異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ

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11  裕介、発情期に遭遇する

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 不幸中の幸いで、ジェイドが倒れてすぐ、敵は撤退した。
 廊下や正門前では、混乱が続いている。
 騒ぎに紛れ、裕介はヨシュアとともに、ジェイドを自室に運んだ。
 てきぱきと手当てをするヨシュアのかたわらで、裕介は立ち尽くすしかなかった。

 後悔が脳裏に渦巻く。

 厨房になんて、行かなければよかった。
 背後の気配に早く気付けていれば。

 たらればを何度リプレイしても、現実は変わらない。そう言い聞かせても、己の不甲斐なさを考えずにはいられなかった。

 呼吸が速くなるジェイドの様子に、ヨシュアは「マズいですね……」と眉をひそめる。
 まさか命にかかわる大怪我なのか。
 裕介は震える声で尋ねた。

「怪我の具合、そんなに悪いんですか?」
「腕の傷は、大したことはありません」
「え、でも結構深く刺さってたような……」
「副騎士団長は頑丈ですからね。刺されたのが旦那じゃなくてよかったです」

 その落ち着いた声音に、裕介はホッと胸を撫で下ろす。

 しかし。

「問題は副騎士団長が発情期ヒートに入ってしまったことです」
「ちょ、ちょっと待て。発情期ヒートって怪我したらなるものなのか?」
「あ、いえ。得物に発情期ヒートを強制的に引き起こす細工が施されていたみたいです……こんなときに限って抑制剤がないってのに、困ったもんです」

 ヨシュアは短く刈り上げた金髪をなであげ、眉をハの字にした。

 ジェイドはベッドの上で苦しそうに、浅い呼吸を繰り返している。

(俺のせいだ……)

 大人しく自室にひきこもっていれば、ジェイドに怪我を負わせることもなかったのに――。

(ウジウジ悔やんでも、どうにもならないだろ!)

 やることをやってから、落ち込めばいい。
 頬を両手で叩き、裕介は気合を入れる。

「ヨシュアさん。施設に抑制剤がないのなら、俺、街中探してきます」

 何が何でもジェイドを助ける。

「……旦那、抑制剤は街には出回ってないんですよ」
「え! なら、街の人たちは発情期ヒートを、どうやってやり過ごしているんだ?」
「平民が両性、どちらかに覚醒した場合、役所に届け出るんです」

 役所で認められれば、配給券が交付され、それと引き換えに抑制剤が手に入るという。

「なんでそんな、まだるっこしいことを……」
「抑制剤の原料――薬草やら魔晶石やらを、他国からの輸入に頼ってるからですね」

 原料を自国で賄えないのなら、他国から購入せざるを得ない。相手国が輸出を渋れば、自ずと生産できる量は限られる。

 結果、国が抑制剤の流通量をコントロールすることになった、という筋書きだ。

 細かいことはどうでもいい。
 つまり現時点で、抑制剤は手に入らない、ということだ。
 ジェイドはこのまま苦しんだ状態で過ごさなければならないのか。
 裕介は唇を噛みしめる。

「別に病気って訳じゃありません。このまま安静にしていれば、そのうち治まります」

 ヨシュアは明るい声で言った。空元気であることは、疲れた表情を見れば一目瞭然だ。

 横になったジェイドの額には、うっすらと脂汗が滲んでいる。
 せめて汗を拭おう。
 サイドテーブルから濡れた布を取り上げた瞬間、裕介の手首をヨシュアが掴んだ。

「あとのことは俺に任せて、旦那は隣の部屋で休んでてください」
「え、でも……」

 ジェイドが心配だ。せめて看病だけでもしたいと訴えるも、ヨシュアは首を横に振った。

発情期ヒートの意味は知ってますよね?」

αアルファΩオメガを孕ませたい衝動に駆られる現象だ。本能が暴走するなんて、初めて聞いたときには信じられなかった。 

 否、今でも信じ切れていない裕介である。

「今の旦那は副騎士団長にとって、恰好の餌食なんです。このままそばにいれば、確実に襲われます」
「……この状態で人は襲えないでしょ」

 ジェイドは瞼は閉じたまま、意識があるのかないのか、傍目には分からない。
 起き上がることもままならない状態を発情期ヒートと呼ぶなら、セックスに持ち込まれても、余裕で抵抗できる気がした。

(まるでインフルエンザにかかっているみたいだ)

 はたしてジェイドは本当に発情期ヒートに見舞われているのだろうか。

「……ヨシュアさん、何か隠してますよね?」

 裕介はヨシュアに詰め寄った。
 そばかすの浮き出た顔を睨みつけると、ヨシュアは「異世界人のΩオメガはおっかないですね」と諦めたように肩をすくめる。

「副騎士団長の発情期ヒートは来週頃の予定だったんです。自然に来るもんが、無理矢理引き起こされたら、そりゃあ具合も悪くなりますって」
「いつ来るかわかってたんなら、抑制剤を用意していたんじゃ……」

