男装しているからって、女嫌いの騎士団長に結婚を迫られ、いつの間にか溺愛されています。

ヨドミ

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14話 男装令嬢は第三王女の近衛騎士になりました

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 シャーロット・ヴェルテ・アマグスタニア第三王女は、滅多に社交界に姿を現さないことで有名だ。【日陰の佳人】は人見知りだとミアは聞いていたが――。
「ねえ、サイラス。こちらに座って私の話し相手になってくれなくて?」
「殿下、申し出はありがたいのですが、今は任務中なのでご勘弁を」
「相変わらず石頭だこと」

 王族の住まう内宮殿に広がる庭園。東屋でアフタヌーンティーを楽しむシャーロットを、ミアの他に三人の近衛騎士が取り囲んでいた。サイラスを呼びつけたシャーロットは、人目を気にせず、甘えるようにその腕にしなだれかかる。
 複雑な形に結われたプラチナブロンドの髪には、小ぶりな花飾りが添えられ、まるで絵本に登場する妖精のようだ。そして、襟ぐりの開いた純白のドレスは、王女のやわらかな肢体したいを強調している。
 この世の者とは思えない気品を漂わせたシャーロットは、サイラスの腕越しにミアへ視線を投げかけた。挑発するように細められた菫色すみれいろの瞳に、ミアは困惑するばかりだ。

 護衛初日に、近衛騎士として名乗りをあげたミアに、シャーロットは「よろしく」と微笑む。
 ――殿下は私に興味はないみたい……。
 サイラスが危惧するほど、彼女はミアを敵対視していない。 その時は安堵したのだが。
 ミアは王女を甘く見ていたと思い知る。

「ねえ、貴女。……そこの女騎士」
「はっ」
 ミアはシャーロットの前にひざまづいた。
「私の部屋からショールを取ってきてくださる? 少し肌寒いわ」

「……承知いたしました」
 王女の身の回りの世話は側付きの侍女が行う。ミア達護衛騎士の役目は主の側を離れず、その身を守ることだ。それなのにシャーロットは何かと理由をつけて、ミアを遠ざけようとする。ミアの指揮権はサイラスにあるものの、王族相手にサイラスも強くは出られない。結果的にシャーロットの我儘わがままに付き合わされる羽目になっていた。
 近衛騎士に指名されたときの高揚感はミアの中から消えつつある。だからといって手を抜くつもりはない。回廊を歩きながらため息をつくものの、気を取り直した。

 シャーロットはサイラスのことを諦めていないと、ミアは推測している。サイラスが表立ってそんな気を見せていないのが、せめてもの救いだろうか。彼の様子を思い出しながら、ミアは内心ほっとした。

 ――ん? 私は何に安堵しているの?

 サイラスがシャーロットと再び恋仲になり、ミアとの婚約を破棄するようなことがあれば一大事である。ジョナサンは無理やり連れて帰るつもりはないと言ったが、信用できない。

 ――そうだ。今のところ、騎士を続けられそうだから、安心しているんだ。

 言い聞かせるものの、何かしっくりこない。
 シャーロットの私室で侍女からショールを受け取ると、元来た道を引き返す。道すがら、先ほどの引っ掛かりを突き止めようと思索を巡らすが、答えは出てこなかった。
 庭園ではサイラスを椅子に座らせたシャーロットがほがらかに談笑している。サイラスも口許に笑みを浮かべ応じていた。その光景に胸のあたりが、ずしりと重くなる。

 シャーロットはミアの姿を認めると、表情を硬くした。拒絶する王女に対して、胸のむかつきはひどくなるばかりである。
 ――敵視されているよね……。
「ご苦労」
 ぶっきらぼうに礼をいうと、シャーロットはミアを視界から締め出すように、サイラスとの会話を再開した。所定の位置に戻りながら、ミアは悩む。
 何か粗相をしたのだろうか。記憶をひっくり返すも心当たりがない。サイラスからも特に注意を受けていないので、勤務態度に問題はないはずだ。

 それからもシャーロットの『お願い』は続いた。
 王都から離れた山の中に棲む、希少な獣の肉が食べたいから、狩ってこい。
馴染みの令嬢たちを驚かせたいから、商業都市で有名なパティシエを連れて来い。
 どれもミアに頼まなくてもいい用事である。
 恋敵としてミアの力を推し量っているのか。それならば受けて立つほかない。ミアは巨大な獣を単身で仕留め、王宮の料理人を驚かせた。菓子作りで有名な職人の元には連日通い、ついに根負けした彼を王都まで護衛し、シャーロット主催のお茶会で振る舞う菓子を作ってもらった。

