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第12章 祈り
知らないほうが幸せか -3
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「初めてここに来て、希由香と護りと一族のことを知って、ラシャに降りた。そこで継承者として覚醒し、そのほかの事情をシキに聞き、いくつかの約束を交わした。ひとつは、護りを必ずラシャに持ち帰ること。それが出来なけりゃ、俺の力はラシャに返す。その代わり、発動可能なうちに発見出来れば…祈りは俺が決められる。これはシキに聞いてるな?」
キノは無言でうなずいた。
「護りの必要性を聞かされた時、ラシャの者たちは、『紫野希由香から護りの記憶がなくなる前にその在処がわかれば、発見は今回の発動に間に合わなくてもかまわない』と言った。それを聞くまで、俺は護りの発動に何の興味もなかった」
「叶えたい望みがあったから、命を賭けてまで探す役目を負ったんじゃなかったのか? ラシャはそれを利用したんじゃ…?」
とまどいながら、涼醒が尋ねる。
「ラシャが利用したのは、これ以上希由香を巻き込みたくはないと望む俺の心だ」
キノは眉を寄せた。けれども、何も言わずに話の先を待つ。
「最初にラシャが要求したのは…時間を置いて意識を戻した後、俺自身が希由香から護りの在処を聞き出すことだった。それと平行して、ラシャの者がキノのところへ降りると。だが、希由香の例もある。余程慎重にやるか、強引な手を使うか…どっちにしろ、うまく行く保証はない。人間じゃない者が、いくら使命だと説いてもな」
浩司が息をつく。
「意識の戻った希由香に俺が会うことは避けたかった。だが、俺が断り、キノの方も失敗した場合…護りの記憶が失われる危険がどれだけ高かろうが、ラシャは希由香から聞き出すしかなくなる。だから、俺は…あいつじゃなく、同じ魂を持つ者から聞き出すことを選んだ。そして、必ず護りを見つけて持ち帰る…突然現れた、しかもヴァイの9の継承者がそう言っただけじゃ不信感を消せない者たちを、シキが納得させた」
「約束で…か」
涼醒がつぶやいた。
「何故かはわからないが、シキは俺を信用したらしい。ヴァイでのリシールの状況も俺自身の事情も、全て知った上でだ」
「…あんたを信じてなけりゃ、あんな約束をしようとは思わないさ」
「護りをラシャに戻せない時には力を返すと言ったのは俺だ。奴らの利になるものをほかに思いつかなかったからだ。賭けても惜しくない命だしな。その代わりとして、発動する権利を得た」
食い入るようなキノの視線から、浩司が目を伏せる。
「自分ではどうにもならない願いでも、護りの力なら叶えられると考えた時…望むことがひとつあった」
浩司は机に乗せた左手を見やった。その指にはめられていたラシャの指輪はもうないが、天井からの明りを、何かが小さく反射させている。
「その望みは、必ず護りを見つけなければと俺に思わせるのに充分だった。失うかもしれない命よりもずっとな」
「…シェラの呪いを解くこと…」
浩司から一時も目を逸らさずに黙って話を聞き続けていたキノが、口を開く。その声はすでに震えている。
「それ以外に、何を…そんなに望んでるの?」
「俺は、希由香の幸せを願ってる。それはおまえも同じだな?」
「…希由香が願うのは、あなたの幸せだよ。私は…二人の幸せが同じところにあるって信じてる。だから、あの呪いを解くことが出来るならって。私は…私も、あなたの幸せを願ってるよ。だから…」
「キノ…」
とめどない哀願の流れを両手で掬い留めるように、浩司がキノの言葉をさえぎった。
「おまえが俺の幸せを願う必要はないんだ。いや…俺には、おまえにそう思われるだけの価値がない」
浩司の視線が、自分とキノの間の床へと落ちる。
「俺は…おまえに謝らなけりゃならない。護りの使命を負わせ、希由香の記憶を辿らせることを買って出たのは、おまえの身を案じたからだけじゃないと言ったろう。希由香の意識のないうちにおまえが護りを見つければ、あいつをそっとして置ける。そう考えた」
キノはゆっくりと首を振る。
「希由香の記憶を夢に見るなら、おまえは俺のために力を尽くすだろう。つきつけられた現実も背負わされた重荷も、俺に対する疑似恋愛的な思いから乗り越えられる。そのためにも、ラシャの使いは俺が適任だとな。俺は、あいつを守るために…おまえを利用した」
俯き加減だった顔を上げ、浩司がキノを見つめる。
「すまなかった」
浩司が自分に詫びる必要などない。護りの使命を負うのは自分の運命だと、キノは知りつつある。けれども、今、心は逸らせない。今はこの真実を知るべき時なのだから。
「それでも…あなたが自分で来てくれてよかった。だから、希由香の幸せと同じくらい、浩司の幸せを願うよ。もし…私が彼女の心を知らなかったとしても」
キノの声は、その心と相反するように震えを止めた。
「呪いを解けば、二人の幸せは重なると思うのは…私の幻想なの…?」
何によるものかキノには定かではない苦痛が、浩司の表情を微かに歪ませる。
「おまえにこう言ったな。『もし、呪いが解けるとしても、俺は希由香を愛さない。だが、あいつにしてやれることがひとつだけある。希由香を幸せにするのは俺じゃない』と。シェラの呪いを解くことに、今はもう…意味はない」
「じゃあ…何を…?」
心臓の鼓動と自分の声が、キノの頭の奥で重なり合う。
「俺に会ったことが、希由香の運命を変えた。時間は戻せない。だが、本来あるべきところに近づけることは出来る。俺が変えた運命は…俺が戻す」
「…嫌よ」
