黒竜住まう国の聖女~呪われ令嬢の終わりと始まり~

奏ミヤト

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第五章 絡み合う思惑の果て

辺境の礼拝堂にて

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 翌日。キリアンはレナートと騎士隊を連れて、川を干上がらせる原因となった崖崩れの現場へ、私はセルマや神官と共に、イーリスを筆頭に少数の護衛を連れてオスタルグの礼拝堂へと向かうことになった。

「イーリス」
「ミリアムの護衛なら代わらないわよ」
「……何も言っていないだろう」
「あら、違ったの? 顔に書いてあるから、てっきりそうだと思ったのだけど」
「そんな顔はしていない」
「はいはい、そう言うことにしておくわ」
「おい!」

 私達よりも先に城を出るキリアン達を見送りに出た際、レナートとイーリスの間でそんな会話が交わされたものの、結局私の護衛が変更されることはなく。
 代わりに、十分気を付けるようにと久々に呆れるくらい私へ念を押すレナートの過保護が顔を覗かせる姿を見て、私達は気の付けようがないほどに長閑な道中を、礼拝堂へと真っ直ぐ進んで行った。

 *

 私達が向かった礼拝堂は、災害が発生する前までは澄んだ水を湛えていたのだろう干上がった川のそばにあった。礼拝堂の前には小さいながらも広場があり、遠目からでも様々に作業をする人々の姿が見受けられた。
 セルマの話によれば、礼拝堂には災害で家を失ったり、半壊したりして住めなくなった者、家が災害に遭う危険性がある者が避難しているのだと言う。そして、フェルベルグ地方官主導の手厚い救援活動と礼拝堂周辺の住民の助けも借りながら、短くない避難生活を送っているそうだ。
 幸い、現在は一年の中で最も暖かく食糧不足の心配がない季節であることから、避難民達は多少の不便はありながらも、十分な生活ができているらしい。そのお陰か、人々の顔には笑顔こそあっても、この先を強く悲観した暗い色は見られない。
 それでも、不安を押し隠して無理に明るく過ごしている……そんな不自然さが微かに漂っているように、私には見えた。

 馬車の窓へ向けていた体を元に戻し、胸に手を当てて深呼吸をする。
 これから私は、そんな彼らの前へ姿を現さなければならないのだ。初めて、正真正銘リーテの愛し子として。
 公にはそのことは発表されていないのに、どうしてこんなことになってしまったのか。経緯を思い出せば出すほどに、憂鬱な気持ちが湧いてくる。
 私が慰問の話を聞いた当初思い描いていたのは、セルマのお供だった筈なのだ。極力目立たずセルマに付いて回って慰問をこなし、こっそりリーテに祈って、あわよくばその祈りが通じて現状に変化が起こればいいなと言うくらいの。
 それなのに、現実の私はこれまでのリーテの愛し子が公的な活動の際に着用したと言われている礼服を身に纏い、申し訳程度に頭にベールを被って髪色を和らげただけの格好でいる。
 レナートにはよく似合っていると褒められ、その言葉には私自身、気恥ずかしく思いつつもうっかり喜んでしまったけれど、こんな姿で人々の前に出れば、瞬時に私がリーテの愛し子だと発覚するだろう。まだ普通の服であれば、髪色が緑なだけの子供で押し通せたかもしれないのに。

「そんなに緊張なさらなくても平気よ、ミリアムさん。皆、分かっていますから」
「その通りでございます、ミリアム様。そのお姿を見せていただくだけで皆安心いたしますから、どうか気負われませんよう」
「……はい」

 セルマと神官それぞれの言葉に頷きつつ、昨夜セルマから服を手渡されて驚く私に、キリアンが何の問題もないと笑った時のことを思い出し、私は深呼吸とは別に小さくため息を零した。

 フェルベルグ地方は国境に接する地。王都からは、馬車で優に十日以上かかる辺境の地でもある。その為、王都の情報がこの地へ届くまでには、それなりに時間がかかる。その逆もまた然り。
 けれど、毎年祈願祭に合わせて王都へ赴くセルマが今年はフェルベルグの祈願祭に姿を見せたことで、実は辺境でありながら、この地にはどこよりも早く私の存在が伝わっていたのだ。
 勿論、セルマが王都へ行かなかった理由を詳細に語ったわけではない。けれど、少なくともセルマが行かずとも滞りなく王都の祈願祭が行われる――セルマの代わりに泉の乙女役を担う人物が現れた――と言うことだけは、セルマが王都へ出発する素振りがないことに気付いた時点で、フェルベルグの民の殆どが察していたのだ。
 その為、祈願祭からしばらくしてフェルベルグに正確な情報がもたらされた時には、この地の人々は誰もがリーテの愛し子の存在を確信していたのだそうだ。

