卑屈に純情〜人狼リアムは狩人に認められたい〜

ヨドミ

文字の大きさ
上 下
10 / 24

九話 ヴィクターの意図

しおりを挟む
「とっとと帰りな!」

 階下から響く怒鳴り声に、ウトウトしていながらも、リアムの耳はピンと立ち上がった。
 酒場『フリッカー』の屋根裏部屋が、リアムの住まいだ。簡素なベッドを置けば、部屋に余裕はないが、リアムは満足している。
 暖かい寝床があり、外敵に眠りをおびやかされない。
 それだけで幸せだった。
 不満があるとすれば、壁が薄いことくらいである。ただでさえ鋭敏な聴覚は、余計な雑音を拾ってくるのだ。
 明け方、眠りにつく前に、路地で突如始まる喧嘩や男女の営みに、リアムは悩まされている。
 
 肉屋で怪我を負って以降、泥のように眠る日々が続き、外の音は気にならなかった。だが、腕を動かせるようになると、聴力も回復し、再び悩みの種は復活している。

 ――誰か店で騒いでるのかな……。

 ただでさえよく通るジャズの罵声を遮るため、リアムは頭から上掛けを被ろうとしたが。

「そういうわけにはいかない」

 続いた返答に、飛び起きる。

 ――ヴィクターさんだ……。

 枕元に置いてあったハンチング帽を手に、リアムは床に足を下ろした。そっと扉を開け、階段の手すり越しに、恐る恐る階下へと耳をすます。

「……ウチの従業員はシロだって証明できただろ。それともまだ疑ってるのかい?」
「その件は上の判断待ちです。……俺からは何とも言えません」
「なら、何の用で捜査官様はこんなところにいるんだい?」
「……アンタには関係ないことですよ」
「何だって? 人様の雇い人をき使っておいて、よくもそんな口の聞き方ができるもんだね」
 火に油を注ぐようにして、ヴィクターは墓穴を掘っている。リアムはたまらず、手すりから身を乗り出した。

「……とにかくあいつに会わせてください」
「まだ寝込んでるよ。伝言があるなら、聞いてやるからさっさと言いな」
 ジャズは、にべもなくヴィクターを追い出そうとしている。

 リアムは居ても立っても居られなくなり、足音を立てず階段を降りたが、数段ほどで、虫が鳴くように板が軋んでしまった。
 その音に、ホールで睨み合っていた二人は、素早くこちらを振り返った。
 ジャズの片眉がぴくりと動く。機嫌が悪い兆しを察し、リアムは口早になった。

「お、女将さん、ご心配おかけしました……」
「タダ飯食らいを置いておくほど、アタシもお人好しじゃないよ。……動けるんなら、今夜から働きな」
「は、ハイッ!」
 ぶっきらぼうな口調のジャズに、リアムはかしこまった。
「あの、僕、どれくらい寝込んでましたか……?」
「ざっと一週間くらいだね。ホントにとんだ損害だよ。どうしてくれんだい、ヴィッキー」
 肉屋で襲われてから、そんなにも経っていたのか。ジャズが腹を立てているのも頷ける。

 ――今日から頑張らなくちゃ。

「何度も謝っているでしょう」
 ヴィクターは革靴の爪先を、小刻みに床板に叩きつけていた。等間隔に響く音が、ジャズの気を逆撫でする。
「口先だけじゃなくて、態度で示しな。詫びとして、飲みに来るぐらいしてもいいんじゃないかい?」
「俺もそこまで暇じゃないんですよ。それに、用件も聞かずに追い返そうとする酒場で、金を落とそうと思えませんね」
「……へえそうかい。この子リアムに割く時間はあっても、酒を飲んでる暇はないってことだね」
 ニヤリと唇を歪めるジャズに、ヴィクターは沈黙した。

 ――え……。まさか、ヴィクターさんが僕を心配してくれてるなんて、ないよね。

「リアム、アンタ顔が赤いよ。無理してぶっ倒れるのはゴメンだからね」
「だ、大丈夫ですっ!」
「ならさっさと支度しな」

 つい興奮し、身体が火照ってしまった。頬に両手をあて、熱を冷まそうとするも、なかなか元に戻らない。
 鼻を鳴らし厨房に戻っていくジャズと入れ違いに、常連客たちが、いつも通り開店前から扉を押し開けた。