キノは無意識につぶやいた。
自分に向けられた浩司の瞳の闇。そこに囚われることを、希由香は一瞬でも恐れただろうか。あるいは、自らそれを望んだのだろうか。
「希由香の記憶から、俺に関するもの全てを消し去る。あいつの心が俺を忘れないなら、始めから存在しなかったことにすればいい。これが…俺の望みだ」
キノは無言でうなずいた。
「護りの必要性を聞かされた時、ラシャの者たちは、『紫野希由香から護りの記憶がなくなる前にその在処がわかれば、発見は今回の発動に間に合わなくてもかまわない』と言った。それを聞くまで、俺は護りの発動に何の興味もなかった」
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「ラシャが利用したのは、これ以上希由香を巻き込みたくはないと望む俺の心だ」
キノは眉を寄せた。けれども、何も言わずに話の先を待つ。
「最初にラシャが要求したのは…時間を置いて意識を戻した後、俺自身が希由香から護りの在処を聞き出すことだった。それと平行して、ラシャの者がキノのところへ降りると。だが、希由香の例もある。余程慎重にやるか、強引な手を使うか…どっちにしろ、うまく行く保証はない。人間じゃない者が、いくら使命だと説いてもな」
浩司が息をつく。
「意識の戻った希由香に俺が会うことは避けたかった。だが、俺が断り、キノの方も失敗した場合…護りの記憶が失われる危険がどれだけ高かろうが、ラシャは希由香から聞き出すしかなくなる。だから、俺は…あいつじゃなく、同じ魂を持つ者から聞き出すことを選んだ。そして、必ず護りを見つけて持ち帰る…突然現れた、しかもヴァイの9の継承者がそう言っただけじゃ不信感を消せない者たちを、シキが納得させた」
「約束で…か」
涼醒がつぶやいた。
「何故かはわからないが、シキは俺を信用したらしい。ヴァイでのリシールの状況も俺自身の事情も、全て知った上でだ」
「…あんたを信じてなけりゃ、あんな約束をしようとは思わないさ」
「護りをラシャに戻せない時には力を返すと言ったのは俺だ。奴らの利になるものをほかに思いつかなかったからだ。賭けても惜しくない命だしな。その代わりとして、発動する権利を得た」
食い入るようなキノの視線から、浩司が目を伏せる。
「自分ではどうにもならない願いでも、護りの力なら叶えられると考えた時…望むことがひとつあった」
浩司は机に乗せた左手を見やった。その指にはめられていたラシャの指輪はもうないが、天井からの明りを、何かが小さく反射させている。
「その望みは、必ず護りを見つけなければと俺に思わせるのに充分だった。失うかもしれない命よりもずっとな」
「…シェラの呪いを解くこと…」
浩司から一時も目を逸らさずに黙って話を聞き続けていたキノが、口を開く。その声はすでに震えている。
「それ以外に、何を…そんなに望んでるの?」
「俺は、希由香の幸せを願ってる。それはおまえも同じだな?」
「…希由香が願うのは、あなたの幸せだよ。私は…二人の幸せが同じところにあるって信じてる。だから、あの呪いを解くことが出来るならって。私は…私も、あなたの幸せを願ってるよ。だから…」
「キノ…」
とめどない哀願の流れを両手で掬い留めるように、浩司がキノの言葉をさえぎった。
「おまえが俺の幸せを願う必要はないんだ。いや…俺には、おまえにそう思われるだけの価値がない」
浩司の視線が、自分とキノの間の床へと落ちる。
「俺は…おまえに謝らなけりゃならない。護りの使命を負わせ、希由香の記憶を辿らせることを買って出たのは、おまえの身を案じたからだけじゃないと言ったろう。希由香の意識のないうちにおまえが護りを見つければ、あいつをそっとして置ける。そう考えた」
キノはゆっくりと首を振る。
「希由香の記憶を夢に見るなら、おまえは俺のために力を尽くすだろう。つきつけられた現実も背負わされた重荷も、俺に対する疑似恋愛的な思いから乗り越えられる。そのためにも、ラシャの使いは俺が適任だとな。俺は、あいつを守るために…おまえを利用した」
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「それでも…あなたが自分で来てくれてよかった。だから、希由香の幸せと同じくらい、浩司の幸せを願うよ。もし…私が彼女の心を知らなかったとしても」
キノの声は、その心と相反するように震えを止めた。
「呪いを解けば、二人の幸せは重なると思うのは…私の幻想なの…?」
何によるものかキノには定かではない苦痛が、浩司の表情を微かに歪ませる。
「おまえにこう言ったな。『もし、呪いが解けるとしても、俺は希由香を愛さない。だが、あいつにしてやれることがひとつだけある。希由香を幸せにするのは俺じゃない』と。シェラの呪いを解くことに、今はもう…意味はない」
「じゃあ…何を…?」
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「俺に会ったことが、希由香の運命を変えた。時間は戻せない。だが、本来あるべきところに近づけることは出来る。俺が変えた運命は…俺が戻す」
「…嫌よ」
キノは無意識につぶやいた。
自分に向けられた浩司の瞳の闇。そこに囚われることを、希由香は一瞬でも恐れただろうか。あるいは、自らそれを望んだのだろうか。
「希由香の記憶から、俺に関するもの全てを消し去る。あいつの心が俺を忘れないなら、始めから存在しなかったことにすればいい。これが…俺の望みだ」
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