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16 ジェイド、ヴィクトルに煽られる
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「ジェイド、お前、年上が好みだったのか」
式典へ戻る最中、前を行くヴィクトルがおもむろに口を開いた。
「何をおっしゃっているのか、判りかねます」
「ふむ……麗しの災厄殿についてだ。あの儚げな雰囲気、α心を擽るではないか。だからこそ、お前も番のフリまでして手元に置きたかったのだろう?」
ヴィクトルの悪い癖が始まった。
華やかな貴族令嬢よりも、過去に傷のある貴婦人や曰くのある未亡人を好む。
先日など、反国王派が囲うΩに手を出し、派閥間の均衡を脅かした。
歩くトラブル製造機である。
「……こちらの事情で命を奪われそうになった者です。捨て置くわけにはいきませんでした」
「ほう。それでαが厭う花の香りで囲うほど、心を砕いているのか。騎士として立派な心がけだ」
「……彼が何者かに害されぬよう、念には念を入れたまでです」
「そうか、そうか。部下にそれほどの気苦労をかけては申し訳ない。俺自ら【災厄】を引き取り誠意を尽くさねば」
ヴィクトルはニヤリと頬を歪める。
(貴方が大人しくしてくれれば、すべて丸く収まります)
召喚当初、裕介は痩せ細っていた。
元の世界でつらい目に遭っていたのだろう。この世界では安らかに暮らしてもらいたい。
ジェイドの気持ちは今も変わらず、裕介の身を案じている。
(何はともあれ、殿下を裕介に近づけないようにせねば)
ジェイドは表情を固くした。
「異世界人に懸想される前に、国王派の方々の手綱を御していただきたいものです」
「それを言われると耳が痛い。……その件に関して俺はまったく関知していないのだよ」
襲撃を計画した首謀者は、ヴィクトルを支持する国王派貴族だった。
しかしヴィクトルはその貴族と面識はないという。
「ヴィクトル様は皆に大変慕われております。暴走する輩がいても、おかしくはありません」
「だからといって顔も知らん奴の尻拭いは御免だ……ジェイド、お前、玉座に興味はないか?」
「ご冗談を。俺は王族ではありません」
「出てきた腹が違うだけで、種は同じ兄弟だ。俺が進言すれば、父上とて無下にはできんさ」
次期国王の自覚を持てと当てこすっても、まったくもって意図が伝わっていない。
(覚悟がないなら、継承権を放棄されればいい……それなのに殿下ときたら)
ヴィクトルは自身の中途半端な態度が周囲に与える影響を理解できていない。
現国王のハーレムで産まれた子のなかで、ヴィクトルだけがαに覚醒している。
現時点では、次代の王はヴィクトルになる可能性が濃厚だ。
さらに、彼の地位が盤石である理由――それは彼の圧倒的な戦闘能力に由来する。
『周辺諸国に国境を脅かされようと、俺が戦場に立ち、必ず退ける。ローリア王国民どもよ、何も案ずることはない!』
ヴィクトルは出征のたびに民衆の面前で、堂々と語る。遠征の度に功績を残すのだから説得力は絶大だ。
(王位にふさわしい資質はお持ちだが……もう少し警戒していただきたいものだ)
ジェイドがいくら諭そうが立て板に水である。
それでも自分はヴィクトルの右腕だ。
何が起ころうと、彼を支えねばならない。
ジェイドは気を取り直し、退屈そうにあくびをする後ろ姿に、声をかけた。
「此度の遠征でのご活躍、養父が、ヴィクトル様から話をお聞きしたいとのことです」
「おお! ガラントは息災か?」
ヴィクトルは機嫌良く振り返った。ジェイドの養父は先代騎士団長であり、ヴィクトルの剣の師匠でもある。
「領地では鍛錬の相手がいないと、いつも嘆いております」
「うむ。しばらく遠征の予定はない。近々、奴の領地に羽を伸ばしに行くとするか。お前も同行しろ」
「それでは騎士団の運営に支障が出ます」
「お前は部下どもを過保護にしすぎだ。一月くらいおらんほうが、皆、成長するぞ」
ハハハッと豪快に笑う異母兄に、ジェイドは肩を竦める。
ジェイドは現国王がハーレムの外――Ωたちの世話係であるメイドに産ませた子だ。
母親は身分が低く、有力な後ろ盾もいない。
だが国王の子に違いはなく、ジェイドにも王位継承権は発生した。
