男装しているからって、女嫌いの騎士団長に結婚を迫られ、いつの間にか溺愛されています。

ヨドミ

文字の大きさ
上 下
37 / 41

36話 男装令嬢は結婚式に臨みます

しおりを挟む
 一抹の不安を抱えながらも、それから半月後、サイラスとの結婚式の朝を迎えた。
 早朝から身支度に追われているミアは、すでに疲労困憊だった。加えて式が近づくにつれ、緊張感は増していき控室の椅子に縮こまっていると、扉がノックされ、背筋がピンと伸びた。
「ミア様、こちらへ」
 侍女の案内に導かれ、控室から表宮殿内の礼拝堂に向かう。ミアは豪華なドレスではなく、軍服をベースにした純白の礼服姿だった。
 アマグスタニア王国では、貴族の男子に複数の妻をめとらせることを、法律で禁止していない。禁止したところで庶子が増えるだけであり、ならばいっそのこと血筋を明らかにしてしまえ、という意図がある。
 ミアが正妻に収まったとしても、第二、第三の夫人の座を狙う者が出てくる可能性は高い。ミアが男装を貫くことで、公爵の趣味は特殊であり、他の妻を迎える意思はないと社交界に周知させるのが手っ取り早いのだ。

 ――だからって、ドレスの代わりに軍服だなんて……。動きやすくていいけれど。

 歩き慣れた歩幅で動けるのは有り難い。見た目の優雅さに反して、豪奢な生地をふんだんに使用したドレスは重いのだ。まあ、多少はサイラスにドレス姿を見せたかったと残念に思うものの、ミアは奥の手を用意していた。

 ――初夜に使うのよ、いいわね。

 結婚式の数日前。
 シャーロットにこっそりと渡されたポーチの中に入っている品に、ミアは目を剥いた。
「で、殿下‼」
「サイラスがどんな表情をするのか、楽しみだわぁ。今度教えて頂戴」
 上品に口許に手をあてているが、「くふふ」と似つかわしくない含み嗤いが漏れている。シャーロットにとってミアが玩具であることに変わりはないのだ。
「団長は、こういうのお好きじゃないと思いますけど……」
「何言ってるの? 私が着せたドレスに大興奮していたじゃない」
 シャーロットは監視からの報告で、サイラスとミアが外で抱き合っていたのを知っているのだ。ミアは今更ながら羞恥に開いた口が塞がらない。
「サイラスのことだから監視に見せつけるためとかなんとか言ったのでしょう? 好きなを抱くのに、ぐだぐだ言い訳するなんて、器の小さい男だこと。そんな姿を見せられた私の身にもなってほしいものだわ」おかげで、長年の想いも醒めてしまったのよ、とシャーロットは締めくくる。
 とことんサイラスをおとしめるシャーロットだが、口調には親しみがこもっていた。嫉妬の色はなく、シャーロットは心からミアとサイラスの結婚を祝福してくれているようだ。
 シャーロットの想いを無駄にしてはいけない。ミアは力強く言い切った。
「サイラス様のことは私にお任せください」
 握りこぶしをつくり応じると、シャーロットはため息をついた。
「サイラスは普段の貴女が気に入ってるはずだから、そんなに気負わなくてもいいと思うわよ」
 シャーロットの心配をよそにミアは意気込んでいた。

 ――勢いで頂いてしまったけれど、よかったのかな。
 結局、シャーロットに押しつけられた品を返すことはできなかった。贈り物のことを思い出すと、顔から火を噴きそうだが、恥ずかしさを押し殺して、いざサイラスの待つ大聖堂を目指す。
 扉の前に佇むサイラスは、神が造った彫刻のように美しかった。ミアの軍服と同じ装飾だが色違いで、黒と赤を基調にしたジャケットはサイラスの威厳に満ちた容姿をより引き立てている。ミアに気付くと、ふっと口許を緩めた。
「似合っている」
「団長こそお似合いです。……なんだか負けた気分になります」
「勝手に勝負にするな」
 腕を差し出され、その肘に手を添えるミアは、悔しくなると同時に、この人が夫になるのかと信じられなかった。
 聖堂では大勢の招待客が拍手で二人を祝福する。その間を赤い絨毯を踏みしめ進みながら、ミアは客席に視線をやった。祭壇近くの席にシャーロットはいるが、ジョナサンは結局姿を現していない。
 花嫁の父親であるヴォルフガルト男爵は、涙をこらえているだけなのだが、傍から見れば視線で人を殺しそうな形相でミアを凝視しており、周囲の人々はそっと距離をとっていた。

 ――父様もいらしているのに、兄様は一体どこにいるんだ……。

 胸騒ぎは増すばかりだ。上の空でいると、サイラスは腕を引いてミアを呼び戻した。
 神官の前で愛を誓い、唇を触れ合わせた。

 式は二人の意向により、貴族としては簡素な様式で行うことにしたため、婚姻の儀が終わるとすぐに祝宴会場への移動となった。
「殿下、お越しいただきありがとうございます」
 招待客が聖堂の広間を後にするなか、ミアはシャーロットの前でひざまづいた。
「主役がひざまづくなんて、およしなさい」
 優雅に入り口へと向かいながら、シャーロットは言った。
 表宮殿に併設された聖堂の前には、馬車が用意されている。色とりどりの花吹雪が舞うなか、聖堂の外階段を下りていると、視界の端に見覚えのある人影が過ぎった。
 ――兄様?
 参列客の注意はミアたち新郎新婦に向いており、シャーロットの護衛騎士たちも例外ではなかった。
 人影は外階段の脇にいるシャーロットの背後に音もなく近づくと、彼女を軽々と抱き上げる。
「きゃっ!」
「兄様!」
 シャーロットの悲鳴とミアの叫びに、衆人の視線は一か所に集まった。
「ミア、結婚おめでとう! そこの鉄仮面に幸せにしてもらえよ。俺は自分の幸せは自分で掴むことにした!」
 ジョナサンはためらうことなく走り出した。横抱きにされたシャーロットは振り落とされまいとジョナサンの首にしがみついている。
「殿下がさらわれた! 追え!」
 護衛騎士たちは堂々とした誘拐犯に呆気に取られていたが、我に返るとジョナサンを追いかけだした。
 息子の暴挙に父は無表情でいた。その落ち着きぶりに、もしかしてジョナサンの計画を知っていたのではないかとミアは勘ぐった。

「行くぞ」
 呆然とするミアの腰を引き寄せ、サイラスは馬車へと促す。
 ――もしかして団長もグルなのか。
 自身の結婚式を台無しにされても、動じることなくこの場を去ろうとしている。本来であれば、王族が誘拐されたのだ。王国騎士団長として前面に立って指揮しなければならないはずである。
「あの、サイラス様……」
「義兄上なら殿下に危害は加えんさ」
「そういう問題では」
「俺は休暇中だ。……追跡は護衛騎士に任せればいい」
 やっぱりジョナサンの思惑を知っていたのだ。もう隠し事はしないと言っているそばからサイラスは約束を破る。
「そんな顔をしても可愛いだけだぞ」
 ふくらませた頬をつつかれ、ミアは歯噛みするしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

強面騎士団長と転生皇女の物語

狭山雪菜
恋愛
コイタ王国第一皇女のサーシャは、とある理由から未婚のまま城に住んでいた。 成人式もとっくに済ませた20歳になると、国王陛下から縁談を結ばれて1年後に結婚式を挙げた。 その相手は、コイタ王国の騎士団団長だったのだがーー この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...