22 / 23
22 裕介、ふたたび発情期を迎える
しおりを挟む
「それでは副騎士団長……じゃなかった、ジェイド様の新たな門出を祝い、乾杯!」
食堂に集まった騎士団員達はヨシュアの音頭とともに、「「「「乾杯!」」」と木製のジョッキをぶつけ合った。
王都を発つ裕介とジェイドのために、壮行会を開こうと言い出したのはヨシュアである。ジェイドは必要ないと断ったらしいが、なんだかんだと押しきられてしまったようだ。
騎士団員たちは大柄な身体に見合う飲みっぷりで、酒瓶がどんどん空になっていく。
裕介の隣で静かに飲むジェイドも例に漏れず、涼しい顔で二杯目に手を出していた。
「お酒、強いんですね」
「養父に付き合わされているうちに、耐性がついたようだ。貴殿は無理をするなよ」
ジョッキを両手で持つ裕介に、ジェイドが心配そうに声を掛ける。綺麗な葡萄色の液体を裕介は、まじまじと見つめた。
せっかくの酒だ。まったく口を付けないのは失礼に当たる。裕介は恐る恐るジョッキのふちに口を付けた。
(う、薄い……)
酒というよりジュースに近い味だ。元いた世界のワインより、アルコール度数は低いようである。
(なるほど、これなら割と……)
裕介はジョッキを一気に傾けた。
ごくごくと喉を鳴らし、ジョッキを空にした瞬間、「おお~」と周囲からどよめきが起きる。
注目され、裕介は戸惑った。ジェイドも目を丸くしている。
(え、飲んじゃいけなかったのか?)
「おう、旦那。いい飲みっぷりですね~。もしやイケる口ですかぁ~」
酔っ払い、もといヨシュアが裕介の背中を強く叩いた。普段の彼からは想像できない砕けた態度に、裕介は苦笑する。
「弱くはないかな」
裕介は叩かれるまま、愛想笑いを返す。
ジェイドがヨシュアをじろりと睨みつけるも、酔いの前に効果はない。
がははははとヨシュアは笑い、何を思ったのか、
「よっしゃあ、旦那、俺と勝負しましょう!」
ヨシュアは部屋の隅に積まれた木箱から、新たにワインボトルを取り出し、裕介の空いたジョッキに、なみなみと紫の液体を注ぐ。
すると、騎士団員達がテーブルを囲んで、「どっちが先にぶっ倒れるか、賭けようぜ」と騒ぎはじめた。
「お前たち、いい加減に――」
「まあまあ、ジェイドさん。こんな日くらい羽目を外してもいいじゃないですか」
皆、ジェイドを慕って別れを惜しんでいる。この騒ぎも寂しさの裏返しだと思えば可愛いものだ。
「よ、さすがは、旦那。よくわかってるじゃねえか」
ヨシュアはふたたび裕介の背中を叩いた。何度も叩かれると、さすがに背骨が痛くて、裕介は前かがみになる。
こめかみに青筋を立てたジェイドが視界に入り、裕介は慌てた。
ここで彼が機嫌を損ね、みなを叱責してしまえば、なごやかな宴が台無しになってしまう。
「ジェイドさん、俺は平気ですから」
裕介が宥めても、ジェイドは眉間に皺を寄せたまま、口元をへの字にしている。
「自分のキャパは把握してるんで、安心してください」
親指を立て自信満々に告げるも、ジェイドはなぜかため息をついた。
ただ酒を飲むだけである。そんなに心配することもないだろうに。
「俺、結構、酒強いんで神経質にならなくても大丈夫ですよ」
「そうであったとしてもだな――」
さらに渋り続けるジェイドを遮り、裕介はジョッキを片手に「じゃあ勝負しよっか」とヨシュアに笑いかけた。
場が一気に盛り上がる。
「旦那、負けませんよ!」
「お前たち、ちょっと待て。それにユースケ、調子にのるんじゃ――」
ジェイドの苦言は、ヨシュアの大声にかき消された。
こうして急遽飲み比べ大会がはじまったのである。
異世界のワインは、裕介が飲んだことのあるワインのなかでも、一、二を争うほど甘くて美味かった。
飲み心地がいいというのは、ひとえに飲み過ぎる原因になる。そして、薄い酒でも大量に摂取すれば酔いは回るもので――。
一時間後。
「やったあ、俺の勝ち~」
裕介は椅子に腰掛け、上機嫌に空のジョッキを傾けた。
かたや屈強な男たちはというと……。
テーブルに突っ伏す者、床で倒れ白目をむく者がちらほら。泥酔者が部屋のあちこちに転がり、死屍累々たる惨状である。
裕介は若い頃、接待漬けの日々を送っていた。駆り出されるたび、和洋中、いろんな酒を浴びるように飲んでいたせいか、多少酒が過ぎても、正気を失うことはない。
「【災厄】って酒に強いのか」
「そんな話、聞いたことないぞ」
「みなさん、もう降参ですか~?」
裕介は周囲の男たちを挑発する。どこからともなく歯ぎしりの音がした。
正気を保っているとはいえ、酔いはまわっており、裕介は普段よりも気が大きくなっている。
悔しがる野郎どもの顔が滑稽で、思わず「ほれほれ、どうした~」とにんまり笑って見せた。
すると、男たちは一転して、頬をポッと赤くし、恥ずかしそうに裕介から顔を逸らす。
身に覚えのある反応だ。
(まさか、俺のフェロモンのせいか……?)
