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第2章:息子の同性愛指向を治したい
7. 誰かに自信を持って言ってほしかった
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「自分の子どもが今幸せで、この先も幸せだと言う。そして、人を愛せる人間に成長してる。親として十分に幸せだって思わない?」
答える前に、清美さんは啓祐さんと視線を合わせた。
見つめ合う二人の瞳には、お互いへの愛情が映っているんだろう。二人が同時に微笑んだことでそれがわかる。
「そうね。幸せだわ……私」
清美さんの声は落ち着いている。
「ずっと、誰かに自信を持って言ってほしかった。今の啓祐は幸せだって……」
「誰も言ってくれなかったんだ」
葦仁先生の言葉に、清美さんが力なく頷いた。
「占い師はこんな感じかな? それは心配ですね、どうすればいいかみていきましょう。 セラピストだと、本人の心が軽くなるように、ご家族が前向きなサポートをしてあげてください」
「よくわかるわね」
清美さんが薄く笑う。
「相談する度に不安になったわ。同情する人、共感してくれる人、あれこれと対策を提示してくれる人……みんな、私の悩みを肯定して親身に話を聞いてくれたから」
「悩みを相談されたら、まぁ……そうだろうな」
「誰も、先生のように否定してくれなかった。だから、これはやっぱりよくないことなんだって思うじゃない」
「よけいな不安をどんどん周りに貼りつけられて隠されたせいで、そこにある事実を認められなくなったんだね」
「今はもう、認めたわ」
清美さんがキッパリと言う。
「先生。私の悩みは、悩みじゃなかった。ただの……自分勝手な思い込みだった」
潔い人だ。
これが本来の清美さん?
不安と恐怖でガチガチに覆われてた彼女の心の武装を、先生が解いたのか。
「違うよ。悩みじゃなくて息子への愛情だ。表し方がおかしかったから、変な形になってしまっただけ」
葦仁先生が、唇の端を上げた。
「それでも、確かに愛情だ」
「ありがとうございます」
清美さんが立ち上がり、頭を下げる。
「先生の言葉……痛かったわ」
「痛みは正気に戻るのに効果的なんだ。ごめんね」
首を横に振り、清美さんが啓祐さんに近づいた。
「ごめんなさい」
言い訳も弁解もない一言の謝罪。
清美さんの思いを受け止めた啓祐さんがイスから離れ、素早く彼女を抱き寄せる。
「俺がちゃんと言わなかったから。諦めてとか変わらないとか、しょうがないことなんだとしか……俺のほうこそ、ごめん」
清美さんの閉じた目から、こぼれた涙は一筋。
ごめんって言葉に込められた意味は違うけど、それぞれがしっかりと相手に届いたら……悩みと一緒にわだかまりもとけてなくなるもの。
時計を見やる。午後7時53分。
今日のセラピーは、カウンセリングで終了だ。
「啓祐くん」
葦仁先生も腰を上げ、クライアントの二人にあたたかい瞳を向けている。
「きみが自分を疑ったり後悔したりしない限り、他人の批判は力を持たない。幸せに生きてるなら、親に申し訳ないなんて思わないように」
「わかりました」
清美さんの背に回した腕を解き、啓祐さんが葦仁先生に向き直る。
「先生。俺、今日ここに来て本当によかった。ありがとうございました」
勢いよくお辞儀をして、笑顔を見せる啓祐さん。その横で、清美さんも頭を下げた。
「感謝します。先生に会わなかったら私……自分の子どもを苦しめる親になっていくことに気づけなかったわ」
「もう、怯える必要はないよ」
「ええ。もっと強くならなきゃ」
「世間の認識はいずれ追いつく。神と呼ばれる力の捉え方はいろいろだけど、信じたいなら自分の中に基準を作るといい。自分にだけ通用する神を。芸術家みたいにね」
「そうするわ」
「あ、そうだ」
葦仁先生が思い出したように部屋を見回す。
「あなたたちに2回目のセラピーは不要だけど、一応カラーセラピーだからね。今の心境に合う色を1枚選んで」
「選ぶって…この壁の絵から?」
「目につく色を。直感で」
グルっと一周視線を巡らせた清美さんは、ゆっくりと青い壁へと足を進めた。
張り詰めてはいない静かな空間の中。
壁の前を2往復ほどした清美さんが選んだのは、紫色の絵だ。祈るように胸の前で両手を組んだ女性が淡く描かれている。
「青みの深い紫は霊性の象徴だ。精神性の高みへの到達と、神聖な愛を表す。クリアな藍色は内省。心がブレたらこれを見て、幸せかどうか自分に聞いて確かめてみて。西園寺さん、B5のクリアファイルを」
「はい」
デスク脇のキャビネットから取り出したファイルを手に、葦仁先生が壁から絵を剥がすのを待つ。専用の粘土みたいなもので壁紙に接着されていたらしく、絵は簡単に外された。
私が渡したファイルに、葦仁先生が紫色の絵を挟む。
「どうぞ」
差し出されたファイルを受け取り、清美さんが再度頭を下げた。
「ありがとうございます」
「幸せに生きてください」
「先生も」
「もちろん、僕はそう決めてる」
強い意志の透かし見える瞳で笑う葦仁先生の視線の先で、啓祐さんが頷いた。
「俺もそうします」
「あなたにも、失礼な態度を取ったわ。ごめんなさいね」
清美さんが私に言った。
「いえ。悩みが解消されてよかったです」
「ありがとう」
「先生の評価が落ちなくてホッとしました」
「大丈夫。さらに上がるわ」
リラックスした表情で笑う清美さんを見て、自然に口元がほころぶ。
この部屋に4人で入った時はどうなるかと思ったけど。
心の奥にあるものが表に出ないうちは、最後まで何がどこに向かうのかわからない。
何にせよ。
笑顔で終わるセラピーは、やっぱりいいな。
答える前に、清美さんは啓祐さんと視線を合わせた。
見つめ合う二人の瞳には、お互いへの愛情が映っているんだろう。二人が同時に微笑んだことでそれがわかる。
「そうね。幸せだわ……私」
清美さんの声は落ち着いている。
「ずっと、誰かに自信を持って言ってほしかった。今の啓祐は幸せだって……」
「誰も言ってくれなかったんだ」
葦仁先生の言葉に、清美さんが力なく頷いた。
「占い師はこんな感じかな? それは心配ですね、どうすればいいかみていきましょう。 セラピストだと、本人の心が軽くなるように、ご家族が前向きなサポートをしてあげてください」
「よくわかるわね」
清美さんが薄く笑う。
「相談する度に不安になったわ。同情する人、共感してくれる人、あれこれと対策を提示してくれる人……みんな、私の悩みを肯定して親身に話を聞いてくれたから」
「悩みを相談されたら、まぁ……そうだろうな」
「誰も、先生のように否定してくれなかった。だから、これはやっぱりよくないことなんだって思うじゃない」
「よけいな不安をどんどん周りに貼りつけられて隠されたせいで、そこにある事実を認められなくなったんだね」
「今はもう、認めたわ」
清美さんがキッパリと言う。
「先生。私の悩みは、悩みじゃなかった。ただの……自分勝手な思い込みだった」
潔い人だ。
これが本来の清美さん?
