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(一)
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輪ゴムや硬貨や蓋やレシートなどの物が雑多に入った引き出しの中を掻き回して栓抜きを探していたら、奥の底の方に黄ばんだ写真を見つけた。手に取って表面を返してみると、僕と同い年くらいの男の子が写っている。
「お母さん、写真を見つけたんだけど、この子は誰?」台所の母に見せた。
「知らないわね。お父さんが子供の頃ではないようだけど、知り合いじゃないの」
会社から帰った父に早速尋ねた。
「お父さん、この子知らない?」
「知らないなあ、誰だろう。どこにあった?」
「茶箪笥の引き出しの中」
「お母さんにきいてみたら」
「知らないって」
うちは借家で、茶箪笥は前の住人が残していったものを譲り受けていた。
隣家の縁側で日向ぼっこしている大家のお爺さんに写真を見せたら、「友達かい?」と逆に尋ねられてしまった。
「うん?」
「そうか、引っ越して来てからまだ学校が始まってないのに、友達ができて良かったなあ」と言われ、写真の少年は友達になった。
写真の友達を連れてやって来たのは、立ち入り禁止になっている警察署の跡地だ。建物は取り壊されたが、まだ地下牢が残っているとお爺さんに教えてもらった。入口を塞いだ分厚く重いベニヤ板をどかすと、地下へ通じる階段があった。友達が一緒なので冒険してみる気になったのだ。家から持ち出した大きな懐中電灯で照らしながら地下へと降りた。入口から風に舞った砂が降り注ぐ。
廊下の先に留置場に使われていたという牢屋があった。目を凝らすと中に倒れた人の影。光で照らすと起き上がったので、僕は凍り付いたまま動けなくなった。
「……」
「やあ」鉄格子のところまで迫って来て声を掛けられた時、写真の少年であると気付いた。
「迎えに来てくれたんだね」少年が笑った。なんとなくポケットから取り出した写真を見ると、写っていた少年の姿が消えていた。
「えっ、抜け出たの?」
「まだ出られてないよ、ここから」
少年の言うように牢屋の扉には鍵がかかっているようだった。普通の子供は牢屋に入れられたりしないし、悪いことしたら少年院とかに送られるんじゃないの、とかいくつかの疑問が湧いたが声に出さず飲み込んで、「お腹すかない?喉乾かない?」ときいてみた。
「大丈夫だよ。それより、写真をそこに置いて行ってね。持って行かれると、ぼくはまた封じ込められちゃうからさ」
写真をそっと床に置いた。会話を早く切り上げて、ここを出る理由を探していると、ライトがまぶしくないのか、大きく開かれた少年の目に見つめられた。
「きみに頼みがあるんだ。ぼくは犯人に間違えられてここに入れられたんだ。だから、真犯人をここに連れてきて欲しい」
「そんなの無理だよ」
「友達だろう、できるよ。きみたちの前に住んでいた男が犯人なんだよ」
「えっ!でも、会ったことないし、引っ越し先もわからないし‥‥」
結局、大家のお爺さんを頼ることにした。といっても、少年自身のことは他言無用との約束を交わした後のことだ。
真犯人とかいう男は意外に近くの隣町に引っ越していた。住んでいるのはアパートだった。大家のお爺さん情報によると、離婚して戸建ての家ほどのスペースが必要なくなったので、ワンルームに住み替えたのだそうだ。
小学校が夏休みだったから、男が帰宅するのを待ち伏せする時間があった。
「すみません」ドアを開けかけた男の背に声を掛けた。
「だれだったかな?」困惑した男が答えた。
「おじさんが以前住んでいた借家に引っ越して来た者です」
「あっそう。それで何か用?」
「もらった茶箪笥に写真が残っていて、そこに写っていた人が会いたいと言って頼まれたんです」
「その写真て?」
「今は手元にないんです。その人に上げてしまって、勝手にすみません」
なんだかんだ言いくるめて、普段着に着替えた男を警察署跡地まで連れて来ることができた。地下へ通じる階段を降りるのを少し躊躇っていたが、留置場前まで来てくれた。
「こんな変なところで待ち合わせ‥‥」
最後の言葉を言い終える前に男が消えた。
牢屋には誰の姿もなく、今まで男が立っていた廊下を懐中電灯で照らすと、床に別の少年が写った写真が残っていた。
再び訪ねた男のアパートは空室となっており、壁には不動産屋の連絡先が貼ってあったけど、それ以上探る勇気が持てなかった。お爺さんにも相談できず、うやむやのまま新たに通う学校が始まった。
「新しいお友達を紹介します」
担任の先生に促されて自己紹介したが、何を言ったのか思い出せない。
