男装しているからって、女嫌いの騎士団長に結婚を迫られ、いつの間にか溺愛されています。

ヨドミ

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17話 男装令嬢は飾り付けられる

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 ――どこが小規模な舞踏会だって……?
 会場袖からこっそりのぞき込むと、吹き抜けの天井から吊り下がるシャンデリアが、大広間を明るく照らし出していた。
 いくつも用意されたテーブルには、豪華な立食用の料理が所狭しと並べられている。テーブルを行き交う人々も優雅で気品を感じさせ、世事に明るくないミアでも顔を見知っている貴族が何人もいた。

「殿下の気まぐれには困ったものだ」

 ため息をつくサイラスに、ミアは激しく同意する。
 今回、警備から外れた二人は、招待客の名簿を見ることができていなかったが、警備を務める騎士に裏口から入れてもらい、会場の様子を観察していた。
 表宮殿の奥まった先に佇む、国賓を招くのにも使用される伝統ある建物を前に、ミアは嫌な予感を覚え、現在に至る。

「バッハシュタイン卿」

 振り返ると、シャーロット付の侍女二人が控室に続く廊下に立っていた。
「シャーロット殿下がお呼びです」
 ミアは、サイラスをうかがった。王女が何を企んでいるのか不気味であるが、呼び出しを無下にはできない。それは彼も承知しているようで、黙って侍女たちの後に続いた。
 廊下を進み、一際立派な木製の扉前で侍女たちは立ち止まる。
「ヴォルフガルト男爵令嬢はこちらへ」
 ミアだけを廊下のさらに奥へ案内しようとした。
「彼女は私の婚約者だ。連れていても問題はなかろう」
 サイラスはミアの腰に腕を回すも、侍女たちが折れることはない。
「殿下は公爵様とお二人になりたいとのことです。……それに、ヴォルフガルト様には後ほど殿下がお会いになります」
 ――私に?何の用で?
 どんなに言い募っても侍女たちは主の命令を遂行しようとしている。下手に抗ってシャーロットの機嫌を損ねるのは得策ではない。
「団長、会場で待ってますから」
 ミアはサイラスの腕から抜け出した。わざわざミアをそばに引き寄せて、仲の良い婚約者として扱う彼をねぎらう。
「……ああ」
 不満そうに告げるも、サイラスは扉をくぐった。
 サイラスと別れたミアは、もうひとりの侍女に促されるまま、廊下の端の一室に辿り着く。
 大きな姿見に鏡台、そして数人のメイドたちが部屋に待ち構えていた。メイドの一人が腕に抱えているのは、例のドレスである。

 ――屋敷に置いてきたのに……。なぜ、ここに‼

 ミアはごくりと唾を飲む。
 サイラスが仕立てた衣装はブラウンのジレに、同系色のジュストコートと、男物で揃えられていた。もちろんミアに異存はない。普段と遜色そんしょくのない晴れ着に安堵したくらいだ。
 どんな姿であろうとサイラスはシャーロットを選ぶ。であれば、少しは勝算のある普段の自分で勝負をしたい。
 ……言い訳してみたところで、やはりドレスを着るのは気が引けたのである。もしサイラスがミアのドレス姿に嫌悪感を抱いたら。そう考えただけで背筋が凍ってしまう。
 そんなミアの心情を把握するような手の回しように、シャーロットの執念の凄まじさを実感した。何が何でもシャーロットはミアに恥をかかせたいようだ。
「では、服を脱いでいただけますか?」
 有無を言わせぬメイドたちに頷き、ミアはコートのボタンを外し始める。

 鏡面にうつるのは、複雑な色合いのベルベット生地で仕立てられたマーメイドドレス姿のミアである。
 膝下から広がるフレアの裾丈は、ぴったりミアに馴染んでいるが、動きづらくて敵わない。肩口まで開いたネックラインは素肌が露出しすぎて、頼りなく落ち着かなかった。
 胸元で揺れる鳥籠を模したペンダントトップも何だか不安げに揺らめいている。
 戸惑うミアを構うことなく、淡々とメイドたちはミアを飾りつけていく。短い髪は丁寧にくしけずられ、ふんわりとウェーブのきいた髪型に整えられた。
「……サイラスの反応が見ものね」
 アイラインを濃い黒で縁取り、紅をひいたミアの顔を鏡越しに眺めて、シャーロットは面白がる。ミアの襟元で光るペンダントを一瞥いちべつすると、さらに顔をほころばせた。
 そんな彼女とは対照的に、ミアは血の気が引く。さながら贅沢好きな貴族令嬢の出で立ちに、嫌悪するだろうサイラスを思い浮かべたからだ。

 ――こんな姿、団長に見せられないっ。

「そろそろ出ないと、サイラスが怪しむわね。……お先にどうぞ」
 得意げにミアを会場に送り出すシャーロット。
 会場の入り口には、シャーロットにエスコート役を任されたらしい貴族の若者がいて、ミアの姿に目を見開いた。なぜかごくりと唾を飲んでいる。

 ――似合わないよね……。自分が一番分かってるから、そんなにまじまじ見ないでっ。

 着慣れない豪奢ごうしゃな衣装にまごついていると、慌てて男が近づき、腕を差し出してきた。
「ありがとうございます……」
「いえ、【戦狼】をエスコートするよう命じられた時は戸惑いましたが……。これほどお美しいレディのそばに侍ることができて光栄です」

 ――社交界って恐ろしいところね。さらりと嘘が言えるんだから。

 若者はシャーロットの母方の親戚筋にあたる伯爵家の子息らしい。べらべらと自己紹介されるも、緊張しているミアの頭に男の情報は残らなかった。
 会場にミアが姿を現すと、ざわめきが静まり、すぐにさざ波のようにさえずりが響いた。
「誰かしら……」
「灰色の髪に、深紅の瞳。……バッハシュタイン公爵と婚約した、ヴォルフガルト男爵の一人娘か」
「エスコートしている殿方はシャーロット様のご親戚の方だわ。……やだ、公爵様から伯爵に乗り換えるつもりなのかしら」
「あれだけの美貌なら遊んでいるのも納得できるな……」

 先の噂を補強することになってしまった。ミアは羞恥心に俯くも、強い視線を感じ、顔をあげる。
 サイラスは年嵩としかさの貴族たちとの会話を切り上げ、ミアをじっと凝視していた。
「まあ、なんて美しい衣装だこと」
 扇を口許にあてたシャーロットは、純白のドレスをまとっている。レースの刺繍が施されたスタンドカラーは彼女の儚さを一層際立てていた。妖艶なマーメイドドレス姿のミアとは対極の美しさを誇っている。
「夫になる者の趣味も考えず、着飾るなんて……よっぽど贅沢がお好きなのね」
「どういうことだ……?」
 地を這う重低音に、ミアは背筋を凍らせる。
「あの、その、これは……」
 全身から怒気を放つサイラスは、ミアには目もくれず、シャーロットの前に進み出た。
「サイラス、貴方、贅沢好みの女性が苦手だからこのを妻に選んだのでしょう? ……残念ね、結局きらびやに着飾るのを我慢できないのだもの。噂通りだったわね」
 三日月型に細めたすみれ色の瞳をサイラスは、無感動に見下ろしている。
 そんなサイラスを気にも留めず、シャーロットは招待客をダンスフロアへと誘った。広間の隣に設けられたダンスフロアに移動すると、シャーロットは涼やかに告げる。

「バッハシュタイン卿、私と婚約者殿、どちらと最初に踊って頂けるのかしら?」
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