不安と恐怖でガチガチに覆われてた彼女の心の武装を、先生が解いたのか。
「違うよ。悩みじゃなくて息子への愛情だ。表し方がおかしかったから、変な形になってしまっただけ」
葦仁先生が、唇の端を上げた。
「それでも、確かに愛情だ」
「ありがとうございます」
清美さんが立ち上がり、頭を下げる。
「先生の言葉……痛かったわ」
「痛みは正気に戻るのに効果的なんだ。ごめんね」
首を横に振り、清美さんが啓祐さんに近づいた。
「ごめんなさい」
言い訳も弁解もない一言の謝罪。
清美さんの思いを受け止めた啓祐さんがイスから離れ、素早く彼女を抱き寄せる。
「俺がちゃんと言わなかったから。諦めてとか変わらないとか、しょうがないことなんだとしか……俺のほうこそ、ごめん」
清美さんの閉じた目から、こぼれた涙は一筋。
ごめんって言葉に込められた意味は違うけど、それぞれがしっかりと相手に届いたら……悩みと一緒にわだかまりもとけてなくなるもの。
時計を見やる。午後7時53分。
今日のセラピーは、カウンセリングで終了だ。
「啓祐くん」
葦仁先生も腰を上げ、クライアントの二人にあたたかい瞳を向けている。
「きみが自分を疑ったり後悔したりしない限り、他人の批判は力を持たない。幸せに生きてるなら、親に申し訳ないなんて思わないように」
「わかりました」
清美さんの背に回した腕を解き、啓祐さんが葦仁先生に向き直る。
「先生。俺、今日ここに来て本当によかった。ありがとうございました」
勢いよくお辞儀をして、笑顔を見せる啓祐さん。その横で、清美さんも頭を下げた。
「感謝します。先生に会わなかったら私……自分の子どもを苦しめる親になっていくことに気づけなかったわ」
「もう、怯える必要はないよ」
「ええ。もっと強くならなきゃ」
「世間の認識はいずれ追いつく。神と呼ばれる力の捉え方はいろいろだけど、信じたいなら自分の中に基準を作るといい。自分にだけ通用する神を。芸術家みたいにね」
「そうするわ」
「あ、そうだ」
葦仁先生が思い出したように部屋を見回す。
「あなたたちに2回目のセラピーは不要だけど、一応カラーセラピーだからね。今の心境に合う色を1枚選んで」
「選ぶって…この壁の絵から?」
「目につく色を。直感で」
グルっと一周視線を巡らせた清美さんは、ゆっくりと青い壁へと足を進めた。
張り詰めてはいない静かな空間の中。
壁の前を2往復ほどした清美さんが選んだのは、紫色の絵だ。祈るように胸の前で両手を組んだ女性が淡く描かれている。
「青みの深い紫は霊性の象徴だ。精神性の高みへの到達と、神聖な愛を表す。クリアな藍色は内省。心がブレたらこれを見て、幸せかどうか自分に聞いて確かめてみて。西園寺さん、B5のクリアファイルを」
「はい」
デスク脇のキャビネットから取り出したファイルを手に、葦仁先生が壁から絵を剥がすのを待つ。専用の粘土みたいなもので壁紙に接着されていたらしく、絵は簡単に外された。
私が渡したファイルに、葦仁先生が紫色の絵を挟む。
「どうぞ」
差し出されたファイルを受け取り、清美さんが再度頭を下げた。
「ありがとうございます」
「幸せに生きてください」
「先生も」
「もちろん、僕はそう決めてる」
強い意志の透かし見える瞳で笑う葦仁先生の視線の先で、啓祐さんが頷いた。
「俺もそうします」
「あなたにも、失礼な態度を取ったわ。ごめんなさいね」
清美さんが私に言った。
「いえ。悩みが解消されてよかったです」
「ありがとう」
「先生の評価が落ちなくてホッとしました」
「大丈夫。さらに上がるわ」
リラックスした表情で笑う清美さんを見て、自然に口元がほころぶ。
この部屋に4人で入った時はどうなるかと思ったけど。
心の奥にあるものが表に出ないうちは、最後まで何がどこに向かうのかわからない。
何にせよ。
笑顔で終わるセラピーは、やっぱりいいな。
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