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35話 男装令嬢は不安を覚えました
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サイラスとシャーロットの計略により、反国王派のクーデターは未然に阻止された。馬車を襲った男たちの自白で、首謀者たちに辿り着き、芋づる式に大量の反国王派が囚われることとなった。想像以上の事態に国王は心を痛められているという。
早急に両陣営の溝を埋める施策が、求められることとなった。
「私のお陰で丸く収まったわね」
自慢げに微笑むシャーロットにミアは頷く。
「はい。殿下の機転でアマグスタニアの危機は去りました。殿下の慧眼には感服いたします」
「……それは嫌味かしら?」
本心を疑われたミアはショックを受けた。計画を明かされなかったのは、ミアが未熟だったためだ。現にシャーロットの忠告に従わず、敵に遅れをとってしまったのだから。
「嫌味と解釈されるのは、殿下に負い目があるからでしょう」
「サイラス、貴方誰に向かって言っているの?」
悠然と紅茶に口をつけるサイラスに、シャーロットは目尻を吊り上げた。
雲ひとつない青空が気持ちよく広がる、ある晴れた日のこと。奥宮殿の中庭でのお茶会に、サイラスと二人で招待されたのは、ミアが騎士団に戻って約一か月後のことであった。ミアの怪我も完治し、そろそろ結婚式にむけて準備をはじめていた矢先のことである。
「殿下、わざわざお忙しいなか、お時間を作って頂かなくても結構なのですが」
暗にこちらが忙しいので、呼び出してくれるなと苦言を呈するサイラスを、ミアは冷や冷やと見守っていた。
――最近、団長はシャーロット様に容赦がなさすぎではないか。
元々、冷たい態度で接していたが、さらに拍車がかかっているような気がする。当のシャーロットは気にもとめず、ふんと鼻を鳴らした。
「そんなことを言って、ミアとイチャつきたいだけでしょう、困った騎士団長様ね。でも、そうはさせないから。……私もミアが気に入ったの。公爵夫人になった暁には、私の専属騎士に引き立てようと思っているんだから」
シャーロットは勝ち誇ったように完璧な笑顔をつくった。
「上官として却下します。殿下の我儘で、大事な部下を潰されては堪りません」
淡い緑の瞳を眇めるサイラスに、シャーロットは負けていない。テーブルに肘をつき、
「そんなこと言っていいのかしら。誰のおかげで今回の騒動を収拾できると思っているのよ」とサイラスを挑発した。
サイラスが喉をつまらせたので、ミアは首を傾げる。
――クーデターの件は、解決済みではないのか。
「あの、まだなにか問題が残っているのですか?」
素朴な疑問を投げかけただけなのに、二人は動きを止めた。まだ何か隠しているのだろうか。しばらく待ったが、どちらも口を開こうとしない。
ミアに負い目がある様子の二人に「お願い」をしてみることにした。
「……今度、私を仲間はずれにしたら、お二人とは口を利きません」
ぷうっと頬をふくらませて、そっぽをむいてみせる。
――は、恥ずかしい! あざといを通り越して、叱られたらどうしよう……。
「ミア、別に隠していたわけではないのだが、タイミングを逃してしまっていただけだ」
「そうよ。ちょっとミアに打ち明けづらいというか……時機を見てちゃんと話そうとしていたのよ」
想像以上に慌てる二人に、ミアも焦ってしまう。どうやら作戦は成功したようだ。内心の動揺を隠して、ミアはにこりと笑みをつくった。
「では、何を隠しているのか、教えていただけますか?」
――反国王派を掲げる侯爵家に、シャーロットが降嫁する。
真っ先に兄の顔が思い浮かんだ。
「殿下、兄はこのことを存じ上げているのでしょうか?」
「ジョナサン? 特に断りを入れるような間柄ではなくてよ」
そう言いながらも、シャーロットはミアから目を逸らした。少し拗ねるような仕草に、シャーロットもジョナサンを意識しているのだろうことは明白だ。
