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第4章 闇の瞳を持つ男
呪われた血 -2
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「愛する者を残して自分が死ぬのと、愛する者の死を見るのと、どっちが辛い?」
「…どっちも…辛いよ」
「そうだな。自分への罰としての呪いは効いたわけだ。シェラの愛した男は、呪いの力で死んだんだ」
「呪いの力…?」
「シェラの呪いはリシールの本能によって不自然に歪められ、自分の愛した者の命を奪うことへと変化した。継承者の持つ力全てでかけた呪いだ。血を絶やすことが出来ないのなら、せめて苦しみだけは受けるようにと。半分は、シェラが自分で望んだ通りだな」
「そんな…」
「シェラは、何が起こったかを理解した」
浩司はテーブルの上で組んだ両手にあごを乗せ、遠くを見る。
「もし、生まれる子がリシールだったら…。一族から離れたところで、リシールの血を存続させることへの不安があった。更に、自分の血にかけられた呪いも受け継がれる。強力なのは確かだからな」
「解くことは出来なかったの? 自分で無理なら、ほかの継承者とか…ラシャの者とか」
「…ラシャの者が個人を救うために力を使うことはまずない。継承者にしても、そんなことに貴重な力を使うわけにはいかない。ただでさえ数人しか存在しない彼らのその力も、無限じゃないんだ」
浩司は溜息をつき、両手で額を覆った。
「生まれた娘は、リシールだった」
キノは黙ったまま、頭を抱える浩司を見つめている。
「シェラに、呪いを消す力はもう残っていない。呪われた自分の血脈を持って、一族に戻ることは出来ない。会わせる顔もないしな。シェラは、娘に教えなければならなかった。決して人を愛すな。何も求めず、何も残さず、ただ死までの日々を過ごせと」
「そんな…自分の娘に、そんな生き方をさせるの?」
「呪いは娘にも継がれている。娘が子どもを産めば、またその子にも続いちまうだろう。リシールの男が生まれればそこで終わらすことが出来るが、一人でも普通の人間が生まれたら、リシールの血は途絶え、呪いだけが続くことになる。その前に、呪われたその血脈を絶たなけりゃ、いつまでも終わらないんだ。誰も愛さず、もし愛しても、相手に悟られなければ、人の命を奪うことは避けられる。だが、リシールも人間だ。たとえ愛がなくても、本能が血を残す」
「愛してなくても、愛されてなくても、抱き合えるから…」
浩司が顔を上げた。その目を開き、キノを見る。
「愛すると…本当にその相手は死んじゃうの?」
ためらいがちに、キノが尋ねた。まるで身体の随処に苦痛を受けたかのように、浩司の顔が歪む。痛むのは、その心なのだろう。
「シェラの呪いは、愛する者の死がもたらす苦痛を目的とする。そして、実際にその力が影響するのは相手の人間だ。だから、自分が愛した相手が心底愛されていると感じないかぎり、死ぬことはない。いくら子孫が残るとしてもな。だが、もしシェラの血を引く者が誰かを愛し、相手がそれを確信した場合…愛する者は必ず死ぬ」
浩司は、遠くを見る視線を宙に漂わせながら話し続ける。
「シェラは…普通の人間なら狂い死んでもおかしくないほどの2度目の悔恨と絶望の中を生き、娘が9歳の時に死んだ。まだその意味を完全に理解することの出来ない娘に、最後まで詫びながらな。だが、ほかにどうしようもない。自分が蒔いた種を、子孫に刈らせるしか。言い換えれば、シェラの血族は生まれながらにしてその義務を負ってるんだ。元々、シェラがいなけりゃ存在することもないんだからな」
「その子は?」
「もちろん生き延びた。母親の書き残した、懺悔のような遺書を持ってな。シェラは全身全霊で願っただろう。いつか、自分の子孫がその血を絶ってくれることを。だが、ほぼ一世紀の間、その願いが叶うことはなかった。遺書は一通ずつ増えていき、戒律のように親から子へ引き継がれ続けた」
自分を見つめ続けるキノの瞳に、浩司は目の焦点を合わせた。
「シェラの血族の誰もが、その血を絶やせずにいた。愛する者を死に追いやり、嘆き苦しんだ者もいた。だが、唯一の望みは、リシールの血は途絶えずに、しかも、子供は皆一人ずつしか残していなかった」
「みんな、リシールだったの?」
「一族ともラシャともかかわらず、自分たちが何者かすらよく知らずにいたがな」
キノは、自分を見据える浩司の瞳の闇から目を逸らすことが出来ない。
「もうすぐ、シェラの愚かな行為は贖罪される。彼女の血族がこの世からいなくなれる時がやっと来る」
突然、キノは驚愕した表情で立ち上がる。夢遊病者のような足取りで、ゆっくりと浩司に近づいて行く。開いた口からは何も発せられない。
キノの視線を捉えたまま、浩司が微笑んだ。
「希由香もそうだったが…おまえも、聡い女だな」
キノの目から涙がこぼれる。
「聞かなくてもわかったか?」
「浩司…本当…に?」
「そうでなけりゃ、どうやって今の話を知るんだ」
キノは激しく頭を振った。
「俺のためには泣くな。泣かしたのは、希由香だけで充分だ」
「だって…違うって言って」
「事実だ」
今にも破裂しそうな沈黙。
「俺は、ヴァイのリシールの継承者だ。そして…」
