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第四章 母の故国に暮らす

特別なお守り

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 先ほど私の立っていた位置からは少し離れた場所にあると思っていたけれど、どうやら風によって椅子に座らされると同時に、近くまで移動もさせられていたらしい。ウゥスの見せてくれた力にばかり驚いて、全く気が付かなかった。

「聖域の者に会ったのが初めてと言うことでしたが……リーテの愛し子は、お守りも初めてでいらっしゃる?」
「いえ。お守りは以前、友人からいただいたことがあります」
「そうですか。では、お守り返しもなさったことがおありで?」
「……お守り返し?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げれば、私がお守りに関する知識に乏しいと理解したのだろう。ウゥスは一つ頷き、ではご説明しましょうと、お守り返しを始めとして、店内で売られている商品について簡潔かつ分かり易く説明してくれた。

 曰く、お守り返しは読んで字の如く、貰ったお守りに対する礼として、お守りを相手に贈ることを指すのだそうだ。そして多くは、お守りの効果があったと贈られた側が感じた場合に行われる。
 その為、はっきり効果の有無が分かるもの――例えば、妊婦に対する安産祈願、騎士を目指す兵士に対する出世成就、怪我や病気をした者に対する平癒の守り、旅行の道中の無事を祈る旅守り……等々が、主なお守り返しの対象となる。とは言え、特に親しい間柄であれば、お守りを貰ったことそのものに喜び、その礼にとお守り返しをすることもよくあるそうで、厳密な決まりはない。要は、気持ちの問題なのだそうだ。故に儀礼的に行われることは殆どなく、親しい者の間でやり取りされることが一般的なのだとか。

「いただいたお守りが手作りであれば、こちらも手作りをお返しするのが主流ですね。返すお守りの種類は、贈る相手様のことを思って選んでいただければ、いただいたお守りとの関連性はなくて構いません」

 なお、このお守り返し、時に男女間の親密さを測る為にも使われるのだと言う。
 一例を挙げれば、男性が気になる女性に対して既製品のお守りを贈り、そのお守り返しとして女性から手作りを贈られれば、脈あり。既製品で返されるなら関係の発展はあまり望めず、そもそもお守り返しがなかったならば、それは潔く諦めよとの女性からの返答なのだと。
 勿論、その逆も然りと言うことだけれど、この手のことは女性の方が狡猾だったりする。
 一人で何人もの気になる男性にお守りを贈っておいて、その中から最も好反応だった男性を付き合う相手に選ぶのだ。

「ところで。あなた様にお守りを贈られたご友人と言うのは、男性で?」

 ウゥスの糸目が不意ににまりと弧を描き、その声が潜められる。隠しきれない興味がそこには覗いていて、私は思わず苦笑した。
 確かに、私にお守りを贈ってくれた友人は男性だ。ただし、男性ではあるけれど、残念ながらウゥスが望むような男女の話には発展しそうにない相手である。

「……はい。小さな男の子です」

 私がこれまで王城で過ごしていたことは、ある程度の人には知られている。そんな私が口にした「小さな男の子」。王城でそんな風に称される存在は、恐らく一人だ。名前を出さずとも、ウゥスにははっきりと伝わったことだろう。それでなくとも、レナート達と顔見知りらしいウゥスのこと、それなりに詳しく事情を知っていそうである。
 果たして、ウゥスは私の返答に対して「ほ」と口を開いて驚き、眉の遥か上で切り揃えられた前髪のお陰で出ている額を、ぺしりと軽く叩いて笑った。

「なるほど、なるほど。そうでしたか」

 糸目が心なしか柔らかく見えたのは、これまでのエイナーの状況を知っているからか、私の気持ちがそう見せたのか。
 エイナーから貰った手作りのお守りを思い出して、自然と温かな気持ちが胸に湧く。勿論、医師を始めとした周囲の人達の尽力のお陰であるのは間違いないだろうけれど、私の怪我の回復を祈って作ってくれたあのお守りがあったからこそ、きっと私は死んでしまうことなく、傷を癒してここまで元気になることができたのだ。
 言葉では何度も感謝を伝えたけれど、お守り返しと言う、より明確にはっきりとした形で相手に感謝を伝える術があるのなら、私も――

