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5話 騎士団長は計画的に妻を決めました(サイラス視点)

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 ――全てにおいて丁度良い。

 サイラスがミアを婚約者に選んだ理由である。

 アマグスタニア王家は長らく男子に恵まれず、王族たちはサイラスと王女の婚姻を望んでいた。国王派の古参貴族たちは、サイラスの後見人気取りで、王女たちとの仲を取り持とうとする。姫君たちも見目麗しい騎士団長の妻になるのも悪くないと、婚姻に乗り気でサイラスにアプローチをかけ始めた。
 しがらみもあり、彼女たちの呼び出しに応じていたのが誤りだった。世間知らずの姫君たちはサイラスにのぼせ上がり、強引に関係を結ぼうする。

 公爵家としても王女たちを無下に扱うことはできない。やんわりと誘いを断り続けていると、王女たちは問答無用で公爵家を訪れるようになった。

 酒精を思わせる香水の匂い。
 豊満な肉体を誇示するかのような華美な衣装。
 プライドが高いくせに媚びるような視線。

 彼女たちの一挙手一投足が、サイラスの神経を逆なでする。
 挙句の果てには、任務で疲れ果てて倒れ込んだベッドに、第一王女が忍んでいて、あわや既成事実を作られるところだった。
 そのうち側妃が懐妊、無事に健康な王子を産み落とし、サイラスはようやく王女たちから解放されることになる。

 しかし、落ち着く暇もなく、今度は反国王派の貴族たちが、公爵家との縁を求め娘を差し出してきた。
 わずらわしい権力闘争と己をアクセサリーのように欲する女たちから解放されるため、サイラスは伴侶探しを開始する。

 二大派閥と程よい距離を維持している家柄は、なかなか見つからない。親戚筋にも年頃の令嬢はいない。
 加えて王女たちの強引さがもとで、サイラスは女性に対して、苦手意識が芽生えていた。

この際、身分が多少低くても構わない。
――どこかに素朴で飾り気のない者はいないのか。
 王都の貴族令嬢たちは身分の上下を問わず、競って派手なドレスに身を包み、相手よりも美しく着飾ることに余念がない。サイラスの望みは高くなるばかりだった。
 どうしたものかと思い悩んでいたサイラスの目に、ある名が飛び込んできた。

 ミアに婚約を申し込む一月前のこと。

 数年に一度結成される遠征隊の応募書類を、副団長のダンカンと吟味しているときだった。
 ひとりの騎士団員の経歴に、サイラスの手の動きが止まる。

「……団長どうかしましたか?」
「そういえばヴォルフガルトは女だったな……」
「……休憩しましょうか」

 ダンカンは席を立つと、紅茶をのせたトレイを携え戻ってきた。
「お前から見て、彼女はどんな人物だ?」
 ダンカンはティーカップをサイラスに差し出しながら、しばし考え込む。
「はあ……それは団長のほうがご存じなのでは?」
「騎士として優秀なのは知っている。……妻にするならどうだ?」
 サイラスの突然の問いに、ダンカンは目を丸くした。
「ミア坊……失礼しました。ヴォルフガルトと団長が、ですか?なぜまたそんなことを……」
「反国王派の貴族共が娘を押し付けてくるのが目障りなだけだ」
 ダンカンはその一言で大体を察したようで、
「団長はご令嬢やご婦人方の憧れですからね」とありがたくない感想をこぼした。
「ダンも人のことは言えないくせに」
「私は末席の末席ですから、そんな気苦労はありません」

 ダンカンの家は公爵家の分家筋にあたる。
 サイラスの贔屓ひいきで副団長に抜擢ばってきされたなどと妬む者がいるが、実際ダンカンは有能なのだ。愚か者を右腕にするほど、サイラスはお人よしではない。
 信頼をよせる部下の回答を真剣に待っていると、ダンカンは言葉を探しているようだった。

「……彼女は素直で良いです。猪突猛進なところはありますが、団長がうまく手綱をとってあげれば立派な公爵夫人に化けるんじゃないでしょうか」
「ふむ」
「ヴォルフガルトを身内に取り込むのは、宮廷の権力バランス的にもいい案です。しかし、【戦狼】の長が愛娘を簡単に手放しますかね?」
「そこは何とかなるだろう。公爵家よりも権威ある家柄がアマグスタニアにいくつあると思う?」
「相手は辺境貴族ですよ、王都の常識が通用するのか……団長の腕の見せどころですね」

