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第二章 芽吹きの祈願祭

大人達の騒宴

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 その瞬間に、レナートのみならず見せた四人それぞれの反応は、実に見ものだった。
 レナートは面食らって唖然とし、レナートの両脇にいたオーレンとラーシュは揃って顔を引きつらせて距離を取り、イーリスの隣ではキリアンがその顔色を蒼白に転じさせて、恐る恐る己の側近に視線を送る。

「……イーリス? 今のは、どう言う意味だ……? まさか、レナートの奴――」
「ちょっと待て! 一体何の話だ!?」

 今にも、女の影がないと思ったら実は幼女趣味だったのか、とでも言い出しそうなキリアンの慄いた表情に、レナートが目を剥いてイーリスに詰め寄った。
 その表情は、レナートとオーレンの関係は友人かとミリアムに聞かれた際、咄嗟に自分達のあらぬ噂をしての問いかと焦った時より、数段慌てている。
 同性愛者疑惑の次は幼女趣味疑惑が掛けられては、この慌てようも当然か、と他人事のように思いながら、イーリスはさも当然と眉一つ動かさずにレナートに言い返した。

「あなたの将来の話よ」
「何でそうなる!? お前、まさか酔っているのか?」
「残念ながら、素面ね」
「だったら、どうしてあんな発言が出る? 手紙の件か? そんなに根に持たなくてもいいだろう!」

 頭を抱え、深く息を吐き出すレナートの顔は、心底意味が分からないと言いたげだ。そんなレナートの様子に、三人もようやく驚きが冷めたのか、自然と憐れむような視線がレナートに集まっていた。

「手紙のことはむしろ感謝しているわよ。そうじゃなくて、あなたがいつまでも恋人の一人も作らないからでしょう? いずれそっちに走るんじゃないかと、冷や冷やしているのよ。だから、今の内に釘を刺しておこうと思って」
「……待て待て待て。俺に特定の相手がいないのは事実だが、それでどうしてそっちに走ると思うんだ。イーリスだって知っているだろう、俺の家族を。剣を持つ女は家にいる奴だけで十分だ」

 レナートの言うように、イーリスは彼の家族を知っている。レナートの言う「剣を持つ女」のことは、特に。そして、レナートが剣を持つその人に苦労させられて来た為か、女性騎士や女性兵士に対しては、どうも一歩引いた態度でいるのも承知している。
 だが、それと恋人がいないことは結び付く話ではない。

「私がいつ、騎士や兵士から恋人を作れなんて言ったのよ。城勤めの侍女だって大勢いるじゃない。文官にも女性の登用は少なくないし。なのに、誰とも付き合ったことすらないんでしょう?」
「俺にその気がないと分かった途端、別の男に言い寄る女を好きになれると思うか?」

 何を思い出したのか、冗談じゃないと苦み走った顔で吐き捨てるレナートは、どうやらイーリスが知らないところで、それなりに女性に苦労していたらしい。
 そのことをイーリスが意外に思っていると、ラーシュも思い当たることがあるのか、その口から乾いた笑いを零した。

「……城勤めをする侍女の多くは、結婚願望が強いって話は聞きますもんね」

 城勤めの者は、一般的に給金はいい。特に騎士は、王家を守る重要な職務であると同時にその分危険度も増す為、それらの手当等も含めて、所謂高給取りの一つに数えられている。
 騎士の職務を退いた後も、それまでの功績に応じて王家から破格の褒賞金が出るし、元騎士と言う肩書は新しい仕事を見つけるのにも非常に有利に働く。その為、未婚の、特に女性にとっては、騎士とは安定した将来が約束される優良物件なのだ。
 褒められたことではないが、それを狙って侍女として城で働きたいと考える女性がいるのは事実。イーリスも、話だけならよく聞いている。勿論、そんな下心だけで働けるほど、城勤めは甘くはないのだが。

「じゃあ、ラーシュも言い寄られたことがあるのか?」
「自分は、エイナー様が成人されるまでは考えてないんで……お断りしました」
「さらっと言い寄られた経験を自慢するなよ、羨ましいな!?」
「ええっ? オーレンが聞いたんじゃないですか。それに、自分はレナートと違ってどうせ保険ですよ?」