当然、ハーレムのΩたちが黙っているわけがない。
母親は壮絶な虐めに遭い、生後まもないジェイドを残し、この世を去った。あやうく亡き者にされそうになったジェイドを救ったのが、母の遠い親戚である当時のローリア王国騎士団長だった。
ガラント・グノーシュ。ジェイドの養父になる男だ。
庶子とはいえ、王の血を引くジェイドが王都にいることを、ハーレムのΩたちは許さなかった。
騎士団長は養父に名乗り上げると同じくして、ハーレムへ宣言する。
『ジェイドには王位継承権を放棄させます。そして、この国を守る、ひいては貴殿たちの盾となれるよう、立派な騎士に育て上げてみせましょう』と。
自分たちを命がけで守る駒が増えるのであれば大歓迎だと、国王の番たちは騎士団長の提案を受け入れた。
『ジェイド、Ωを恨むな。あやつらは弱い。謀略を尽くさねば生きていけぬのだ。αであるお前は強い。慈悲を垂れてやれ』
強き者とは、弱き者を許してやれる強靱な精神を有するものだ。
正直、Ωを憎む気は、さらさらなかった。
母の顔を知らずに育ったため、母を奪われた実感が湧かなかったのだ。
ジェイドにとって親は養父ただ一人である。
そうして傲慢とも言える養父の持論を胸に、ジェイドは騎士を志した。
式典はヴィクトルが戻るなり再開され、つつがなく終了した。
「……明日の日程は以上です。では私はこれにて失礼いたします」
式典後、騎士団長の執務室で明日の打ち合わせを終えた頃には、とっくに日は暮れていた。
(ユースケの顔を見て帰るか)
想いを伝えた後、彼がジェイドをかなり意識しているのが手に取るように判る。喜ばしいことだが、恥ずかしがって目を合わせてくれないのは寂しい。
今日はヴィクトルというイレギュラーのおかげで、裕介と普通に接することができ、ジェイドは飛び跳ねたいほど嬉しかった。
騎士のプライドでなんとか感情を抑え込んだが、その反動で、裕介が恋しくなる。
はやる心に従い、扉に向かうジェイドを、ヴィクトルが呼び止めた。
「待て。俺も行く」
「……私は自室に戻るだけですが」
「その前に、麗しの災厄殿に会いに行くのだろう。俺も彼に会いたい」
「私は彼に会いに行きません」
「嘘だな。お前は俺が問題を起こした日には、いつも報告会後に小言を続ける。それなのに、今日はあっさり引き下がろうとしている……この後、何かお楽しみがあって早く帰りたいのだろう?」
ヴィクトルはこちらを試すようにニヤつく。
思わずムスッとしてしまったジェイドにヴィクトルはさらに追い討ちをかける。
「それほど俺が、麗しの災厄殿と親しくなるのが不服か?」
そもそも王命により、ヴィクトルを裕介に接触させてはならないのだが、大義名分を抜きにしても、不服というより、不安が大きい。
ちょっと無理をさせると、裕介は体調を崩すのだ。
おかげでジェイドは毎日、気が気でない。
そんな彼が、嵐そのもののような男につきまとわれたら、どうなってしまうのか――。
それに裕介は、ヴィクトルに熱い視線を送っていた。王族のαはフェロモン量が多いため、ヴィクトルに惹かれるのは致し方ない。
けれどもし、裕介がヴィクトルの人柄に興味を持ってしまったらと想像するだけで、心は乱れる。
(俺が裕介を大事にしていると確信すれば、この方は全力で己の所有物にしようとするだろう)
ヴィクトルは幼い頃から、ジェイドのモノを欲しがった。物だけでない。養父にはじまり、友から果てはかつての恋人まで、いつの間にかヴィクトルに取られていた。
相手は次期国王。
かたや自分は田舎貴族の倅。
ヴィクトルに本気で反抗するれば、不敬罪により、騎士団を追い出されることになる。
しかしジェイドが心配しているのは、そんな些細なことではない。
ヴィクトルと仲違いをすれば、ジェイドは反国王派に目を付けられる。
最悪、反抗勢力の旗頭として担ぎ出されかねない。そうなれば裕介を守ることはおろか、彼を危険に晒してしまう。
(俺は王位になど興味はない。ただ静かに大事な人を守りたいんだ)
そのためにはうまく立ち回らなければ。
「陛下の命により、殿下と【災厄】殿との接触は禁じられております。あまり度が過ぎますと、陛下にご報告いたしますが?」
「冗談だ、冗談。それほど怖い顔をするな」
どうどう、とヴィクトルは両手のひらをあげ、ジェイドをなだめる仕草をした。