まずい。
相思相愛なのは喜ばしいことだが、ジョナサンがこのことを知れば、実力行使にでるに違いない。
「殿下、身辺にご注意ください」
首を傾げるシャーロットに、ミアは身を乗り出す。
「兄は、欲しいと思ったら何が何でも手に入れようとする人です。殿下を我が物にしようと攫いにくるかもしれません」
ポカンと口を開けたシャーロットは、しだいに肩を震わせた。
「ふ、ふふっ」
「冗談ではありません! 箝口令を敷いて、お隠れになったほうが……。いや、なんなら、私が護衛に……」
腹をおさえて涙目になったシャーロットに、ミアは必死に言い募る。【戦狼】は己の欲に忠実だ。ジョナサンの意気込みを知っているミアは気が気でない。
「……ごめんなさい。あー可笑しい。実の妹にそこまで言わせるなんて、やっぱり面白い男ね」
「殿下……」
「攫えるものなら攫ってほしいものだわ……」
かすかな呟きは、サイラスには届いていないのか、ミアの慌てぶりを不思議そうに眺めている。
「義兄上はそれほど殿下を慕っているのか?」
「それはもの凄く執着してます」
信じられないといった様子でサイラスは肩を竦めた。
ジョナサンはサイラスに頼まれた密偵仕事のおりに、シャーロットと出会ったのである。そもそものきっかけを作ったのはサイラスであると言っても過言ではない。
「他人事みたいに仰ってますけど、団長のせいでもあるんですからね? ああ、どうしよう、兄様がこのことを知ったら大変な騒ぎになる……」
王女誘拐なんてことをされた日には、ミアの王国騎士としての信頼が失われてしまう。兄には幸せになってほしいが、もっと穏便に願いたい。
「……義兄上は優秀なお方だ。お前が慌てたところで、すでにご存じだろう」
「え」
「近々、殿下と候爵家子息の婚約披露を兼ねた舞踏会が開催される。昨日今日決まった縁談ではない」
ジョナサンは知りながら、沈黙を貫いているのか。そういえば、ミアが怪我をした直後に見舞ってくれてから、今日までジョナサンに会っていない。
何処で何をしているのか。
「……兄様はまだ王都にいます、よね?」
宙に浮いた問いに答える者はいなかった。
早急に両陣営の溝を埋める施策が、求められることとなった。
「私のお陰で丸く収まったわね」
自慢げに微笑むシャーロットにミアは頷く。
「はい。殿下の機転でアマグスタニアの危機は去りました。殿下の慧眼には感服いたします」
「……それは嫌味かしら?」
本心を疑われたミアはショックを受けた。計画を明かされなかったのは、ミアが未熟だったためだ。現にシャーロットの忠告に従わず、敵に遅れをとってしまったのだから。
「嫌味と解釈されるのは、殿下に負い目があるからでしょう」
「サイラス、貴方誰に向かって言っているの?」
悠然と紅茶に口をつけるサイラスに、シャーロットは目尻を吊り上げた。
雲ひとつない青空が気持ちよく広がる、ある晴れた日のこと。奥宮殿の中庭でのお茶会に、サイラスと二人で招待されたのは、ミアが騎士団に戻って約一か月後のことであった。ミアの怪我も完治し、そろそろ結婚式にむけて準備をはじめていた矢先のことである。
「殿下、わざわざお忙しいなか、お時間を作って頂かなくても結構なのですが」
暗にこちらが忙しいので、呼び出してくれるなと苦言を呈するサイラスを、ミアは冷や冷やと見守っていた。
――最近、団長はシャーロット様に容赦がなさすぎではないか。
元々、冷たい態度で接していたが、さらに拍車がかかっているような気がする。当のシャーロットは気にもとめず、ふんと鼻を鳴らした。
「そんなことを言って、ミアとイチャつきたいだけでしょう、困った騎士団長様ね。でも、そうはさせないから。……私もミアが気に入ったの。公爵夫人になった暁には、私の専属騎士に引き立てようと思っているんだから」
シャーロットは勝ち誇ったように完璧な笑顔をつくった。
「上官として却下します。殿下の我儘で、大事な部下を潰されては堪りません」