 自分はただの農家の次男坊なんで、と肩を竦めたラーシュがレナートに同意を求める。
 レナートの生家であるフェルディーン家は侯爵位を持つ元貴族であり、エリューガル国内でも有数の商会を営んでいる商人の家でもある。
 その家の長男ともなれば、確かに、女性が目の色を変えてレナートを射止めようとしても不思議ではない。たとえ、レナート自身が商会に一切関わっていないとしても、だ。

「そうか? 俺だって、ラーシュと大差ないと思うんだが。商売をしているのは父だし、それを継ぐのは商才のある弟の方で、俺には剣しかないんだ。フェルディーンの財産が目当てなら、俺より弟に言い寄った方が合理的だろう。将来は商会長の妻が約束されているんだぞ?」
「馬鹿ね。それでもいいのよ。相手があなたでも、フェルディーン家の一員になれることには変わりないんだから」
「……迷惑な話だ」

 忌々しいとばかりに唸るレナートの様子からは、子供に手を出してしまうような浅はかな行動を取る気配は微塵もない。むしろ、このまま女性不信にでも陥って、生涯独り身を貫きそうな勢いを感じる。
 可能性の芽を摘み取ると意気込んだはいいものの、そもそもの可能性の気配が微塵もないのでは、摘み取るものも摘み取れない。
 ミリアムの話を未来予知と考えたのはイーリスの勝手な憶測だし、全ては杞憂だっただろうか。そうだとしたら、レナートには少しばかり申し訳ないことをしてしまった。

 安堵すると共に心の中で軽く反省し、この話はここまでにしてミリアム達のダンスに集中しようと、イーリスが体の向きを変えようとした――その時。

「……しかしそうなると、イーリスはともかく、俺らの中で最初に結婚するのは、案外弟殿下かもしれないな」

 何気ない様子で発されたオーレンの一言が、それまで黙って話を聞いていたキリアンの呼吸を止めさせた。
 一瞬にして限界まで見開かれた瞳、まるでこの世の終わりと言わんばかりの絶望の表情。

「…………エ……エイナーが……俺の、愛し子が……けっ、け、け――!?」

 その場にいた全員が「あ」と思った時には、キリアンの体は魂が抜けるようにゆらりと揺れて、近くの柱に凭れるように崩れ落ちていた。
 この一瞬でどんな想像がキリアンの脳内を駆け巡ったのか、最も死から遠い筈のイーリスの主は、今にも死にそうな顔を両手で覆って全身を震わせている。その口からは、駄目だ、だの、俺のなのに、だのと断片的に言葉が零れ、愛娘から突然結婚報告をされて衝撃を受ける父親の比ではないほど、すっかり憔悴してしまっていた。

 何も知らない者がこの現場を見れば、すわ王太子の身に何が、と慌てふためいただろう。だが、イーリス達にしてみればいつものこと。更にイーリス個人に限って言えば久々に見るポンコツな主の姿であり、平和な日常を感じる一幕でもあった。
 よって、キリアンの突然の変化に慌てる者は、この場には誰一人いない。

「オーレン、なんてこと言うんですか。それ、殿下の前では禁句でしょう」
「いや、悪い。うっかりしてたぜ……」

 窘めるラーシュも謝罪するオーレンもそこに真剣さは微塵もなく、レナートに至っては面倒臭さを隠すこともせずに、大きなため息をつく始末だ。
 それでも、彼の騎士である以上、主をこのまま放置してこの醜態を民の前に晒し続けておくわけにもいかず、レナートが渋々と言った体でキリアンの肩に手を触れた。イーリスも、近くを通りかかった給仕から酒の入ったグラスを受け取り、キリアンへと差し出す。
 手のかかる主の世話も、最早手慣れたものである。