「ええ、そうですね。ぜひ、お守り返しのお守りをお作りになってください。きっと相手様も喜ばれるでしょう」

 まるで私の内心の思いに返事をするかのようなウゥスの一言に、私は驚き瞬いた。まさか口に出ていたかと慌てて口を押さえてみるも、それは呆気なくウゥスに笑われて終わる。

「あなた様のお顔は非常に分かり易い。それだけです」
「は、ぅ……」

 恥ずかしさに身を竦める私にウゥスの柔らかな糸目が向けられ、その手が陳列台に並んだ浅い木箱に伸びた。

「お守りは、祈りを込める核、込められた祈りを作用させる聖紋、この二つを一つにしたものが、基本的な作りになります」

 核、と言って示されたのは、木箱に入った木片と石だ。よくよく説明書きを見れば、安価な順に数種類の香木片と、その倍以上の数の鉱石が種類ごとに分けて入れられていた。それぞれの木箱には、核に適するお守りの種類も書かれており、実に分かり易い。

「核となる素材は色々取り揃えてはおりますが、高価なものであれば必ず素晴らしい効力を発揮してくれると言うものでもありませんから、その都度、ご事情にあったものをお選びになるのがよろしいでしょう。大事なのは、核に込めるあなた様の祈りですから」

 ウゥスの説明に頷きながらも、私の視線はどうしても香木片より鉱石へと向いてしまっていた。
 私が貰ったお守りのあの重みを思えば、中身が鉱石であることは明らかだ。お返しに贈るのであれば、最低限、貰ったものに見合うものをお返しにするのが礼儀と言うものだろう。
 私は色とりどりの鉱石とそれに適するお守りの種類を眺めながら、エイナーへどんな思いを込めたお守りを渡すべきか頭を悩ませる。

 一番は、この先エイナーへ降りかかるだろう身の危険を退けられるものがいいのだけれど、そうなると最も適するお守りは厄災除けになるだろうか。それとも逆に、厄災を跳ね除けるほどの幸運がエイナーに訪れることを祈るべきか。はたまた、厄災が降りかかってもそれに立ち向かえるだけの強さが与えられることを祈った方がいいのか。
 それとも、ここはいっそそれら全てを祈って……いや、それは流石に欲張りすぎだろう。そもそも、一つで全ての祈りを叶えてしまえる万能のお守りなんてものが存在するのであれば、こんなにお守りに種類がある筈もない。
 一体、どんなお守りを作って贈れば、エイナーをこの先の危険から守ってくれるだろう。彼の力になってくれるだろう。
 大切なものであるが故に、一度悩み始めるとなかなか一つに決められない。

 ある鉱石に手を伸ばしかけては引っ込め、別の鉱石にしようと手を伸ばして、やはり止める。そんなことを、二、三度は繰り返しただろうか。こればかりは私の気持ちが最も重要だと心得ているらしいレナートもラッセも、私自らが選ぶのを見守るようにその口が開くことはなく、これまでの買い物の中で最長の黙考時間が経過する。
 静かな店内に響くのは、時計が時を刻む規則正しい音ばかり。その時、流石に見かねたらしいウゥスから、言葉がかかった。

「悩まれておいでですね、リーテの愛し子」
「すみません……」
「いえいえ、構いませんよ。大抵のお客様は悩まれますから。ですが、選ぶのに時間がかかりすぎてもこの後のご予定に差し支えるでしょうし、せっかく風に呼ばれて来てくださったのですから、お約束の日には早いですが、とっておきのお守りの作り方をお教えしましょう」
「何かあるんですかっ?」

