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第2章 力の護り
使者②
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キノは驚きの余り立ち上がる。
「キユカは実在するのね? もうひとつの世界に?」
「そうです。そして、力の護りを発動したのです。何故彼女が護りを持っていたのか、何を祈ったのかは不明です。それ以前に、何故彼女に発動することが出来たのか、私達には謎なのですが」
「どうして?」
「発動のための祈りの呪文は、ラシャの中でも唯一人、最上者しか知り得ないものだからです。地上の、しかも護りの存在そのものを知るはずのない人間が、祈りの呪文を知っていたとは考えられないのです」
「でも…発動したのね」
「はい。それは間違いありません。今も、ラシャの鏡には彼女の姿が映されているはずです。発動が偶然である可能性も、なくはありません。ごく少ない確率ですが」
「どういうこと?」
「希由香がそれと認識せずに護りを手にし発した言葉が、祈りの呪文と全く同一だった可能性です」
「そんなことが…」
「滅多にあることではないでしょう。しかし、起きたのです。偶然といいましたが、それは地上の者が好む表現です。全てのことは起こるべくして起こる、必然なのです」
「キユカが発動したのも?」
「そうです。今、世界は深刻な状態にあります。護りの力が今こそ必要な時、129年の間その存在の是非すら不明だった護りが、ヴァイにあることが明らかとなったのです。これが必然でなくて何なのでしょう。希由香の発動は、ラシャに護りを戻すために不可欠なものだったのです」
「129年間、ラシャはその護りを探さなかったの?」
「失われず存在しているのか、もしあるとするのならどの世界なのかがわからない上、護りが地上でどのような姿を
しているのかも定かではなく、探しようがありませんでした」
「2年前からは?」
「護りが発動している間、それが見えるのは発動者のみなのです。ほかの誰にも、護りを見つけることは出来ません。今現在、護りのある場所、そして、地上ヴァイでのその形も、知っているのは発動者である希由香と…」
一旦言葉を止め、コウはキノを見つめる。
「あなただけです」
立ったままのキノの身体が揺れた。
「私は知らないよ。どうやって知るの? その護りのことはもちろん、もうひとつの世界があるのさえ知らなかったのに?」
「それをあなたに思い出させるために、私がここに来たのです」
「思い出すってどういうこと? どうして私にキユカの記憶があるっていうの? キユカが現実にいるんなら、彼女に聞けば済むことじゃない」
「希音さん、落ち着いてください」
「何でキユカじゃなくて私に聞くの? 私はいったいキユカの何なの? 教えてよ!」
「…希由香に聞くことは出来ません」
キノを見つめたまま、静かな声でコウが言った。
「死んじゃったの?」
「いいえ、生きています。しかし、現在、意識がないのです」
「…何があったの?」
「わかりません」
キノは深く息を吸った。
「じゃあ、どうして私なの?」
「あなたと希由香が、同じ魂を持つ者だからです」
「同じ…魂?」
「以前、ここイエルとヴァイはひとつの世界でした。そこが二つに分離された時、その衝撃を直接受けた魂も、世界とともに引き裂かれてしまったのです。もちろん、幾度も転生を重ねるうちに、それぞれが個別の魂へと変化しています。しかし、もとはひとつであったものです。中には、その片割れを認識出来る魂も存在します。あなたのように。そして、更に力のある者であれば、自分の意識を相手の記憶に同調させることが可能です」
「私に、そんな力なんてない!」
「希音さん。では、何故あなたに、希由香の記憶を夢で見ることが出来ると思いますか?」
キノは崩れるように腰を落とす。
「あれは…キユカの記憶? 全部、本当にあったことだったの?」
「そうです」
「…コウジも?」
「実在します。あなたの見た夢には、常に彼がいたはずです。希由香の発動には、彼女の浩司への思いが関係していると思われるからです。愛情か憎しみか悲しみか、その感情はわかりませんが」
「憎しみ? あんなにコウジを愛してるキユカが、彼を憎むわけないじゃない」
コウの表情がわずかに硬くなる。キノは一瞬躊躇し、尋ねる。ずっと知りたかった、そして、知るのを怖れていたことを。
「二人は…どうなったの?」
「近いうちに思い出します」
「…別れたのね」
呟くようにキノが言った。コウは溜息をつき、両手を組んだ。宙を見つめたまま、ゆっくりと話し出す。
「同じ魂を持つ相手の記憶に同調するのは、極めて難しいことです。限られた人間にしか出来ません。現に、もし希由香があなたの記憶を探ろうとしても無理でしょう。けれども、あなたにはそれが出来ます」
コウの視線がキノへと戻る。
