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13 裕介、ジェイドとの距離感に戸惑う

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 発情期ヒートが治まるまで一週間。
 裕介はジェイドと二人、自室に引き籠もった。
 わずかな食事と睡眠以外は、すべてセックスに費やす日々。

 人生で味わったことのない、めくるめく昂揚感が去った後、正気に戻った裕介は疲労感に襲われ、ベッドでしかばねと化した。

 一方、ジェイドはさらに生命力に溢れ、いつにも増して裕介の世話を焼いた。
 抵抗する気力もなく、されるがままになっていたが、食事の際、膝に乗せられそうになった折には、丁重にお断りした。
 
 発情期ヒート中に触れたくなるのは仕方がない。けれど治まってからもジェイドは裕介から離れようとしなかった。

「あの……発情期ヒートは終わりましたよね?」

 ベッドで横になった裕介は、背後からジェイドに抱き込まれ、身動きが取れない。肩越しに振り返るのが精一杯だ。
 
「たぶんな」
 ジェイドは目をつぶったまま答えた。

「であれば、そろそろ離れていただいても……」

 これ以上、ジェイドの匂いに包まれていると、また変な気分になってしまう。
 そう危惧し、腕の中からお願いしたのだが。
 ジェイドは目を開け、眉をひそめる。

(なんで、不機嫌なんだ?)

 正気に戻った今、裕介の相手をしている場合ではないというのに。
 襲撃後、すぐ部屋に籠ってしまったため、ジェイドは騎士団の指揮を取っていない。
 彼が決裁しなければならない事案は山ほどあるはずだ。

 その証拠に、発情期ヒート中、ジェイドを訪ね、ドアの隙間から顔を覗かせていたヨシュアの表情は、いつも悲壮感に溢れていた。

 世話になった者に迷惑をかけるわけにはいかない。とにもかくにも、ジェイドを騎士団に返さなければと、裕介は必死に言い募った。

「ヨシュアさん他、みなさんジェイドさんの帰りを待ってますよ」

 俺はもう大丈夫ですから。

 元気だと主張したつもりなのだが、ジェイドの眉間のシワはさらに深まった。

(……あれ?)

「そんなに俺に出ていってほしいのか」

 地の底から響く声音に、裕介は肝を冷やす。

「い、いえ。ジェイドさんがよければ、ずっと居ていただいても――」

 言うやいなや、ジェイドは「ならそうする」とふたたび瞼を閉じた。裕介の腹に腕は回したままである。
 寝返りを打つと、彫刻のように美しい顔が間近にあった。
 銀色の睫毛を見るともなしに見つめていたら、ノック音がして、ハッと我に返る。

「副騎士団長、失礼を承知でご相談が。至急確認していただきたいことがございます」

 切羽詰まったヨシュアの声がした。

「ジェイドさん」
「問題ない」

 ノック音は激しさを増し、扉がミシミシと軋んだ。
 ジェイドとぴったりくっついている状態で、ヨシュアに乗り込んで来られては気まずいこと、この上ない。

「このままだと、ヨシュアさん、扉壊しそうですよ」

 裕介の忠告を受け、ジェイドは仏頂面でベッドを抜け出した。

 上半身は裸である。

 引き締まった背中に見惚れていたら、シャツを羽織りながら、ジェイドがベッドへと戻ってくる。
 何か忘れ物でもしたのか。見上げる裕介の頬に、ジェイドはキスを落とした。

「部屋から出ず、大人しくしていろ」

 不意打ちで甘く囁かれ、裕介は赤面する。ジェイドは満足したように微笑み、部屋を後にした。
 
 こうして穏やかとは言えないまでも、初めての発情期ヒートは無事過ぎ去った。しかし、またもや新たな問題が生じてしまったのである。
 



「……俺は貴殿の気に障るようなことをしたのだろうか」
「いえ、気分が優れないだけなので、ご心配なく」

 裕介は任務終わりに部屋を訪ねてきたジェイドと、扉越しに言葉を交わしている。
 しばしの沈黙後。
 裕介が扉を開けずにいると、ジェイドは「……明日も来るからな」と言い捨て、その場を立ち去った。

 裕介は脱力し、額を扉に押しつけた。
 
 サイドテーブルには花束や菓子類が溢れている。すべてジェイドからの見舞い品だ。
 発情期ヒートが終わってから十日ほど。
 気分がすぐれないと偽り、ジェイドを避けている。

(だってさ、恥ずかしいだろ、あんな、エッチしまくって、まともに顔、見れるわけないだろ!)