 私が思わずウゥスへと食い付けば、笑われながらも彼の首がはっきり縦に動く。

「えぇ、勿論。愛し子であるあなた様だからこそ、作ることのできるものです」

 そして、すっとウゥスの指が私の頭部を指差した。この話をする為に、私から帽子を取り上げたのだと言わんばかりに。

「あなた様の御髪を使うのですよ」
「髪……?」
「私ども聖域の者やあなた様のような愛し子の髪には、力が宿っているのです。だからこそ、只人にはない色になるわけでして」

 思ってもみなかったものを挙げられて、私は素直に戸惑った。それに、髪にも力が宿っていると言う話は、私がこれまで城の図書館で読んだどの文献でも目にしていない。
 もしかしたら、私が読んでいない文献には記述があったのかもしれないけれど、泉の乙女についての文献は、その殆どに目を通したと自負している。それなのに、一文だって記述はなかった。
 キリアンの騎士であるレナートはこのことを知っているのだろうかと後ろを振り向けば、軽い首肯。ではラッセはと視線を動かせば、その顔にはやや戸惑いが浮かんでいた。その顔のまま、躊躇いがちに口が開く。

「ウゥス殿、その話って僕は聞いちゃまずくありません? キリアン殿下に仕えてる兄さんやミリアムはともかく、一般人ですよ、僕? 聞かなかったことにして、話が終わるまで店の外に出てましょうか?」

 ラッセが懸念するように、城の書庫にすら記述のある文献がない――あるいは、よほど少ない――と言うことは、それだけ秘するべき事柄だと言う証拠だ。そんな秘密を一般の人間が知る筈がないし、知り得てはいけない。
 それをさらりと口にされた驚きと戸惑いは、恐らくこの国の常識に疎い私よりもラッセの方が大きいだろう。ラッセの反応を目にして、私は遅れてようやく驚きに慄いた。
 けれど、当のウゥスは糸目を笑ませたまま、その表情に変化はない。

「その必要はございませんよ。お宅様の事情は耳に入っていますし、ご両親様もご存知のこと。この先のことを考えて、今の内に若旦那のお耳にも入れておいていただくべきと、私と愛し子殿下が判断したことです。ですから、お約束の日には若旦那にも同席を願ったわけですし。無論、他言は無用に願いますが」

 ウゥスが冗談めかして口元に人差し指を持って行けば、ラッセも少しばかり表情をおどけさせて応じる。ただし、その言葉は真剣そのものだ。

「そこは心得ています。信用第一、僕も商人の端くれですから」

 ラッセがはっきりと頷いたのを見たウゥスが、私へも「ご内密に」と囁いてから、気を取り直すように一度、軽く手を打ち鳴らした。

「――それでは、ご説明とまいりましょうか」

 言葉と共に、ウゥスが徐に自分の髪を一本引き抜く。そして、陳列された核の中から最も大粒な鉱石を一つ、取り出した。

「私ですと……これくらいでしょうか」

 人差し指ほどの長さの一本の髪と、胡桃ほどの大きさの一つの鉱石。手の平に乗せられたそれを示して、ウゥスが言う。聖域の民であるウゥスの、短い髪一本に宿る力の大きさを鉱石の大きさで表すとしたら、この程度であると。

「この量の力を使えば……そうですね、先ほどお見せした風で例えれば、この店が入っている建物一棟を倒壊せしめる風を起こすことが可能です。髪に宿る力の大きさは長さに比例しますので、長ければ長いほど、力は大きくなるものと単純にお考え下さい」

 そして、愛し子である私の一本の髪に宿る力の大きさとしてウゥスが摘まみ上げたのは、親指の爪ほどの大きさの鉱石だった。
 ころりと手の平に乗せられた鉱石を、私は思わず見つめてしまう。ウゥスに比べれば、遥かに小さい。ウゥスが建物を倒壊させるとしたら、私は一部屋をぐちゃぐちゃにできる程度だろうか。
 それでも、私のたった一本の髪にこの大きさとは、私の髪を全て束ねれば、一体どれほどの力が髪だけに宿っていることか。そして、それほどに大きな力を宿す髪を使ってお守りを作れば、それは確かに、とっておきの特別なお守りになることだろう。
 途端に、私は自分の髪が恐ろしいものに思えて、知らず緊張で喉が鳴った。

