上 下
23 / 41

22話 男装令嬢ははじめて恋をしました

しおりを挟む
「いたっ」
 脳天に木剣の打撃をくらい、ミアはしゃがみ込む。
 せっかくダンカンに剣の稽古をつけてもらっているのに、ミアは集中できずにいた。中堅騎士の常にない失態に、二人一組になって打ち合いを行っている他の騎士団員たちが、ちらちらと様子をうかがっていた。
「素人みたいな動きじゃないか」
「もう一度、お願いします」
 木剣で肩を叩きながら、ダンカンは呆れかえる。ミアは立ち上がり、取り落した訓練用の木剣を構えなおした。
「何度やっても今日は無駄だ。……基礎からやり直すぞ」
 ミアが手にする得物を回収すると、ダンカンは訓練場の外を親指で示した。
「巡回がてら城壁の外を走るぞ」
「ええ……」
 城壁沿いは起伏が激しく、歩いて一周するだけでも一仕事だ。訓練を嫌がらないミアでも音をあげるほど過酷なコースである。まだ素振りを何百回もするほうがマシだ。
「ふぬけた剣さばきを新人に見せたいなら無理強いはしないぞ」
 ダンカンの皮肉にミアは、しぶしぶ従った。

 晴れ渡った空の下、乾いた空気が埃っぽい砂を巻き上げていく。アマグスタニアの王都は大地が隆起した、いわば陸の孤島のような地形の上に城下街が形成されている。そのため城壁のふもとは傾斜がきつい。
「……で、団長と何かあったのか?」
 隣で歩幅を合わせて走るダンカンに、ミアは返答をためらった。息を整えるふりをして、間を持たせようとしたが、ダンカンの無言の圧力に負ける。
「……なんだか団長の顔がまともに見れなくて、ですね……」
 散々やることをやっておきながら、先日の散策以来、サイラスの姿を見つけると物陰に隠れてしまうようになった。先日など、すれ違いそうになったサイラスを避けるため、植込みの陰にうずくまってしまい、そばを通り過ぎる騎士団員たちに不審がられた。
 目顔で「それで?」と促すダンカンに、ためらいがちに白状する。
「団長も血迷ったことをおっしゃるし……」
「何言われたんだ?」
「聞き間違いじゃなければ、私のことが、愛おしいって……」
「……この世の終わりみたいに言ってるが、そもそも団長の婚約者だろ、お前」
「でも、私を婚約者に決めたのは、公爵家のためですよね。……好悪のあるなしは関係ないはずなのに」

 いきなり愛しいなんて言われても、ミアはどうすればいいのか分からない。剣を振ることしか経験してこなかった自分には、手に余る問題だ。
 最も厄介なのが、サイラスを憎からず思いはじめている自分自身である。
「気持ちがともなっていれば、一石二鳥じゃないか。何をそんなに悩んでいるんだ?」
 急斜面を軽快に走り抜けるダンカンに遅れをとっていたミアは、その背中に向けて、身体のなかで渦巻く得体のしれない感情をぶつけた。
「どうやって団長と接すればいいのか、判らないんだもんっ」
 ハッと口許を押さえたが、もう遅い。ミアの子供じみた愚痴にダンカンは足を止める。

 眼下には、王都を支える畑や牧草地が地平線の彼方まで続いていた。
「……休憩するか」
 城壁からほど近いとはいえ、魔犬が群れで出没していると聞いていたのを口実に、ミアは立ったまま辺りを警戒した。
「座れよ」
 その場に腰を下ろしたダンカンに誘われるも、気まずさに結構ですと断る。
「ミア坊は団長が好きなんだろ」
「……好き」
 俯くミアに「そこは迷うのか」とダンカンは苦笑した。
「副団長のこともお慕いしていますが、それとどう違うのでしょうか……」
「誤解を招くようなことを言うなよ」
 額を掻きながらダンカンは言葉を選ぶように、ゆっくりとミアに告げる。
「団長と面と向かって会うのが、嫌なのか?」
「そうではありません!」
 むしろ声が聞こえれば無意識に彼の姿を探している。だが、実際遭遇しそうになると、脚が勝手に逃げ出してしまうのだ。
 泣きそうになりながら相反する状況を訴えると、ダンカンは顎に親指と人差し指を添える。
「……団長のことを一日中考えていることはあるか?」
「それはないですけど……」
「けどなんだ?」
「いろんなものを見かける度に、団長を思い出してしまいます……」
 城下街を警邏けいら中に屋台を見かけると、サイラスは怪しみながらも肉の串焼きをまんざらでもなさそうに食べていたな、とか、立派な仕立てのコートを眺めてはサイラスに似合うかなど、益体もないことを考えてしまう。
「で、そんなときミア坊はどう思うんだ?」
 ダンカンは目をすがめ、ミアを問い詰める。
「……なんだか胸があたたかくなります」
「家族を思い出すときと同じ暖かさか?」
 サイラスを思うと泣きたくなることがあるが、家族にそんな思いを抱いたことはない。
「ミア坊にとって団長は特別だってことだ」
 言い聞かせるようにダンカンはミアの顔を指さし「判ったか」と念押しする。

 ――じゃあ、私、団長のことをそういう意味で「好き」になっちゃったってこと……?

