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第1章:ダメ男とばかりつき合ってしまう
4. 私はダメ男なんて求めてない!
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「先生って……恋愛向きじゃないですね。せっかくモテそうなのに」
問うように片方の眉を上げる葦仁先生。
マオさん……この人なかなか骨があるじゃない。
先生の持論をただ肯定して言いなりになるクライアントは……つまらないから。
これは期待出来るかも。
「相手の言動を冷静に分析したり裏を読んだり。恋愛ってそんな頭でするものですか?」
「頭で考えてたら恋なんか出来ないだろう。僕がこうして話してるのは第三者としての考察と……かつての経験からだよ」
「安心しました」
葦仁先生の答えに、マオさんが満足そうに微笑んだ。
「続けてください」
「それとは逆に」
微かな笑みを口元に浮かべ、葦仁先生が仕切りなおす。
「私のために生きろ。私のために死んでくれ。そう言うのは簡単じゃない。愛される覚悟が要る。相手のすべてを引き受ける自信がなければ言えないセリフだからね。多大な責とリスクを負うのは愛される側なんだ」
「そんなふうに考えたことなかったな……愛する側が尽くして犠牲を払ってるイメージで」
「これは僕の意見で万人共通のものじゃないけど、きみも少しは共感出来る?」
「なんとなくは……。そこまで激しくっていうか強く誰かを愛せるかは別として、だけど」
「十分だよ。じゃあ、本題に戻ろう」
「はい」
「きみにとってのダメ男はわかった。次に、どこに惹かれるのか。ダメなところがあっても好きでつき合うなら、欠点を上回る魅力があるんだろう。外見が好みだとか経済力があるだとか、やさしいところ、ポジティブなところ、指の形が好き、声や匂いが好きでもいい」
マオさんが暫し考え込む。
「最初に見て生理的に嫌じゃない外見で、一緒にいて疲れない。無理して自分をよく見せようとしなくて済む人……かな」
「相手の魅力というより、つき合うのに自分が楽な人を選んでる。結果、ダメ男ばかりだ……と」
「いけませんか? 自分に合う人といるほうが安らげるでしょ」
ちょっとムッとした表情でマオさんが言った。
「いけなくはないよ」
葦仁先生が私を見る。
「西園寺さん。用意してください」
「はい」
返事をして立ち上がり、デスクの横にあるキャビネットに向かう。
「きみの抱える問題が判明したから、セラピーに移ろう」
葦仁先生の言葉に、マオさんが眉を寄せる。
「何を悩んでるか、始めから知ってるじゃない。そこに書いてあるんだから」
「その原因だよ。つまり、きみが何故わざわざダメ男を求めるのか。それをきみ自身が理解すれば、この先はもうダメ男とつき合うことにはならない。自分が本当に求めている相手と出会い、恋をして愛を育めるようになる」
「私はダメ男なんか求めてないってば! ちょっと話しただけで何でそんなこと言い切れるの!?」
声を荒げるマオさん。
期待通り、おとなしく丸め込まれるタイプじゃないらしい。
気が強い女性って、私は好き。逆に、ウジウジしたり無視を決め込む女は嫌いだ。
まぁ、男のウジウジはもっと嫌だけど。
クライアントの種類はだいたい三つに分けられる。
ひとつは、先生の言葉をまるで神の啓示みたいに受け入れ、何の疑いもなく従う人間。
もうひとつは、自分の考えや主義主張を否定する先生に食ってかかる人間。このタイプは、先生の言うことが正しいと感じても、決定的な証拠か明確な理論を突きつけられるまでがんばる。
そして、クライアントの7割はここに入る。
三つめは、自分を見せない、読ませない人間。唯一、葦仁先生と互角にやり合える。
この種類のクライアントは激レア。ぜひ来てほしい。
「僕の判断する理由を事細かく説明してもいいけど、時間がもったいない」
「な……」
「これから、目で見て納得させてあげる。忘れた? ここで行うのはカラーセラピーだよ。単なるお悩み相談所じゃない」
「先生」
このタイミングで、二人の間に割って入る。
A4サイズのホワイトボードにマスキングテープでB5サイズの水彩紙を固定したものを2枚、葦仁先生に手渡した。
「この紙に、色を描いてもらう」
「描くって……私、絵なんか描けません」
葦仁先生への憤りを寸断されたマオさんの意識が、目の前に置かれたボードへと移る。
「描くというより、ただ紙に色をつけるだけだよ。きみが選んだ色で」
その言葉に続いて7枚の色見本シートをテーブルに並べる私と、マオさんの目が合った。
『大丈夫よ』と瞳で伝えながら頷いてみせる。
「悩んでいる今の自分を表す色を2色、この中から選んで。何も考える必要はない。正解はないからね。直感でこれと感じる色でいい」
マオさんが色見本を眺める。
このセラピールームと同じ、赤系、青系、黄色系に加え、紫系、緑系、オレンジ系に分けられた6枚と、黒茶グレー系の1枚。合わせて約120色の長方形が描かれた色見本シートだ。
いつ見ても思う。
選択肢、多過ぎじゃない?
何で赤が20色もあるの? 紫も。緑なんて30色以上!
