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六踏
山小屋
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その当時、雑誌やテレビでひっきりなしに報道されていた有名な野宿ライダーというものに憧れ、買ったばかりのバイクで各地を巡っていた頃。
この日は東北地方までバイクを走らせ、目的地に着いた頃には、もうとっぷりと日が暮れてしまっていた。
どこか野宿できそうな所を探すが、なかなか見つからない。
ひたすらバイクを飛ばして、いつの間にか人気のない山の麓の方まで来てしまった。
仕方なく引き返そうとすると、木々に囲まれた小屋のようなものが見えた。
周りに道などは何も無く、密度の低い林の中にぽつりと佇んでいる。
多方、山小屋かなにかだろうと思い、近くにバイクを止め、戸口をノックした。
案の定、中からの返答はない。
ドアの中央にあった磨りガラスを覗いてみるが、中でなにかが動いている気配もない。
ダメもとでドアノブに手をかけ、引っ張ってみると、木製のドアが気味の悪い音を立てて開いた。
しめた。
そう思い、急いで中に入る。
非常識な行動をしているとの自覚はあったが、背に腹はかえられない。
中に誰もいないことを確認すると、荷解きをして灯りをつけた。
カコンと古臭い音と共に、これまた古臭い蛍光灯からやつれた光がさした。
ガサガサとした木製の肌触りが足裏に障って、なんとなく靴下は履いておこうと思った。
だだっ広い部屋の中には、小さな机が置いてあるのみだった。
机には引き出しが付いており、好奇心からこれも開けてみた。
中には縦長の小さな紙切れがひとつ。
これには書風の文字で“禁制“と書かれていた。
曰く、
“一つ、不要不急の出入りを禁ず
一つ、忌儀の贄 守人に非ずは出入りを禁ず
一つ、子の刻を過ぎ 日が昇る迄 一切の灯りを禁ず“
思わず頭を捻った。
難解ではあるが、大体の意図は読める。
要約すれば、関係者以外、関係者であっても用がなければ、この家屋に立ち入るなということだろう。
子の刻というのは、夜の12時。
夜の12時を過ぎると灯りをつけてはいけないらしい。
“忌儀“というのはなんなんだろうか。
忌まわしい儀式、何らかの風習であろうか。
1人で考えても仕方が無い。
明日地元の人間にでも聞こう。
そう思って、寝袋を広げ灯りを消した。
とりあえずは12時以降に灯りを付けなければいいのだろう。
いざとなればそんな紙など見なかったと、シラをきればいいのだ。
そう自分に言い聞かせて、床に就く。
連日の長旅の疲れは、慣れない土地においても容易く眠りにつかせてくれた。
ふと、真夜中に目が覚めた。
おぼろげな頭で携帯を探す。
頭の周辺をまさぐると、触りなれた硬い感触が指先に伝わってきた。
引っ張り出して起動させると、眩しいディスプレイの光が一時二十分を指す。
まだ夜か。
そう思い、電源を切って再び寝ようとすると、小屋の外からかすかに、木の葉の擦れる乾いた音がし始めた。
落ち葉で埋もれた地面を、這うような音がだんだんと近づいてきてくるような気がする。
その音の尋常ではない速さと、こちらを真っ直ぐに向かってくる躊躇いのなさに、野性的な勘が一気に警鐘を鳴らした。
昨晩の記憶が雪崩のように蘇ってきた。
“一つ、子の刻を過ぎ 日が昇る迄 一切の灯りを禁ず“
まずい。
そう思い、咄嗟に携帯を寝袋の下に隠し、その場にあったタオルをかぶって無理やり目を閉じた。
何かがこちらに向かってくる。
クマか、蛇か、それともそんなモノとはまた異なる、恐らくは人ではない何かが。
いつの間にか、にじみ出た恐怖が止めどない震えとなって激しく体を揺さぶり始める。
必死で近くに置いたリュックにぶら下げてあった交通安全のお守りを引きちぎり、胸の前で握りしめた。
一体どれほどそうしていたのだろうか。
外で延々と鳴っていた、草葉をかき分ける音がピタリと止んだ。
そっと頭をもたげ、暗がりの室内を見渡す。
靴下を履きっぱなしであったことに気づいて、着の身着のままでここから出てしまおうか。
そう思って音を立てないように寝袋から体を出す。
必死の思いで体を脱して、屈むように上体を起こしたその時だった。
念仏のような低い男の声が、地の底から鳴り始めた。
声の主は、ドアのすぐ外にいるようである。
磨りガラスの向こう、何者かが此方を覗くようにして佇んでいる。
不思議と大きな驚きはなかった。
その代わり、はたりと腰が抜け、全身の鳥肌が沸き立った。
脱出のため恐怖に立ち向かおうと奮い立った心が、いとも簡単にポキリと音を立てて折れた。
声はどんどんと増えていっているようだった。
これ以上の恐怖を拒絶するかのように、脳の奥なら甲高い耳鳴りがし始めた。
二つの音の不協和音に、吐き気をもよおした。
際限なく増える声は家屋を取り囲み、不気味な声色を発し続けていた━━━━━
記憶はそこで途切れている。
目覚めると太陽はとうに高く登り、小屋の中は昼間の明るさに包まれていた。
悪い夢かとも思ったが、寒かったというのに尋常ではない汗を全身にかいていた。
それと、手のひらの中にぐしゃぐしゃになった交通安全のお守りが入っていた。
弾かれたように外に飛び出し、バイクを走らせ、その後の計画を全て断念して家に逃げ帰った。
未だに俺は、あの小屋の中で震えながらドアを睨む夢を見ることがある。
