男装しているからって、女嫌いの騎士団長に結婚を迫られ、いつの間にか溺愛されています。

ヨドミ

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12話 騎士団長は気苦労が絶えません(サイラス視点)

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 サイラスは執務室の窓から中庭を眺めていた。その視線の先には、手取り足取り若手騎士に剣術の基礎を教えているミアがいる。
 何事にも全力で取り組む彼女に下心はないのだろう。あるとすれば、指導を受けている騎士の方か。ミアが話しかける度に、ぎくしゃくと頷く若者の姿に、サイラスは舌打ちした。

 ミアの魅力に気付けば、常時、男たちに囲まれている騎士団内に安心できる場所はない。
 気立ての良い彼女を姉のように慕っている者はまだ許そう。本気でミアに想いを寄せつつある団員たちに、サイラスは神経を尖らせていた。
 連帯感を高めるため、独身の団員たちは基本、騎士団施設に併設された騎士寮で寝食を共にする。女子寮と男子寮に分かれているとはいえ、両棟は行き来が自由だ。過去に女子寮が襲われたことはないと、ミアは屈託なく言ってのけたが……。

 サイラスに抱かれたミアは、羽化した蝶のように清廉せいれんな色香を放っている。サイラスの欲目でないのは、親切にしてミアの気を引こうとする男どもの態度で判ることだ。
「……早々に屋敷に移しておいて正解だったな……」
「団長、仕事してください」
 応接ソファに腰かけたダンカンが、サイラスを現実に呼び戻す。
「王宮と城下街の警備計画書、期限が迫っているんですから、早く確認してください」
「ダンカン」
「……何ですか?」
 書類に目を通しながらおざなりに返事をする副団長に、サイラスは真剣に問いかけた。
「……ヴォルフガルトは無防備すぎないか?」
「何を言っているのか判りかねます……」
「指導を受けている新人騎士たちがヴォルフガルトに見惚みとれているぞ。指導教官を変えろ」
「万年人手不足の我が騎士団に、そんな余裕はありません。ミア坊は指導係に申し分ない実力者です。……そんな事よりも早くこちらの書類にサインをしてください」
 にべもなく却下されたサイラスは仏頂面で、ダンカンの向かい側に荒々しく腰を下ろした。

 ミアを意識すると触れずにはいられない。
 頬を桃色に染めて恥ずかしがる姿が、毎回可愛くて見舞いに訪れる度、からかうのをやめられなかった。ミアが慌てる姿がまた愛おしく、行為は激しくなる一方である。
色恋にはうんざりしていたはずが、ミアを前にすればそんな気持ちも吹き飛んでしまう。
 抱きしめると首筋まで真っ赤にする彼女に耐えられる男がいるだろうか。

 普段はつやを感じさせない身体が、サイラスの腕の中でもだえるたびに執着が増していく。
 少年が抱くような恋情をサイラスは持て余していた。舞踏会の合間をぬって庭の物陰でさかる貴族たちを、時と場所を選べない獣どもめとあさげっていたのが嘘のように、今なら彼らの気持ちを汲み取れてしまう。

「……次に、春からの近衛騎士隊の編成についてですが、こちらの資料の確認をお願いします」
 サイラスは反射的に渡された紙面に目を通す。国王をはじめその他王族を守護する部隊――近衛騎士隊は王国騎士団の人員で組まれるのが慣例だ。
 護衛対象である要人たちからの希望も含めて選ばねばならず、サイラスは毎度頭を悩ませている。今回も無難に済ませようとしていたのだが――。

「おい、ダン」
 騎士団運営の予算案から目を上げたダンカンは、サイラスの様子に首を傾げる。
「シャーロット殿下の近衛騎士隊の人選は、お前がしたのか?」
「ええ。……ああ、殿下からの指名で数名は入れ替えましたが、それが何か……?」
 サイラスの表情に暗雲が立ちこめた。
「変更しろ」
「だから、指導教官の変更はできませんって――」
「違う。シャーロット殿下の近衛騎士隊にヴォルフガルトを組み込むのをやめろ、と言っている」
「それは無理です。なんせミア坊を指名したのは、王女殿下ですから」
「……何?」
 よりによってかつての婚約者が、現婚約者のミアを近衛騎士に選ぶとは。サイラスは彼女の真意を測りかねた。
 二人の姉君よりも影の薄い麗人を思い出していると、ダンカンが生暖かい視線を投げかけてくる。
「……なんだ、その眼は」
「いや、団長が焦っている姿は、なかなか愉快だと思いまして」
「お前も言うようになったな」
「失礼しました。ですが、団長の雰囲気が柔らかくなったと、もっぱらの噂ですよ」
 サイラスにしてみれば特段壁を作った覚えはない。しかし、公爵という肩書と、誰にも本心を見せない態度は近寄りがたさを醸し出していたようだ。
 そういえば最近、すれ違う団員にやたらと声をかけられるようになったなと、サイラスは思い至る。
「ミア坊を見かけた時の顔と言ったら……」
 笑いをかみ殺すダンカンに納得できず、サイラスは脚を組んで不貞腐ふてくされた。
「間抜けづらだとでも言いたいのか?」
「いや、むしろ親犬に見捨てられた子犬みたいですよ」
 ダンカンはそう言って、本格的に腹を抱えて笑い出す。

――意味が判らん。

 褒められていないことはわかる。サイラスは今後、ミアとどう接すればいいか思案に暮れた。
「とにかく、シャーロット殿下の人選にご不満なら団長がご自分で交渉してください。……その前にミア坊の意思確認しておいてくださいよ」
「言われずともそうする」
 編成一覧を睨みながら策を練るサイラスに呆れたように、ダンカンは肩をすくめた。
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