毒舌セラピストによるお悩み解消は、やさしくないけど心の毒によく効きます!

Kinon

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第3章:彼女の浮気を疑いたくない

1. コソコソからワクワクへ 爽やか青年登場

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「こんにちは。カラーセラピー研究室『ドロック』にようこそ。助手の西園寺と申します」

 駅前の帰宅ラッシュ前。
 『ドロック』にやってきた男性は、入り口のドアを開ける前に執拗にキョロキョロと辺りを見回していた。

 このフロアには『ドロック』のほかには占いの店舗が一軒あるだけで、人通りはあまりない。にもかかわらず、人目を気にするように何度も廊下に視線を巡らせ、素早くドアの内側に身を滑り込ませてきたのだ。

 笑顔で挨拶しながら、内心はほんのりと気分を害していた。



 何でそんなにコソコソしてるの?
 まるでここがいかがわしい店みたいじゃない。入るところを誰かに見られたらマズいわけ?
 カラーセラピーが何かわかって来てるの?
 なんて。
 カリカリしちゃうのは自分がご機嫌ナナメだから、なんだけど。

 私の機嫌はクライアントには無関係。
 仕事に私情を持ち込むのは御法度ごはっとだ。



「セラピーをご希望でよろしいですか?」

「はい」

「では、こちらの受付表にご記入ください」

 カウンターの上に置かれた受付表とボールペンを見て、男性はおもむろにそれを掴んだ。

「向こうで書いていいですか?」

「え……?」

「向こうの……」

 男性の指差す方向には、ただの空間しかない。『ドロック』のこの部屋……受付ルームには、カウンターと簡易キッチンしかないのだ。

「あ……窓で書きます」

 はい!?
 窓? 窓で書くって……。

 呆気にとられる私に不自然な笑みを残し、カウンターの対面の壁に向かう男性。
 何もない部屋を横切り壁際に着くと、彼は腰の高さから140センチほどある窓に受付表をペタリとあててボールペンを動かし始めた。

 何でわざわざ……あ!

 ガラス張りのドアを見て納得。
 カウンターは外から見える。ここで受付表に記入している自分の姿を、誰かに見られたくないんだろう。



 でも……そこまで?
 正直、理解出来ない。
 カラーセラピーはマイナーだけど、受ける人が陰口を叩かれるようなものじゃない。このビルに入ってる占いと変わらない、お悩み相談所的な立ち位置だと思う。
 まぁ、一階下にある呪い専門の魔術系占い店は、入るところを見られたくないかもしれないけど。



「記入終わりました。これでいいですかね?」

 窓の前で、男性が声を上げる。

「確認します」

 そう言ってから、数秒間。
 私と男性は見つめ合ったまま固まった。



 あー……こっち来ないんだ?
 それってどうなの?
 見たところ、常識のありそうな男だけど……。

 男性は、中肉中背で黒髪短髪。チノパンに長袖Tシャツといったラフな服装で、清潔な身なり。人の好さそうなサッパリ顔は、女性に警戒心を持たれにくいと同時にドキドキもされなそう。
 いわゆる草食系男子的な爽やか青年。年のころは20代後半か。



 暫し男性を観察した後、カウンターから出る私の動きと連動したかのように、彼も足を動かした。
 それを見て、窓際に向かうのをやめて入り口のドアへと向かう。
 いつも通り『受付中』の札を『カウンセリング中』に変えて振り向くと、男性がいない。

 あれ……!?

 ガランとした室内をサッと見回す。
 いた。
 カウンターの前ではなく、入り口のドアの対面にあるセラピールームへのドアの脇。簡易キッチンの備え付けの棚の陰に、男性はちょっと隠れるような感じで立っている。

「すみません。これ……」

 受付表を差し出すも、男性の身体からだはそこから出てこない。

「あの、ここにいることに何か問題でも?」

 明らかに身を隠す様子の男性の前まで歩き、ダイレクトに尋ねた。

「いや、問題とまでいかないんですが、その……俺がここのセラピー受けること、知られたくない人がいるんで……」

「それなら、心配しなくても大丈夫ですよ。このビルは、このカラーセラピーのほかには占いの店舗しか入ってないので、目的があって来る以外の人の出入りはほとんどありませんから」

 安心させるように微笑んだ私に、男性は困った顔で頭を掻いて見せる。

「うん。いや、俺が見られたくないのって……彼女なんだけど、このビルのどこかにいる……占い師なんだ」

「あ……そう、だったんですか」

 だからなのか。
 男性の挙動の理由が判明し、害された気分が回復する。

「では、早く受付を済ませましょうか」

「よろしくお願いします」

 あらためて両手で受付表を差し出す男性に笑いそうになりつつ、それを受け取り目を通す。



 まずは、項目①の『あなたの呼び名(ニックネーム・ハンドルネームなど好きな名前)数字不可』の記入欄を確認する。

 書かれている名前は、『9hanataba』。

「9……これ、普通に数字の9にハナタバ、ですか?」

「はい。プレゼントであげる花束です」

「花束……」

「俺に似合わないのはわかってます。本物の花束じゃなくて、なんか占いの喜びのカードらしくて」

 男性は言い訳するかのように急いで説明する。

「彼女が自分にとって俺はそういう存在だからって言ってくれて……ネットのハンドルネームにしてるからつい書いちゃったんだけど、マズいですか?」

「いえ。ただ、数字は不可としているので『hanataba』だけにしますね」

「はい」

 元気よく了承する花束さん。
 呼び名に書かれた『9』を横線で消し、そのまま次の項目『相談内容(悩みを具体的かつ簡潔にまとめてください)』に進む。



『彼女が浮気しているかもしれない。真相を確かめずに、彼女を疑う気持ちをなくしたい』



 顔を上げて、花束さんを見つめた。

「記入漏れありました?」

「いえ……」

 もう一度受付表に目を落とし、セラピーを放棄しない旨の箇所にチェックがついていることを確認して頷いた。

「大丈夫です」

「この注意事項、面白いですね。ユーモアがあって」

 屈託のないその笑顔から、花束さんが本気で言ってるのがわかる。



 ユーモア、か。
 セラピストからの注意事項はパッと見、自分とクライアントは対等ですよという内容だ。でも、よく読んでみると、斜め上から目線の皮肉が含まれている。

 それがわかり、おまけにユーモアだと感じる花束さんは、見た目と雰囲気には出ない狡猾こうかつさを持ち合わせているのかもしれない。
 あるいは、私よりはるかに純粋でキレイな心の持ち主なだけってこともあり得るけども。



「本人に言ってあげると、たぶん喜びます」

「楽しみだなぁ。ここの先生に会うの」

 花束さんの期待をしぼませることもあおることも出来ず、このコメントはスルーさせてもらう。

「これは、葦仁いとよ先生に直接渡してください」

 受付表を花束さんに返した。

「では、先に料金の支払いをお願いします」



 花束さんはカウンターに来ることなく、その場で受け取った金を私がしまって戻るのを待っている。

「行きましょう」

 すぐそこにあるセラピールームのドアを手で示すと、花束さんはさらに口角を上げた満面の笑顔になった。

「はい!」



 遊園地の乗り物の順番がきて、ワクワクする子どもみたいだ。アトラクションが終わってもその笑顔を見せてくれることを願おう。

 そう思いながら、ドアを3回ノックした。



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