壮行会に参加する前、しっかり抑制剤を飲んだ。フェロモンを抑制する指輪だって嵌めている。
首を傾げた裕介の肩に、ジェイドの手が置かれた。と思うや否や、ジェイドは裕介の両膝裏を掬った。
「そろそろ帰るぞ」
「まだのみたりない」
いわゆるお姫様抱っこをされた裕介は、ジェイドの腕の中で、じたばたと暴れた。裕介を窘めるように、ジェイドは灰色の瞳を細める。
ほろ酔い気分なだけで、気持ち悪くはないのだ。もっと開放感を味わいたい裕介は頬を膨らませ、抵抗する。
「……そんな顔をしても駄目だ」
ならばとジェイドの首に両腕をまわし、「ねえ、もう少しお願い」と耳元で囁いた。
普段なら悶絶するほど恥ずかしいおねだりも、酔いに任せればなんてことないな、と裕介はご機嫌だ。
鼻先をすりよせ、甘えてると、
「どうやら発情期が始まったようだな」
「へえ……? うそだあ」
これまで散々イチャついても、予兆すら感じられなかったのだ。信じられるわけがない。それにジェイドは平気そうにしているではないか。
「嘘じゃない。見ろ。こいつらの顔を」
酒に酔って潰れていた連中は目を覚まし、裕介をジッと見つめている。目が据わってて怖い。ごちそうを前に涎を垂らす獣のようである。
「……ヨシュア」
「は、ひゃい!」
壁際でうずくまっていたヨシュアは、ジェイドの地の底から響くような声音に、ぴんと背筋を伸ばし、その場で正座する。
萎縮した彼を、ジェイドは射殺さんばかりに睨みつけた。
「ワインの産地は、どこだ」
「え、あの……シュヴァルドールですが……?」
首を竦めるヨシュアを、ジェイドは「……何を考えているんだ」と呆れをにじませ、叱責した。
何がそんなにまずいのか。裕介は要領を得ず、ジェイドとヨシュアをぼんやりと眺める。
ヨシュアも同様に、何が何だか分からないと言わんばかりに目をパチクリさせた。
「実家が農家のお前なら知っているはずだ。シュヴァルドール地方の果実には、発情期を誘発する成分が含まれていると」
「ええ。ですが、ワインに関しましては、製造過程でその成分が抜け落ちるはず……ですが。え、もしかして旦那は」
どうやら今回の発情期は酒のせいで引き起こされたらしい。
以前、ジェイドの発情期に触発されたときに比べれば、なんてことはない。
ほろ酔い気分を味わえたのだ。
不都合はないと、口を開こうとした、その時ーー。
ドクン。
(え――?)