「ご苦労」
 ミアがどんなに頑張っても、シャーロットは澄まして一言添えるだけだ。褒めてもらうために行動しているわけではないが、もっと言い方があるのではないだろうか。
 ――どこが聡明な王女なの?
 ミアはシャーロットの態度に混乱する日々を送った。

「どうやら国王派が動いたようだ」
 シャーロットの私室の隣部屋で、サイラスは腕を組み、疲労感をにじませていた。そこは近衛騎士たちの待機場所になっており、私語が許される唯一の場である。
「どういうことですか?」
「どうやらお前は『公爵家の財産を狙う女狐』らしいぞ」
「何ですか、それ……」
 ――野蛮な田舎貴族の娘が公爵をたぶらかした。
 ――男装は公爵に近づくための偽りの姿で、本性は派手好きの下賤げせんな悪女だ。

 宮廷の貴族令嬢たちの間で、まことしやかに囁かれている与太話に、ミアは閉口する。【戦狼せんろう】のイメージが悪い噂に拍車をかけているようだ。社交界デビューをする前に家を出てしまったミアは、王都の貴族たちとほとんど面識がない。王家主催の舞踏会などで会場警備にあたっていても、ミアを男爵令嬢と認識する者は皆無である。

 好き勝手に話が広まるのは時間の問題だった。

「くだらん噂だ」
 しかし火のない所に煙は立たない。
 サイラスが集めた情報によると、国王派の重鎮じゅうちんたちは、サイラスを案ずる風を装い、シャーロットにこう進言したという。
 ――殿下の慧眼けいがんもって、バッハシュタイン公の婚約者を見極め、ただしてはもらえないでしょうか。
 シャーロットは良くも悪くも公正な王女である。かつては婚約者として愛した男が、悪女の毒牙の餌食になり、それは国を揺るがす惨事に発展するかもしれないとほのめかされれば――。

「お前への当たりがきついのは、そのせいだ」
 国をうれう王女の無垢むくな正義感がそうさせたのだとしても、受けた仕打ちを肯定する気にはなれない。 どうみてもシャーロットの行動は、気に入りの雄を取られまいと必死になる、雌のそれなのだ。あわよくば妻の座を狙っているのは明白である。
「噂を否定されないのですか……?」
「慌てて消しにかかると噂の信憑性しんぴょうせいが増すだけだ。しばらく様子をみる」

 ――婚約者を侮辱されて、団長は腹が立たないのか。

 嫌味を喉元でとどめ沈黙するも、サイラスが怒ってくれないことにミアは傷つき、そんな自分に動揺する。
 二人は仮初めの恋人同士だ。サイラスがミアに向ける感情は信頼のみで、同僚に抱く連帯感くらいは期待してもいいだろう。
 ぴったりくる関係は、【戦友】だ。
 ともにアマグスタニア王国を支える盟友足り得れば、ミアにとってこれ以上のほまれはない。

 冷静になると、サイラスのことが心配になった。
 ミアにたぶらかされた愚かな公爵だと、貴族たちの口の端にのぼっているが、彼は平気なのだろうか。そこまで考えてミアは思い直した。
 公爵家のためにミアと偽装結婚しようとする男だ。些末なことに思い悩む暇があるなら、打開策を練るはずである。
 顎に指を添えて、彫像のように動かなくなったサイラスの判断を待っていると、
「……お前は平気か?」
「へ? 何がですか?」
「俺が外している隙に、殿下から無理難題を言いつけられているだろう。……護衛騎士の任を越えているものは、断れ」
「団長じゃあるまいし、そんな事できるわけないじゃないですか……」
「俺の名を出せばいい」
「ますますこじれますって」

 サイラスからミアを引き剥がすのがシャーロットの目的なのだ。サイラスがミアを庇おうものなら、事態は悪化する一方である。それに相手はアマグスタニアの王族。王家に忠誠を誓う王国騎士として歯向かうことなどできない。
 それなのに、春の日差しを受けた花のように、ミアの口許はほころんだ。
「どうした?」
 顔をのぞき込んでくるサイラスを避け、背をむける。
「何でもないです」
 サイラスに気にかけてもらえて喜ぶ姿をさらすのは、なんだか恥ずかしい。それに彼の言動に一喜一憂しているのも負けた気がするのだ。

 気分が上向いたミアは、ぐっと拳を握りしめる。
 ――こうなったら、我慢比べだ。
 シャーロットがミアの頑固さに折れるか、ミアがシャーロットの嫌がらせに屈するか。
 勝負はこれからである。
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