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4話 騎士団長の思惑を推測してみました
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法律が服を着て歩いているような男、それがサイラスである。
アマグスタニアの貴族社会では、身分の序列は絶対だ。下位の者が上位者に逆らえばよくて流罪、最悪死罪である。
子どもを庇ったとはいえ、ミアのように規律を乱す者に、貴族の鑑である彼が味方するとは思えない。
それに辺境地に偶然、公爵様が現れるはずがないのだ。
「まあそれだけ手練の者なら、どこかの領主が囲い込んでいるんじゃないか。……遠征に参加すれば会えるかもな」
「はい。実は、それを期待しています」
数年に一度、王国騎士団から選抜された者が、国内を巡察するのだ。
条件は騎士に昇格して三年以上であること。
今年、ミアは遠征隊に応募できる要件を満たしたため、張り切っている。
そんな彼女に、ダンカンは水を差した。
「選抜前に、団長との結婚があるからな……。公爵夫人になったら遠征どころじゃなくなるぞ」
「え、団長は騎士を辞めなくてもいいって……」
「……お前、本気で騎士続けられると思ってるのか? 」
「私、団長に嘘つかれたんですか?」
「……素直なところはミア坊の良いところだな」
焦って尋ねたミアを慰めるように、ダンカンはその髪を掻きまわす。
サイラスは騎士を続けてもいいと請け負ってくれた。その言葉に嘘偽りはないはずだ。
「……団長はなぜ私と婚約しようと思ったんでしょうか?」
ダンカンの手の動きが止まったことに気づかず、ミアはつぶやいた。
「政略的に一番都合が良かったことは理解できるんだけど……」
よくよく考えてみれば、ミアよりも美しくて、身分も高く、器量の良い辺境貴族の令嬢はたくさんいる。
あえて、ミアを選んだ動機は何なのか。
まさか近くにいてお手頃だったとか。理性的な騎士団長が、そんな行き当たりばったりで行動を起こすとは思えない。
サイラスは何か隠しているのだろうか。
「……団長がヴォルフガルトに婚約を申し込んだって……あの噂、本当だったんだな」
廊下の先から団員たちの会話が聞こえた。
自分の名が出たことで、ミアは足を止める。
ダンカンは苦虫を噛みつぶしたような表情をして、ミアを元来た方向に引っ張っていこうとするが、彼女は廊下の角にとどまった。
「ああ、団長が女嫌いってやつか? いや、ヴォルフガルトは一応、女だぞ」
「俺たちを木剣の一振りでふっ飛ばす奴は、女とは言えねえ」
「確かに」
――アンタたちが弱いだけだっての。
ミアは心のなかで毒づいた。
ゲラゲラ笑う団員たちは、面白おかしくサイラスの話題を続けている。
「今を時めく公爵様が、いい歳して独り身とか体裁悪いし、後継者も作らなきゃダメだろ。そこで目を付けたのが、ヴォルフガルトだ……」
「あいつ、その辺の男よりも男らしいもんな……」
「なんでも、団長をめぐって名だたる令嬢たちが血眼になってアプローチしたらしくてな……。それ以来、女が苦手になったって噂だ」
「羨ましいような、怖いような……」
「剣にしか興味のないヴォルフガルトなら、執着される心配はないと踏んだんじゃないか?」
「そりゃお前、自分のカミさんに不満があるってこったな」
「ち、違うって! お前余計なことを言うなよ!」
離れていく団員たちの足音が消えるまで、ミアは立ち尽くしていた。
「ミア坊」
「なるほど……」
清々しい表情をみせた彼女に、ダンカンは息を呑んだ。
「副団長はご存じだったんですか?私が選ばれた理由」
「まあ……何となくは、な」
ダンカンは、ミアを慮って真相を口にしなかったようだ。
サイラスが婚約者に求める条件は、彼に興味がなく、女の色香を纏わないこと。
その条件を満たしていたから、彼はミアに白羽の矢を立てた。
――おまけに男の格好が好きだしね、私。
【契約結婚】の文字が脳内に浮かび上がる。疑問が解消されてミアはすっきりした。
「お前はそれでいいのか?」
ダンカンの問いにミアは首をかしげる。
「何がですか?」
「宮廷の令嬢たちとは違うから選ばれたって……それでいいのか」
「まあ、事実ですし。……それに政略結婚なんて貴族では当たり前ですからね」
「まあな」
「……私はまだ恵まれている方です」
サイラスはミアの意思を確認してくれた。本人の想いなど無視して進められる婚姻も珍しくないのに、大貴族の公爵様はわざわざミアに事情を話してくれたのだ。
これ以上何を望めばいいのか。
ダンカンを安心させるように、ミアは微笑む。彼は騎士団内でミアを心配してくれる数少ない人物だ。
