異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ

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5 裕介、甘えられない理由を悟る

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 ジェイドは裕介を病弱だと思い込んでいる。
 手取り足取り世話を焼かれるのは悪くない。
 悪くないが、さすがに半月、何もすることがないと退屈である。

 熱中する趣味もない。
 裕介は、結局、労働を求めてしまった。

「何かお手伝いできることはないでしょうか?」
「……ないな」

 百七十五センチの自分より、目算、ジェイドは五センチほど背が高い。
 自然、部屋を訪れたジェイドの前に立てば、上目遣いになる。下心がないつもりでお願いしてみたが、あえなく撃沈した。
 今日も駄目だったかと、肩をすぼめる祐介に、ジェイドは苦笑する。

「貴殿は物好きだな。なぜそれほど働きたがる?」 
「それは……」

(騎士団のやつらの目が気になるから……なんて、素直に言っても、納得してくれないよな)
 
 ジェイドとともに廊下を歩いていると、忙しなく行き交う騎士団員達に遭遇する。
 すれ違いざま、敵意を向けられることも、しばしばあった。
 はっきり言って肩身が狭い。

(不安を紛らわすために仕事したいってバレたら、ジェイドのやつ、ますます過保護になりそうだしな……)

 妥当な回答といえば、これしかない。
 裕介は人差し指を立てて言った。

「働かざる者食うべからずって言うじゃないですか。ただそれだけです」
「貴殿はこの国の賓客だ」
「秒で敵認定されましたが?」
 
 間髪入れずに告げると、ジェイドは珍しく言葉に詰まった。

「……少なくとも俺は貴殿に対価を求めていない。そうでなくとも、元の世界で奴隷のごとき扱いを受けていたんだろ。無理をする必要はない」
「奴隷なんかじゃ……そんなにひどくは……なかったような……」
「断言できないのなら、強がるものではない」

 ジェイドの憐れむような眼差しに、裕介は言葉を失う。
 寝食を忘れるほど、馬車馬のように働くこともしばしばあった。けれど。

(無茶できたのは、やりがいがあったからなんだよなぁ)

 商社の営業として駆けずり回っていた当時、肉体的に辛かったが、目標を達成した際の充実感は半端なかった。自らの足で仕事を回している万能感は癖になる。
 しかし管理職になった途端、働くことが苦しくなった。
 日常業務に加え、上司のご機嫌伺いに、部下たちの指導。その他諸々。
 キャパオーバーになったのだ。
 誰かに助けを求めればよかったのだと、休息を取った今なら思う。

 過去を悔やんでも仕方がない。
 前進あるのみである。

「とにかくジェイドさんに頼りっぱなしだと、気が休まらないんです。雑用でもなんでもいいから、何かさせてもらえることはありませんか?」
「それなら俺の任務についてくればいい」
「……本気で言ってます?」
「なんだ、四六時中、俺と一緒にいるのは嫌か」
「ではなくて、この前のこと、思い出してくださいよ」

 先日、散歩のついでにジェイドに剣の手ほどきをしてもらったら、木剣の素振りを数回しただけで息切れしてしまったのだ。

 早朝出勤に深夜残業。
 ここ数年のデスクワークは、裕介から筋力を奪っていた。

 ジェイドは副騎士団長だ。主な活動は王都やその周辺地域の治安維持である。
 つまり彼に従って行動すれば、荒事に遭遇する機会が多いわけで――。

(役に立つどころか、足を引っ張る自信しかないわ)

 裕介のなさけない姿を思い出したのか、ジェイドは悲しげな声で言った。

「あの程度の訓練で根をあげていては、使い物にならん。やはり貴殿は安静にしているべきだ」
「いやいや、そこは諦めないで。肉体労働以外にあるでしょ。例えば掃除とか」
「雑務とはいえ、貴殿の手を借りるほど我が騎士団は困窮していない……それよりも貴殿の体調が気がかりだ」



 やぶ蛇であった。
 仕事をねだり続けた代償は大きく、翌日から、ジェイドは毎日裕介の元へ顔を出すようになった。

 心配してもらえるのはありがたい。

 ありがたいが、その反動でジェイドの仕事が滞れば、ヨシュアが半べそで迎えに来てしまう。

 しかし悪い想像は杞憂に過ぎなかった。

 ジェイドは裕介の部屋に仕事を持ち込むようになったのである。



 今日も今日とて、ジェイドはベッドのそばに椅子を寄せ、紙の束を睨んでいた。
 どうやら騎士団の運営に関する書類のようだ。
 異世界でも、幹部クラスは多岐にわたる業務をこなさなければならないようだ。

(若者よ、管理職、お疲れ様だ)
 
 それにしてもジェイドの眉間のシワといったら。
 紙が挟めるんじゃないかと思えるほど、深いシワである。

「なにか困り事ですか?」
「いや、気にしないでくれ」

 しかめっ面でいられては、気にするなというほうが難しい。

「俺でよかったら悩み、聞きますけど」
「何も問題は起きていない」

 意外に頑固である。

「そうですか。人に話すだけでも頭の中は整理できますよ。なんなら俺のこと壁だと思ってくれても構いませんから」
「……壁にむかって話す者などいるのか?」

 眉間のしわをますます深めるジェイドに、ここにいるんだけどな、と裕介は心の中でつぶやいた。

 上司と部下の板挟みになり、誰にも相談できなかった当時。
 裕介はトイレの個室に籠もり、独り会議を行なっていた。
 その後、トイレには幽霊がでると噂になり、止めざるを得なくなったが、今でも自宅で独り言はやめられない。

