたいには彼女を救えない。二つ目は、護りの力じゃなきゃ叶わない望みがほかにないなら…シェラの呪いを解いて」
一気にそこまで言うと、キノは一旦の間を置いた。黙ったままの浩司の瞳が揺れる。
「祈りが何だったとしても発動する…私にここでそう約束させた時、反対されるってわかってたんでしょ? 反対されたら、自分が迷うってことも。迷うのは、あの祈りが本当の望みじゃないから…」
その言葉は、浩司の目を伏せさせた。
「決めるのは浩司だってわかってる。あなたの本当の心が望むことなら、私は反対しない。だから…知りたいの」
キノは息を詰め、浩司の視線が自分に戻るのを待つ。
「あの祈りを望む気持ちは、嘘じゃない。だが、おまえの言う通り、本心でもない」
浩司が顔を上げる。
「本当の望みを願わないための…枷だ」
「それは…」
自分を見つめる浩司の瞳に、キノは小さく息を飲む。自分に見せる心の色の、その暗さにではなく、様々な思いの入り混じった複雑な深さに。
「あなたの本当の心はシェラの呪いを解きたいのに、そうしないように…希由香に自分を忘れさせるってこと…?」
「そうなるな」
「どうして? 彼女を悲しませたくないから?」
「…そうだ」
「じゃあ、もう、枷なんか要らない」
微かに眉を寄せる浩司に、キノは微笑もうとした。けれども、そうするほどには、言おうとすることの痛みは軽くなかった。
「希由香の望まないことでも、私には理解出来る。あなたがそう言ったのは、私も彼女の悲しむことを選べないから…でも、私は選べるよ」
浩司が口を開く前に、キノが続ける。
「あなたが思うように生きて幸せだと思えるなら…。希由香が悲しいのは、あなたがいなくなることそのものだけ、残された自分を悲しくは思わない。だから…悲しませてもいいよ。『俺がいなくなったら生きていけない女になるなら、もうここには来るな』そう言われても、彼女はあなたのそばにいたでしょ?」
ずっとそばにいたかった。あなたを思う自分を、幸せだと思ってる。でも、それ以上の幸せも願った。叶えられるのは浩司だけ…だから…。
「ほかに理由がないなら…」
「あるんだ」
キノの言葉をさえぎり、浩司が微笑んだ。
「言わずにおきたかったが、そういうわけにはいかないみたいだな」
「…これ以上、何を隠してるの? どうしてそんな…何もかも諦めたみたいに笑うの…?」
全くその手掛かりのつかめない不安ほど、心を不気味に震わせるものはない。伝わるその震えを止めるため、キノはテーブルに乗せた自分の手を無意識につかんだ。
キノを先に通し、ドアを閉めた浩司が言った。
「うん。浩司がそれでいいなら…。希由香に何かされてたら別だけど、彼女も護りも無事だったから…」
キノは部屋の奥へと進み、ベッドの前で立ち止まる。
「三つ、あなたに言いたいことがあるの。二つは私から、もうひとつは…希由香の代わりに」
「…おまえは希由香じゃない」
「だから言えることがあるの」
そして…私だから聞けることも…。
希由香の胸元に光る銀の鎖から視線を剥がし、キノが振り返る。
「俺も、言い忘れたことがある」
浩司は壁際に置かれた椅子に腰を下ろし、脇にある小さなテーブルの上から煙草を手に取った。浩司の向かいに座り、キノも煙草に火を点ける。
「先に聞いておいた方がいい?」
立ち上る二つの煙の間に、キノは浩司を見つめる。
客間に腰を落ち着けようとした浩司に、続き部屋で話したいとキノは言った。希由香のいるここでなければと感じたからだが、浩司の方はどうなのだろう。
キノの肩越しに希由香を見る浩司の瞳は、その奥に抱える心がどうであれ、ただ静かだった。彼女の姿が目の端に映ることに安心しているかのようにも、その反対に、世界にたったひとり残された最期のひとりが、幻と知って見る恋人を眺めているかのようにも見えた。その瞳が、ゆっくりキノへと向けられる。
「そうだな」
浩司は煙草を揉み消した。キノがそれに倣う。
「おまえの見てきた希由香の記憶は、発動の日までのものだ。3年近く経った今のあいつの心が、あの頃と全て同じだと思うな」
変わらないよ。少なくても、あなたへの思いは…。あなたも、それを知ってる。
心の中で、キノがつぶやく。
「考えるのは…これからの幸せだ。あいつのな」
あなたの幸せもそこにある…そうでしょ?