 そして、そんな彼らが取った行動はと言えば、リーテの愛し子の存在を声高に叫ぶことではなく、礼拝堂へ赴くことだった。再びエリューガルの地にリーテの愛し子を遣わしてくれた神へ、ただ静かに感謝と祈りを捧げる為に。
 だからこそ、近頃頻発する災害は人々により強い不安を与えているのだと言う。皆が感謝を伝えた筈なのに、神が怒りを表すように崖が崩れ土砂が流れ、女神を象徴する水が干上がってしまったのだから。
 キリアンが素直に神官を私に会わせ、セルマの要請にもすぐに応じたのには、そう言った理由もあったのだ。

 なるほど、キリアンが問題ないと言うのは十二分に理解したけれど、前日の夜に突然そんな事情を明かされた私の身にもなってほしい。何事にも、心の準備と言うものがあると言うのに。キリアン達に久々にしてやられた腹立ちと、相変わらず学習しない自分自身への呆れも相俟って、正直なところ、今に至っても私は現状に素直に納得しきれていない。
 もっとも、慰問に行くことに私自身が最初に頷いてしまっているので、強く文句も言えないのだけれど。
 余談だけれど、この話は、実は祈願祭開催の半月以上前には既に私を祈願祭に出すことは決定されていたのだと、私に気付かせるものにもなった。
 どうりで、開催数日前に突然祭りに誘われたにしては、私用の泉の乙女の衣装や祝宴のドレスがしっかりと用意され、フェルベルグといい勝負なくらいには遠い西の地方にあると言う実家から、テレシアが宝飾品を送ってもらえていたわけだ。

 薄々疑問に思ってはいたけれど、十分な準備期間を考えて事前に決めていたのであれば、納得できる。
 とうに過ぎたことなので、今更このことについてとやかく言うつもりはないけれど、こう言うことは本当にこれっきりにしてほしい。
 とは言え、これらのことに思い至ってうっかり半眼で睨み付けてしまった時、キリアンは狼狽えながらも笑って誤魔化し、レナートはあからさまに私から視線を逸らし、イーリスは手本のような綺麗な笑顔を浮かべて惚けると言う態度だったので、この先も繰り返されそうな気はするのだけれど。
 そんなことを考えていれば、川に掛かった橋を渡り礼拝堂前に到着した馬車がその動きを止める。

「では、行きましょうか」
「はい」

 セルマに応えて、私はしっかりと顔を上げた。
 キリアンが自信を持って問題ないと言うのなら、もう腹を括って出るしかない。
 最後に胸元に手を伸ばし、そこにあるリーテの雫の小瓶の存在を確かめて、私は開いた扉からセルマに続いて馬車を降りた。

 *

 やって来た馬車がミュルダール家のものであることは、その家紋とセルマが頻繁にこの地へ慰問に訪れている為に、皆知っているのだろう。まず馬車から降りたセルマの見慣れた姿に、人々がまるで挨拶をするように感謝の言葉を口にするのが聞こえてくる。
 けれど、その後ろに続いた私の存在に気付いた途端、その場はどよめきに支配された。神官と近衛騎士であるイーリスを両脇に控えさせて歩む私はそれだけでもただ者ではないのに、やはり服装とベールの下の髪色は嫌でも目立つらしい。
 気付いた誰もがはっと息を飲み、どこからともなく「泉の乙女」や「リーテの愛し子」との呟きが聞こえ始めると、一気に人々の注目が私に集まった。誰もが固唾を呑んで私に視線を注ぎ、目にしたものに対して静かに期待が膨れ上がるのが分かる。そして、限界まで膨らんだそれが今にも歓声に代わると私が覚悟した時――私が目にした光景は、予想とはまるで違うものだった。