「レナート……俺はっ! 俺は、どうしたらいい……? エイナーが……エイナーに、と、突然、女性を……紹介っ、されたらっ! もしも、それがとんでもない悪女だったら……」
「どうもしなくていいと思うぞ。エイナーはまだ十歳だし、最低でもあと五年は何も起こらないから、一つも心配するな。それに、ちゃんと身辺調査くらいする」
「五年!? あと五年しかないのか!? 俺のエイナーが誰かのエイナーになるまで!? そんな……早すぎる……あんまりだ! まさか、俺のエイナーへの愛は、この程度では足りなかったと言うのか? あと五年で俺を置いてあの子が行ってしまうなんて……そんな……」
「じゃあ、あと八年だな。成人するまで何も起こらないから大丈夫だ。取り敢えず、一杯飲んで落ち着け」

 レナートの両腕に必死にしがみ付いて体を支えるばかりで、キリアンは一向にイーリスのグラスを手に取ろうとしない。そんなキリアンに、レナートが投げやりに慰めを口にして、無理やりその手にグラスを持たせた。
 クルードの愛し子であるキリアンに酒精は一欠片も作用しないが、ただ水を飲ませるよりは味がある分、いくらかましだろう。

 勧められるまま一息に酒を煽ったキリアンは、お陰で少しばかり冷静さを取り戻したのか、ひとまず自らの足で立つまでにはなった。
 それでもいまだに顔色は冴えず、エイナーの兄でしかないのに、まるで父親のようにああだこうだと様々な未来を予測しては呻いて、レナートに悲嘆にくれた顔を向けている。それを受けるレナートの顔は心底からうんざりしており、祝宴の場でまで手を焼かせるなと、その目が訴えていた。

 エイナーは、誘拐事件を機に自立に目覚めた。だが、いまだに弟離れができていないキリアンはエイナーを恋しがることが増え、これまで以上に面倒臭い絡み方をするようになった――イーリスはレナートからそんな愚痴を聞かされていたのだが、なるほどこう言うことかと、目の前で繰り広げられるやり取りに密かに納得する。

 確かにこれは、面倒臭い。

 イーリスならば早々にキリアンの存在を無視し、本人が自然に落ち着くまで放置してしまうだろう。だが、レナートは面倒臭いと顔に出しつつ、何だかんだ面倒見よくキリアンに付き合っている。二人の付き合いの長さなのか、手を焼く家族に囲まれて育ったからなのか。この辺りは、イーリスが感心するレナートの意外な一面だ。

「キリアン。まだ、あなたの弟はちゃんとあなたのそばにいるわよ。ひとまず、踊っているエイナーでも見て落ち着いたら?」

 エイナー不足はエイナーで補うべし。
 こうなったキリアンを落ち着かせるには、エイナーの姿を見せるのが最も効果的だ。イーリスが広間を指差すのに気付いたキリアンがのろのろと顔を上げ、ゆるりとそちらへ首を巡らせて――

「――っ!」

 何故か、完全にエイナーの姿をその目に捉える前に、矢で射抜かれたかのように体を仰け反らせてしまった。
 咄嗟に抱き留めたレナートに再びしがみ付き、衝撃的なものを目にしたかのように両目を見開いて、苦しげに胸元を鷲掴む。息まで乱すその様は、さながら大層な病に侵されてでもいるようだ。
 もっとも、キリアンがある意味で病気なのは間違いない。だが、それにしても、先ほどにも増して大袈裟な反応に、イーリスを含め全員が呆れ顔になる。
 今度は一体、エイナーの何がキリアンをこんなにまで動揺させたと言うのか。

「レナート……どう、しよう……! エイナーが眩しすぎて……俺には、直視できない……っ! 何なんだ、あの輝きはっ! あんなに、笑顔で……人前で……あの子がっ、踊っているなんて……っ! 駄目だ……あの尊い姿……この世のものとは思えん……! まさか、エイナーの身には人を惑わす踊りの神ティスカの血も入っているのか……? 次に直視したら、俺の目はきっと潰れてしまう!」

 どうやら、今度は絶望ではなく興奮してのことだったらしい。先ほどまで蒼白だった顔も弱々しく震える声も一転、頬は俄かに紅潮し、興奮のあまり言葉をつかえさせているだけで、その顔はすっかり生気に満ち満ちている。
 落ち着かせることには失敗したが、精神的な面では、やはりエイナーはキリアンにとって一番の薬であることは間違いがないようだ。
 とは言え、恋する少女が片思いの相手と目が合って喜ぶならまだしも、弟がダンスをする姿を一瞬目にしただけでこれは、いつもながら兄馬鹿の度が過ぎると言うもの。
 呆れを通り越して疲れ果てた声が、オーレンの口から零れ出た。