「わかった」
キノは微笑んだ。その瞳を計るようにしばし見据え、浩司が表情を緩める。
「おまえの話を聞こう」
うなずき、キノは深呼吸をする。
重くはなく、張り詰めてもいないこの空間に、融かされている何かがある。浩司の心から解放されるべき、希由香への思い。その存在を確かめるべく、キノは今ここにいる。
「継承者のことを知る前に言ったことと…ほとんど同じよ。ひとつは、あの祈りには納得出来ない。希由香の幸せを願うあなたが、彼女にとっての幸せが何かわからないはずないよね。後悔するのがわかってるなら、始めからしないで。何をどう考えても、私は反対よ。もし、本当に、自分の苦しさを消したいのが一番の理由なら…希由香じゃなくあなた自身から、彼女の記憶を消せばいい。そうでしょ? 涼醒と同じことを、私も思ったの。怖いなら、それが何だとしても何からでも、ひとりで逃げればいい。希由香が望んでないのに、一緒に連れていかないで。その先が幸せに向かってるならいい。でも、そうじゃないってわかってるのに、止めないではいられない。自分を幸せにするのは自分だけど、その思いは誰にでも生まれるわけじゃない。もし、あなたを忘れれば愛せる人に出会えて、その男が彼女を幸せにするって考えるなら、そんな男がいるなら…このままあなたを思ってる間にだって出会う可能性は同じで、その人を愛するはずよ。そういう相手じゃなきゃ、あなたみたいには彼女を救えない。二つ目は、護りの力じゃなきゃ叶わない望みがほかにないなら…シェラの呪いを解いて」
一気にそこまで言うと、キノは一旦の間を置いた。黙ったままの浩司の瞳が揺れる。
「祈りが何だったとしても発動する…私にここでそう約束させた時、反対されるってわかってたんでしょ? 反対されたら、自分が迷うってことも。迷うのは、あの祈りが本当の望みじゃないから…」
その言葉は、浩司の目を伏せさせた。
「決めるのは浩司だってわかってる。あなたの本当の心が望むことなら、私は反対しない。だから…知りたいの」
キノは息を詰め、浩司の視線が自分に戻るのを待つ。
「あの祈りを望む気持ちは、嘘じゃない。だが、おまえの言う通り、本心でもない」
浩司が顔を上げる。
「本当の望みを願わないための…枷だ」
「それは…」
自分を見つめる浩司の瞳に、キノは小さく息を飲む。自分に見せる心の色の、その暗さにではなく、様々な思いの入り混じった複雑な深さに。
「あなたの本当の心はシェラの呪いを解きたいのに、そうしないように…希由香に自分を忘れさせるってこと…?」
「そうなるな」
「どうして? 彼女を悲しませたくないから?」
「…そうだ」
「じゃあ、もう、枷なんか要らない」
微かに眉を寄せる浩司に、キノは微笑もうとした。けれども、そうするほどには、言おうとすることの痛みは軽くなかった。
「希由香の望まないことでも、私には理解出来る。あなたがそう言ったのは、私も彼女の悲しむことを選べないから…でも、私は選べるよ」
浩司が口を開く前に、キノが続ける。
「あなたが思うように生きて幸せだと思えるなら…。希由香が悲しいのは、あなたがいなくなることそのものだけ、残された自分を悲しくは思わない。だから…悲しませてもいいよ。『俺がいなくなったら生きていけない女になるなら、もうここには来るな』そう言われても、彼女はあなたのそばにいたでしょ?」
ずっとそばにいたかった。あなたを思う自分を、幸せだと思ってる。でも、それ以上の幸せも願った。叶えられるのは浩司だけ…だから…。
「ほかに理由がないなら…」
「あるんだ」
キノの言葉をさえぎり、浩司が微笑んだ。
「言わずにおきたかったが、そういうわけにはいかないみたいだな」
「…これ以上、何を隠してるの? どうしてそんな…何もかも諦めたみたいに笑うの…?」
全くその手掛かりのつかめない不安ほど、心を不気味に震わせるものはない。伝わるその震えを止めるため、キノはテーブルに乗せた自分の手を無意識につかんだ。
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