 誰も彼もが心から安堵の表情を浮かべ、黙って地面に膝を付いて胸元で手を組み、私に向かって深々と頭を下げたのだ。年老いた人の中にはそのまま祈りの言葉を唱え始める人もいて、私は思わず神官に顔を向けてしまった。
 誰も騒ぎ立てず、声高に私を示す名を言うこともない。静まり返った広場に立っているのは、この場にやって来たばかりの私達だけ。
 予想外過ぎる事態と人々の私に対する態度のあまりの恐れ多さに、私はたちまち焦ってしまう。けれど、人々の反応を予想していたらしい神官は私の顔を見返して柔らかく苦笑し、気にすることはないと緩く首を振るだけ。
 前を歩くセルマも振り返った顔がそのままでいいと私に告げるので、私はイーリスと視線を交わし合い、セルマに倣って微笑みながら、黙って人々の間を抜けて礼拝堂へと進んで行った。

 古めかしく重い扉を潜って入った礼拝堂の中は、想像よりも雑然としていた。
 恐らく、普段ならば祈りの為の椅子が規則的に並べられていたのだろうそこは、最奥に女神リーテを模した石造が安置されている以外は、避難民の為の居住空間にすっかり様変わりしていたのだ。
 自由に外を出歩くことが困難な体の不自由な人や怪我人、幼い子供を持つ女性などが、明るい堂内の思い思いの場所で椅子に座ったりテーブルを囲んだり、簡易ベッドに横になったりして過ごしている姿がある。
 こちらも室内の明るさがそうさせるのか、外で作業をしていた人達同様、悲愴な雰囲気は一切窺えない。椅子の陰からこちらを興味深そうに見つめる小さな子供の視線に気付いて微笑めば、私に見つかったことに驚いたのか恥ずかしがったのか、子供は慌てて母親の元へと駆けてしまった。
 その微笑ましい光景にほっとしていると、堂内にいた神官の一人が私達に歩み寄ってきた。腰に巻いた帯がクルードの黒をしていることから、その人がこの礼拝堂の責任者だと分かる。

「ミュルダール夫人。いつも、ご訪問いただきありがとうございます」
「皆さん、お変わりありませんか? 困りごとがあれば、遠慮なく仰ってくださいね」
「お気遣い、感謝いたします」

 軽く頭を下げた神官が次に顔を上げた時、その視線が私達を捉えた。近衛騎士であることを示す騎士服を身に纏うイーリスの存在と王都へ赴いた神官、そして最後に二人の中央にいる私を見て軽く目を瞠り、ああ、と感極まった様子の吐息が零れる。
 神官はゆっくりと私の前へやって来ると、白髪の多いその頭を深々と下げた。

「何とお礼を申し上げたらよいのでしょう……。まさか、我々の要請を受け入れて遥々王都からおいでいただけるとは。どれほどの感謝の言葉を述べても足りません。本当に……本当に、よくおいでくださいました、ミリアム様」
「いえ、そんな。私に、皆さんの期待に応えられるような力があるか――」
「そのようなこと。あなた様がこの地へおいでくださった、ただそれだけで我らの心は救われるのです。こんなに喜ばしいことがあるでしょうか。ああ、女神リーテよ、あなた様の慈悲に感謝いたします……」

 老齢の神官は今にも涙しそうなほど顔をくしゃくしゃにし、皺だらけの両手で私の手を優しく握り締め、何度も感謝の言葉を口にする。
 気付けば、堂内で過ごしていた人々も静かに手を組み頭を下げて、私の訪問に感謝を示していた。その姿は、まるで神を前にしているかのようだ。実際に彼らが目にしているのは、ろくな力も持たない名ばかりの愛し子の私なのに。
 私は居た堪れなくなって、慌てて神官の手を握り返した。

「あ……あの、神官様。それに皆さんも、どうか顔を上げてください。私は少しでもお力になれるならと思って、ここへ来ただけなんです。ですから、どうかそんなに畏まらないでください」

 これならいっそ、大声を上げて騒ぎ立てられた方がどれだけましだっただろう。
 私は生まれた瞬間から敬われる存在だったキリアンとは違って、異国の下女落ち貴族で常に周囲に頭を下げ続ける側だった。これまでの人生でだって、こんなに大勢の人に畏まられた経験はない。だから、どんな態度でいればいいのか分からなくて混乱してしまう。

