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31話 男装令嬢は真相を告げられる

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 目を覚ますと、見慣れた淡い色合いの天井が目に入った。  身体を包み込む柔らかい感触に、自室の寝台に横たわっているのだと理解する。
「ミア‼」
 甲高い悲鳴のほうへ首を傾けると、天蓋のカーテンの隙間から身を乗り出したシャーロットがいた。すみれ色の瞳は潤み、今にも泣き出しそうである。
「シャーロット……殿下。ご無事でよかった」
「良くないわ。貴女、怪我をしたのよ。無茶はしないって約束したじゃない!」
 眉を吊り上げるシャーロットに、ミアは吹き出した。
「何を笑っているの?」
「いえ……お元気そうで何よりです」
 見たところシャーロットに外傷はない。
「貴女のせいで、私が騎士を囮に使って逃げた、卑怯な王女だって噂が立っているのよ。……ほんと、貴女って自分勝手で嫌いだわ!」
 シャーロットの文句には、ミアを心配する気配が見え隠れしていた。素直ではないシャーロットに、ミアは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「……殿下、騒がれるのであれば、お帰り下さい」
 部屋に入ってきたサイラスは、迷惑そうに眉をしかめている。
「ミアを独り占めしたいからって、私に当たらないで頂戴」
「何を仰っているのか解りかねます」
 一触即発で睨み合う二人を見かねて、ミアは起き上がろうと腹に力を入れるも、脚に激痛が走った。
「……っ!」
「動くな、傷に響くぞ」
「そうよ。大人しくしてなさい」
 ゆっくりと上掛けをめくれば、ワンピース型の寝衣からは包帯の巻かれたふくらはぎが見えた。
「あの、私はどのくらい寝ていたのでしょうか……?」
 サイラスはラフなシャツ姿であり、シャーロットの衣装も綺麗に整っている。逃走劇の直後でないことは、疑いようがない。
「三日、だな」
 サイドテーブルに置いたコップと錠剤を、サイラスはミアに手渡した。
「痛み止めだ」
 受け取った錠剤を呑み込む。そこでハッと思い出した。
「魔犬騒ぎはどうやら何者かが手引きをしたようでした」
 ミアの告白に、シャーロットとサイラスは顔を見合わせる。意外そうでもない様子に、捕らえた賊から情報を聞き出せたのだろう。ミアは納得しかけたのだが。
「……私は失礼するわ。ミア、お大事に。あとはサイラス、よろしくね」
 扉の横に控える近衛騎士を従え、シャーロットはそそくさと姿を消した。

 ミアは意識がはっきりしてくるにつれ、記憶がよみがえり頭を抱えたくなる。
 大口を叩いておいて、自分の身すら守れず、敵に襲われたのだ。失態以外の何物でもない。重くのしかかられた男の感触を思い出し、肩を抱きしめた。
 あれだけ対等な騎士として頼ってほしいと願い、駄々をこねた矢先に、このざまだ。さぞやサイラスも呆れていることだろうと覚悟したのだが。

「……すまなかった」

 ベッドの端に腰かけたサイラスは、ミアに背をむけており、その表情は窺えない。いつもはすらりと伸びている背筋が心なしか縮こまっているような。
 ――なぜ、団長が謝っているの?
 てっきり修練が足りない、反省しろと叱責されると身構えていたミアは、混乱した。
 瞳を瞬かせて次の言葉を待っていると、サイラスが振り返った。
「殿下からは何処まで聞いた?」

 サイラスがシャーロットと企てた計画の事だろうか。詳しく問う前に賊に襲撃されたので、ミアは全く知らない。
「何も聞かされていません。賊が私を狙っている、としか」
「……そもそも俺がお前との婚約を決めた理由は、王宮内の権力バランスを保つためだ」
 サイラスはベッド脇の椅子に移ると、ミアの胸のあたりを凝視した。
 視線を合わせようとしないサイラスにミアの不安は募る。
「そうしてどちらにも与さない姿勢を示したが、国王派は諦めるどころか、殿下を差し向けてきた。……お前も被害をこうむっていたからここまではいいな?」
 ミアが頷くとサイラスは先を続けた。
「舞踏会の後、改めて殿下を問い質した。彼女はわがままだが、愚かではない。傀儡かいらいとして担ぎ上げられているのは百も承知だった」
「乗せられたフリをして、団長を誘惑していたのですか……?」
 ならばとんでもない役者だ。ミアは感心したのだが、サイラスは一蹴した。
「いや、本気で俺を物にしようとしていたらしい。自分に益がなければ、頑として動かないお方だ。お前が俺にふさわしい女なのか、自身の目で確かめたかったと仰せになった」
 あの嫌がらせの数々は試していたという代物ではない。
「監視にたっぷりお前を可愛がる姿を見せつけてやったからな。さすがに諦めたようだ」
 東屋での一件を思い出し、反射的に枕をサイラスに向けて放り投げた。
「……最後まで聞いてくれ」
 見事にキャッチした枕を、ミアの背中にクッションとしてあてがうサイラス。なんだかミアが我儘わがままを言っているような雰囲気がせない。
 サイラスがシャーロットの意思を受け入れないと態度で示すとすぐに、今度は反国王派に動きがあったという。