「ティスカって……弟殿下が人前で踊るのは、別に初めてじゃないだろ……」
「そうでもないですよ。殿下以外の方とああして踊るのは、初めてなんで」
「そうなのか?」

 ラーシュの言う通り、引きこもりがちなエイナーを人に慣れさせようと、キリアンが誘って踊ったことは、これまでにもある。だが、いつだってエイナーは人目を気にしてダンスを楽しむどころではない様子で、短い時間踊ったと思ったらすぐさま奥に引っ込んでしまっていた。
 そのことを考えれば、今日のエイナーのダンスを楽しむ様子は、見違える変化と言えるだろう。キリアンが大袈裟に反応するのも、納得したくはないものの、弟を思う気持ちとしては理解できなくもない。

「……だったら、むしろちゃんと見てやらなきゃいけないんじゃないのか?」

 レナートに投げやりに支えられながら、感激しているのに鼻血の一滴も出してやれなくて済まない、などと阿呆なことを口にするキリアンを横目に、何気なさを装ってオーレンが呟いた。
 その瞬間、キリアンの口がぴたりと止まる。
 それを見て瞬時に視線を交わし合い、イーリスはすぐさま追随した。

「そうね。エイナーにとっての記念すべき初ダンスでしょうし、あとで感想を求められるかもしれないわね」
「それなのに、殿下が見ていないと知ったら……」
「エイナーはさぞ悲しむだろうな」
「うわぁ、弟殿下が可哀そ――」
「――それは駄目だ!」

 とどめとばかりにオーレンがわざとらしく嘆いたところで、キリアンの慌てた一声がオーレンの声を遮った。レナートに支えられていたのが嘘のようにその場に仁王立ち、声音以上に必死な顔がイーリス達を一睨みする。

「この俺がエイナーを悲しませるなんてこと、断じてあってはならない!」
「……だったら、しっかり見てやるんだな、キリアン」
「当然だ!」

 言い切るや、キリアンはそれまでの、王子としてはあまりに情けない態度が嘘のように引き締まった顔で、直視したら潰れると言ったその瞳で、しっかりとエイナーの踊る姿を鑑賞し始めた。
 兄王子が弟王子を溺愛していることを知る王都の民にとっても、キリアンとイーリス達との一連のやり取りは見慣れたもの。誰一人として口を挟まず静かに見守っていた周囲の人々が、王子として復活し、より近くで弟の姿を見ようと自然と歩を進めるキリアンの鑑賞の妨げにならないよう、さり気なくその場から移動していく。
 去り際に周囲から向けられる労わりの視線に微笑みを返して、イーリスはほっと息を吐いた。

「……俺がうっかりしていたとは言え、兄殿下はいつになったら弟離れができるんだろうな」
「本人も、分かってはいるんでしょうけどね……」

 キリアンの背中を眺めながら、やれやれと肩を竦める。そこに、やっと手のかかる「弟」から解放されたレナートが加わり、オーレンの隣に肩を並べた。

「イーリス。八年後もあのままなら、俺はあいつの騎士を辞めるぞ。いつまでもあの馬鹿に付き合っていられるか」
「心配ありませんよ、レナート。その前に、エイナー様から愛想を尽かされますから」

 爽やかに笑って毒舌を見舞うラーシュを、オーレンがわずかに顔を引きつらせて見やり、でも、と何かを思いついたように声の調子をやや改める。その視線の先には、仲よく踊る子供。

「あの二人があのまま大きくなったら、まだしも兄殿下の心労は少なそうではあるよな」

 エイナーの隣に、ミリアムを。彼の伴侶として。将来の王弟妃として――
 お似合いじゃないか? と冗談とも本気とも取れないことを口にするオーレンにラーシュが目を丸くし、イーリスはレナートと顔を見合わせ、次いで、オーレンの背後にぬらりと現れた気配にそっと視線を剥がした。