「兄さんが言う『ミリアムの身の安全を守る』って、髪の毛の一本に至るまでとは、流石の僕も思わなかった……」

 私と同じく事の重大さを初めて知らされたラッセも、その顔をやや引き攣らせている。けれど、レナートはこともなげに肩を竦めるだけで、ラッセから向けられるわずかに慄く色を宿した視線にも、殊更大きな反応はしなかった。

「大袈裟に考えすぎだぞ、お前。不埒な輩を護衛対象に接近させない、接触させないなんて、護衛としては何も特別なことじゃない」

 ラッセに向かって言いつつ、私の頭にもぽんと手を乗せるレナートは、相変わらず私のことがよく分かっているらしい。たっそれだけの行動なのに、私の中の不安が安堵に変わり、無意識に力を入れてしまっていた肩からするりと力が抜けていく。
 更に、ウゥスがその通りですよと追随して、私とラッセから緊張を取り去ってくれた。

「第一、髪を切り落としたり引き抜いたりしたところで、ただの人には内包された力を使うことはできません。それに、そのまま放置していれば時間の経過と共に髪から力は失われますので、実のところ、特別気にすることではないのです。抜け毛に至っては、内包された力が失われて抜けますので、ただの髪ですし」

 それでも、髪一本にすら力が宿ると広く知られれば、髪そのものを狙う不埒者が現れないとも限らない。人に善人と悪人がいるように、聖域の民にも善人と悪人が存在するのだ。
 人と聖域の民、その両者の悪人が手を組めばどうなるか。そしてそうなった場合、王族であるクルードの愛し子よりは、ただの元貴族の娘であるリーテの愛し子の方が、圧倒的に狙われる対象となり得る。髪の秘密を知る者の数は、少ないに越したことはないのだ。
 そんな話の最後に、余談としてウゥスから教えられたのは、交わりの名残を持つ人の髪について。
 ウゥスが言うには、彼らの髪にも微かに力は宿っているのだそうだ。ただし、その力は愛し子にも到底及ばない砂粒にも満たない微々たるもので、名残を持つと示す程度のものでしかないのだと。

「聖域の者からすれば、どの神の名残であるか一目で分かるので、眺めているだけでも割と楽しいのですがね」

 わずかに脱線し、場の空気に笑いの気配が混じったところで、一体いつからそこに入れていたのか、ウゥスが懐から無色透明の液体で満たされた壺型の小瓶と櫛を取り出した。

「――さて。全ての素材に言えることですが、特別な処置を施さなければ、お守りとしての効力を発揮するものにはなりません」

 ことりと軽い音を立てて、小瓶が私の目の前に置かれる。中で揺れる液体が、その特別な処置に使われるものだと言うことは明らかだ。顔を上げた私に、ウゥスが一つ頷く。

「鉱石の中からお好みの核を選んでいただきまして、抜いた御髪と選んだ鉱石とを、共にこの瓶の中へ。お守りを贈る相手様のことを思いながら、入れてください」

 差し出された手に先ほど載せられた鉱石を返し、私は椅子から立ち上がった。今度は、お返しに見合うものをだの最もエイナーの為になるものをだの、そんなことは考えずに、ただエイナーを大切だと思う気持ちだけを胸に抱いて、並ぶ鉱石を見つめる。

 私を友達だと言ってくれた優しい笑顔。キリアンの隣に立つ人物になるのだとの、強い決意を込めた眼差し。私のことをとっても大好きだと言ったその声――大切で大好きな、私の初めての友人であるエイナーの姿を脳裏に思い描く。
 そうすれば、先ほどまで散々悩んでいたのが嘘のように、自然と私の視線が一つの木箱に引き付けられた。濃い青や青紫の色味を持つ鉱石の箱。その中から更に、小さすぎず大きすぎず、私の手ですっぽり握り込んでしまえるけれど確かな存在を感じさせてくれる大きさの一つを、迷いなく私の手が選び取る。
 少々不格好ではあるけれどほどよく球形に近い、紫がかった濃い青の鉱石。
 これ以外に、エイナーに渡すお守りの核として相応しいものは、他にない。そんな強い気持ちが、私の内から湧いてくる。