「義兄上には、俺に娘を差し向けようとしている反国王派の貴族たちを調査してもらっていた」
 人の真意を見抜く耳をもつジョナサンは、密偵にうってつけだ。身辺調査など朝飯前だろう。その結果、政略結婚よりも物騒な計画が浮かび上がってきた。
 反国王派の筆頭貴族を中心としたクーデターである。
「正直、そこまで過激な動きがあるとは思っていなかったからな。……俺の読みが甘かった」
 水面下から得体のしれない怪物を引きずりだすため、サイラスはシャーロットにある計画を持ち掛けた。
 公爵家は国王派を積極的に支持すると見せかけ、彼らの反応を待つ。サイラスがシャーロットと逢瀬を重ねていたのは、王族との縁談話が再燃したのではないかと、反国王派に思わせようとしたためらしい。

 サイラスたちの目論見通り、反国王派閥の秘密裏な会合は一気に活況を帯びた。
 ――現国王を引きずり下ろし、王位をげ替え、我らの意のままに国政を掌握しようではないか。

「それで、なぜ私が標的に?」
「お前が殺されれば、ヴォルフガルト男爵は黙っていない。まつりごとに興味はなくとも王都を襲撃すると、連中は踏んだのだろう」
 【戦狼】は一族の結束が固い。そして執念深く仇を追い続ける。もし、国王と懇意にしている公爵家がミアを守り切れなかったら、その憎悪は現国王や公爵家に向かう可能性が高い。
「いくらなんでもそんな……」
「大袈裟だと言いたいのか? お前の父上は婚約承諾の際に、俺を脅迫しているぞ」
 サイラスはズボンのポケットから取り出した紙片を、ミアに差し出す。
 ミアは走り書きした父の字に目を見張った。

『不肖の娘をその命続くまで慈しむよう。さもなくば、ヴォルフガルト一族郎党総出で公爵家を末代まで食い荒らそう』

「気性は何十年経っても変わらんようだ。姑息にもクーデターを企てた奴等は自分の手ではなく、王家に【戦狼】をけしかけようとしていたのだ。……浅はかだとしか思えん」
 混乱に乗じて、現国王を亡き者にし、そのまま彼らが擁立した者を権力の座に据えようと画策した。
「それで、首謀者が捕まったのですか?」
「ああ。すべてクーデターを起こそうとした貴族から聞き取った情報だ。首謀者は娘を公爵夫人に仕立てようとしたドルバ伯。……そして、ヴォルフガルト男爵に王都を襲わせようと、反国王派に入れ知恵したのは、サンデル伯だ」
 後者の名は聞いたことがない。首を傾げるミアに、サイラスは唇を歪めた。
「覚えてないのか……? 十年前、お前に怪我させた騎士の雇い主だ」
「はあ」
「大方、お前の故郷で受けた屈辱の腹いせだろう。過去の所業もろとも陛下に報告してやったから、爵位や領地を取り上げられるのも時間の問題だ」
 話し終えても、サイラスはミアの目を見ない。その態度が気になるも、ミアは聞きたかったことを尋ねることにした。
「事情は判りました。ですが、なぜ私に計画のことを話してくださらなかったのですか?」
 自分が標的だと知っていたなら、もっと用心深く周囲を警戒できたはずだ。シャーロットの護衛を外されたことにも、納得はできなかっただろうが、理解はしたのに。
「……自分に餌の価値があると知っていたら、お前は必ず囮になる、だろう?」
 その通りだ。
 例えばミアが人気のない路地に刺客をおびき出せば、もっと早く事態は収まっていたはずだ。敵が襲ってくると分かっていれば、迎え撃つのも楽ではないか。
「……お前に明かさなかった理由はそれだ」
 それとは、囮になることか。何が駄目なのだ。
「殿下を危険に巻き込むよりはいいと思いますが……」
「お前が殿下の護衛をしなければ、巻き込むこともなかった、とも言える」
 真っ当な正論にぐうの音も出ない。
「まあ、ダンカンに根回ししていなかった俺にも非はある」
「副団長にも話してなかったのですか?」

 ダンカンはサイラスの信頼厚い部下だ。彼にすら計画を打ち明けないなら、ミアに告げることはないだろう。
 だからといって黙っていたことを許すつもりはない。
「あいつも態度に出やすい。敵をあざむくにはまず味方からだ。……もう身体が限界だろう」
 そこまで話すと、サイラスは「しばらく安静にするように」と告げ、立ち去ろうとする。
 まだまだ尋ねたいことは山のようにあるのに、ミアは眠気を堪え切れなく、ずるずるとベッドに沈み込んだ。
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