異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ

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22 裕介、ふたたび発情期を迎える 

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「それでは副騎士団長……じゃなかった、ジェイド様の新たな門出を祝い、乾杯!」

 食堂に集まった騎士団員達はヨシュアの音頭とともに、「「「「乾杯!」」」と木製のジョッキをぶつけ合った。

 王都を発つ裕介とジェイドのために、壮行会を開こうと言い出したのはヨシュアである。ジェイドは必要ないと断ったらしいが、なんだかんだと押しきられてしまったようだ。

 騎士団員たちは大柄な身体に見合う飲みっぷりで、酒瓶がどんどん空になっていく。

 裕介の隣で静かに飲むジェイドも例に漏れず、涼しい顔で二杯目に手を出していた。

「お酒、強いんですね」
養父ちちに付き合わされているうちに、耐性がついたようだ。貴殿は無理をするなよ」

 ジョッキを両手で持つ裕介に、ジェイドが心配そうに声を掛ける。綺麗な葡萄色の液体を裕介は、まじまじと見つめた。
 せっかくの酒だ。まったく口を付けないのは失礼に当たる。裕介は恐る恐るジョッキのふちに口を付けた。

(う、薄い……)

 酒というよりジュースに近い味だ。元いた世界のワインより、アルコール度数は低いようである。

(なるほど、これなら割と……)

 裕介はジョッキを一気に傾けた。
 ごくごくと喉を鳴らし、ジョッキを空にした瞬間、「おお~」と周囲からどよめきが起きる。
 注目され、裕介は戸惑った。ジェイドも目を丸くしている。

(え、飲んじゃいけなかったのか?)

「おう、旦那。いい飲みっぷりですね~。もしやイケる口ですかぁ~」

 酔っ払い、もといヨシュアが裕介の背中を強く叩いた。普段の彼からは想像できない砕けた態度に、裕介は苦笑する。

「弱くはないかな」

 裕介は叩かれるまま、愛想笑いを返す。
 ジェイドがヨシュアをじろりと睨みつけるも、酔いの前に効果はない。
 がははははとヨシュアは笑い、何を思ったのか、

「よっしゃあ、旦那、俺と勝負しましょう!」

 ヨシュアは部屋の隅に積まれた木箱から、新たにワインボトルを取り出し、裕介の空いたジョッキに、なみなみと紫の液体を注ぐ。
 すると、騎士団員達がテーブルを囲んで、「どっちが先にぶっ倒れるか、賭けようぜ」と騒ぎはじめた。

「お前たち、いい加減に――」
「まあまあ、ジェイドさん。こんな日くらい羽目を外してもいいじゃないですか」

 皆、ジェイドを慕って別れを惜しんでいる。この騒ぎも寂しさの裏返しだと思えば可愛いものだ。

「よ、さすがは、旦那。よくわかってるじゃねえか」

 ヨシュアはふたたび裕介の背中を叩いた。何度も叩かれると、さすがに背骨が痛くて、裕介は前かがみになる。
 こめかみに青筋を立てたジェイドが視界に入り、裕介は慌てた。
 ここで彼が機嫌を損ね、みなを叱責してしまえば、なごやかな宴が台無しになってしまう。

「ジェイドさん、俺は平気ですから」

 裕介が宥めても、ジェイドは眉間に皺を寄せたまま、口元をへの字にしている。

「自分のキャパは把握してるんで、安心してください」

 親指を立て自信満々に告げるも、ジェイドはなぜかため息をついた。
 ただ酒を飲むだけである。そんなに心配することもないだろうに。

「俺、結構、酒強いんで神経質にならなくても大丈夫ですよ」
「そうであったとしてもだな――」

 さらに渋り続けるジェイドを遮り、裕介はジョッキを片手に「じゃあ勝負しよっか」とヨシュアに笑いかけた。
 場が一気に盛り上がる。

「旦那、負けませんよ!」
「お前たち、ちょっと待て。それにユースケ、調子にのるんじゃ――」

 ジェイドの苦言は、ヨシュアの大声にかき消された。
 こうして急遽飲み比べ大会がはじまったのである。


 異世界のワインは、裕介が飲んだことのあるワインのなかでも、一、二を争うほど甘くて美味かった。
 飲み心地がいいというのは、ひとえに飲み過ぎる原因になる。そして、薄い酒でも大量に摂取すれば酔いは回るもので――。

 一時間後。

「やったあ、俺の勝ち~」

 裕介は椅子に腰掛け、上機嫌に空のジョッキを傾けた。
 かたや屈強な男たちはというと……。
 テーブルに突っ伏す者、床で倒れ白目をむく者がちらほら。泥酔者が部屋のあちこちに転がり、死屍累々たる惨状である。

 裕介は若い頃、接待漬けの日々を送っていた。駆り出されるたび、和洋中、いろんな酒を浴びるように飲んでいたせいか、多少酒が過ぎても、正気を失うことはない。

「【災厄】って酒に強いのか」
「そんな話、聞いたことないぞ」
「みなさん、もう降参ですか~?」

 裕介は周囲の男たちを挑発する。どこからともなく歯ぎしりの音がした。
 正気を保っているとはいえ、酔いはまわっており、裕介は普段よりも気が大きくなっている。

 悔しがる野郎どもの顔が滑稽で、思わず「ほれほれ、どうした~」とにんまり笑って見せた。
 すると、男たちは一転して、頬をポッと赤くし、恥ずかしそうに裕介から顔を逸らす。

 身に覚えのある反応だ。

(まさか、俺のフェロモンのせいか……?)