「……私個人の意思は関係ありません。それをお忘れなく」
「ふむ。であれば父上に掛け合い、【災厄】と交わる許可をいただこう。なに、要は次代の王を残せばいいのだ。麗しの災厄殿か……顔は好みなんだが、少し痩せ過ぎだな」
よし、今度、極上のステーキを差し入れようぞ。
ヴィクトルは腕を組み、自信満々に言い切った。
(裕介はあのままでも充分、魅力的だ)
うっすらと浮き出るあばらを指先で撫でれば、びくりと身体を震わせ、恥ずかしそうに目をそらす。
控えめな乳首を指の腹でいじると、甘いよがり声を零し、ジェイドの耳を喜ばせた。
乱れ艶めく彼を知るのは自分だけでいい。
ジェイドは拳を握り締め、優越感と共に裕介の痴態を頭の隅へ押しやった。
「彼と親密になれば、ヴィクトル様をお慕いする者たちがまた動き出す可能性もあります」
「であればますます事をうまく運ばねばな。ハッハッハ……なんとも愉快ではないか」
そう思わないか、異母弟殿。
ヴィクトルは指を組み、豪快に笑う。八重歯がキラリと光った。
まるで狩りを楽しむ獣のようである。
「……私にはわかりかねます」
「では本気で麗しの災厄殿を堕とすことにしよう。今日のところはお前に免じて引いてやるがな」
「……失礼します」
ジェイドは敬礼し、執務室をあとにした。
いつの間にか夜も深まり、月明かりが薄暗い廊下をほんのり照らし出していた。
ヴィクトルは本気だ。
国王はなんだかんだと皇太子に甘い。ヴィクトルが強い意思を持って交渉すれば、裕介を皇太子妃として迎えることに目をつぶるだろう。
ヴィクトルに何を取られても、特に思うことはなかった。
皇太子と反目すれば、養父の立場が悪くなる。自分が折れればすべて解決した。
そう今までなら。
Ωは弱くて、ずる賢い。
そう思っていた。けれど裕介は違う。病弱でジェイドがいなければ死んでしまいかねないのに、αである自分を頼ろうとしない。
なんとかみずからの脚で立とうと足掻くのだ。
(俺に縋れば簡単だろうに、なぜだ)
懸命に出来ることを探し、ジェイドの役に立とうとする彼がいじらしく、心を奪われた。
彼が他のαの番になると想像しただけで、腹わたが煮えくりかえる。
裕介と至急、番にならなければ――。
焦りが募り、ジェイドは足早に廊下を駆け抜けた。
式典へ戻る最中、前を行くヴィクトルがおもむろに口を開いた。
「何をおっしゃっているのか、判りかねます」
「ふむ……麗しの災厄殿についてだ。あの儚げな雰囲気、α心を擽るではないか。だからこそ、お前も番のフリまでして手元に置きたかったのだろう?」
ヴィクトルの悪い癖が始まった。
華やかな貴族令嬢よりも、過去に傷のある貴婦人や曰くのある未亡人を好む。
先日など、反国王派が囲うΩに手を出し、派閥間の均衡を脅かした。
歩くトラブル製造機である。
「……こちらの事情で命を奪われそうになった者です。捨て置くわけにはいきませんでした」
「ほう。それでαが厭う花の香りで囲うほど、心を砕いているのか。騎士として立派な心がけだ」
「……彼が何者かに害されぬよう、念には念を入れたまでです」
「そうか、そうか。部下にそれほどの気苦労をかけては申し訳ない。俺自ら【災厄】を引き取り誠意を尽くさねば」
ヴィクトルはニヤリと頬を歪める。
(貴方が大人しくしてくれれば、すべて丸く収まります)
召喚当初、裕介は痩せ細っていた。
元の世界でつらい目に遭っていたのだろう。この世界では安らかに暮らしてもらいたい。
ジェイドの気持ちは今も変わらず、裕介の身を案じている。
(何はともあれ、殿下を裕介に近づけないようにせねば)
ジェイドは表情を固くした。
「異世界人に懸想される前に、国王派の方々の手綱を御していただきたいものです」
「それを言われると耳が痛い。……その件に関して俺はまったく関知していないのだよ」
襲撃を計画した首謀者は、ヴィクトルを支持する国王派貴族だった。
しかしヴィクトルはその貴族と面識はないという。
「ヴィクトル様は皆に大変慕われております。暴走する輩がいても、おかしくはありません」
「だからといって顔も知らん奴の尻拭いは御免だ……ジェイド、お前、玉座に興味はないか?」
「ご冗談を。俺は王族ではありません」
「出てきた腹が違うだけで、種は同じ兄弟だ。俺が進言すれば、父上とて無下にはできんさ」