「あなたの思い出す希由香の記憶は彼女のものであって、あなた自身のものではありません。しかし、同調した記憶は鮮明に脳に刻まれます。そして、心にも。希由香の喜びや悲しみを、自分のものとして感じるはずです。感情移入などではなく、現実と同じ、実際の痛みを伴って…。希音さん、私は希由香に与えた悲しみを、再びあなたに与えなければなりません」
キノを見つめるコウの瞳は静かだった。
「それが、コウの役目なんでしょう?」
「…はい」
コウが目を伏せると、浩司本人がそこにいるようにしか見えない。その錯覚を、キノは何度も振払わなければならなかった。目を固く閉じ、思いきり頭を振る。
「大丈夫ですか? 少し休憩しましょう」
コウは時計に目をやった。13時54分。ドアの向こう側から、午後の強い陽が射し込んで来ている。
「希音さん、空腹ではないですか?」
その言葉にキノが笑う。
「そう言えば何も食べてないね。コウもお腹空いたでしょう」
キノが急に真顔になる。
「コウは、ラシャから来たんだよね?」
「はい」
「人間じゃ…ないのね?」
コウは、質問の意味がわからないというような顔をした。
「ラシャの者達は人間じゃないって聞いたから…それに…浩司そっくりになるな
んて、普通の人間には無理でしょう?」
「私は自分が何であるか知りません。護りのある場所をあなたに思い出させるために必要な情報を持って、ラシャから使わされて来ただけです」
キノの頭が少し混乱する。
「でも、コウ自身はないの? コウジの姿になる前は? ラシャの者じゃないの?」
「わかりません。このためのみに作られた存在なのかもしれません。私が何であるか判明しなければ、安心出来ませんか?」
「そうじゃないけど…」
「あなたに危害を加えることは有りません。ほとんどのことに従うようになっています。食事などの心配も無用です。私は6日間ここに留まりますが…」
「ここに? ずっと?」
キノが声を上げる。
「何か問題でも?」
「だって…私ひとりだし…」
「好都合です。私の存在は、他の人間には理解出来ないでしょうから」
「でも…」
「あなたが夢に見る浩司と偶然同じ姿をした私が、偶然にもリシールが話した内容と同じ妄想を持ち、偶然ここへ押し入ったと?」
二人は同時に笑い出した。
「偶然はないんでしょう?」
「はい。それでもお疑いなら…」
コウはおもむろに立ち上がり、開けたままになっていた寝室へのドアを閉めた。キノを振り返る。
「昨夜、ラシャからリシールの守る中空の間へ降りた私は、そこからここへ移動して来ました。見ていてください」
コウはドアに向かって左手を掲げる。
「すぐに戻ります」
「え?」
何をするつもりか聞こうとキノが口を開きかけた時、コウの手が白いドアの表面に触れた。そしてその瞬間、キノの目前で、コウの姿は掻き消えてしまった。
「キユカは実在するのね? もうひとつの世界に?」
「そうです。そして、力の護りを発動したのです。何故彼女が護りを持っていたのか、何を祈ったのかは不明です。それ以前に、何故彼女に発動することが出来たのか、私達には謎なのですが」
「どうして?」
「発動のための祈りの呪文は、ラシャの中でも唯一人、最上者しか知り得ないものだからです。地上の、しかも護りの存在そのものを知るはずのない人間が、祈りの呪文を知っていたとは考えられないのです」
「でも…発動したのね」
「はい。それは間違いありません。今も、ラシャの鏡には彼女の姿が映されているはずです。発動が偶然である可能性も、なくはありません。ごく少ない確率ですが」
「どういうこと?」
「希由香がそれと認識せずに護りを手にし発した言葉が、祈りの呪文と全く同一だった可能性です」
「そんなことが…」
「滅多にあることではないでしょう。しかし、起きたのです。偶然といいましたが、それは地上の者が好む表現です。全てのことは起こるべくして起こる、必然なのです」
「キユカが発動したのも?」
「そうです。今、世界は深刻な状態にあります。護りの力が今こそ必要な時、129年の間その存在の是非すら不明だった護りが、ヴァイにあることが明らかとなったのです。これが必然でなくて何なのでしょう。希由香の発動は、ラシャに護りを戻すために不可欠なものだったのです」
「129年間、ラシャはその護りを探さなかったの?」
「失われず存在しているのか、もしあるとするのならどの世界なのかがわからない上、護りが地上でどのような姿を
しているのかも定かではなく、探しようがありませんでした」
「2年前からは?」
「護りが発動している間、それが見えるのは発動者のみなのです。ほかの誰にも、護りを見つけることは出来ません。今現在、護りのある場所、そして、地上ヴァイでのその形も、知っているのは発動者である希由香と…」
一旦言葉を止め、コウはキノを見つめる。
「あなただけです」
立ったままのキノの身体が揺れた。
「私は知らないよ。どうやって知るの? その護りのことはもちろん、もうひとつの世界があるのさえ知らなかったのに?」
「それをあなたに思い出させるために、私がここに来たのです」
「思い出すってどういうこと? どうして私にキユカの記憶があるっていうの? キユカが現実にいるんなら、彼女に聞けば済むことじゃない」
「希音さん、落ち着いてください」
「何でキユカじゃなくて私に聞くの? 私はいったいキユカの何なの? 教えてよ!」
「…希由香に聞くことは出来ません」
キノを見つめたまま、静かな声でコウが言った。
「死んじゃったの?」
「いいえ、生きています。しかし、現在、意識がないのです」
「…何があったの?」
「わかりません」
キノは深く息を吸った。
「じゃあ、どうして私なの?」
「あなたと希由香が、同じ魂を持つ者だからです」
「同じ…魂?」
「以前、ここイエルとヴァイはひとつの世界でした。そこが二つに分離された時、その衝撃を直接受けた魂も、世界とともに引き裂かれてしまったのです。もちろん、幾度も転生を重ねるうちに、それぞれが個別の魂へと変化しています。しかし、もとはひとつであったものです。中には、その片割れを認識出来る魂も存在します。あなたのように。そして、更に力のある者であれば、自分の意識を相手の記憶に同調させることが可能です」
「私に、そんな力なんてない!」
「希音さん。では、何故あなたに、希由香の記憶を夢で見ることが出来ると思いますか?」
キノは崩れるように腰を落とす。
「あれは…キユカの記憶? 全部、本当にあったことだったの?」
「そうです」
「…コウジも?」
「実在します。あなたの見た夢には、常に彼がいたはずです。希由香の発動には、彼女の浩司への思いが関係していると思われるからです。愛情か憎しみか悲しみか、その感情はわかりませんが」
「憎しみ? あんなにコウジを愛してるキユカが、彼を憎むわけないじゃない」
コウの表情がわずかに硬くなる。キノは一瞬躊躇し、尋ねる。ずっと知りたかった、そして、知るのを怖れていたことを。
「二人は…どうなったの?」
「近いうちに思い出します」
「…別れたのね」
呟くようにキノが言った。コウは溜息をつき、両手を組んだ。宙を見つめたまま、ゆっくりと話し出す。
「同じ魂を持つ相手の記憶に同調するのは、極めて難しいことです。限られた人間にしか出来ません。現に、もし希由香があなたの記憶を探ろうとしても無理でしょう。けれども、あなたにはそれが出来ます」
コウの視線がキノへと戻る。
「あなたの思い出す希由香の記憶は彼女のものであって、あなた自身のものではありません。しかし、同調した記憶は鮮明に脳に刻まれます。そして、心にも。希由香の喜びや悲しみを、自分のものとして感じるはずです。感情移入などではなく、現実と同じ、実際の痛みを伴って…。希音さん、私は希由香に与えた悲しみを、再びあなたに与えなければなりません」
キノを見つめるコウの瞳は静かだった。
「それが、コウの役目なんでしょう?」
「…はい」
コウが目を伏せると、浩司本人がそこにいるようにしか見えない。その錯覚を、キノは何度も振払わなければならなかった。目を固く閉じ、思いきり頭を振る。
「大丈夫ですか? 少し休憩しましょう」
コウは時計に目をやった。13時54分。ドアの向こう側から、午後の強い陽が射し込んで来ている。
「希音さん、空腹ではないですか?」
その言葉にキノが笑う。
「そう言えば何も食べてないね。コウもお腹空いたでしょう」
キノが急に真顔になる。
「コウは、ラシャから来たんだよね?」
「はい」
「人間じゃ…ないのね?」
コウは、質問の意味がわからないというような顔をした。
「ラシャの者達は人間じゃないって聞いたから…それに…浩司そっくりになるな
んて、普通の人間には無理でしょう?」
「私は自分が何であるか知りません。護りのある場所をあなたに思い出させるために必要な情報を持って、ラシャから使わされて来ただけです」
キノの頭が少し混乱する。
「でも、コウ自身はないの? コウジの姿になる前は? ラシャの者じゃないの?」
「わかりません。このためのみに作られた存在なのかもしれません。私が何であるか判明しなければ、安心出来ませんか?」
「そうじゃないけど…」
「あなたに危害を加えることは有りません。ほとんどのことに従うようになっています。食事などの心配も無用です。私は6日間ここに留まりますが…」
「ここに? ずっと?」
キノが声を上げる。
「何か問題でも?」
「だって…私ひとりだし…」
「好都合です。私の存在は、他の人間には理解出来ないでしょうから」
「でも…」
「あなたが夢に見る浩司と偶然同じ姿をした私が、偶然にもリシールが話した内容と同じ妄想を持ち、偶然ここへ押し入ったと?」
二人は同時に笑い出した。
「偶然はないんでしょう?」
「はい。それでもお疑いなら…」
コウはおもむろに立ち上がり、開けたままになっていた寝室へのドアを閉めた。キノを振り返る。
「昨夜、ラシャからリシールの守る中空の間へ降りた私は、そこからここへ移動して来ました。見ていてください」
コウはドアに向かって左手を掲げる。
「すぐに戻ります」
「え?」
何をするつもりか聞こうとキノが口を開きかけた時、コウの手が白いドアの表面に触れた。そしてその瞬間、キノの目前で、コウの姿は掻き消えてしまった。
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