淡い緑の瞳を眇めるサイラスに、シャーロットは負けていない。テーブルに肘をつき、
「そんなこと言っていいのかしら。誰のおかげで今回の騒動を収拾できると思っているのよ」とサイラスを挑発した。
サイラスが喉をつまらせたので、ミアは首を傾げる。
――クーデターの件は、解決済みではないのか。
「あの、まだなにか問題が残っているのですか?」
素朴な疑問を投げかけただけなのに、二人は動きを止めた。まだ何か隠しているのだろうか。しばらく待ったが、どちらも口を開こうとしない。
ミアに負い目がある様子の二人に「お願い」をしてみることにした。
「……今度、私を仲間はずれにしたら、お二人とは口を利きません」
ぷうっと頬をふくらませて、そっぽをむいてみせる。
――は、恥ずかしい! あざといを通り越して、叱られたらどうしよう……。
「ミア、別に隠していたわけではないのだが、タイミングを逃してしまっていただけだ」
「そうよ。ちょっとミアに打ち明けづらいというか……時機を見てちゃんと話そうとしていたのよ」
想像以上に慌てる二人に、ミアも焦ってしまう。どうやら作戦は成功したようだ。内心の動揺を隠して、ミアはにこりと笑みをつくった。
「では、何を隠しているのか、教えていただけますか?」
――反国王派を掲げる侯爵家に、シャーロットが降嫁する。
真っ先に兄の顔が思い浮かんだ。
「殿下、兄はこのことを存じ上げているのでしょうか?」
「ジョナサン? 特に断りを入れるような間柄ではなくてよ」
そう言いながらも、シャーロットはミアから目を逸らした。少し拗ねるような仕草に、シャーロットもジョナサンを意識しているのだろうことは明白だ。
まずい。
相思相愛なのは喜ばしいことだが、ジョナサンがこのことを知れば、実力行使にでるに違いない。
「殿下、身辺にご注意ください」
首を傾げるシャーロットに、ミアは身を乗り出す。
「兄は、欲しいと思ったら何が何でも手に入れようとする人です。殿下を我が物にしようと攫いにくるかもしれません」
ポカンと口を開けたシャーロットは、しだいに肩を震わせた。
「ふ、ふふっ」
「冗談ではありません! 箝口令を敷いて、お隠れになったほうが……。いや、なんなら、私が護衛に……」
腹をおさえて涙目になったシャーロットに、ミアは必死に言い募る。【戦狼】は己の欲に忠実だ。ジョナサンの意気込みを知っているミアは気が気でない。
「……ごめんなさい。あー可笑しい。実の妹にそこまで言わせるなんて、やっぱり面白い男ね」
「殿下……」
「攫えるものなら攫ってほしいものだわ……」
かすかな呟きは、サイラスには届いていないのか、ミアの慌てぶりを不思議そうに眺めている。
「義兄上はそれほど殿下を慕っているのか?」
「それはもの凄く執着してます」
信じられないといった様子でサイラスは肩を竦めた。
ジョナサンはサイラスに頼まれた密偵仕事のおりに、シャーロットと出会ったのである。そもそものきっかけを作ったのはサイラスであると言っても過言ではない。
「他人事みたいに仰ってますけど、団長のせいでもあるんですからね? ああ、どうしよう、兄様がこのことを知ったら大変な騒ぎになる……」
王女誘拐なんてことをされた日には、ミアの王国騎士としての信頼が失われてしまう。兄には幸せになってほしいが、もっと穏便に願いたい。
「……義兄上は優秀なお方だ。お前が慌てたところで、すでにご存じだろう」
「え」
「近々、殿下と候爵家子息の婚約披露を兼ねた舞踏会が開催される。昨日今日決まった縁談ではない」
ジョナサンは知りながら、沈黙を貫いているのか。そういえば、ミアが怪我をした直後に見舞ってくれてから、今日までジョナサンに会っていない。
何処で何をしているのか。
「……兄様はまだ王都にいます、よね?」
宙に浮いた問いに答える者はいなかった。
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