 裕介はベッドに腰掛け、頭を抱える。

 ジェイドは元々裕介に甘い。
 何をするにも、先回りをして危険を遠ざけた。異世界に慣れていない裕介を案じての行動である。

 親愛の情を無下にはできない。

 しかし。

 (セックスしてから、俺に対する甘やかし方が尋常じゃないんだよな……)

 これまでもジェイドはよく裕介に触れていた。
 大きくて力強い手からは、親が子を心配するようなあたたかいぬくもりを感じる。

 けれど、最近はそれに加えて、もっと粘度の高い感情が乗っているような気がするのだ。
 
 例えば恋人に対する執着心のような――。

 ヤッてしまったからといって、ジェイドが責任を感じる必要はない。発情期あれは事故のようなものなのだから。
 けれど、αアルファΩオメガを守るのは当然だと公言してはばからないジェイドである。

(生真面目なジェイドのことだ。セックスしたからには、ケジメつけなきゃいけないって思い込んでるんだろうな……)

 このまま避け続けていては、さらに状況は悪化するだろう。
 そんな気遣いはいらないときっぱり伝えるべきだ。

(よし、明日こそは……)

 裕介は握りこぶしを作って気合を入れた。



 翌日の夕方。
 律儀に訪ねてきたジェイドを部屋の中へと招いた。
 厳しい表情をするジェイドに、裕介は思いの丈を告げる。

「俺とその……ヤッたからって責任感じなくていいですからねっ」
「なに……?」

 ジェイドは不思議そうに瞬きを繰り返した。
 こちらの世界では行きずりの相手とセックスすることは珍しくないのだろうか。

 はたまた意味が通じていないのか。

 裕介は不安になり、もう一度勇気を振り絞った。

「セックスしたから恋人にしろとか言わないですから、俺。だから、無理して会いに来なくてもいいので――」
「……貴殿は何か勘違いしてるな」
「いえいえ、勘違いなんかしていません。あの時は状況が状況でしたし。お互いなかったことにしましょう」

 冗談めかして、顔の前で手を振れば、ジェイドに手首を掴まれる。

「いいや、貴殿は思い違いをしている。俺は貴殿だからこそ、抱いたのだ」
「うんうん。俺が苦しそうだったから、同情したんですよね」
「いや、貴殿が愛おしくて、手を出したのだ」

 やはりジェイドは責任感が強い。
 なおさら彼をアラフォーのおっさんなんかに縛り付けるわけにはいかない――。

(ん……今、なんて言った?)

 裕介が目をぱちくりさせていると、ジェイドは言葉を重ねる。

「貴殿の色香に抗えなかったんだ」

 ジェイドは親指と人差し指で裕介の耳たぶを優しく摘まんだ。
 ゆるゆるとした刺激が、先日の情事を思い起こさせ、頬が火照る。
 心臓がトクトクと早鐘を打ち、裕介は思わず俯いた。

「身体は平気か……?」
「こんなナリでも男ですからね」
「男も女も関係ないだろ……この間は無理をさせてしまったな」

 ジェイドは耳たぶから髪に指を滑らせ、猫っ毛を指先に巻き付けた。
 甘いとしか言いようのない仕草に耐え切れず、裕介は声を絞り出す。

「ジェ、ジェイドさんにはお世話になってますから……減るものでもないですし」

 女の子ならまだしも、おっさんの処女が散ったところで、なんの問題もない。
 気にする必要はないと主張したら、ジェイドのこめかみがピクリと痙攣した。

(……ん?)