そりゃあ、一口に赤って言っても、オレンジよりの赤とかピンクとか鮮やかな深紅とか。全部微妙に違う色だってことはわかってる。
緑だって、枯れた草色から黄緑、緑、エメラルドグリーン、ターコイズグリーンって広いレンジがあるのは見てわかる。
でも、せめてこの半分で十分だと思うのね。
問うように片方の眉を上げる葦仁先生。
マオさん……この人なかなか骨があるじゃない。
先生の持論をただ肯定して言いなりになるクライアントは……つまらないから。
これは期待出来るかも。
「相手の言動を冷静に分析したり裏を読んだり。恋愛ってそんな頭でするものですか?」
「頭で考えてたら恋なんか出来ないだろう。僕がこうして話してるのは第三者としての考察と……かつての経験からだよ」
「安心しました」
葦仁先生の答えに、マオさんが満足そうに微笑んだ。
「続けてください」
「それとは逆に」
微かな笑みを口元に浮かべ、葦仁先生が仕切りなおす。
「私のために生きろ。私のために死んでくれ。そう言うのは簡単じゃない。愛される覚悟が要る。相手のすべてを引き受ける自信がなければ言えないセリフだからね。多大な責とリスクを負うのは愛される側なんだ」
「そんなふうに考えたことなかったな……愛する側が尽くして犠牲を払ってるイメージで」
「これは僕の意見で万人共通のものじゃないけど、きみも少しは共感出来る?」
「なんとなくは……。そこまで激しくっていうか強く誰かを愛せるかは別として、だけど」
「十分だよ。じゃあ、本題に戻ろう」
「はい」
「きみにとってのダメ男はわかった。次に、どこに惹かれるのか。ダメなところがあっても好きでつき合うなら、欠点を上回る魅力があるんだろう。外見が好みだとか経済力があるだとか、やさしいところ、ポジティブなところ、指の形が好き、声や匂いが好きでもいい」
マオさんが暫し考え込む。
「最初に見て生理的に嫌じゃない外見で、一緒にいて疲れない。無理して自分をよく見せようとしなくて済む人……かな」
「相手の魅力というより、つき合うのに自分が楽な人を選んでる。結果、ダメ男ばかりだ……と」
「いけませんか? 自分に合う人といるほうが安らげるでしょ」
ちょっとムッとした表情でマオさんが言った。
「いけなくはないよ」
葦仁先生が私を見る。
「西園寺さん。用意してください」
「はい」
返事をして立ち上がり、デスクの横にあるキャビネットに向かう。
「きみの抱える問題が判明したから、セラピーに移ろう」
葦仁先生の言葉に、マオさんが眉を寄せる。
「何を悩んでるか、始めから知ってるじゃない。そこに書いてあるんだから」
「その原因だよ。つまり、きみが何故わざわざダメ男を求めるのか。それをきみ自身が理解すれば、この先はもうダメ男とつき合うことにはならない。自分が本当に求めている相手と出会い、恋をして愛を育めるようになる」
「私はダメ男なんか求めてないってば! ちょっと話しただけで何でそんなこと言い切れるの!?」
声を荒げるマオさん。
期待通り、おとなしく丸め込まれるタイプじゃないらしい。
気が強い女性って、私は好き。逆に、ウジウジしたり無視を決め込む女は嫌いだ。
まぁ、男のウジウジはもっと嫌だけど。
クライアントの種類はだいたい三つに分けられる。
ひとつは、先生の言葉をまるで神の啓示みたいに受け入れ、何の疑いもなく従う人間。
もうひとつは、自分の考えや主義主張を否定する先生に食ってかかる人間。このタイプは、先生の言うことが正しいと感じても、決定的な証拠か明確な理論を突きつけられるまでがんばる。
そして、クライアントの7割はここに入る。
三つめは、自分を見せない、読ませない人間。唯一、葦仁先生と互角にやり合える。
この種類のクライアントは激レア。ぜひ来てほしい。
「僕の判断する理由を事細かく説明してもいいけど、時間がもったいない」
「な……」
「これから、目で見て納得させてあげる。忘れた? ここで行うのはカラーセラピーだよ。単なるお悩み相談所じゃない」
「先生」
このタイミングで、二人の間に割って入る。
A4サイズのホワイトボードにマスキングテープでB5サイズの水彩紙を固定したものを2枚、葦仁先生に手渡した。
「この紙に、色を描いてもらう」
「描くって……私、絵なんか描けません」
葦仁先生への憤りを寸断されたマオさんの意識が、目の前に置かれたボードへと移る。
「描くというより、ただ紙に色をつけるだけだよ。きみが選んだ色で」
その言葉に続いて7枚の色見本シートをテーブルに並べる私と、マオさんの目が合った。
『大丈夫よ』と瞳で伝えながら頷いてみせる。
「悩んでいる今の自分を表す色を2色、この中から選んで。何も考える必要はない。正解はないからね。直感でこれと感じる色でいい」
マオさんが色見本を眺める。
このセラピールームと同じ、赤系、青系、黄色系に加え、紫系、緑系、オレンジ系に分けられた6枚と、黒茶グレー系の1枚。合わせて約120色の長方形が描かれた色見本シートだ。
いつ見ても思う。
選択肢、多過ぎじゃない?
何で赤が20色もあるの? 紫も。緑なんて30色以上!
そりゃあ、一口に赤って言っても、オレンジよりの赤とかピンクとか鮮やかな深紅とか。全部微妙に違う色だってことはわかってる。
緑だって、枯れた草色から黄緑、緑、エメラルドグリーン、ターコイズグリーンって広いレンジがあるのは見てわかる。
でも、せめてこの半分で十分だと思うのね。
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