次期国王の自覚を持てと当てこすっても、まったくもって意図が伝わっていない。
(覚悟がないなら、継承権を放棄されればいい……それなのに殿下ときたら)
ヴィクトルは自身の中途半端な態度が周囲に与える影響を理解できていない。
現国王のハーレムで産まれた子のなかで、ヴィクトルだけがαに覚醒している。
現時点では、次代の王はヴィクトルになる可能性が濃厚だ。
さらに、彼の地位が盤石である理由――それは彼の圧倒的な戦闘能力に由来する。
『周辺諸国に国境を脅かされようと、俺が戦場に立ち、必ず退ける。ローリア王国民どもよ、何も案ずることはない!』
ヴィクトルは出征のたびに民衆の面前で、堂々と語る。遠征の度に功績を残すのだから説得力は絶大だ。
(王位にふさわしい資質はお持ちだが……もう少し警戒していただきたいものだ)
ジェイドがいくら諭そうが立て板に水である。
それでも自分はヴィクトルの右腕だ。
何が起ころうと、彼を支えねばならない。
ジェイドは気を取り直し、退屈そうにあくびをする後ろ姿に、声をかけた。
「此度の遠征でのご活躍、養父が、ヴィクトル様から話をお聞きしたいとのことです」
「おお! ガラントは息災か?」
ヴィクトルは機嫌良く振り返った。ジェイドの養父は先代騎士団長であり、ヴィクトルの剣の師匠でもある。
「領地では鍛錬の相手がいないと、いつも嘆いております」
「うむ。しばらく遠征の予定はない。近々、奴の領地に羽を伸ばしに行くとするか。お前も同行しろ」
「それでは騎士団の運営に支障が出ます」
「お前は部下どもを過保護にしすぎだ。一月くらいおらんほうが、皆、成長するぞ」
ハハハッと豪快に笑う異母兄に、ジェイドは肩を竦める。
ジェイドは現国王がハーレムの外――Ωたちの世話係であるメイドに産ませた子だ。
母親は身分が低く、有力な後ろ盾もいない。
だが国王の子に違いはなく、ジェイドにも王位継承権は発生した。
当然、ハーレムのΩたちが黙っているわけがない。
母親は壮絶な虐めに遭い、生後まもないジェイドを残し、この世を去った。あやうく亡き者にされそうになったジェイドを救ったのが、母の遠い親戚である当時のローリア王国騎士団長だった。
ガラント・グノーシュ。ジェイドの養父になる男だ。
庶子とはいえ、王の血を引くジェイドが王都にいることを、ハーレムのΩたちは許さなかった。
騎士団長は養父に名乗り上げると同じくして、ハーレムへ宣言する。
『ジェイドには王位継承権を放棄させます。そして、この国を守る、ひいては貴殿たちの盾となれるよう、立派な騎士に育て上げてみせましょう』と。
自分たちを命がけで守る駒が増えるのであれば大歓迎だと、国王の番たちは騎士団長の提案を受け入れた。
『ジェイド、Ωを恨むな。あやつらは弱い。謀略を尽くさねば生きていけぬのだ。αであるお前は強い。慈悲を垂れてやれ』
強き者とは、弱き者を許してやれる強靱な精神を有するものだ。
正直、Ωを憎む気は、さらさらなかった。
母の顔を知らずに育ったため、母を奪われた実感が湧かなかったのだ。
ジェイドにとって親は養父ただ一人である。
そうして傲慢とも言える養父の持論を胸に、ジェイドは騎士を志した。
式典はヴィクトルが戻るなり再開され、つつがなく終了した。
「……明日の日程は以上です。では私はこれにて失礼いたします」
式典後、騎士団長の執務室で明日の打ち合わせを終えた頃には、とっくに日は暮れていた。
(ユースケの顔を見て帰るか)
想いを伝えた後、彼がジェイドをかなり意識しているのが手に取るように判る。喜ばしいことだが、恥ずかしがって目を合わせてくれないのは寂しい。
今日はヴィクトルというイレギュラーのおかげで、裕介と普通に接することができ、ジェイドは飛び跳ねたいほど嬉しかった。
騎士のプライドでなんとか感情を抑え込んだが、その反動で、裕介が恋しくなる。
はやる心に従い、扉に向かうジェイドを、ヴィクトルが呼び止めた。
「待て。俺も行く」
「……私は自室に戻るだけですが」
「その前に、麗しの災厄殿に会いに行くのだろう。俺も彼に会いたい」
「私は彼に会いに行きません」
「嘘だな。お前は俺が問題を起こした日には、いつも報告会後に小言を続ける。それなのに、今日はあっさり引き下がろうとしている……この後、何かお楽しみがあって早く帰りたいのだろう?」