突如、形容し難い胸苦しさを覚える。
無理矢理例えるなら、心臓を鎖で強く縛られているような、とでも言えばいいのか。戒めに対して、心臓が、ありえないほどの速さで早鐘を打った。
身体を強張らせる裕介に、ジェイドは舌打ちする。
「……俺たちは引き上げる。お前たちで片付けておけ」
「は、はいっ」
ジェイドが言い放つとヨシュアをはじめ、騎士団員達は酔いから覚めたように、テキパキと動き出した。
「俺はもう副騎士団長ではないからな……お前たちを処罰する権限は持ち合わせていない。だが、稽古という名目であれば、お前たちと剣を交えることはできる……覚えておけ」
「ひ、ひい……すみません、すみません」
(ジェイド、そんなに怒らなくても……)
ジェイドの腕の中、むせ返るような彼の匂いのせいで、口を開けば甘い悲鳴が飛び出しそうになる。
そのため、ヨシュアたちを庇おうにも言葉を発することができない。
裕介は自分の肩を抱きしめ、衝動を堪える。
ジェイドは裕介にちらりと視線をやった。
そして怯えるヨシュアと他の騎士団員たちに背をむけ、宴の会場を後にする。
ジェイドは裕介を抱えたまま、回廊をゆっくりと歩いた。
穏やかな歩調による振動と夜風が心地よい。おかげで、胸苦しさが少し和らいだ気がする。
「これから貴殿を俺の番にするが、覚悟はできているか?」
月明かりがぼんやりとジェイドの顔を浮かび上がらせる。真面目な表情で裕介を見つめる姿は、出会った頃と変わらない。
(いや、目つきが優しくなったな)
裕介はジェイドに手を伸ばした。
銀色の短い襟足を、愛おしさを込めて梳く。
「覚悟だなんて、今さらだよ……」
甘い吐息とともに、裕介はゆっくり言った。
もっと気楽にさ、やっていこう。
ジェイドは回廊から、建物の中に入り、階段を一歩一歩登っていく。
「ジェイドは、真面目すぎるんだよ」
「番になるということは、俺と生涯をともにするということだ。そうなれば、ユースケ、もう後戻りはできないぞ」
「クドいな。そっちこそ、俺の番になる覚悟は、あんのか」
「無論だ」
ジェイドは即答した。と同時に立ち止まる。裕介の部屋の前だ。
「では始めるぞ」
「ああ」
色気のない夜のお誘いに、裕介は苦笑した。
食堂に集まった騎士団員達はヨシュアの音頭とともに、「「「「乾杯!」」」と木製のジョッキをぶつけ合った。
王都を発つ裕介とジェイドのために、壮行会を開こうと言い出したのはヨシュアである。ジェイドは必要ないと断ったらしいが、なんだかんだと押しきられてしまったようだ。
騎士団員たちは大柄な身体に見合う飲みっぷりで、酒瓶がどんどん空になっていく。
裕介の隣で静かに飲むジェイドも例に漏れず、涼しい顔で二杯目に手を出していた。
「お酒、強いんですね」
「養父に付き合わされているうちに、耐性がついたようだ。貴殿は無理をするなよ」
ジョッキを両手で持つ裕介に、ジェイドが心配そうに声を掛ける。綺麗な葡萄色の液体を裕介は、まじまじと見つめた。
せっかくの酒だ。まったく口を付けないのは失礼に当たる。裕介は恐る恐るジョッキのふちに口を付けた。
(う、薄い……)
酒というよりジュースに近い味だ。元いた世界のワインより、アルコール度数は低いようである。
(なるほど、これなら割と……)
裕介はジョッキを一気に傾けた。
ごくごくと喉を鳴らし、ジョッキを空にした瞬間、「おお~」と周囲からどよめきが起きる。
注目され、裕介は戸惑った。ジェイドも目を丸くしている。
(え、飲んじゃいけなかったのか?)
「おう、旦那。いい飲みっぷりですね~。もしやイケる口ですかぁ~」
酔っ払い、もといヨシュアが裕介の背中を強く叩いた。普段の彼からは想像できない砕けた態度に、裕介は苦笑する。
「弱くはないかな」
裕介は叩かれるまま、愛想笑いを返す。
ジェイドがヨシュアをじろりと睨みつけるも、酔いの前に効果はない。
がははははとヨシュアは笑い、何を思ったのか、
「よっしゃあ、旦那、俺と勝負しましょう!」
ヨシュアは部屋の隅に積まれた木箱から、新たにワインボトルを取り出し、裕介の空いたジョッキに、なみなみと紫の液体を注ぐ。
すると、騎士団員達がテーブルを囲んで、「どっちが先にぶっ倒れるか、賭けようぜ」と騒ぎはじめた。
「お前たち、いい加減に――」
「まあまあ、ジェイドさん。こんな日くらい羽目を外してもいいじゃないですか」
皆、ジェイドを慕って別れを惜しんでいる。この騒ぎも寂しさの裏返しだと思えば可愛いものだ。
「よ、さすがは、旦那。よくわかってるじゃねえか」
ヨシュアはふたたび裕介の背中を叩いた。何度も叩かれると、さすがに背骨が痛くて、裕介は前かがみになる。
