花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

文字の大きさ
上 下
68 / 76

変態の役割

しおりを挟む
 親の資産でラン・ヤスミカ領にて悠々自適なニートライフをエンジョイしているエドガー・イリス・シルバー25歳はリンの異母兄でありユーリの義兄その2である。

義兄その1のミシェルは名門大貴族の跡継ぎらしく王宮でダイアナ王女の側近として働いている。
ちなみにエドガーのすぐ下の妹シンシアはダイアナ王女のお姉さま代わり……要は相談役のような役割でやはり王宮に出仕しており、末の妹のジャンヌはダイアナ王女の婚約者であるミモザ王子の従者シルフィと交際しながらミモザ王子に剣術を指南している。

「有事の際に王女様を護れないようではダイアナ王女様の婿として失格ですわ!」

そのようなジャンヌの持論で本来は全く武道派ではないミモザ王子は剣術を強制的にジャンヌに習っている。

そして、エドカーにとっての末弟で異母弟にあたるリンもユーリと結婚しているので夫ユーリの仕事の手伝いをしたり苦手だが家事をして暮らしているのだ。

何を言いたいかというとシルバー家の兄弟姉妹で25歳という若さで無職なのはエドガーだけということだ。

今さらな話だが父クロードだってまだまだ現役で国王陛下の重臣として政務を補佐しているのにエドガーは完全無職マンである。

しかし、そんな現実に1滴も焦りも後ろめたさも感じないところがエドガー・イリス・シルバー様の偉大なところだ。

「シオン。これから小川の畔を散歩しよう」

「……おい?エドガー、俺は仕事中だって理解しているよな?」

小川の畔を散歩したいエドガーに反して、シオンは屋敷の帳簿をまとめている。

別邸でかかった支出が予算を越えていないかなどをチェックするのは執事であるシオンの務めの1つだ。

賭場を仕切っていた経験からシオンは数字に強くて帳簿はほぼ暗算だが横から無職に声をかけられると気が散る。

「行くなら1人で行ってこい。俺は別邸の帳簿を終らせた後は夕食の仕込みがある」

「シオンと行きたいから誘っているのだが……。仕方あるまい。ここで帳簿とやらをつけるシオンを見守りながら書物でも読むとしよう」

「いや……。ここにいられるだけで微妙に気が散るし邪魔……。まあ、好きにしろ。ヴァカ」

これ以上はどんなに拒絶しても無駄なのでシオンは帳簿に戻った。

シルバー家別邸の帳簿なんて難なく終るので、シオンは暗算で仕上げると、夕食の支度に行こうとした。

しかし、その様子を眺めていたエドガーがポツリと呟いたのだ。

「シオンは本当に賢いのだな。私は九九もわからない」

数字は4までしか詳しく知らぬと言われたが、シオンは微笑むと帳簿を持って告げた。

「エドカーはヴァカだけど愚かじゃない。単に頭の構造が常人と違うだけだ」

むしろ、ここぞという場面では冴えているエドカーなので、本当に脳ミソの作りが他者とは異なるのだろう。

それだけ伝えてシオンは厨房に去ろうとしたがエドカーはシオンの手をがっしり押さえて言った。

「せめて九九だけは習得したい。シオン。教えてくれ」

「は?俺は次の仕事があるんだよ!九九くらい自習しろ!」

「自習は向かない。7×4がどうしてもわからぬ」

「7×4って28だろ?普通にかけ算すればいいだけだ!」

「その普通が理解できぬから困惑している。死ぬまでに九九をマスターしたい。そうすれば父上もミシェル兄上も安心するだろう」

それだけで当主と嫡男が安心するってシルバー家って意外とゆるいなとシオンは思っていたが、まだ時間があるのでエドカーに教えた。

「いいかエドカー?人差し指と中指を向けてみろ?」

「俗にいうピースの形か?」

「そうだよ。とにかくやってみろ」

シオンに言われてエドカーが人差し指と中指を向けるとシオンは自分も同じように指を折ってエドカーに目潰しをした。

「はい!これで2×2で4だ!簡単だろ?」

「シオン。失明する寸前はやめてくれ」

目蓋をおさえるエドカーにシオンはキッパリと言いはなった。

「お前は九九なんて出来なくても問題ない。少なくともエドカーが傍にいてくれると俺は悪夢にうなされなくてすむ」

シオンの精神安定のためにはエドカーが必要なのでシオンにとってはエドカーが九九。ろくに理解していなくても構わなかった。

言うだけいってシオンが厨房に去るとエドカーは目頭を手で触れながら呟いて息を吐いた。

「シオンの指は細い。あんな儚い指を持っている人間なんて宮廷の貴婦人にもいなかった」

強そうでシオンはガラス細工の如く脆いのでエドカーはこう誓った。

「私はシオンの身体と心がこれ以上、傷つくことなく暮らせるよう支える」

それしか自分の使命はないように思えたのでエドカーはその旨をミモザ王子に書簡で送った。

対してエドカーの妹ジャンヌのしごきにあっていたミモザ王子はモモに口述筆記させることもせず返事を書いた。

「それはなによりだ。僕はお前の妹御に1日1000回の素振りを強要されておる。パワハラでペンをとるのも痛いのだが?」

書物を読むのも苦労するほど筋肉痛で痛いと記すミモザ王子の傍でモモを従えたジャンヌが叫ぶ。

「王子!まだ素振りが365で止まってますわ!サボるとあと2000に増やしますわよ!?」

エドカーに返事を書きながらミモザ王子は自分は婚礼前に死ぬのではないかと真剣に考えたという。

end 





    
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】我が侭公爵は自分を知る事にした。

琉海
BL
 不仲な兄の代理で出席した他国のパーティーで愁玲(しゅうれ)はその国の王子であるヴァルガと出会う。弟をバカにされて怒るヴァルガを愁玲は嘲笑う。「兄が弟の事を好きなんて、そんなこと絶対にあり得ないんだよ」そう言う姿に何かを感じたヴァルガは愁玲を自分の番にすると宣言し共に暮らし始めた。自分の国から離れ一人になった愁玲は自分が何も知らない事に生まれて初めて気がついた。そんな愁玲にヴァルガは知識を与え、時には褒めてくれてそんな姿に次第と惹かれていく。  しかしヴァルガが優しくする相手は愁玲だけじゃない事に気づいてしまった。その日から二人の関係は崩れていく。急に変わった愁玲の態度に焦れたヴァルガはとうとう怒りを顕にし愁玲はそんなヴァルガに恐怖した。そんな時、愁玲にかけられていた魔法が発動し実家に戻る事となる。そこで不仲の兄、それから愁玲が無知であるように育てた母と対峙する。  迎えに来たヴァルガに連れられ再び戻った愁玲は前と同じように穏やかな時間を過ごし始める。様々な経験を経た愁玲は『知らない事をもっと知りたい』そう願い、旅に出ることを決意する。一人でもちゃんと立てることを証明したかった。そしていつかヴァルガから離れられるように―――。  異変に気づいたヴァルガが愁玲を止める。「お前は俺の番だ」そう言うヴァルガに愁玲は問う。「番って、なに?」そんな愁玲に深いため息をついたヴァルガはあやすように愁玲の頭を撫でた。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

処理中です...