花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

文字の大きさ
上 下
61 / 76

心配ごと

しおりを挟む
 ラン・ヤスミカ領から遠く離れた王宮ではミシェルがため息を吐いていた。

「あら?ミシェル。なんだか元気がないわね?モモがお手紙をくれないの?」

ダイアナ王女の言葉にミシェルは再び息を吐くと理由を述べた。

「いえ……。モモからは頻繁に手紙が来るのですが……。少し別件で」

「別件?あなたがモモのこと以外で物憂げになるなんて珍しいわ。話なら聞くわよ?」

側近がアンニュイになっているのを心配したダイアナ王女に対してミシェルは浮かない表情で告げたのだ。

「実は……私の愛人として引き取った男の子2人が自立してしまうのです。1人は王立大学に進学して、もう1人は王立士官学校に入るので」

ヒナリザとマックスは無事に進学先から合格の知らせをもらい数ヵ月後にはシルバー家本邸から出ることになる。

「王立大学と士官学校は原則的に全寮制です。あの子達の希望が叶ったのは嬉しいですが色々と心配で」

ヒナリザとマックスはシルバー家の縁者として進学が決まった。

合格は2人の実力だが、シルバー家のコネで裏口入学のレッテルをはられる恐れがある。

それでヒナリザとマックスが他の学生にいじめられたらどうしよう、とミシェルは悩んでいるのだ。

「あの子たちはモモほど強気ではありません。特にヒナリザは引っ込み思案な子なので心配です。マックスは利発ですが軍隊養成の場で危険な目に遭わないか!」

本当は2人の自立を喜んであげるべきなのに心配が勝ってそれどころではない、とミシェルはうつむいてしまった。

ダイアナ王女は黙って話を聴いていたがミシェルが言葉をきると優しい口調で言った。

「ミシェルが可愛がっている男の子たちを案ずるのはわかるわ。でも、ヒナリザとマックスは大丈夫よ。あまりミシェルが心配していると彼らが不安になるわよ?」

「そうなのですが……。ずっと本邸で一緒に暮らした2人が巣立ちするなんて。1人残されるステフだって寂しがります。実弟のエドガーと離れて暮らしていても1ミリも寂しくないですが、ヒナリザとマックスがシルバー家から出ていくのは寂しさと心配で耐えられません!」

実の弟エドガーはラン・ヤスミカ家別邸でシオンに付きまといながら楽しくやっているのでミシェルとしてもそこまで寂しさを感じない。

ただでさえ、モモが不在のなかヒナリザとマックスの進路が確定してしまいミシェルは不安で仕方がなかった。

「ヒナリザとマックスには休暇や時間があればシルバー家に必ず戻ること。他の学生に意地悪されたら速やかに私に報告すること。意地悪した学生とそれを黙認した教授や教官はシルバー家の名のもとに退学及び解雇に処すから安心しなさいと伝えてはいるのですが……」