濡れたキノの目は、浩司を見ている。その瞳の奥の、闇を見ている。その悲しみの正体を、キノは知る。
「呪われたシェラの血を引く、最後のな」
「…どっちも…辛いよ」
「そうだな。自分への罰としての呪いは効いたわけだ。シェラの愛した男は、呪いの力で死んだんだ」
「呪いの力…?」
「シェラの呪いはリシールの本能によって不自然に歪められ、自分の愛した者の命を奪うことへと変化した。継承者の持つ力全てでかけた呪いだ。血を絶やすことが出来ないのなら、せめて苦しみだけは受けるようにと。半分は、シェラが自分で望んだ通りだな」
「そんな…」
「シェラは、何が起こったかを理解した」
浩司はテーブルの上で組んだ両手にあごを乗せ、遠くを見る。
「もし、生まれる子がリシールだったら…。一族から離れたところで、リシールの血を存続させることへの不安があった。更に、自分の血にかけられた呪いも受け継がれる。強力なのは確かだからな」
「解くことは出来なかったの? 自分で無理なら、ほかの継承者とか…ラシャの者とか」
「…ラシャの者が個人を救うために力を使うことはまずない。継承者にしても、そんなことに貴重な力を使うわけにはいかない。ただでさえ数人しか存在しない彼らのその力も、無限じゃないんだ」
浩司は溜息をつき、両手で額を覆った。
「生まれた娘は、リシールだった」
キノは黙ったまま、頭を抱える浩司を見つめている。
「シェラに、呪いを消す力はもう残っていない。呪われた自分の血脈を持って、一族に戻ることは出来ない。会わせる顔もないしな。シェラは、娘に教えなければならなかった。決して人を愛すな。何も求めず、何も残さず、ただ死までの日々を過ごせと」
「そんな…自分の娘に、そんな生き方をさせるの?」
「呪いは娘にも継がれている。娘が子どもを産めば、またその子にも続いちまうだろう。リシールの男が生まれればそこで終わらすことが出来るが、一人でも普通の人間が生まれたら、リシールの血は途絶え、呪いだけが続くことになる。その前に、呪われたその血脈を絶たなけりゃ、いつまでも終わらないんだ。誰も愛さず、もし愛しても、相手に悟られなければ、人の命を奪うことは避けられる。だが、リシールも人間だ。たとえ愛がなくても、本能が血を残す」
「愛してなくても、愛されてなくても、抱き合えるから…」
浩司が顔を上げた。その目を開き、キノを見る。
「愛すると…本当にその相手は死んじゃうの?」
ためらいがちに、キノが尋ねた。まるで身体の随処に苦痛を受けたかのように、浩司の顔が歪む。痛むのは、その心なのだろう。
「シェラの呪いは、愛する者の死がもたらす苦痛を目的とする。そして、実際にその力が影響するのは相手の人間だ。だから、自分が愛した相手が心底愛されていると感じないかぎり、死ぬことはない。いくら子孫が残るとしてもな。だが、もしシェラの血を引く者が誰かを愛し、相手がそれを確信した場合…愛する者は必ず死ぬ」
浩司は、遠くを見る視線を宙に漂わせながら話し続ける。
「シェラは…普通の人間なら狂い死んでもおかしくないほどの2度目の悔恨と絶望の中を生き、娘が9歳の時に死んだ。まだその意味を完全に理解することの出来ない娘に、最後まで詫びながらな。だが、ほかにどうしようもない。自分が蒔いた種を、子孫に刈らせるしか。言い換えれば、シェラの血族は生まれながらにしてその義務を負ってるんだ。元々、シェラがいなけりゃ存在することもないんだからな」
「その子は?」
「もちろん生き延びた。母親の書き残した、懺悔のような遺書を持ってな。シェラは全身全霊で願っただろう。いつか、自分の子孫がその血を絶ってくれることを。だが、ほぼ一世紀の間、その願いが叶うことはなかった。遺書は一通ずつ増えていき、戒律のように親から子へ引き継がれ続けた」
自分を見つめ続けるキノの瞳に、浩司は目の焦点を合わせた。
「シェラの血族の誰もが、その血を絶やせずにいた。愛する者を死に追いやり、嘆き苦しんだ者もいた。だが、唯一の望みは、リシールの血は途絶えずに、しかも、子供は皆一人ずつしか残していなかった」
「みんな、リシールだったの?」
「一族ともラシャともかかわらず、自分たちが何者かすらよく知らずにいたがな」
キノは、自分を見据える浩司の瞳の闇から目を逸らすことが出来ない。
「もうすぐ、シェラの愚かな行為は贖罪される。彼女の血族がこの世からいなくなれる時がやっと来る」
突然、キノは驚愕した表情で立ち上がる。夢遊病者のような足取りで、ゆっくりと浩司に近づいて行く。開いた口からは何も発せられない。
キノの視線を捉えたまま、浩司が微笑んだ。
「希由香もそうだったが…おまえも、聡い女だな」
キノの目から涙がこぼれる。
「聞かなくてもわかったか?」
「浩司…本当…に?」
「そうでなけりゃ、どうやって今の話を知るんだ」
キノは激しく頭を振った。
「俺のためには泣くな。泣かしたのは、希由香だけで充分だ」
「だって…違うって言って」
「事実だ」
今にも破裂しそうな沈黙。
「俺は、ヴァイのリシールの継承者だ。そして…」
濡れたキノの目は、浩司を見ている。その瞳の奥の、闇を見ている。その悲しみの正体を、キノは知る。
「呪われたシェラの血を引く、最後のな」
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