「……オーレン。あなたの骨は拾ってあげるわ」
「は? 骨?」

 オーレンが怪訝に眉を寄せた直後、彼の肩に節くれ立った手がぽんと乗る。ただし、軽そうな見た目に反して、それが発する圧は他を怯ませるほどの威力があった。

「なかなか面白いことを仰いますなぁ、オーレン」

 ほっほっほ、と梟を思わせる笑い声が聞こえてくるに至って、オーレンがぎこちない動きで己の背後を振り返り、そこに現れた人物に対して思い切り身を仰け反らせた。
 声に反して決して笑っていない梟の目が、ひたとオーレンの菫色の瞳を見据えて細まる。

「ハ、ラルド……」
「どなたが、誰と、お似合いなのか……もう一度伺ってもよろしいですかな?」

 ずいと顔を寄せるハラルドを前に、オーレンは己の失言を遅まきながら後悔した様子で、違う、と声を張った。

「今のは、例え話で!」
「えぇ。ですから、その例え話を聞いているのです」

 ハラルド・ラウランツォンは、厳しいが温厚である、とは誰が言ったのだったか。
 確かに、灰色の梟と恐れられはしても、理不尽に相手を罰することもなければ、感情を荒らげて力を振るうようなこともない人物ではある。だが、そんな男であっても感情を持つ人間。彼が決して譲れぬものに他者が安易に触れようものなら、いとも容易くその姿を覆してしまうこともあるものだ。
 今が、正にその状況だろう。
 ハラルドが主と定めた女性は、王家が不甲斐ないばかりに国を追われることになってしまったのだ。その主の忘れ形見を再び王家に組み込むことを是とするような発言は、ハラルドにとって決して容認できることではない。

「冗談だろ。もう一度言ったら俺の命はないって顔して言う言葉かよ!」

 ハラルドに気圧されてたじろぐオーレンに、馬鹿ねと心中で独り言ちて、イーリスはハラルドと共に戻って来た恋人が浮かべる苦笑に、こちらは呆れ顔で首を振った。
 やがて、ラーシュを挟んで前後で不毛な言い合いを始めたオーレンとハラルドの姿に、フレデリクが止めに入らなくていいのかと問う。

「いいのよ」

 全ては、オーレンの不用意な発言が招いたことだ。
 完全に年下の友人としかエイナーを捉えていないミリアムはともかく、確かに、まだ十歳のエイナーはこの先どうなるかは分からない。
 とは言え、神を軽んじ強引に婚約を成したイェルドとエステルの一件を除けば、クルードの愛し子と泉の乙女の婚姻はもとより、王家とカルネアーデ家との婚姻も、これまでのエリューガルの長い歴史を見ても、ただの一度も成されてはいない。
 両家が、意図的に婚姻を避け続けてきたことは明白だ。恐らくそこには、互いの神の意思もあったのだろう。

 キリアンはあの日ミリアムに語らなかったが、カルネアーデ卿と同じく、先代のこの国の王もまた、この国の繁栄が黒竜クルードの守護の元にあると言うことを軽視し、長く続く平和を王家がもたらしたものとして、ただただ享受していたのだ。
 自分のしでかしたことの結果、孫が数百年振りのクルードの愛し子として誕生したと知った時、先王はそこにクルードの怒りを感じたと言う。そして、同時にリーテからの怒りを恐れ、リーテの愛し子であるエステルをこの国に連れ戻そうと動いたが、終ぞ見つけられなかった。
 現在、先王は一人、クルードの神殿の奥で己の罪を贖いながら、伴侶である先王妃にすら会うこともなく、ひっそりと過ごしている――

 オーレンとてそれらの事情は分かっているだろうに、どうやら祈願祭祝宴と言うこの場の開放的な雰囲気が、彼に戯言を吐かせてしまったらしい。
 口は禍の元とは、よく言ったものだ。
 イーリスの眺める前では、ついには傍観に徹していたレナートまで巻き込まれ、いよいよくだらない攻防が騒がしさを増している。これは流石に止めに入るべきかとイーリスが頭を悩ませたところで、愛らしい乙女の声がその場に届いた。
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