 正直に答えたら、さすがのジェイドも困ってしまうだろう。
 裕介はジェイドの質問をサラリと無視し、さあ頼ってくれと言わんばかりに両腕を広げた。
 彼は肩をすくめ、手にしていた紙束を、裕介に差し出す。

「これは」

 紙束には数字がびっしりと記載されている。
 裕介は右から左へとすばやく目を走らせた。

「貴殿には理解できないだろう。その数字は……」
「この施設の運営収支表ですか。でもここの数字、おかしいですよ? 前年より用途不明金が増えています」
「……そうだ。よくわかったな」

 ジェイドは灰色の瞳を見開いた。あまり見ない彼の驚いた表情に気を良くした裕介は、思わず口が軽くなる。

「数字は俺のいた世界とそう変わらないですね。疑問点は資料を作った方に聞いて解決するべきですよ」

 あれこれ見えない相手のことを考えても仕方がない。
 打算が必要なのは面と向かって対話するときだけ。そう決めれば頭を悩ますこともない。

 裕介の処世術である。
 
 ジェイドはふたたび眉をひそめ、裕介を見返した。不満そうな表情である。副騎士団長という立場上、彼は命じることに慣れた人間だ。助言などおせっかいだったかもしれない。
 
 裕介は「えっと、俺の個人的な意見なので、ジェイドさんの思うようにしてください」と慌てて取り繕う。
 
 (そういえば、昔、意見したら『俺を馬鹿にしてるのか』って怒り出す上司、いたなぁ)

 ジェイドはそんな短絡的な人間ではないと思うが、謝って損はない。
 愛想笑いをする裕介に、ジェイドは、ふっと笑みをこぼした。
 
「いや。貴殿の言うとおり、答えの出ないことを考え続けていても、時間の無駄だな。わかってはいるが、なかなか割り切れないものだ。助言、感謝する」

 ジェイドは手を伸ばし、裕介の髪をなでた。柔らかい髪質なので、掻き回されるとあっちこっちに毛先が飛び跳ねる。
 突然のスキンシップに照れ臭くなり、裕介は視線をそらした。

「ジェイドさんよりは長く生きてますからね」
「聡明さに歳は関係ない」
「お褒めにあずかり光栄です」
 
 結局、仕事はもらえなかった。
 彼を困らせてまで仕事をねだるのも大人気ないかと裕介は諦め、ヘッドボードに背を預ける。
 
 陽は傾き、部屋には薄闇が迫っていた。
 ジェイドは立ち上がると咳払いし、
 
「俺は保護しているΩオメガに、うっかり仕事の愚痴をこぼすかもれない」
 
 独り言にしては大きい。
 明らかに裕介に聞かせていた。

(つまり、俺に仕事の相談をしたいってことか?)

 ジェイドは裕介をひたと見据える。これ以上は譲歩できない。そう言われている気がした。

 この世界のことは右も左もわからない。

 役に立ちたいからと空回っていては、逆にジェイドの手を煩わせてしまう。
 それだけは避けなくてはならない。
 異世界の知識を身につければ、彼をサポートできる。今はじっくりとこちらの世界のことを学ぶべきだ。

(信頼されればこっちのもんだな……あれ?)

 裕介はそこでふと、気づいてしまった。

 おんぶに抱っこでジェイドに甘え、依存してしまった後に捨てられたら。
 ダメージは計り知れない。
 
(俺は自分に自信がないと甘えられないたちだったんだ……)

 相手の信頼を勝ち取り、裏切られない確証を得なければ、安心して身を委ねられないのだ。

 
(うわ――。ガチガチに保険かけないと気を許せないってか……。俺って超、自己中野郎じゃん)

 自己嫌悪に陥り、両手で顔を覆った。

「どうした? また具合が悪くなったのか」
「いえ……自分の情けなさに気づいて落ち込んでるだけです」

 傷つくのが怖くて人を信用できず、頼れないなんて口が裂けても言えない。

「何を悔いているのか知らんが、あまり思い詰めるなよ」

 こんなに心配させていては、そもそも仕事を任せようと思ってもらえない。
 第一の目標はジェイドを安心させることだ。
 
「俺はこの部屋で暇を持て余していますからね。好きなだけ愚痴ってください」

 裕介は胸の中の消化しきれない思いを隠し、微笑んだ。
 対してジェイドは、やれやれと肩を竦める。

「貴殿は俺を振り回して楽しんでいるようだな」
「え! そんなつもりは毛頭ないんですけど」
「無自覚とは、恐れ入る。まあいい、ではたまに愚痴をこぼさせてもらうとしよう」

 ジェイドは片手を差し出した。彼の顔と手を交互に見比べた後、裕介はその手を握りしめる。

 硬くてあたたかい、頼もしい手だ。

(彼には、こんなドロドロした気持ちを悟られたくないな)

 高貴な銀色をまとう青年への後ろめたさで、裕介は手汗をかいてしまった。

 
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