初登校した時、職員室に案内してくれた校長先生は母と話しながら窓の外に目をやり、花壇に水をやっているのが担任の先生だよと教えてくれた。校庭に出て挨拶に向かうと、気配を感じた先生が振り返って「迎えに来てくれたんだね」と言った。変声していたが聞き覚えがあり、牢屋の中から消えた少年の面影があった。
「お母さん、写真を見つけたんだけど、この子は誰?」台所の母に見せた。
「知らないわね。お父さんが子供の頃ではないようだけど、知り合いじゃないの」
会社から帰った父に早速尋ねた。
「お父さん、この子知らない?」
「知らないなあ、誰だろう。どこにあった?」
「茶箪笥の引き出しの中」
「お母さんにきいてみたら」
「知らないって」
うちは借家で、茶箪笥は前の住人が残していったものを譲り受けていた。
隣家の縁側で日向ぼっこしている大家のお爺さんに写真を見せたら、「友達かい?」と逆に尋ねられてしまった。
「うん?」
「そうか、引っ越して来てからまだ学校が始まってないのに、友達ができて良かったなあ」と言われ、写真の少年は友達になった。
写真の友達を連れてやって来たのは、立ち入り禁止になっている警察署の跡地だ。建物は取り壊されたが、まだ地下牢が残っているとお爺さんに教えてもらった。入口を塞いだ分厚く重いベニヤ板をどかすと、地下へ通じる階段があった。友達が一緒なので冒険してみる気になったのだ。家から持ち出した大きな懐中電灯で照らしながら地下へと降りた。入口から風に舞った砂が降り注ぐ。
廊下の先に留置場に使われていたという牢屋があった。目を凝らすと中に倒れた人の影。光で照らすと起き上がったので、僕は凍り付いたまま動けなくなった。
「……」
「やあ」鉄格子のところまで迫って来て声を掛けられた時、写真の少年であると気付いた。
「迎えに来てくれたんだね」少年が笑った。なんとなくポケットから取り出した写真を見ると、写っていた少年の姿が消えていた。
「えっ、抜け出たの?」
「まだ出られてないよ、ここから」
少年の言うように牢屋の扉には鍵がかかっているようだった。普通の子供は牢屋に入れられたりしないし、悪いことしたら少年院とかに送られるんじゃないの、とかいくつかの疑問が湧いたが声に出さず飲み込んで、「お腹すかない?喉乾かない?」ときいてみた。
「大丈夫だよ。それより、写真をそこに置いて行ってね。持って行かれると、ぼくはまた封じ込められちゃうからさ」
写真をそっと床に置いた。会話を早く切り上げて、ここを出る理由を探していると、ライトがまぶしくないのか、大きく開かれた少年の目に見つめられた。
「きみに頼みがあるんだ。ぼくは犯人に間違えられてここに入れられたんだ。だから、真犯人をここに連れてきて欲しい」
「そんなの無理だよ」
「友達だろう、できるよ。きみたちの前に住んでいた男が犯人なんだよ」
「えっ!でも、会ったことないし、引っ越し先もわからないし‥‥」
結局、大家のお爺さんを頼ることにした。といっても、少年自身のことは他言無用との約束を交わした後のことだ。
真犯人とかいう男は意外に近くの隣町に引っ越していた。住んでいるのはアパートだった。大家のお爺さん情報によると、離婚して戸建ての家ほどのスペースが必要なくなったので、ワンルームに住み替えたのだそうだ。
小学校が夏休みだったから、男が帰宅するのを待ち伏せする時間があった。
「すみません」ドアを開けかけた男の背に声を掛けた。
「だれだったかな?」困惑した男が答えた。
「おじさんが以前住んでいた借家に引っ越して来た者です」
「あっそう。それで何か用?」
「もらった茶箪笥に写真が残っていて、そこに写っていた人が会いたいと言って頼まれたんです」
「その写真て?」
「今は手元にないんです。その人に上げてしまって、勝手にすみません」
なんだかんだ言いくるめて、普段着に着替えた男を警察署跡地まで連れて来ることができた。地下へ通じる階段を降りるのを少し躊躇っていたが、留置場前まで来てくれた。
「こんな変なところで待ち合わせ‥‥」
最後の言葉を言い終える前に男が消えた。
牢屋には誰の姿もなく、今まで男が立っていた廊下を懐中電灯で照らすと、床に別の少年が写った写真が残っていた。
再び訪ねた男のアパートは空室となっており、壁には不動産屋の連絡先が貼ってあったけど、それ以上探る勇気が持てなかった。お爺さんにも相談できず、うやむやのまま新たに通う学校が始まった。
「新しいお友達を紹介します」
担任の先生に促されて自己紹介したが、何を言ったのか思い出せない。
初登校した時、職員室に案内してくれた校長先生は母と話しながら窓の外に目をやり、花壇に水をやっているのが担任の先生だよと教えてくれた。校庭に出て挨拶に向かうと、気配を感じた先生が振り返って「迎えに来てくれたんだね」と言った。変声していたが聞き覚えがあり、牢屋の中から消えた少年の面影があった。
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