「お、リアムちゃん、風邪はもういいのかい?」
「元気そうでなによりだ」
「ご、ご心配おかけしてすみません……」

 リアムは慌てて頭を下げ、ちらりとヴィクターを盗み見る。
 常連客たちは、ヴィクターを遠巻きにしており、リアムは一瞬で現実に引き戻された。
 わざわざ気まずいだろう場所に、ヴィクターが訪れる理由が、リアムのご機嫌伺いなわけがない。
 一転して怯えるリアムを、ヴィクターは無表情に見下ろす。ヴィクターの蜂蜜色の瞳を、リアムは上目遣いでうかがった。

「お前、休みはいつだ?」
「……や、休み?」
「……まさか、毎日働いているのか」


 そのまさかである。

 基本、酒場『フリッカー』は夜のみの営業だ。リアムは毎夜、配膳はいぜんの仕事をしている。連日続いたとしても、体力的に問題はないよう、鍛えているつもりだ。
 特にやることも、したいこともないため、待遇に不満を感じたことはない。休みにされると、まかないいが食べられないから、その方が困るのだ。

 リアムは、酒場に生かされている。

「いつが休みだ?」
「ええと……」

 言葉を濁しているのも限界だった。ヴィクターからの無言の圧力に、リアムは両手を顔の横で振りながら、しどろもどろになる。
「いや、お客さんが少ない日は、休憩も長めに取れてますし、そんなに大変では……昼間は休みのようなものですし」

 本当は買い出しや掃除などの雑用をこなしているが、ヴィクターがなぜか不機嫌になりそうで、リアムは黙っていることにする。

「……三日後の昼過ぎ、富裕層街アッパーフロア、5区7番地だ」
「え?」
 ヴィクターはリアムから目をそらしながら、腕を組んだ。
「昼間に出てくれば、女主人も文句は言わんだろう。……取って食うつもりはない。話したいことがあるから必ず来い。いいな」
 腹の底に響く脅しに、リアムは「……はい」と小さく頷くしかなかった。
「よし」
 ドアベルを軽やかに響かせ、ヴィクターが立ち去ると、常連客たちはすぐさまはやし立てる。

「ルージェンドの旦那、ついにリアムちゃんをデートに誘ったな」
「俺の勝ちだ。お前、今日の酒代、おごれよな」
「そ、そんなんじゃ、絶対ないですから!」

 ――デートって……。

 リアムが慌てて言いつくろうも、「照れるなよ~」と常連客たちは、からかう。
 少し前のリアムなら、彼らと同様に、ヴィクターからのお誘いを飛び上がらんばかりに喜んだことだろう。
 しかし彼とリアムを繋いでいるのは、血なまぐさい臭いを放ち始めた、人狼絡みの事件だ。
 酒場ここで話せない、それはつまり十中八九、先日の襲撃事件か密売事件についてだ。
 リアムたちに襲いかかってきた【人狼】は、どうなったのか。
 ヴィクターがとどめをさしたのか。

 リアムは何も知らされていない。

 ――人狼を怒らせちゃった僕に、詮索する資格はないよね。

 勝手に先走り、怪我をして状況を悪化させてしまった。リアムは協力者失格である。
 申し訳なさで穴があったら潜り込みたい気分だ。

「リアム! さっさと厨房に入りな!」
「は、はい!」

 ジャズはヴィクターと口論していたときと同じテンションで、リアムを急き立てる。右腕をぐるりと回すと違和感は残っているが、痛みは引いていた。

 ――とりあえず、忘れよう。

 リアムは身体を動かして、沈みそうになる気持ちを無理やり浮上させることに専念した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】私立せせらぎ学園 〜先生と生徒の恋愛未満な物語〜

フェア
BL
昔作ったノベルゲームを原作に加筆訂正してみました。ちょっと内容が重いかも? 素直でかわいい男子とヤンキー系男子、二人のストーリーを掲載しています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

拾った駄犬が最高にスパダリ狼だった件

竜也りく
BL
旧題:拾った駄犬が最高にスパダリだった件 あまりにも心地いい春の日。 ちょっと足をのばして湖まで採取に出かけた薬師のラスクは、そこで深手を負った真っ黒ワンコを見つけてしまう。 治療しようと近づいたらめちゃくちゃ威嚇されたのに、ピンチの時にはしっかり助けてくれた真っ黒ワンコは、なぜか家までついてきて…。 受けの前ではついついワンコになってしまう狼獣人と、お人好しな薬師のお話です。 ★不定期:1000字程度の更新。 ★他サイトにも掲載しています。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

処理中です...