「おお……何と言う労わりのお心でしょう。遠き東の国々では、あなた様のようなお方を聖なる乙女と仰るそうですが、ミリアム様はまさにその名に相応しいお方でございます……」
「で、ですから……」

 祖父と言って差し支えない年齢と見える神官にとって、私の存在はよほど神聖なものに映っているらしい。
 辺境であり、いくら元王女のセルマが近くに嫁いできたとは言っても、彼が信奉するリーテに連なる者がこの地を訪れることは、恐らくそう多くはなかったのだろう。二十五年前からはカルネアーデ一族は事実上消え去り、リーテの愛し子までもが国外へと出てしまったのだから、なおのこと叶わぬ願いだった筈だ。
 きっと、誰よりリーテに連なる者の訪問を切望していたのはこの神官だろうし、そうであれば願いが叶って感極まるのも無理はないとは思う。けれど、いつまでも私の手を握って感動されると言うのも、どうにも困ってしまう。

 慰問とは言うけれど、このあと私達は避難民へと食事を提供することになっているのだ。今頃、外では私達と共に来たミュルダール家の私兵がその準備に取り掛かっている筈で、私達もできれば早めにそちらを手伝いたい。
 私は助けを求めて、そっと周囲に視線を送った。そうすれば、神官の一人が心得たように歩み寄ってくれる。私の手を離さない神官へ優しく声を掛けて自然な動きで私から彼を引き離すと、ついでに女神像の前へどうぞと促してもくれた。
 私は神官に感謝して、老齢の神官のあまりの感動振りに苦笑するセルマと共に女神像の元へと進む。
 白大理石で作られた女神像は天窓から差し込む光に輝いて、とても美しかった。アーデの泉で相対した時の姿とは異なるものの、こちらに向ける慈愛の眼差しは実際に目の当たりにしたリーテを彷彿とさせ、私は思わず目を細めた。あの時私に触れたリーテの温かさを思い出し、またお会いできないだろうかとそんな思いが微かに過る。

 私は床に膝を付き、手を組んで頭を垂れた。そしてゆっくりと目を閉じると、女神像のその先にいるであろうリーテに対して静かに祈った。
 これ以上の災害が発生することのないように。干上がってしまった川に再び水が戻るように。私がこの地にやって来たと言うだけで涙を流して喜ぶ人がいる場所に、これ以上何も悪いことが起こることのないように――どうか、リーテにこの声が届きますようにと願いながら。
 と、私の頬を何かが掠める気配がした。それはリーテのものによく似て、思わずはっとする。けれどそこに女神の存在を感じることはなく、かと言って、悪意や嫌悪を感じる気配と言うわけでもなかった。
 不思議に思って私が目を開ければ、次いで聞こえてきたのは微かな声。

〝――……ァ……アァ……、イ…………、ィ、タイ…………――〟

 高く低く何重にも割れた声が、私の中に直接響く。

(何……?)

 慌てて周囲を見回してみるけれど、見える範囲に声の主がいる気配はない。その間にも苦しげな声は徐々に大きさを増し、こちらまで苦しみを想像して顔が歪んでしまいそうなほど、はっきり「痛い」と私に告げてくる。

(誰……? 誰の声なの?)

 咄嗟に「あなたは誰?」と中空に向かって問うてみるけれど、返ってきたのは吹き荒ぶ風にも似た、痛みを訴える声ばかり。そして――

〝……イタイ……イタイ、イタイイタイイタイイタイ……痛イ―――――ッ!!〟

 一際大きく声が弾けたその瞬間。痛みに胸が引き裂かれるような感覚と共に逆巻く風が礼拝堂の扉を押し開け、その衝撃が落雷にも似た轟音を生んだ。

「――っ!」

 あまりのことに声も出せずに体を掻き抱き、思わずその場に蹲る。耳の奥がキンと鳴り、平衡感覚までもが一瞬ぶれて、私は思わず床に倒れ込みそうになった。

(駄目……っ!)