「休暇に戻る以外の言い付けが全く安心できないわ。ミシェル。ヒナリザとマックスを心配しすぎて途中からモンスターペアレントみたいになっているわよ?」

シルバー家の威光で王立大学や士官学校の関係者がいたずらに退学解雇される事態は避けたいとダイアナ王女は思った。

そもそも、ヒナリザとマックスが大学や士官学校でうまくやれるかなんて本人たち次第であり、ミシェルがどんなに案じても意味はないのだ。

モモが傍にいてくれたらグズグズ心配しまくるミシェルを叱咤して張り飛ばしてくれるが、あいにく現在はダイアナ王女の婿となるミモザ王子と御忍びで視察中である。

「ミシェル!ヒナリザとマックスにはモモがついているわ!モモとずっと仲良くできた子達ならばどこに行っても周囲と良好な関係が築けるわよ!」

「はい……。モモと関係が良好であった愛人はヒナリザ、マックス、ステフの3人なので、そう考えると希望が持てます」

「あなたって美少年の愛人を何人持っていたの?わたくしとしてはヒナリザとマックスがミシェルの愛人と露呈しないかの方が不安だわ」

「最高で5人なのでそれほど多くはないですよ。1人はモモの機嫌を損ねて殺されましたが」

「あら?ミシェルの寵愛でも争っていたの?」

「違います。モモはそんなくだらないことで他人を消したりしません」

殺されたのは弱小貴族の少年だったが、ひどく高慢で大人しいヒナリザをいじめていた。
それが、モモの怒りを買ったのだ。

ミシェルの前妻で現在は隣国の王太子妃となっている貴婦人が傭兵を雇って企んだミシェルの愛人襲撃事件が勃発したのもこの頃である。

モモはこの襲撃事件をうまく利用して横柄で目障りな貴族の少年を抹殺した。

貴族の少年には気の毒だが、モモを敵にまわした時点で死亡フラグがたったも同然なのでミシェルとしても仕方ないと理解している。

「彼の高慢な態度はたびたび叱りましたが効果はなかったようで」

「それで、モモが代わりに始末したのね。頼もしい限りよ」

ダイアナ王女はそう言うとミモザ王子からの手紙を見せて息を吐いた。

「ミモザったら!王宮を離れた途端に無茶をして!ミシェル!わたくしもミモザのことが心配で気が気でないのよ?」

「はい。モモからの手紙で存じております。隣国の子供を引き取ってしまったと……。有り金をはたいて」

「幸い引き取られた子供はラン・ヤスミカ家の方々があたたかく迎えてくれたけど。わたくしは子供の頃からミモザが危なっかしくて心配だったわ」

子供らしい愛嬌はないくせに常に自分を顧みず他人に献身的すぎるミモザ王子の性格を従姉であるダイアナ王女はよく理解していた。

しかし、ミモザ王子はけして誰にでも慈悲深いわけでもない。

悪意や欲深い人間の思惑は敏感に見抜くので人一倍警戒心が強いというアンバランスな心の持ち主なのだ。

「ミモザは弱い立場の者を見捨てられない。何故ならミモザ自身も弱いからよ」

ダイアナ王女の言葉にミシェルは耳を疑った。

「ご冗談を!ミモザ王子は聡明で凛としていて!とてもご立派な御方かと?」

「そうね。ミモザは賢くて王家を……国を守る使命感に溢れている。でも、わたくしは心配なの」

弱い立場の者を慈しむ心は素晴らしいが、国政は残念ながら貴族や聖職者が優先の不公平な世界だ。

ミモザ王子を政治に関わらせたら危険ではないかとダイアナ王女も、また悩んでいた。

「ミモザは賢くて優秀だと思うわ。でも、優秀と有能は違う」

「それはそうですが……。ミモザ王子はまだ14歳です。ダイアナ王女との婚礼を終えて大人になればきっと素晴らしい才能を発揮されます」

ミシェルが断言するとダイアナ王女は少し微笑んだ。

「なんだか、ミシェルを励ましていたのに逆に励まされてしまったわ」

クスクス笑うダイアナ王女を見てミシェルがホッとするとダイアナ王女の女官長がしずしずと入ってきた。

「失礼いたします。ダイアナ王女様。ミモザ王子様よりお手紙とお届け物でこざいます」

「ありがとう。何かしら?
偉大なる未来の女王陛下にして僕の愛しい姉上様……。あら!まあ!すごいわ!?」

突如、ダイアナ王女が笑顔ではしゃぎ出したのでミシェルと女官長はビックリしたが、ダイアナ王女が手紙を読み上げた。

「先日、有り金をゼロにして送金をしていただきましたが姉上にお手間をかけるのは申し訳なく、モモに賭博を教わって裏賭博で失った有り金の倍額を稼ぎました。
送金分はお返しいたします……。すごいわ!ミモザったらギャンブルもできるのね!」

婚礼前の花嫁に仕送りをもらうのはミモザ王子としても気が引けたらしく、手っ取り早くギャンブルを覚えて稼いできた。

王子様が賭博している時点で相当にアウトだとミシェルはヒヤヒヤしたが、ダイアナ王女の女官長はなんと喜んでいる。

「さすがはダイアナ王女の夫となる御方!ギャンブルもお強いなんて素晴らしいですわ!私もギャンブルをしますが弱くて主人にこれ以上金貨を溶かすなと叱られていて!」

ダイアナ王女の女官長がまさかのギャンブル狂だった件!

とにかくミモザ王子はダイアナ王女を頼らず自力で手段はどうであれ金貨を稼いできた。

それだけの強さがあれば女王の夫でも十分大丈夫だろうとミシェルは安心したが、ダイアナ王女が読んだ手紙の最後で別の不安が生まれた。

「追伸。
モモに内緒で賭場に出掛けたのでラン・ヤスミカ家に帰ったらモモに殴られました。
姉上にも殴られたことがないので逆に新鮮でしたがかなり痛かったです。ついにモモがミモザを殴ったわね」

「申し訳ありません!モモには手紙できつく言っておくゆえ!」

ミモザ王子をぶん殴ったモモの気持ちも分からないでもないがミシェルは平謝りである。

ダイアナ王女は鷹揚に許しながらも、怒ると王子さえも殴るような気性の激しいモモと何年も仲良くしているヒナリザとマックスならば、王立大学だろうが王立士官学校だろうが問題なく馴染むだろうと心で結論付けた。

end


















しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

処理中です...