「貴殿は俺ではないαアルファに抱かれてもいいのか?」
「そんなわけないでしょ!」
「では、目の前に発情期ヒートで苦しんでいるαアルファがいればどうだ?」
「それは……」

 セックスせずとも唾液で発作は治まるのだ。緊急時に、人工呼吸をするのは致し方ないのでは、と続けようとしたが、鋭い灰色の瞳に射すくめられ、言葉を飲み込む。

「あの、なんで怒ってるんですか?」
「怒ってない」

(いやいや、めちゃくちゃ腹立ててるよね)

 自分から仮定の話を振っておいてキレる道理が理解できない。
 困惑していると、ジェイドの片手が裕介の腰に回った。そのまま胸元に引き寄せられる。軍服からは甘い匂いがした。いつまでも嗅いでいたくなる媚薬のようだ。

 裕介は無意識に鼻先を擦り付ける。

「貴殿はまったく……」

 頭上からの唸り声で、裕介は我に返った。

「す、すいません!」

 慌てて胸を押し返すも、ジェイドは腰から手を離してくれない。両腕でさらに囲い込む始末だ。

 フェロモン恐るべし、である。

 裕介がジェイドに惹かれてしまうのと同様、ジェイドが裕介に好意を抱くのもすべて、特殊性によるものなのだ。

 大の大人がそんなものに振り回されているのは滑稽としか言いようがない。

「心配で連日押しかけてしまい、すまなかった」
「こちらこそ、追い返すような真似をして申し訳ありませんでした」

 裕介はさりげなくジェイドの腕から抜け出そうとした。
 このままでは色々具合が悪いのだ。
 そう特に下半身が。
 ズボンの中で硬くなりつつある息子をなだめるも、ジェイドは何を思ったのか、自身の下腹部を密着させてくる。

「!」

 ジェイドのそこも反応していた。

αアルファΩオメガで惹かれ合うのは自然の摂理だ。貴殿はもっと俺に頼ればいい」
「そういうわけには……」
「貴殿は不思議だ。Ωオメガαアルファの寵愛を得ようと愛想を振りまくものだが。貴殿にはそのような気配が感じられない」
「俺はこの国の人間じゃありませんからね。Ωオメガの傾向なんて知りませんよ……って、前にもこんな会話しましたね」

 裕介が苦笑すると、ジェイドもそうだったな、と口元をゆるめた。

「まったく、貴殿は呆れるほど欲がない」
「そ、そんなことはないですよ。一日中、ダラダラ過ごしたいな~と思ってますし」
「その割には、仕事を探している」
「毎日、日曜日じゃ誰だって退屈しますからね」
「退屈か……それだけじゃなく、貴殿は誰かの役に立たなければと、常に焦っているように見えるぞ」

 ジェイドは裕介の目をのぞき込んだ。心を見透かされ、裕介はゴクリと唾をのむ。

(俺が自分勝手に行動したせいで、弟に怪我をさせたことがあって、それ以来、人に甘えるのが怖いなんて……そんなしょぼい理由、言えるわけない)

 弟を危ない目に遭わせたと言っても、他人が聞けばささいな、トラウマと呼ぶのもおこがましい出来事である。
 元の世界よりも暴力が身近であるこの世界で、打ち明けるのは躊躇ためらわれた。

(年下に女々しい奴って思われたくないしな)

 クソみたいなプライドを持て余し、自己嫌悪が激しくなった矢先、ジェイドに眉間をはじかれた。
 突然のことに、裕介は首をのけぞらせたまま、固まってしまう。

「城下街に行ってみるか」

 あれほど部屋から出るなと苦言を呈していた男の口から出た提案に、裕介は開いた口が塞がらない。

「……いいんですか?」
「案内したい店がある」
「何の店ですか」
「行ってからのお楽しみだ」

 発情期ヒート後はフェロモンが減少しているため、比較的、人混みでも安全なのだという。
 それでも急なお誘いに裕介は驚いた。

(もしかして、気を遣わせちゃったか)

「別に気は遣っていない。俺の用事に付き合ってもらいたいだけだ」
「……ジェイドさんって、他人の心が読めるんですか?」
「貴殿の顔を見ていれば、なんとなくわかる」

 裕介を腕の中に閉じ込めたまま、ジェイドは口の端を自慢げにあげた。

(絶対、なんか企んでる)

 何にしても自分に害のあることではないのだろう。 
 そうであれば、年上らしく余裕ぶっていようと、裕介はあえて疑問を口にしなかった。
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