 気まずそうに沈黙するヨシュアに、裕介は嫌な予感がした。

「もしかして俺が飲んでた抑制剤って……」
「旦那の分を役所に申請しても、一向に支給されなかったんですよ」

 仕方なかったんです。

 ヨシュアが悪いわけではない。
 すべては裕介に悪意を向ける者のせいだ。
 それなのに、彼はシュンと身体を縮こまらせる。

「……ジェイドさんを楽にしてあげられる方法は、ないんですか?」

 あるならヨシュアがすでに手を尽くしているはずだが、聞かずにはいられなかった。
 予想に反して、ヨシュアは「あるにはあります」と言った。

 裕介は耳を疑う。

「え! あるのか。どうしたらいいんだ!? 俺にできることならなんでもするから」

 裕介に揺さぶられるままヨシュアは「でもなあ……」と歯切れが悪い。
 言い渋るヨシュアに裕介は「お願いします」と深く頭を下げた。

 ジェイドには返しきれないほど恩がある。
 ここで何もせずにいたら、自分自身が許せない。

 ヨシュアは天井を仰ぎ、観念した様子でぽつりと、

「セックスすれば治まります」

 至極簡単に言ってのけた。

「なるほど……」

 盲点だった。
 発情期ヒートなら、思う存分セックスすれば万事解決するのだ。

「といっても副騎士団長はこの通りです。満足にできるのか……。あ、そういえばΩオメガの体液が抑制剤代わりになるって噂を聞いたことがあります」
「体液って例えば?」
「血や汗、あとは唾液だったような」
「どのくらいの量が必要なんですか?」
「いや、はっきりとは知らないです……」

 どれもこれも他人に与えるものではない。適量が分かるはずもなかった。
 まごついている間にも、ジェイドの苦しそうな息遣いが鼓膜を震わせる。

 裕介は迷いを捨てた。

「なら試してみます」
「え? あの、何を……」

 驚くヨシュアを尻目に、裕介はジェイドの後頭部をすくい上げ、その唇をこじ開けた。

(これは人工呼吸。これは人工呼吸)

 躊躇ためらっている暇はない。
 裕介は胸いっぱいに息を吸いこむと、ジェイドの唇に唇を重ねた。カサついた唇はあたたかい。
 開いた口から舌を滑り込ませ、ジェイドの口内を辿る。
 すると次の瞬間、ジェイドの舌が裕介の舌に絡みついた。

(意識が戻ったのか!)

 安堵し、唇を離そうとするも、ジェイドは裕介の後頭部に手を回し、引き寄せる。
 熱をもった肉厚な舌が、裕介の唾液を舐め取っていく。

「ふ、う、は、あ……」

 思う存分、キスを堪能したジェイドは、唇を離し、喉仏をごくりと鳴らした。
 裕介は酸欠で頭がぼうっとする。

「旦那、大丈夫ですか」
「あ、うん……」
「そ、それならよかったです」

 ぼんやりしたまま振り向けば、ヨシュアはなぜか頬を赤く染め、顔をそらす。
 しばらくすると、ジェイドはうっすらと瞼を開けた。疲労感を滲ませた灰色の瞳が裕介たちをとらえる。

「副騎士団長!」
「ジェイドさん!」
「……敵襲は?」
「副騎士団長が倒れた後、すぐに逃げ出しました」
「そうか……ユースケ、無事か」
「はい」
「ジェイド様! ご無事でなによりです~」

 緊張の糸が切れたのか、頼もしい態度から一転、ヨシュアは半泣きでジェイドに取りすがる。
 ジェイドは、「よくやった」と泣きつく部下の肩を優しく叩いた。

 ジェイドはキスのことを覚えていないようだ。
 不幸中の幸いである。
 
 裕介は濃厚なディープキスを思い出すと、頬がカッと熱くなった。

(いい年したおっさんがキスのひとつやふたつで、何を照れてるんだか……)

 冷静になろうとすればするほど全身が火照り、そして、浮遊感に見舞われる。

(あれ? 視界が、回ってるぅ――)

 背中から倒れ、気づけば天井を見上げていた。身体を起こそうにも重りをつけられたように、身動きがとれない。

(俺、どうしちゃったんだ?)

 体調は近年感じたことがないほど、絶好調だったのに。
 視界がグニャリと歪み、渦を巻いている。
 耳元で鼓動がうるさい。

「ユースケ!」
「旦那、しっかりしてください!」

 裕介を見下ろす二人の顔がぼやける。水の中で目を開けたときのような不鮮明さだ。
 俺は大丈夫、と言ったつもりが、掠れた呻き声しか出せなかった。
 声が出ないだけならまだしも、あろうことか、風邪のような悪寒とともに、下腹部に熱が集中する。

(これって、まさか……)

 裕介はゆっくりと身体を横向きにして、勃起した股間を隠すため、膝を擦り合わせた。
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