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141 帰りたいの:R

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 バスルームを出てから気をつけなきゃいけないこと。

 まだ、僕と清崇きよたかは恋人同士。傷ついてるけど、お互いへの気持ちは変わらない。お互いを気遣う感じで親密に。本当の恋人がそこにいても、絶対にそんな素振りは見せちゃダメ。
 紫道しのみちは僕の友達。幸汰こうたは清崇の友達。
 紫道と幸汰も同じように気をつけてくれると信じて。

 全然何ともないけど、ボロボロな感じを装う。ツラそうに。特に僕は、身体もしんどそうに。腰の痛みは引いてきてるけど、ダメージ負ってるふうに。
 紫道たちによけいな心配させちゃうけど。

 あとは。



 紫道たちと神野たちをモメさせない。



 僕と清崇の不在の間、和やかにお喋りして笑い合ってるなんて思ってない。
 紫道と幸汰の怒りは神野たちにも向けられてると思うし。たまきは神野の友達だけど、善人ぽいし。坂口は……コレに関して、すごく熱くなってるっぽいし。正義に満ち満ちたヒーローって人じゃないと思うんだけど、友井と博己ひろきの知り合いだから?

 何にしても。
 僕と清崇が犯されたのは合意の上で。ラチってレイプしてマワす悪人をやっつけるのとは微妙に違うじゃん?
 神野たちがクズじゃないとは言わないけどさ。

 とにかく。
 やっと終わったんだし。
 このせいで、僕と清崇以外に被害を出したくないし。
 紫道を安心させたいし。



 早く、帰りたいの。



 だから。出来るだけ早くここから立ち去るために、最善を尽くさなきゃ。

 そう思ってバスルームを出たら。

 イサカイは起きてない。
 暴力的行為があった気配もない。
 けど。何か……変な空気。固まってる。

 シンとしてるところに登場した僕と清崇に、リビングスペースにいる7人が注目……。



 え、みんなどうしたの? 何があったの? 何かあったの?

 聞くべき?
 待つべき?
 それとも。
 待たれてる?
 何か言うの、待ってる?
 何か言うべき……。

 まさか。
 紫道と幸汰のことバレたりしてない……よね?



 考えに気を取られ。
 腰に手を回して僕を支えたまま、無言で足を進める清崇に一瞬遅れ……よろけた。

「玲史!」

 声を上げたのは紫道で。7、8メートル離れたこっちに今にも駆け寄りそうで。
 なのに、動かず。さらに何か言おうとした口も閉じた紫道と目が合ってる、のは不自然じゃない。
 けど。ニッコリしたら不自然、だから。
 こらえる。
 嬉しくて、うっかり笑みそうになるのを。



 だってさ。
 僕を見てすぐに近寄らないし、声をかけない。今も、必死に黙って留まってる……てことは、紫道は友達の立場でここにいる。
 神野たちにバレてない。幸汰も坂口もたまきも、僕と清崇のウソを守ってくれてる。わかってくれてる。
 怒ってるはずなのに。心配して止めようとしてここまで来て、いろいろ言いたいはずなのに。

 嬉しい。プラス、わかってもらえてることに安堵して。気を緩めるのは、まだ早い。

 今の状況を把握して、さっさと帰る方向にしないと。



 紫道から目を逸らし。

「心配かけて、すみません」

 弱々しく。4人に向けて言う。

「僕たちは大丈夫、です」

「……無理すんなよ。ヨレヨレじゃん?」

 最初の声は坂口。意外にも、マジで心配してる顔。

「止めらんなくて、悪かった」

 申し訳なさげなたまきに、首を横に振る。

 写真を撮ったのは、たまきでも。コレはたまきのせいじゃない。僕と清崇がセフレ関係だったのは事実だし。
 僕たちが恋人のフリをしてることを電話で知って、紫道たちにしっかり伝えてくれたんだもん。逆に感謝してる。

「思ったより大丈夫そうでよかった」

 幸汰の視線と言葉は清崇に。

「あ……ああ、心配させちまって……ごめん、な」

 皮肉に聞こえたらしく、清崇は狼狽え気味。
 幸汰のセリフ。イヤミ成分もあるだろうけど、本当によかったって気持ちもあるはず。欲望で瞳が燃えてるから。今すぐ清崇を抱きたくて仕方がないんだよね、きっと。