 からかうダンカンをサイラスは鼻で笑った。
 副団長の口調は軽薄だが、尊敬の念は滲み出ていた。
礼儀を守りつつも権力に媚びようとしないダンカンを、サイラスは気に入っている。
「婚約のお披露目をされるまでは、口外しないほうがいいですよね?」
 ダンカンの気遣いにサイラスは、いや、と首を横に振った。
「俺がヴォルフガルトに話した後、お前から広めろ」
「は?」
「両方の派閥を牽制できる。……奴らの出方も見れるしな」
「……ミア坊を悲しませるようなことはしないでくださいよ」
眉をしかめるダンカンに、サイラスは肩をすくめた。
「善処しよう」
 彼女を悲しませるようなことはしないつもりだ。何不自由のない生活を約束する。

 ただし。

「……バッハシュタイン家にふさわしい振る舞いは要求するがな」
「ミア坊は騎士を続けたがると思いますが、それも許されるのですか?」
 公爵夫人が騎士を務めるなど前代未聞だ。
 サイラスはまさか、と腕を組む。
「公爵家で贅沢を覚えさせれば、そんな気も失せるだろう。じっくり慣れさせればいい」
 辺境貴族とは比較にならない財を有する公爵家を目の当たりにして、わざわざ過酷な騎士生活を選ぶ者はいないはずだ。
 サイラスの思惑に納得がいかないのか、ダンカンは眉間に皺を刻んだままだ。
「えらく過保護だな。……ヴォルフガルトに惚れているのか?」
「からかわないでください。彼女は妹みたいな存在ですよ。……団長は覚えてませんか?何年か前に、騎士団の詰所に押しかけてきた少女のこと」

 首を傾げるサイラスに、ダンカンは言い募る。
「ほら、浮浪児みたいな恰好で啖呵を切ってきた女の子。団長が入団試験の日程を教えていましたよね? あの子がミア坊ですよ」
「……ああ」

 あの時の少女かとサイラスは記憶を掘り起こす。
 隣国との国境を長らく司る【戦狼】ヴォルフガルト一族は、王都では伝説と化している。めったに宮廷に姿を現さない貴族の子弟が騎士団入りを希望していると聞いて、サイラスは興味を持ったのだ。

 面会室には小柄な子どもがいた。
 長い灰色の髪は埃にまみれ、手足や衣服は黒く薄汚れている。

――食うに困った子どもが考えなしに志願したのか。

 落胆したサイラスは、ふと鮮血よりも濃い緋色に目が吸い寄せられる。サイラスをひたりと見据える瞳は爛々らんらんとした光を帯び、ただ者ではない存在感を放っていた。

――狼か。言いえて妙だな。

 サイラスに食って掛かる少女を挑発し、騎士への門戸を示した。すると予想通りというか、それ以上の実力を発揮してサイラスの部下となった。
 今まで忘れていたのが嘘のように鮮明に思い出せる。
「……まさかここまで食らいついてくるとは思わなかったがな」
「騎士団にとって大事な戦力なんですからね、なるべく彼女の意思を尊重してくださいよ」
「【竜騎士ダンカン】 にそれほど可愛がられるとは、ますます期待できるな」
 満足げなサイラスとは反対に、ダンカンの表情は厳しさを増していく。

「……ミア坊を選んだのは、中立貴族の令嬢だという理由だけじゃないですよね?」
 ダンカンの疑問にサイラスは鷹揚おうように頷く。
「ああ、俺の趣味嗜好も合わせて選んだ」
「……やっぱり団長は男のほうがいいのですか?」
「やたらと派手に着飾った女が苦手なだけだ。変な気を回すな」
 今度はサイラスが渋面をつくった。
「そうですか。いや、ミア坊が普通の令嬢に様変わりしたら捨てるつもりなのかと心配しました」
「妻にするからには、最低限の責任はとる」
 失礼しましたと敬礼するダンカンは、心底安心しているようだった。

「……まあ、公爵家に仇なす場合は、例外だが」

 ダンカンに聞こえないよう、ぼそりとサイラスは本心を吐露する。
 すべては公爵家のために。
 サイラスは公爵家を守り抜くことに人生を費やしている。

 ミアに婚約を申し入れる前にヴォルフガルトの当主――ミアの父親だ――に伺いを立てるも、最初は難色を示していた。豪華な手土産を用意したが、首を縦に振らない。

 ――結婚適齢期を過ぎた可愛い娘の嫁ぎ先に苦労しているはずなのに、なぜだ。

 サイラスは熟考し、奥の手を出すことにした。
 そうして、渋々とだが男爵から了承を得ることができ、サイラスの目論見は当たっていたのだと確信する。
あと二、三年早ければ、断られた可能性もある。運が味方をした。

 ダンカンが予期した通り、騎士を諦めないミアを少しずつ説得していなかなければならないが、それ以外、サイラスの計画には、一分の狂いもない。
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