 壮行会に参加する前、しっかり抑制剤を飲んだ。フェロモンを抑制する指輪だって嵌めている。
 首を傾げた裕介の肩に、ジェイドの手が置かれた。と思うや否や、ジェイドは裕介の両膝裏を掬った。

「そろそろ帰るぞ」
「まだのみたりない」

 いわゆるお姫様抱っこをされた裕介は、ジェイドの腕の中で、じたばたと暴れた。裕介を窘めるように、ジェイドは灰色の瞳を細める。
 ほろ酔い気分なだけで、気持ち悪くはないのだ。もっと開放感を味わいたい裕介は頬を膨らませ、抵抗する。

「……そんな顔をしても駄目だ」

 ならばとジェイドの首に両腕をまわし、「ねえ、もう少しお願い」と耳元で囁いた。
 普段なら悶絶するほど恥ずかしいおねだりも、酔いに任せればなんてことないな、と裕介はご機嫌だ。
 鼻先をすりよせ、甘えてると、

「どうやら発情期ヒートが始まったようだな」
「へえ……? うそだあ」

 これまで散々イチャついても、予兆すら感じられなかったのだ。信じられるわけがない。それにジェイドは平気そうにしているではないか。

「嘘じゃない。見ろ。こいつらの顔を」

 酒に酔って潰れていた連中は目を覚まし、裕介をジッと見つめている。目が据わってて怖い。ごちそうを前によだれを垂らす獣のようである。

「……ヨシュア」
「は、ひゃい!」

 壁際でうずくまっていたヨシュアは、ジェイドの地の底から響くような声音に、ぴんと背筋を伸ばし、その場で正座する。
 萎縮した彼を、ジェイドは射殺さんばかりに睨みつけた。

「ワインの産地は、どこだ」
「え、あの……シュヴァルドールですが……?」

 首を竦めるヨシュアを、ジェイドは「……何を考えているんだ」と呆れをにじませ、叱責した。
 何がそんなにまずいのか。裕介は要領を得ず、ジェイドとヨシュアをぼんやりと眺める。

 ヨシュアも同様に、何が何だか分からないと言わんばかりに目をパチクリさせた。

「実家が農家のお前なら知っているはずだ。シュヴァルドール地方の果実には、発情期ヒートを誘発する成分が含まれていると」
「ええ。ですが、ワインに関しましては、製造過程でその成分が抜け落ちるはず……ですが。え、もしかして旦那は」

 どうやら今回の発情期ヒートは酒のせいで引き起こされたらしい。
 以前、ジェイドの発情期ヒートに触発されたときに比べれば、なんてことはない。
 ほろ酔い気分を味わえたのだ。
 不都合はないと、口を開こうとした、その時ーー。
 
 ドクン。

(え――?)

 突如、形容し難い胸苦しさを覚える。
 無理矢理例えるなら、心臓を鎖で強く縛られているような、とでも言えばいいのか。戒めに対して、心臓が、ありえないほどの速さで早鐘を打った。
 身体を強張らせる裕介に、ジェイドは舌打ちする。

「……俺たちは引き上げる。お前たちで片付けておけ」
「は、はいっ」

 ジェイドが言い放つとヨシュアをはじめ、騎士団員達は酔いから覚めたように、テキパキと動き出した。

「俺はもう副騎士団長ではないからな……お前たちを処罰する権限は持ち合わせていない。だが、稽古という名目であれば、お前たちと剣を交えることはできる……覚えておけ」
「ひ、ひい……すみません、すみません」

(ジェイド、そんなに怒らなくても……)

 ジェイドの腕の中、むせ返るような彼の匂いのせいで、口を開けば甘い悲鳴が飛び出しそうになる。
 そのため、ヨシュアたちを庇おうにも言葉を発することができない。
 裕介は自分の肩を抱きしめ、衝動を堪える。

 ジェイドは裕介にちらりと視線をやった。
 そして怯えるヨシュアと他の騎士団員たちに背をむけ、宴の会場を後にする。


 ジェイドは裕介を抱えたまま、回廊をゆっくりと歩いた。
 穏やかな歩調による振動と夜風が心地よい。おかげで、胸苦しさが少し和らいだ気がする。

「これから貴殿を俺の番にするが、覚悟はできているか?」

 月明かりがぼんやりとジェイドの顔を浮かび上がらせる。真面目な表情で裕介を見つめる姿は、出会った頃と変わらない。

(いや、目つきが優しくなったな)

 裕介はジェイドに手を伸ばした。
 銀色の短い襟足を、愛おしさを込めて梳く。

「覚悟だなんて、今さらだよ……」

 甘い吐息とともに、裕介はゆっくり言った。

 もっと気楽にさ、やっていこう。
 ジェイドは回廊から、建物の中に入り、階段を一歩一歩登っていく。
 
「ジェイドは、真面目すぎるんだよ」
「番になるということは、俺と生涯をともにするということだ。そうなれば、ユースケ、もう後戻りはできないぞ」
「クドいな。そっちこそ、俺の番になる覚悟は、あんのか」
「無論だ」

 ジェイドは即答した。と同時に立ち止まる。裕介の部屋の前だ。

「では始めるぞ」
「ああ」

 色気のない夜のお誘いに、裕介は苦笑した。
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