「玲史……」

 紫道に呼ばれ、また目を合わす。今度は。すまなそうな顔を作り、続く言葉を待つ。
 ちょっと間が空いて。

「おつかれ」

 言った自分に驚いた顔をして。なぜか、すがるような瞳で僕を見つめる紫道。

 そのヒトコト……紫道の口から出るなんて、意外過ぎない!?
 でも。
 嬉しい。安堵。プラス……。



 あーやっぱり、マジで好き。



「うん……ありがと」

 思いきり笑めないのがもどかしいけど、ぎこちなく微笑んだ。
 紫道がホッとしたふうに息をついた。

 気が重かった再会はとりあえず済み、場が静まる。
 神野たちが何も言わないのは、どうして……え?

 博己が泣いてる……?

「何か、あったのか?」

 清崇も気づいたのか。バスルームから出た直後の疑問を、清崇が口にする。

「お前たち2人と話はついてるが、納得いかなけりゃ殴れ。文句はない。コイツらにそう言った」

 答えたのは神野。

「じゃあ……」

「何もしてない。勝手に泣き出したんだ」

 清崇の視線から先を読んで、幸汰が言う。

「気になるか?」

「いや……」

 清崇の否定を聞いて、友井が博己を見る。
 涙はあっても、博己の目はちゃんと開いてて……友井を見て微かに唇の端を上げた。

 なんだ。大丈夫じゃん。

「で、どうする? 坂口」

 神野に名指しで聞かれ、坂口が部屋を見回す。

 博己と友井。紫道。たまき。幸汰。清崇。僕。

「高畑、お前と清崇さん……マジでムリヤリじゃねんだな?」

「……うん」

 ほかの選択肢はなかったけど。

「後悔してねーの?」

「……うん」

 そこまで痛めつけられてないし。演技もバレてないし。
 紫道が無事だし。

「殴ってほしくは?」

「ないよ。もう終わったし、話も済んでるし……」

 やられてムカついてはいるけど。

 あんなエラそうに理不尽な理由つけて僕と清崇に復讐だ何だってやったくせに。今の神野、満足げじゃないんだもん。友井も。
 謝るとか、ないだろうし。後悔もないだろうけど。



 責められたがってる? 否定されたがってる?



 そんなふうに見えるから。
 殴られたがってるなら、殴ってあげないほうがいいでしょ。

「清崇さんは?」

「俺も、玲史と同じだ。今は……早く、帰りたい」

 そう。帰りたいの。早く。紫道のところに。

 同意を込めて、清崇の腕をぎゅっと掴んだ。

「玲史を、休ませたいし……」

 え。それは別に要らないけど。
 まぁ、恋人演技としてはグッド……。

「オッケー、でいい?」

 坂口の問いを受けて、幸汰が頷き。

「ダチとして、あとで言い訳くらい聞かせてもらうぜ」

 たまきが神野に凄み。
 神野が溜息をついた。

「リュウさん。高畑たち連れて、帰ります」

 坂口が神野に言って。

「けど、俺は納得してない。殴って気が晴れるとも思えない」

 友井に詰め寄る。

「お前とは、きっちり話……しなきゃ収まらねーからな。博己もだ」

「とーじ。理玖りくは俺のせいで……」

「わかった。今日は帰ってくれ」

 博己を遮って、友井が言った。

「行こう」

 すかさず、幸汰が場を促し。

「あ……神野。この先……」

「お前と玲史には一切関わらない。約束する」

 清崇が神野に確認して。
 最後に。
 神野。博己。友井。それぞれと1秒ずつ目を合わせ。

 全部終わり。



 先頭でドアへと向かう僕と清崇の後ろで、上がる声はナシ。

 博己と清崇の別れは済んでる。
 坂口とたまきはそれぞれの友達とまだ話し足りないみたいだけど、今は引いてくれる。
 幸汰と紫道は、早くここを出たいはず。



 やっと。
 906号室の外に出て。
 この部屋に入ってからずっと演じてた役を終えた。



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