その間、ドア奥の人物は何をする訳でもなく、子鹿のように震える俺を磨りガラス越しに、じっと覗き見ているのである。
この日は東北地方までバイクを走らせ、目的地に着いた頃には、もうとっぷりと日が暮れてしまっていた。
どこか野宿できそうな所を探すが、なかなか見つからない。
ひたすらバイクを飛ばして、いつの間にか人気のない山の麓の方まで来てしまった。
仕方なく引き返そうとすると、木々に囲まれた小屋のようなものが見えた。
周りに道などは何も無く、密度の低い林の中にぽつりと佇んでいる。
多方、山小屋かなにかだろうと思い、近くにバイクを止め、戸口をノックした。
案の定、中からの返答はない。
ドアの中央にあった磨りガラスを覗いてみるが、中でなにかが動いている気配もない。
ダメもとでドアノブに手をかけ、引っ張ってみると、木製のドアが気味の悪い音を立てて開いた。
しめた。
そう思い、急いで中に入る。
非常識な行動をしているとの自覚はあったが、背に腹はかえられない。
中に誰もいないことを確認すると、荷解きをして灯りをつけた。
カコンと古臭い音と共に、これまた古臭い蛍光灯からやつれた光がさした。
ガサガサとした木製の肌触りが足裏に障って、なんとなく靴下は履いておこうと思った。
だだっ広い部屋の中には、小さな机が置いてあるのみだった。
机には引き出しが付いており、好奇心からこれも開けてみた。
中には縦長の小さな紙切れがひとつ。
これには書風の文字で“禁制“と書かれていた。
曰く、
“一つ、不要不急の出入りを禁ず
一つ、忌儀の贄 守人に非ずは出入りを禁ず
一つ、子の刻を過ぎ 日が昇る迄 一切の灯りを禁ず“
思わず頭を捻った。
難解ではあるが、大体の意図は読める。
要約すれば、関係者以外、関係者であっても用がなければ、この家屋に立ち入るなということだろう。
子の刻というのは、夜の12時。
夜の12時を過ぎると灯りをつけてはいけないらしい。
“忌儀“というのはなんなんだろうか。
忌まわしい儀式、何らかの風習であろうか。
1人で考えても仕方が無い。
明日地元の人間にでも聞こう。
そう思って、寝袋を広げ灯りを消した。
とりあえずは12時以降に灯りを付けなければいいのだろう。
いざとなればそんな紙など見なかったと、シラをきればいいのだ。
そう自分に言い聞かせて、床に就く。
連日の長旅の疲れは、慣れない土地においても容易く眠りにつかせてくれた。
ふと、真夜中に目が覚めた。
おぼろげな頭で携帯を探す。
頭の周辺をまさぐると、触りなれた硬い感触が指先に伝わってきた。
引っ張り出して起動させると、眩しいディスプレイの光が一時二十分を指す。
まだ夜か。
そう思い、電源を切って再び寝ようとすると、小屋の外からかすかに、木の葉の擦れる乾いた音がし始めた。
落ち葉で埋もれた地面を、這うような音がだんだんと近づいてきてくるような気がする。
その音の尋常ではない速さと、こちらを真っ直ぐに向かってくる躊躇いのなさに、野性的な勘が一気に警鐘を鳴らした。
昨晩の記憶が雪崩のように蘇ってきた。
“一つ、子の刻を過ぎ 日が昇る迄 一切の灯りを禁ず“
まずい。
そう思い、咄嗟に携帯を寝袋の下に隠し、その場にあったタオルをかぶって無理やり目を閉じた。
何かがこちらに向かってくる。
クマか、蛇か、それともそんなモノとはまた異なる、恐らくは人ではない何かが。
いつの間にか、にじみ出た恐怖が止めどない震えとなって激しく体を揺さぶり始める。
必死で近くに置いたリュックにぶら下げてあった交通安全のお守りを引きちぎり、胸の前で握りしめた。
一体どれほどそうしていたのだろうか。
外で延々と鳴っていた、草葉をかき分ける音がピタリと止んだ。
そっと頭をもたげ、暗がりの室内を見渡す。
靴下を履きっぱなしであったことに気づいて、着の身着のままでここから出てしまおうか。
そう思って音を立てないように寝袋から体を出す。
必死の思いで体を脱して、屈むように上体を起こしたその時だった。
念仏のような低い男の声が、地の底から鳴り始めた。
声の主は、ドアのすぐ外にいるようである。
磨りガラスの向こう、何者かが此方を覗くようにして佇んでいる。
不思議と大きな驚きはなかった。
その代わり、はたりと腰が抜け、全身の鳥肌が沸き立った。
脱出のため恐怖に立ち向かおうと奮い立った心が、いとも簡単にポキリと音を立てて折れた。
声はどんどんと増えていっているようだった。
これ以上の恐怖を拒絶するかのように、脳の奥なら甲高い耳鳴りがし始めた。
二つの音の不協和音に、吐き気をもよおした。
際限なく増える声は家屋を取り囲み、不気味な声色を発し続けていた━━━━━
記憶はそこで途切れている。
目覚めると太陽はとうに高く登り、小屋の中は昼間の明るさに包まれていた。
悪い夢かとも思ったが、寒かったというのに尋常ではない汗を全身にかいていた。
それと、手のひらの中にぐしゃぐしゃになった交通安全のお守りが入っていた。
弾かれたように外に飛び出し、バイクを走らせ、その後の計画を全て断念して家に逃げ帰った。
未だに俺は、あの小屋の中で震えながらドアを睨む夢を見ることがある。
その間、ドア奥の人物は何をする訳でもなく、子鹿のように震える俺を磨りガラス越しに、じっと覗き見ているのである。
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