こめかみに青筋を立てたジェイドが視界に入り、裕介は慌てた。
ここで彼が機嫌を損ね、みなを叱責してしまえば、なごやかな宴が台無しになってしまう。
「ジェイドさん、俺は平気ですから」
裕介が宥めても、ジェイドは眉間に皺を寄せたまま、口元をへの字にしている。
「自分のキャパは把握してるんで、安心してください」
親指を立て自信満々に告げるも、ジェイドはなぜかため息をついた。
ただ酒を飲むだけである。そんなに心配することもないだろうに。
「俺、結構、酒強いんで神経質にならなくても大丈夫ですよ」
「そうであったとしてもだな――」
さらに渋り続けるジェイドを遮り、裕介はジョッキを片手に「じゃあ勝負しよっか」とヨシュアに笑いかけた。
場が一気に盛り上がる。
「旦那、負けませんよ!」
「お前たち、ちょっと待て。それにユースケ、調子にのるんじゃ――」
ジェイドの苦言は、ヨシュアの大声にかき消された。
こうして急遽飲み比べ大会がはじまったのである。
異世界のワインは、裕介が飲んだことのあるワインのなかでも、一、二を争うほど甘くて美味かった。
飲み心地がいいというのは、ひとえに飲み過ぎる原因になる。そして、薄い酒でも大量に摂取すれば酔いは回るもので――。
一時間後。
「やったあ、俺の勝ち~」
裕介は椅子に腰掛け、上機嫌に空のジョッキを傾けた。
かたや屈強な男たちはというと……。
テーブルに突っ伏す者、床で倒れ白目をむく者がちらほら。泥酔者が部屋のあちこちに転がり、死屍累々たる惨状である。
裕介は若い頃、接待漬けの日々を送っていた。駆り出されるたび、和洋中、いろんな酒を浴びるように飲んでいたせいか、多少酒が過ぎても、正気を失うことはない。
「【災厄】って酒に強いのか」
「そんな話、聞いたことないぞ」
「みなさん、もう降参ですか~?」
裕介は周囲の男たちを挑発する。どこからともなく歯ぎしりの音がした。
正気を保っているとはいえ、酔いはまわっており、裕介は普段よりも気が大きくなっている。
悔しがる野郎どもの顔が滑稽で、思わず「ほれほれ、どうした~」とにんまり笑って見せた。
すると、男たちは一転して、頬をポッと赤くし、恥ずかしそうに裕介から顔を逸らす。
身に覚えのある反応だ。
(まさか、俺のフェロモンのせいか……?)
壮行会に参加する前、しっかり抑制剤を飲んだ。フェロモンを抑制する指輪だって嵌めている。
首を傾げた裕介の肩に、ジェイドの手が置かれた。と思うや否や、ジェイドは裕介の両膝裏を掬った。
「そろそろ帰るぞ」
「まだのみたりない」
いわゆるお姫様抱っこをされた裕介は、ジェイドの腕の中で、じたばたと暴れた。裕介を窘めるように、ジェイドは灰色の瞳を細める。
ほろ酔い気分なだけで、気持ち悪くはないのだ。もっと開放感を味わいたい裕介は頬を膨らませ、抵抗する。
「……そんな顔をしても駄目だ」
ならばとジェイドの首に両腕をまわし、「ねえ、もう少しお願い」と耳元で囁いた。
普段なら悶絶するほど恥ずかしいおねだりも、酔いに任せればなんてことないな、と裕介はご機嫌だ。
鼻先をすりよせ、甘えてると、
「どうやら発情期が始まったようだな」
「へえ……? うそだあ」
これまで散々イチャついても、予兆すら感じられなかったのだ。信じられるわけがない。それにジェイドは平気そうにしているではないか。
「嘘じゃない。見ろ。こいつらの顔を」
酒に酔って潰れていた連中は目を覚まし、裕介をジッと見つめている。目が据わってて怖い。ごちそうを前に涎を垂らす獣のようである。
「……ヨシュア」
「は、ひゃい!」
壁際でうずくまっていたヨシュアは、ジェイドの地の底から響くような声音に、ぴんと背筋を伸ばし、その場で正座する。
萎縮した彼を、ジェイドは射殺さんばかりに睨みつけた。
「ワインの産地は、どこだ」
「え、あの……シュヴァルドールですが……?」
首を竦めるヨシュアを、ジェイドは「……何を考えているんだ」と呆れをにじませ、叱責した。
何がそんなにまずいのか。裕介は要領を得ず、ジェイドとヨシュアをぼんやりと眺める。
ヨシュアも同様に、何が何だか分からないと言わんばかりに目をパチクリさせた。
「実家が農家のお前なら知っているはずだ。シュヴァルドール地方の果実には、発情期を誘発する成分が含まれていると」
「ええ。ですが、ワインに関しましては、製造過程でその成分が抜け落ちるはず……ですが。え、もしかして旦那は」
どうやら今回の発情期は酒のせいで引き起こされたらしい。
以前、ジェイドの発情期に触発されたときに比べれば、なんてことはない。
ほろ酔い気分を味わえたのだ。
不都合はないと、口を開こうとした、その時ーー。
ドクン。
(え――?)
