この世界よりも、あなたを救いたい~幸運がいつもあなたのそばにあるように~

Kinon

文字の大きさ
上 下
39 / 83
第7章 渦中へ

祈りの呪文 -1

しおりを挟む
「いったい何なんだこの館は? あいつら軍隊かよ。俺たちを見張るためにいるんだろ? 浩司がこっちに来ればわかるって言った意味がよくわかったよ。何かたくらんでるのは一目瞭然いちもくりょうぜんだな。ジーグ、あんたは予想してたのか?」

 広めの客室に入ってドアを閉めた途端とたん、涼醒が険しい口調で言った。

「だいたいはな。20日前に降りた時も普段より人数はいたが、継承者は汐だけだった。浩司がここに来る前までは、何の計画もなかったろう。だが、今は違う」

 眉をひそめるジーグのあかの光が、事態の深刻さを物語る。

そろうことのまれである9人の継承者が、今この地に確実に存在する。彼らにとってのその意味は、イエルのリシールたちのとらえ方とはまるでことなる」

「…イエルでは、9人の継承者の出現は警告だ。自分たちが存在するのは何故なぜか、ラシャが存在するのは何故なぜか、世界におけるその役割を忘れた時に辿たどるのは破滅への道だと。俺が知ってるのはそのくらいさ」

「それだけで充分だ」

「こっちでは?」

「9人の力を合わせ、リシールにせられた使命と制約をはいす。そして、ラシャに代わり世界を支配する…といったところか。愚かなことよ。我々ラシャが存在するのは、世界をするためではなくするためだ。それがわからぬ者たちは、いずれついえる。自らの行いによってな」

 二人の話を聞きながら、キノは暖かな色合いで統一されている部屋を見まわした。

 ダイニングテーブルと数脚の椅子。アンティークなキャビネットに、座り心地の良いソファー。入って来た扉の正面にある大きな窓は整然とした室内を映し、その右側の壁にはもうひとつのドアがある。

「だけど、ラシャに降りなけりゃ継承者の覚醒かくせいは出来ないんだろ? 9人そろっちゃまずいんだったら…8人いる時点で、あんたたちが最後のひとりを拒否すれば済む話じゃないのか?」

「ラシャは、リシールが降りるのを止めることは出来ん。そんなことをすれば、我々の存在のことわりが崩れる」

「…見つかってないってことは、本人が気づいてないか身を隠してるんだよな。たとえ継承者として覚醒してなくても、探す気のリシールに近づかれなけりゃ、感知されずには済むだろうけど…」

「今、残る一人の居所を気に病んでも仕方なかろう。護りを彼らに渡しはせん。そして、浩司がほかの継承者達の言いなりになることはない。シキも私もそれは信じているが…ただひとつあんずるべきことがあった」

 涼醒が室内を見やる。

「もう、その心配はないさ」

「この状況で、護りが見つからないまま浩司とおまえたちを残して戻るなど…彼が降りられなくて幸いかもしれんな」

「どうしてそんなこと…? 浩司がどれだけ自分も来たかったか…」

 無言で話に耳を傾けていたキノが言った。ジーグがキノへと視線を向ける。

「希音、この地にいる間、私は継承者が力を使えばそれを感知し、いざとなれば精神に損傷を与えられる。浩司を除いてな」

「浩司を除いて?」

「彼は9の継承者、唯一ラシャの者に対抗する力を持ち、その者が誕生して24年以内の間に、新たな他の8人の継承者も必ず生まれる。9の継承者の出現は、頻繁にあることではない」

 キノを見つめるジーグのひとみが揺れる。

「ともかくも、おまえたちがどこへ行こうと継承者にその力で手は出させん。そして、館の中にいる限り、私はここにいる誰の意識をも即座に止めることが出来る。リシールに対してなら、接触は不要でな。だが、彼らに私を止める力はない」

「それが、あなたがいれば安全な理由?」

「そうだ。継承者の持つ相手の額に触れ意識を奪う力は、抵抗する力が強ければ効かんこともある。他の力もだ。だが、浩司に…9の継承者にかなう者はいない」

「じゃあ、何が心配だったの?」

「ここにいる護りの発動者は、浩司の知る者だと聞いている。おまえのところへ自ら行くことを望んだのもそのためだと」

「…護りを探すのは、希由香を守りたいから…。でも、あなたたちに協力してることに変わりはないじゃない。何を心配する必要があるの? ラシャとあんな約束までした浩司が信じられないとでも言うの?」

「さっきも言ったろう。浩司が自ら汐たちの思惑に乗ることはないと信じている」

「だったら…」

「言うことを聞かざるを得ん状況になるのを恐れていたのだ」

 その言葉の意味をしばし考えた後、キノの表情が強張る。

「希由香を…?」

「あの者をしちに取られた時、浩司が何を選び何を切り捨てるか…。汐一人ならそんな心配は無用だが、シキの危惧きぐした通り、他の継承者たちも来ている。彼らを一度に相手にすることはさすがに出来まい」

 ジーグのをじっと見つめていたキノが、奥のドアを見やる。

「希由香に会わせて」

「…眠ったままだぞ」

「それでも、会いたいの」

 ジーグがソファーから腰を上げる。

「ラシャに降りた浩司から事情を聞いた。その夜私がここへ降り、彼女の身体からだの時間を止めてある。あと10日間は、継承者の力でも意識を戻すことは出来ん」

「そんなことも出来るの? 何のために?」

「滅多にやらんことだが、そうする必要があったのだ。浩司の留守中に彼らが彼女の意識を戻したりせぬためと、汐の行った強引な誘導により喪失する危険性のあった発動当日の記憶を保護するためにな」

「…放っておいたら、あの日のことは忘れちゃうかもしれないの?」

「汐が自ら失敗したとも思えるが…当日の記憶に対してかなりの力を与えたらしい。干渉を受けた彼女の心が弱まり、それと認識すらしていない護りを発動した日の記憶など要らぬと判断すれば、いずれそうなる」

「だから私に…急いで思い出させる必要があったのね…」

「まわりの時が動く中で、長い間一人の時間を止めておくのはあまりよいことではない。30日間が限度であろう」

「護りの力を使わなくても、ラシャの力だけで世界を停止させることが出来るってのは本当なのか?」

 キノとジーグとともに歩きながら、涼醒がたずねる。

「期間はどうあれ、止めるにはラシャの者の力が9ほど必要だ。現在あるのは12…今の状況ならば、緊急時には停止可能なよう、少なくとも10の力は常にラシャにあらねばならん」

「もし、必要な場合には…9人の命と引き換えでも、あんたたちはためらいもなくやるんだろうな」

「そのための存在だ。我々にあるのは命ではなく力のみ。使い惜しみしていては地上の者を護ることなど出来ん」

「…あんたたちラシャがあるのは人間を守るため…か」

「そして、浩司の守ろうとする者がここにいる」

 ジーグはささやくようにそう言うと、続き部屋へのドアを静かに開いた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

処理中です...