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第10章 夜明け前の攻防

再会 -1

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「大丈夫か?」

 転がり込むようにキノが乗り込んだ車を急発進させ、浩司が言った。

「浩司…」

 キノは未だ半信半疑のまま、運転席に座る浩司の顔を見つめる。

「どこも怪我けがはしてないな?」

「浩司…」

 キノは、浩司を残しラシャに降りてから、随分ずいぶんと時が過ぎたように感じていた。けれども、実際には30時間も経っていない。

「キノ? 大丈夫か?」

 交差点を曲がった車のスピードを上げながら、浩司は返事のままならない状態のキノを心配気に見やる。

「浩司…触ってもいい?」

 震える声でキノが言った。浩司は片手でハンドルをりながら、キノの頭を優しく撫でる。

「消えたりしないから、安心しろ」

 今、目の前にいるのはまぎれもなく浩司だとわかり、張り詰めていたキノの神経がようやくわずかなたわみを持つ。

「よく逃げ切ったな」

 あふれる安堵感あんどかんとともに、心に居座いすわ猛烈もうれつな不安感がキノのを濡らす。

「涼醒がいてくれたから…ずっと、私を安心させてくれたから…でも、今、無事でいるかどうか…私のせいで、もし何かあったら、どうしたら…」

 キノの目から涙がこぼれる。その頭をなだめるように軽く叩き、浩司が吉報きっぽうを告げる。

「大丈夫だ。涼醒はつかまっちゃいない。奴らから一人で逃げ切る才覚さいかくがあるなら、ちゃんと無事でいる。もし、おまえがラシャに降りるまでに間に合わなくても、後で館に戻った時は俺が道を開く」

 キノは濡れたひとみを輝かせる。

つかまってないの? 本当に…?」

「少なくても10分前まではな。奴らから聞いたことだが、間違いないだろう。おまえもここにいた」

「私があそこにいるって、リシールから聞き出したの?」

「無理矢理な」

 浩司が笑うと、キノの顔にもかすかな笑みが戻る。

「0時にラシャから降りて、今の状況をジーグに聞かされ、最初は街中を走り回った。だが、涼醒を感知出来ない。冷静に考えれば当然だな。どこかに身を隠してるなら、俺一人で探すには限度がある。おまえたちを追ってる側を見つける方が早い」

 浩司は素早く左右に目をやると、赤信号を無視して交差点を突っ切った。徐々に明ける薄闇をける車の速度は、優に100キロを超えている。

「リシールの乗った車を探してやっとここを突き止めたのが、ついさっきだ。向こうも俺が追うのを知ってて、散々おとりに手こずらされたからな」

「ジャルドが、外にいる…リシールたちにやらせてるの」

「ジーグもそう確信してる。だが、あやしい動きを見せないかぎり、ラシャの者には手の出しようがない。あの男…俺がゆうべじゃなく今夜降りたのは予定外だったろうに…全く動じずに笑った。ああいう人間がリシールをまとめてるなら、この状況もうなずける。逃げるのは骨だったろう」

「…涼醒がいたから、何とか切り抜けてこられたの」

「あいつも、頭が切れる。俺が降りれなくなっても、涼醒ならおまえを守れる。そう思ったのは、間違いじゃなかったが…奴らがここまで必死に護りを手に入れる気でいたとはな。俺が倒れたおかげで、大変な目に会わせて…悪かった」

「ううん。浩司に無理させたのは私だもん。護りはちゃんと手に入れたよ。浩司の望んでること…叶うよね?」

 キノはガラス越しに東の空を見つめる。
 近づいて来る丘の上。森の奥にひっそりとそびえ立つ館の中空の間。その壁の隙間すきまから朝陽が射し込む時、無の空間への道は開かれる。

「たぶんな…。夜明けはもう始まってる。ジーグがラシャに降りるまで…あと10分もないだろう」

 その言葉に弾かれたように、キノは窓から浩司へと視線を移した。

「間に合わなかったらどうなるの?」

「…ラシャに降りるのが、明日になるだけだ」

「護りを持って降りられる…?」

 浩司の横顔を見つめ、キノが静かな声で言った。

「ジャルドが約束に自分の命をけたのは、ジーグを今日必ずラシャに降りるようにするためなんでしょう? もし、万一のことが起こったら…」

「心配するな。そんなことは起こさない」

「でも、もし、ジャルドたちが…」

 口籠くちごもるキノの身体からだが揺れた。車が森の中の細道に入り、タイヤの下で砂利じゃりが弾ける。

「シキやおまえが心配する万一は、絶対に起こさない。ジャルドの望んでる取引は成立しないからな」

「それはどういう…?」

「奴らは、ほしいものを手にいれれば、必要なものをなくす」

 館の私道へと続く門が視界に入り、キノが声を上げる。

「浩司、門が…」

「降りて開けてる暇はないな。キノ、どこかにつかまれ」

 フロントガラスに迫る黒銀の門扉は閉じているが、その錠前じょうまえ施錠せじょうはされていない。
 それを見届けたキノがシートにしがみつき目を閉じた瞬間、車は門に衝突し、鋼鉄同士のぶつかる衝撃音が森に響いた。

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