ヴィクトルはこちらを試すようにニヤつく。
思わずムスッとしてしまったジェイドにヴィクトルはさらに追い討ちをかける。
「それほど俺が、麗しの災厄殿と親しくなるのが不服か?」
そもそも王命により、ヴィクトルを裕介に接触させてはならないのだが、大義名分を抜きにしても、不服というより、不安が大きい。
ちょっと無理をさせると、裕介は体調を崩すのだ。
おかげでジェイドは毎日、気が気でない。
そんな彼が、嵐そのもののような男につきまとわれたら、どうなってしまうのか――。
それに裕介は、ヴィクトルに熱い視線を送っていた。王族のαはフェロモン量が多いため、ヴィクトルに惹かれるのは致し方ない。
けれどもし、裕介がヴィクトルの人柄に興味を持ってしまったらと想像するだけで、心は乱れる。
(俺が裕介を大事にしていると確信すれば、この方は全力で己の所有物にしようとするだろう)
ヴィクトルは幼い頃から、ジェイドのモノを欲しがった。物だけでない。養父にはじまり、友から果てはかつての恋人まで、いつの間にかヴィクトルに取られていた。
相手は次期国王。
かたや自分は田舎貴族の倅。
ヴィクトルに本気で反抗するれば、不敬罪により、騎士団を追い出されることになる。
しかしジェイドが心配しているのは、そんな些細なことではない。
ヴィクトルと仲違いをすれば、ジェイドは反国王派に目を付けられる。
最悪、反抗勢力の旗頭として担ぎ出されかねない。そうなれば裕介を守ることはおろか、彼を危険に晒してしまう。
(俺は王位になど興味はない。ただ静かに大事な人を守りたいんだ)
そのためにはうまく立ち回らなければ。
「陛下の命により、殿下と【災厄】殿との接触は禁じられております。あまり度が過ぎますと、陛下にご報告いたしますが?」
「冗談だ、冗談。それほど怖い顔をするな」
どうどう、とヴィクトルは両手のひらをあげ、ジェイドをなだめる仕草をした。
「……私個人の意思は関係ありません。それをお忘れなく」
「ふむ。であれば父上に掛け合い、【災厄】と交わる許可をいただこう。なに、要は次代の王を残せばいいのだ。麗しの災厄殿か……顔は好みなんだが、少し痩せ過ぎだな」
よし、今度、極上のステーキを差し入れようぞ。
ヴィクトルは腕を組み、自信満々に言い切った。
(裕介はあのままでも充分、魅力的だ)
うっすらと浮き出るあばらを指先で撫でれば、びくりと身体を震わせ、恥ずかしそうに目をそらす。
控えめな乳首を指の腹でいじると、甘いよがり声を零し、ジェイドの耳を喜ばせた。
乱れ艶めく彼を知るのは自分だけでいい。
ジェイドは拳を握り締め、優越感と共に裕介の痴態を頭の隅へ押しやった。
「彼と親密になれば、ヴィクトル様をお慕いする者たちがまた動き出す可能性もあります」
「であればますます事をうまく運ばねばな。ハッハッハ……なんとも愉快ではないか」
そう思わないか、異母弟殿。
ヴィクトルは指を組み、豪快に笑う。八重歯がキラリと光った。
まるで狩りを楽しむ獣のようである。
「……私にはわかりかねます」
「では本気で麗しの災厄殿を堕とすことにしよう。今日のところはお前に免じて引いてやるがな」
「……失礼します」
ジェイドは敬礼し、執務室をあとにした。
いつの間にか夜も深まり、月明かりが薄暗い廊下をほんのり照らし出していた。
ヴィクトルは本気だ。
国王はなんだかんだと皇太子に甘い。ヴィクトルが強い意思を持って交渉すれば、裕介を皇太子妃として迎えることに目をつぶるだろう。
ヴィクトルに何を取られても、特に思うことはなかった。
皇太子と反目すれば、養父の立場が悪くなる。自分が折れればすべて解決した。
そう今までなら。
Ωは弱くて、ずる賢い。
そう思っていた。けれど裕介は違う。病弱でジェイドがいなければ死んでしまいかねないのに、αである自分を頼ろうとしない。
なんとかみずからの脚で立とうと足掻くのだ。
(俺に縋れば簡単だろうに、なぜだ)
懸命に出来ることを探し、ジェイドの役に立とうとする彼がいじらしく、心を奪われた。
彼が他のαの番になると想像しただけで、腹わたが煮えくりかえる。
裕介と至急、番にならなければ――。
焦りが募り、ジェイドは足早に廊下を駆け抜けた。
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