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151 信じてるし感じてるし、幸せだ:S

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紫道しのみち……いなくなんないでね」

 スパークした脳ミソと身体の間で意識がどこにあるかわからないまま、頭に響いた。

 自分の荒い呼吸。ドクドク速い脈。とうにキャパオーバーの快感がようやく少しずつ薄まって、徐々に戻ってくる本来の五感。
 ハッキリしない感覚の中。

 聞こえたのは、玲史の声か?

 玲史に決まってる。
 ほかに誰がいる?
 ここには俺たちしかいない。
 玲史の声だ。
 間違いない。間違えるはずがない。



 いるだろ……俺は、いる。俺が、いなくなるわけない……だろ……。



 快楽から飛んで醒めて、続く快楽。また。激しくて強い、身体以外の何かも奪われて埋められるれるような快楽。
 そして。

 今……いるよな玲史?
 胸らへんに重みを感じる。熱を感じる。首らへんがあったかい。
 近くにいる。くっついてる。ナカにはたぶん、もう……いない。
 耳に息がかかる。



「あーヤバい」

 呟きと熱くて湿った息。

「な……が……?」

 思ったように声が出ない。

「え?」

 触れた肌が離れる感触。

「気がついたの? 早いじゃん」

 目。開けて閉じて、視界復活。
 俺を見下ろす玲史がいる。

「さっき抜いたばっか。まだ10分くらいだよ」

「ま……だ、そん……も、か」

「喉枯れてる」

 玲史が笑う。

「水飲まなきゃね」

 ベッドが軋み。玲史に腕を引かれ、身体を起こす。

「い……ッ!」

 凝り固まった筋肉や筋がバリバリする。特に股。脚のつけ根が痛い。腰はそこそこ。
 玲史とつき合って。慣れたというには早いが、この類いの痛みは問題ない。

 あの快楽と引き換えなら安いってんじゃなく。玲史と俺が満たされる代償としちゃ、安いだろ。痛いのは身体だけだ。

「だ、じょ……ぶ、だ」

 聞かれる前に言うと、玲史の笑みが大きくなった。

「大丈夫なら、もう1回やる?」

「ッ……そ、れは……」

 嫌だとか無理だとか勘弁してくれとかじゃないが、出来ればもっと時間を空けてからがいいっつーか……今は積極的にやる気分じゃないっつーか、今日はもう十分っつーか……。

「じょーだんだよ」

 動きを止めた俺を楽しそうに見つめる玲史の瞳。

「残ってたの全部、きみの中に出しちゃったもん。今ね、すごく満足してるの」

 ギラギラグツグツしてない、やさしい瞳だ。



 普段の、どこか冷めてて淋しい……何にも期待してない感じの目じゃない。
 いつもの、俺に向ける欲情の混じった目じゃない。

 ただ純粋に好きなモノを見るような、熱過ぎないキラッとした幸福そうな……って。俺だろソレ。俺の気持ちが今、そういう感じだ。俺の瞳がきっと、そんなだ。
 今までにない幸福感みたいなこの気持ち、玲史も同じ……なんてことが、ある……のか?


「水分補給して、身体流して。何か食べよっか?」

「そう、だな」

 聞かれて頷いた。
 遅い昼飯を食っただけで夕飯は食ってない。まだ感覚がまともじゃないが、腹は減ってるはずだ。

「イタリアンじゃなくて、インスタントラーメンでいい? ジャンクな味のが食べたい」

「ああ……俺がつく、る……」

 ベッドから降りてすぐ、よろけた。

「きみのほうが、休養しなきゃだね」

 玲史が歯を見せて笑った。



 500ミリリットルの水を一気に飲み干してシャワーを浴び、ラーメンを食べ終えたのは23時半。
 カラカラだった喉は潤い、声は普通に出る。一緒に入ったバスルームでエロはナシ。玲史の作ったラーメンは、卵と厚切りハムがたっぷりでうまかった。
 性欲が満たされたところに食欲も満たされて、あとは睡眠欲……だが。

 頭がクリアになって、いろいろ気にかかってることがあったのを思い出し。

「話したくなけりゃ話さなくていいが、さっきの電話……明日、誰かと会うのか?」

 聞いた。



 俺には関係ないだろう。
 ほかの男と何かってのを疑ってるんじゃない。
 ただ、気になった。

 ただ、知りたかった。玲史のことを。もっと。



「エネマくわえてても、ちゃんと聞こえてたんだ?」

 隣に座る玲史が、ソファの背に頭を預けたまま俺を見上げる。

「必死に耐えてるきみ、かわいかったなぁ。期待通り。色気あって。いじめたくなって……」

「やめろ」

 顔がほてる。

「オモチャは好かない。俺はお前のほうが、ずっと……」

「イイ?」

「そりゃ……」

 顔がさらに熱くなる。

「そう、だろ」

「道具はやっぱ攻め足りないか。でも。起きた途端にイケるの、よかったでしょ?」

「俺を見てお前が楽しめりゃ、悪くないかもしれないが……」

「だから、ガマンして待ってたんだよね」

「……お前を寝かしときたかったし、な」

「だと思った」

 嬉しげに、玲史が頷き。

「電話はサキさんから」

 話を戻す。

「明日、母親と会うの」

 何も予想してなかったが、予想外で。

「僕に会いたいって毎年言われててさ。いつも断ってたんだけど、オッケーした。最後に会ったのは小学校に入る前。その時も、話したわけじゃないから……明日が初対面な感じ」

「そ……」

 ろくな相槌も打てない俺にかまわず、玲史が続ける。

「僕が3歳頃までは家にいたはずだけど、覚えてないんだよね。泣いてる母親に花をあげた記憶がぼんやりあるだけ。たぶん、物心ついたギリギリの頃」

「そう……か」

「今さら会っても何も変わらないし。話すこともないし。僕にとっては、知らない人だし」

「……けど、会うことにしたんだろ」

 何でだ?

 一抹より多めな不安。



 事情は知らない。
 玲史の母親がどんな人間か知らない。
 手放した息子に会いたがる理由はわからない……が。

 玲史を傷つける可能性がある。

 そのつもりはなくても。ほんの小さな傷でも。
 母親のつける傷は深いかもしれない。
 母親のつけた傷は、すでにあるのかもしれない。



 玲史を傷つけるヤツは、誰だろうと許さない。



「うん。きみがいるから」

「は……?」

 意味が、わからない。

「僕を好きでしょ?」

「好きだ」

 これは、わかる。
 今なら、断言出来る。

「本気で僕を好きだって思えるの、紫道が初めてだから」

 玲史が俺を見つめる。

「知らない母親も父親も、僕を好きって感じないし。ずっとひとりだったし。愛とか、見えないし感じたことないモノ……信じる道理がないじゃん? でも……」

 見つめ合う。

「今は、幻を信じるのもハッピーだってわかったし。気分いいからオッケーしたんだ」

 幻……? 何が……俺の……好きって気持ちが、か?

「僕も、きみが好きだよ。信じる?」

「ああ……信じる」

 信じてるし感じてるし、幸せだ。



 コレは幻か?



「じゃあさ……」

 玲史の瞳が満足げに微笑む。

「明日、きみも一緒に来る?」

「は……!?」



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