「――これにします。これが、いいです」

 選んだ鉱石を示せば次にウゥスから櫛が手渡され、私は躊躇いなく結んでいた髪を解いて、その櫛を入れた。
 こちらでもエイナーのこと思いながら丁寧に梳いていれば、ウゥスに説明されずともこの先の手順が理解できて、気付いた時には、小さく輪状に束ねられた髪が手の中にでき上がっていた。
 鉱石を髪の輪に通し、それを一度両手の中に閉じ込めて、強く深く祈る。

(エイナー様の力に、なりますように――)

 危険から身を守る力に、困難を跳ね除ける力に、迷いを断ち切る力に、望む姿を手にできる力に――エイナーの、願いを叶える力に。
 最後に手の中の物を小瓶の中へと入れて蓋をすれば、急激な疲労を感じて、私は倒れ込むように椅子に座り込んでしまった。ふらつく体をすかさずレナートに支えられ、背凭れに深く体を預ける。

「お疲れ様でした、リーテの愛し子。いやはや、実に素晴らしい。少しばかり気合いを入れすぎたようではありますが、初めてにしては上出来です」
「ありがとう、ございます……?」

 これまた一体いつの間に用意をしていたのか、椅子に座って疲労感に息を吐く私の前に湯気を立ち昇らせる飲み物が差し出された。それを素直に受け取りつつも、私は何がそんなに素晴らしいのかと、ウゥスの満足気な笑みを見上げて首を傾げる。
 ただ鉱石を選び、髪を抜いてエイナーを思って祈っただけの行為だ。そこに、素晴らしい、上出来だと褒められる要素があっただろうか。

「力持つ者の祈る行為とは、多かれ少なかれ力を消耗するものなのです。今回は、贈る相手様のことを強く思い過ぎてしまった為に消耗する力も大きかったのでしょうが、その分、よい核ができ上がるでしょう」

 私がこうして疲労を感じているのは、リーテから授かり身の内に宿している力を私が正しく祈りに込められた証だと、生徒を褒める教師のような態度で、ウゥスが私を褒めてくれる。
 このあとは、小瓶を日当たりのいい場所に三日三晩置いておけば、核の完成となる。そして、お守りを完成させるのに必要な他の素材は、私が好みのものを選ぶのではなく、この核が教えてくれるのだそうだ。
 呼ばれたり、感じたり、無意識に理解したり。神の力と言うのは、実際に体験すればするほど不思議なもので、私はウゥスの説明を聞きながらひたすら目を丸くし、感嘆の声を上げ、時には頷くことを繰り返した。
 ウゥスはそんな私の反応を楽しげに眺めて、糸目を細く細く伸ばす。

「ともあれ、お選びになる前に薬湯を飲んで、少しばかり休憩なさってください。私が特別に調合した薬湯です。あなた様の疲労もすぐに癒してくれますから」

 言われて顔を近付ければ、私が両手で抱えるように持ったマグカップからは、薬湯と呼ぶに相応しいどこか甘さを含んでいながらも燻したような緑の、独特の香りが立ち昇っていた。
 何から何までウゥスに用意してもらっていることを恐縮しつつ、私はありがたく薬湯を口に含む。そうすれば、名の通り薬に似たほろ苦さがまずは舌を滑った。けれど、同時に仄かな甘みもそこに感じ、次いで薬湯の香りが鼻から抜けて、ほんの気持ちとろみを持った液体の温かさが、全身に染み渡るように広がっていく。

「……美味し……くは、ないですね」
「薬湯ですからね」
「でも、凄くほっとします」
「それは、ようございました」

 疲れた体が癒されていくのを感じながら、私は時間をかけて薬湯を飲み干した。
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