ダンカンは何かあったら相談しろよ、とミアの頭をポンと叩いた。
アマグスタニアの貴族社会では、身分の序列は絶対だ。下位の者が上位者に逆らえばよくて流罪、最悪死罪である。
子どもを庇ったとはいえ、ミアのように規律を乱す者に、貴族の鑑である彼が味方するとは思えない。
それに辺境地に偶然、公爵様が現れるはずがないのだ。
「まあそれだけ手練の者なら、どこかの領主が囲い込んでいるんじゃないか。……遠征に参加すれば会えるかもな」
「はい。実は、それを期待しています」
数年に一度、王国騎士団から選抜された者が、国内を巡察するのだ。
条件は騎士に昇格して三年以上であること。
今年、ミアは遠征隊に応募できる要件を満たしたため、張り切っている。
そんな彼女に、ダンカンは水を差した。
「選抜前に、団長との結婚があるからな……。公爵夫人になったら遠征どころじゃなくなるぞ」
「え、団長は騎士を辞めなくてもいいって……」
「……お前、本気で騎士続けられると思ってるのか? 」
「私、団長に嘘つかれたんですか?」
「……素直なところはミア坊の良いところだな」
焦って尋ねたミアを慰めるように、ダンカンはその髪を掻きまわす。
サイラスは騎士を続けてもいいと請け負ってくれた。その言葉に嘘偽りはないはずだ。
「……団長はなぜ私と婚約しようと思ったんでしょうか?」
ダンカンの手の動きが止まったことに気づかず、ミアはつぶやいた。
「政略的に一番都合が良かったことは理解できるんだけど……」
よくよく考えてみれば、ミアよりも美しくて、身分も高く、器量の良い辺境貴族の令嬢はたくさんいる。
あえて、ミアを選んだ動機は何なのか。
まさか近くにいてお手頃だったとか。理性的な騎士団長が、そんな行き当たりばったりで行動を起こすとは思えない。
サイラスは何か隠しているのだろうか。
「……団長がヴォルフガルトに婚約を申し込んだって……あの噂、本当だったんだな」
廊下の先から団員たちの会話が聞こえた。
自分の名が出たことで、ミアは足を止める。
ダンカンは苦虫を噛みつぶしたような表情をして、ミアを元来た方向に引っ張っていこうとするが、彼女は廊下の角にとどまった。
「ああ、団長が女嫌いってやつか? いや、ヴォルフガルトは一応、女だぞ」
「俺たちを木剣の一振りでふっ飛ばす奴は、女とは言えねえ」
「確かに」
――アンタたちが弱いだけだっての。
ミアは心のなかで毒づいた。
ゲラゲラ笑う団員たちは、面白おかしくサイラスの話題を続けている。
「今を時めく公爵様が、いい歳して独り身とか体裁悪いし、後継者も作らなきゃダメだろ。そこで目を付けたのが、ヴォルフガルトだ……」
「あいつ、その辺の男よりも男らしいもんな……」
「なんでも、団長をめぐって名だたる令嬢たちが血眼になってアプローチしたらしくてな……。それ以来、女が苦手になったって噂だ」
「羨ましいような、怖いような……」
「剣にしか興味のないヴォルフガルトなら、執着される心配はないと踏んだんじゃないか?」
「そりゃお前、自分のカミさんに不満があるってこったな」
「ち、違うって! お前余計なことを言うなよ!」
離れていく団員たちの足音が消えるまで、ミアは立ち尽くしていた。
「ミア坊」
「なるほど……」
清々しい表情をみせた彼女に、ダンカンは息を呑んだ。
「副団長はご存じだったんですか?私が選ばれた理由」
「まあ……何となくは、な」
ダンカンは、ミアを慮って真相を口にしなかったようだ。
サイラスが婚約者に求める条件は、彼に興味がなく、女の色香を纏わないこと。
その条件を満たしていたから、彼はミアに白羽の矢を立てた。
――おまけに男の格好が好きだしね、私。
【契約結婚】の文字が脳内に浮かび上がる。疑問が解消されてミアはすっきりした。
「お前はそれでいいのか?」
ダンカンの問いにミアは首をかしげる。
「何がですか?」
「宮廷の令嬢たちとは違うから選ばれたって……それでいいのか」
「まあ、事実ですし。……それに政略結婚なんて貴族では当たり前ですからね」
「まあな」
「……私はまだ恵まれている方です」
サイラスはミアの意思を確認してくれた。本人の想いなど無視して進められる婚姻も珍しくないのに、大貴族の公爵様はわざわざミアに事情を話してくれたのだ。
これ以上何を望めばいいのか。
ダンカンを安心させるように、ミアは微笑む。彼は騎士団内でミアを心配してくれる数少ない人物だ。
ダンカンは何かあったら相談しろよ、とミアの頭をポンと叩いた。
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