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3話 男装令嬢は恋にうつつを抜かしません

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 ――だからってすぐに認められたわけじゃなかったけどね……。
 今では笑い話であるが、当時は大いに悩んだ。

 ミアが首席に選ばれたのは、狼たちの機嫌をとるためなのではないか。

 そんな、根も葉もない戯言ざれごとがまことしやかに囁かれたのだ。
 ミアはそういう者を一人残らず剣で黙らせた。……あくまで喧嘩を売ってきた相手に、であるが。
 頭角を現していくミアを、団員たちは受け入れるようになった。いまだに彼女を快く思わない頑固な団員もいるが、おおむね問題なく過ごしている。

 サイラスと婚約した翌日。
 騎士団施設の中庭では、騎士見習の少年たちが一生懸命、素振りをしている。
 数年前まではミアも彼らと同じ騎士見習だった。廊下から中庭を見下ろし、物思いにふけっていると、背中に衝撃が走る。

「……なにするんですか? ダンカン副団長!」
「ぼけっと突っ立ってどうした、ミア坊」

 振り返ると、ミアと同じ軍服姿の青年が唇に紙タバコをくわえ、軽薄に笑っていた。
「……ここ禁煙ですよ」
「火ぃついてねえだろ」
 並んで歩き出しながら、「婚約おめでとうさん」と天気の話をするようにダンカンは言った。
「話が広まるの、早くないですか?」
「ちゃんと団長から聞いたぞ。いや~、入団させてくれって押しかけたガキが立派になったもんだ」
「その節はお世話になりました……」
 ダンカンは三年前まで騎士団の部隊長を務めていた。騎士団の詰所で世話を焼いてくれた部隊長は彼である。

「あんまり浮かれてないってことは、団長はちゃんと理由を話したんだな」
 突然真面目になったダンカンに、ミアは頷く。
「私もちゃっかり団長を利用してますし、お互い様です」
「今のお前なら、北部の国境警備隊で充分活躍できると思うがな。……実家で騎士になりたかったんだろう?」

 ダンカンには入団当時に事情をすべて説明している。話さないと試験を受けさせないと言われてしまえば、素直になるしかなかったのだ。
「……戻ったら確実に屋敷に閉じ込められて、どこぞの貴族に嫁がされます」
 入団した当初は、一人前の騎士に成長すれば領地の警備部隊に使ってもらえると、期待していた。
 けれども、ミアが勲章物の活躍をみせても、彼らは数え切れないほどの縁談話を送りつけてくるのだ。
 まったく騎士として認めてくれない。
 綺麗なドレスに身を包んで、優雅にお茶をたしなむ生活なんて、ミアには我慢できないのに。
 想像しただけで尻がむずがゆくなる。
 領地で夢を叶えるのは諦めるしかなく、王都で修業に励もうと決心するのに、それほど時間はかからなかった。

「お前も変わりもんだよな。わざわざ騎士になる貴族のお嬢様なんて聞いたことがないぞ」
「私は十年前に助けていただいた騎士様のようになりたいだけです」
「ミア坊の【初恋相手】な」
「そんなんじゃないって何度も言ってますよね!?」

 彼はミアにとって神様にも等しい。
 顔は覚えていないが、こうして騎士を続けていれば必ず会えると信じている。貴方が助けてくれた子供は元気に生きていますよ、と伝えたい。

「……その騎士って団長だったりしてな」
「まさか」
 ダンカンの思い付きを、ミアは即座に否定する。
「なんでだよ?」
「【仮面公爵】様は、ぜったい、子どもを助けないです」
「……お前、遠慮がないな。誰だって子どもが危ない目にあってたら助けるぞ」
「その子どもが自分より身分の高い貴族に食って掛かってたら、どうですか?」
「まあ……判らんでもないが」

 十年前。
 辺境貴族が治める領地には、定期的に王都から視察が入る。ヴォルフガルト領も例外ではない。
 その年派遣された監査官は、気に入らないことがあればすぐに癇癪かんしゃくをおこす、悪名高い伯爵だった。
 城塞内の大通りを進む伯爵一行の前に、遊びに夢中になった子どもが飛び出した。
 さいわい伯爵の乗る馬が驚き脚をとめたので、どちらにも怪我はなかった。
 だが、伯爵の豪奢なコートには泥が飛んでしまい、怒り狂った彼は子どもに向かって吠えたてる。
『おい、そこな子供の首を今すぐ刎ねろ!』
伯爵子飼いの騎士たちは、すぐさま子供に手を掛けようとした。ミアはあまりの傍若無人ぶりに、一緒にいた侍女の制止を振り切り、騎士たちの前に飛び出す。

『伯爵様、相手は子どもです。どうかお見逃しください』
『なんだ、貴様。……その髪と瞳、ヴォルフガルト一族か。男爵家風情が私に歯向かって、タダで済むと思っているのか、小娘?』
 馬上から嫌らしい笑みを浮かべる伯爵に、ミアは声を張り上げた。
『ここで引き下がったら父上に叱られてしまいますわ。【戦狼】 を舐めないでください!』
『……生意気な。こいつも纏めて捕らえよ』
 ミアは震える子供を抱きかかえ、迫りくる騎士たちから守ろうと身構えた。掴みかかってくる騎士の腹を蹴り上げるも、火に油を注ぐだけである。
 衝撃は一瞬だった。
 ふわりと身体が浮き、地面に叩きつけられる。砂利で額を切ったのか、血が流れ視界を塞ぐ。
 頑固にも子どもを手放さないミアに、騎士は舌打ちして剣を振りかざした。
 もうだめだ。
 ミアはぎゅっとまぶたを閉じた。

 想像していた痛みがやってくる代わりに、視界が暗くなる。どよめきのなか、恐る恐る目を開けると、大きな背中が立ちはだかっていた。
 鈍く光る剣先がミアの目の前で閃く。
 呆然としている中、フードを目深に被った騎士は次々と、伯爵子飼いの騎士たちをなぎ払った。
 あっという間にすべての騎士が地面に倒れ伏す。
 フードの騎士は、伯爵に近づくと、何か話しかけているようだった。
 尊大に振る舞っていた顔を瞬時に青褪めさせた伯爵は、転がるように馬を走らせ、逃げていく。

 その後のことはよく覚えていない。

 気がつくと、屋敷のベッドに寝かされていた。
額にはうっすらと傷が残ってしまい、父は泣きながら激怒した。愛娘が傷物になってしまったのだ。父を悲しませてしまった己の未熟さを、ミアは悔やんだ。
 傷跡をなぞるたび、ミアは奇跡のような出来事を反芻はんすうする。
  
 乱闘を目撃した領民に尋ねまわっても、彼の手がかりは掴めなかった。
父親に騎士の特徴を伝え、彼を探してほしいと願い出るも消息は不明。
 今思い返せば、あれほど腕の立つ騎士を、領主である父が知らないはずがないのだ。当時のミアはそこまで思い至らず、気がついた時には尋ねる機会を逃していた。
 彼の華麗な剣さばきが瞼の裏から離れない。
 ――私もあの方のように、強くなりたい。
 ミアはよりいっそう騎士にあこがれを抱くようになった。
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