 ここでそんな姿を晒せば、ここにいる人達を不安に陥れてしまう。安心させる為に来たのに逆に不安を強くさせては、本末転倒だ。
 慌てて手を出した私は、けれどそれが床に付く前に、しっかりとした腕に体を支えられていることに気が付いた。

「ミリアム様、お怪我はありませんか?」

 聞こえた声に勢いよく顔を上げれば、至近距離にイーリスの顔。そのことで、突風が吹いたあの一瞬に、イーリスが私を守るように覆い被さってくれていたのだと知った。これでは、周囲にはきっと私が蹲ったのもイーリスに庇われたからだと見えるだろう。
 恐らく私だけに聞こえただろう声に同調して痛みを感じてしまっていたなんて、それこそ周りを心配させてしまうだけ。反射的な行動だったとは言え、変に思われることがないことにほっとしつつ、私は真っ直ぐこちらを見つめる護衛としての視線と見合い、問題ないと頷いた。
 頭の奥に「痛い」と叫んだ声こそこびりついてはいるけれどすっかり聴覚は元に戻り、痛みが走った感覚も、今はもうない。そこまで確かめて、私はそんなことより重要なことに思い至って、はっとした。
 あれだけの突風が吹いたのだ。礼拝堂内はどうなってしまっただろう。セルマや神官、ここにいた人達は。子供は。イーリスだって、私を庇って怪我をしてやしないだろうか。

「わ、私のことよりイーリスさんに怪我はありませんかっ? それにセルマ様や皆さんも! ご無事ですか!?」

 私はイーリスの腕の中から身を乗り出すようにして、慌てて左右を見回した。けれど、神官に支えられてこそいたものの、セルマも中にいた人々にも怪我を負った様子はなかった。それどころか、椅子やテーブルなど堂内の物が吹き飛ばされた形跡もなく、扉が全開になっていることを除けば、入って来た時と何一つ変化しているものはない。
 その扉の先でも、人々が驚いた顔をこちらへ向けている以外に被害らしい被害はなく、剣を抜いて警戒態勢を取る私兵の姿が、いっそ滑稽にすら映るほどだ。

「私は何ともありませんよ、ミリアムさん。皆も無事です」
「今の風は、何だったのでしょう」
「まさか、女神リーテが……?」
「ミリアム様に何かをお伝えになられた?」

 セルマに続いて、神官達が恐る恐ると言った体で口を開き始める。けれど、視線を私に集中されても、私にも何が何だか分からない。
 ふるふると首を振る私を見下ろし、神官達が顔を見合わせ、首を捻る。
 ただ、一つだけはっきりしていることは、あれだけの風にも拘らず被害が皆無であることから、悪意を持って吹いたものではなかったと言うことだ。エディルで遭遇した突風のことが一瞬頭を過ったけれど、あちらは少なくない被害を出していたことを考えると、それとは別物なのだろう。
 そして、恐らく突風を発生させた原因と思しき私だけに聞こえた声については、生憎と皆目見当もつかない。慰問後にキリアンには報告すべきだろうけれど、それまでは徒に不安を煽ることにもなりかねないことは、私の胸の内にしまっておいた方がいいだろう。
 今の出来事を頭の中で整理しながらイーリスの手を取って立ち上がり、私は不安そうに礼拝堂前に集まる人々へ向かって微笑んだ。
 今はまず、人々から不安を取り除くことが先決だ。

「皆さん、驚かせてしまいましたね。けれど、どうか安心なさって。どうやら、彼女の祈りを喜んだ誰かの風の悪戯だったようですから」

 私の隣に並んだセルマも落ち着き払った様子でそれらしいことを告げ、私も同意するように大きく頷いた。そうすれば、たちまち人々の表情が緩んでいく。被害がないことが目に見えている分、セルマの言葉に説得力もあったのだろう。加えて、私には聞き馴染みがないけれど、風の悪戯と言うものも、もしかしたらこの国ではよくあることなのかもしれない。

「さあ、皆さん。これから食事にいたしましょう。手の空いている方は手伝ってくださいな」

 気を取り直したセルマの言葉に真っ先に反応したのは、礼拝堂の中にいた子供達だ。やった、と歓声を上げながら、我先にと広場へ向かって駆けて行く。それを切っ掛けに、集まっていた人々にも安堵と明るさがはっきりと戻り、扉の前の人だかりが徐々に消えていった。
 私もその流れに従い、セルマと共に広場へ向かって歩き出す。

 そうして、大勢で賑やかに食事の準備が始まった広場に乱入者が現れたのは――いくつものテーブルが広場に並び、配膳を始めた頃のことだった。
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