 頬に手を当てしゃがみ込んだミアの横で、ダンカンはぐっと伸びをする。
「晴れて名実ともに公爵夫人になれるんだ、よかったじゃないか」
「……団長は本当に私を憎からず思っているのでしょうか?」
「いきなり恋する乙女になってどうした? 告白されたんだろ?」
「愛おしいというのは、犬猫にも使う言葉ですよ」
「考えすぎだろう。……まあ、仮面公爵様は腹の底では何をお考えなのか分からん部分もあるからな。現に疎遠だったシャーロット殿下とも……」
「団長と殿下がどうかされたのですか?」
 ミアが問いかけるとダンカンはぴたりと口をつぐんだ。
「……いや、何でもない」
「副団長、私の目を見ても同じことが言えますか?」
 ミアは、ヴォルフガルト家特有のルビーを彷彿ほうふつとさせる瞳で威圧し、獲物を狙う狼のごとくダンカンを追い詰めていく。
「……とりあえず離れてくれ」
 ダンカンの顔を覗き込むようにしていたミアは、言われた通り姿勢を正した。
「……最近、団長がシャーロット殿下と奥宮殿で密会しているようでな」
「密会。……何か派閥間で不穏な動きでもあるのでしょうか?」

 現状、国王派と反国王派、どちらにも権力は集中していないはずだ。王都から離れた領主たち同士で小競り合いはあるものの、小火ボヤ程度で済んでいる。シャーロットは積極的にまつりごとに関わっているので、サイラスは何か相談事を持ちかけたのだろうか。
「お前は真面目だな」
 ミアは首を傾げた。
「俺がその噂を誰から聞いたと思う?」
 はて、ダンカンも公爵家に連なる貴族である。どこで二人の噂を耳にしようが、なんら不思議はないはずだが。
「奥宮殿に勤める従姉妹からだよ」
 意外な噂の出所に、ミアは瞳をぱちぱちと瞬いた。
 それはつまり。
「どういうことですか……」
 ますます困惑するミアに「箱入りにもほどがあるだろ……」とダンカンは呆れかえった。
「公務で出向いているならわざわざ奥で会う必要はない」
「なるほど……?」
「本当に意味判っているのか。……つまり、二人は人目を忍んで逢瀬を重ねているんじゃないかっていう噂だ。みなまで言わすなよ」

 サイラスがミアに内緒でシャーロットにこっそり会っている。ミアに愛を告げたサイラスも現実に存在する。どちらも真実だとしたらサイラスの行動はどう説明すればいいのか。

 ――悩んでもしょうがない。こうなったら団長に直接聞こう。
 おもむろに立ち上がったミアに、ダンカンは心配そうな視線を投げかけた。
「団長に訊いてみます」
「相変わらず前向きだな」
「悩んでいても堂々巡りですもん。不安の種を持ち出したのは副団長ですからね」
 腰に手をあて、ミアは口調を強くした。
「それは反省する。申し訳ない」
「なら城壁を一周するのは中止にしても……」
「それとこれは別問題だ。日々の鍛錬を怠っていてはいざという時、使い物にならない」
「……承知しました」
 サイラスの本音を早く確かめたい思いから、自然駆ける脚が速くなる。
「ミア坊、もう少しゆっくり走れ……」
 後方で息を切らすダンカンを置き去りに、己の思考に没頭するミアであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】騎士団長は××な胸がお好き 〜胸が小さいからと失恋したら、おっぱいを××されることになりました!~

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
「胸が小さいから」と浮気されてフラれた堅物眼鏡文官令嬢(騎士団長補佐・秘書)キティが、真面目で不真面目な騎士団長ブライアンから、胸と心を優しく解きほぐされて、そのまま美味しくいただかれてしまう話。 ※R18には※ ※ふわふわマシュマロおっぱい ※もみもみ ※ムーンライトノベルズの完結作

騎士団専属医という美味しいポジションを利用して健康診断をすると嘘をつき、悪戯しようと呼び出した団長にあっという間に逆襲された私の言い訳。

待鳥園子
恋愛
自分にとって、とても美味しい仕事である騎士団専属医になった騎士好きの女医が、皆の憧れ騎士の中の騎士といっても過言ではない美形騎士団長の身体を好き放題したいと嘘をついたら逆襲されて食べられちゃった話。 ※他サイトにも掲載あります。

仇敵騎士団長と始める不本意な蜜月~子作りだけヤル気出されても困ります~

一ノ瀬千景
恋愛
【注意事項】 ◇事情があって非公開にしていた『運命の番と言われましても、私たち殺したいほど憎み合っている(ということのなっている)のですが』をタイトル変更&大幅加筆(3万字ほど加筆)して再公開しました。 完全新作ではありません。 ◇R18作品です。 「どんなに憎い女が相手でも、その気にはなるのね」 アデリナ・ミュラー(20) かつては【帝国の真珠】とうたわれ王太子の妃候補にまでなっていたが、実家が没落し現在は貧乏暮らしをしている。            × 「お前こそ。殺したいほど憎い男の手で、こんなふうになって……」 カイ・オーギュスト(20) アデリナの実家の仇であるオーギュスト家の息子で、騎士団長の地位にある優秀な軍人。 怜悧な美貌と俺様な性格をもつ。 家族の仇、憎み合うふたりが運命のいたずらにより夫婦となり、子どもを作るはめになってしまい……。 拒めば拒むほど、身体は甘く蕩けていく。嘘つきなのは、心か身体かーー。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。 ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。 懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。 半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。 翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。 仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。 それから数日後、ルティエラに命令がくだる。 常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。 とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

処理中です...