突如、形容し難い胸苦しさを覚える。
無理矢理例えるなら、心臓を鎖で強く縛られているような、とでも言えばいいのか。戒めに対して、心臓が、ありえないほどの速さで早鐘を打った。
身体を強張らせる裕介に、ジェイドは舌打ちする。
「……俺たちは引き上げる。お前たちで片付けておけ」
「は、はいっ」
ジェイドが言い放つとヨシュアをはじめ、騎士団員達は酔いから覚めたように、テキパキと動き出した。
「俺はもう副騎士団長ではないからな……お前たちを処罰する権限は持ち合わせていない。だが、稽古という名目であれば、お前たちと剣を交えることはできる……覚えておけ」
「ひ、ひい……すみません、すみません」
(ジェイド、そんなに怒らなくても……)
ジェイドの腕の中、むせ返るような彼の匂いのせいで、口を開けば甘い悲鳴が飛び出しそうになる。
そのため、ヨシュアたちを庇おうにも言葉を発することができない。
裕介は自分の肩を抱きしめ、衝動を堪える。
ジェイドは裕介にちらりと視線をやった。
そして怯えるヨシュアと他の騎士団員たちに背をむけ、宴の会場を後にする。
ジェイドは裕介を抱えたまま、回廊をゆっくりと歩いた。
穏やかな歩調による振動と夜風が心地よい。おかげで、胸苦しさが少し和らいだ気がする。
「これから貴殿を俺の番にするが、覚悟はできているか?」
月明かりがぼんやりとジェイドの顔を浮かび上がらせる。真面目な表情で裕介を見つめる姿は、出会った頃と変わらない。
(いや、目つきが優しくなったな)
裕介はジェイドに手を伸ばした。
銀色の短い襟足を、愛おしさを込めて梳く。
「覚悟だなんて、今さらだよ……」
甘い吐息とともに、裕介はゆっくり言った。
もっと気楽にさ、やっていこう。
ジェイドは回廊から、建物の中に入り、階段を一歩一歩登っていく。
「ジェイドは、真面目すぎるんだよ」
「番になるということは、俺と生涯をともにするということだ。そうなれば、ユースケ、もう後戻りはできないぞ」
「クドいな。そっちこそ、俺の番になる覚悟は、あんのか」
「無論だ」
ジェイドは即答した。と同時に立ち止まる。裕介の部屋の前だ。
「では始めるぞ」
「ああ」
色気のない夜のお誘いに、裕介は苦笑した。
143
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。
にのまえ
BL
バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。
オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。
獣人?
ウサギ族?
性別がオメガ?
訳のわからない異世界。
いきなり森に落とされ、さまよった。
はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。
この異世界でオレは。
熊クマ食堂のシンギとマヤ。
調合屋のサロンナばあさん。
公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。
運命の番、フォルテに出会えた。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル変更いたしまして。
改稿した物語に変更いたしました。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

婚約者に魔族みたいに醜いと蔑まれたので、魔王になって見返したいと思います〜魔王様は可愛い従者を溺愛して離さない〜
飛鷹
BL
この世は天界、人間界、魔界で成り立っている。
その人間界に、『人間の成り損ない』と蔑まれて育った一人の人間がいた。
それが僕、レイル。
全ての人間が5歳で受ける神殿での祝福で、ただ一人神様からギフトを貰えなかった僕は、『成り損ない』と呼ばれ生家から放逐されてしまったんだ。
そんな僕を監視のために引き取ったのは、この国の国王陛下。どういう思惑が働いたのか知らないけど、いつの間にか王子殿下との婚約まで成っていた。
17歳になった時、人間以下の存在の僕とイヤイヤ婚約させられていた殿下に、公衆の面前で僕に婚約破棄を告げられる。
やったね!
これで僕は自由だ!
行く宛がなくてちょっと困ったけど、殿下に魔界に下れ!と言われて、それも楽しそうとその案に乗ってみることにした。
せっかくだから魔界に行くだけじゃなくて、魔王でも目指してみようかな!
そして今まで僕を馬鹿にしてきた殿下の鼻を明かしてやろっと。
悲惨な運命を背負っている割にはお気楽なレイルが、魔王様に溺愛されて幸せになるお話です。

天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる