花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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エクソシスト再び!

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 ラン・ヤスミカ家別邸で1番多忙なのはユーリでもリンでもなく執事のシオンだという事実は屋敷の人間全員が理解するところではある。

使用人が少ないラン・ヤスミカ家だが別邸はさらに少なくてシオンを含めて3人体制だ。

なのでシオンの仕事は単に屋敷の主人のサポートだけでおさまらず本来の執事ならば絶対にやらない業務もする必要が出てくる。

「よし!今日は2階の廊下の床磨きと玄関掃除と庭木の手入れをする!エドガーは邪魔!引っ込んでろ」

シオンが早速仕事に取りかかろうとするのを見ながらエドガーは澄ました顔で言った。

「ひとりでは大変であろう?ダンテとモリスはいないのか?」

ダンテとモリスとはシオンと同じく別邸で働く下働きである。

「ダンテとモリスには買い出しを頼んでいる。別邸と本邸の分の備品や消耗品を買うから時間がかかる」

「そんな極端に労働力がいない日に大仕事をする必要はない。仕事を減らしてはどうか?」

たしかにシオンだけで床磨きから玄関掃除に庭木の手入れまで限られた時間でするのはいくらなんでもマルチタスクが過ぎる。

これ以外にもシオンはラン・ヤスミカ家別邸の厨房も任されているので明らかにオーバーワークであった。

エドガーが心配するのはもっともだがシオンは比較的に仕事に集中するのが好きなタイプである。

「仕事が多い方が余計なことを考えなくてすむ」

「それは無理をしていると同じだ。身体を壊すから仕事量を減らした方がよい。それか助っ人を呼べ」

ここまでの会話でお気付きだろうがハードワークをしようとしているシオンに対してエドガーは一言も「手伝う」とは言っていない。

大貴族シルバー家に生まれたエドガーには自分で屋敷を掃除などする発想がそもそもないのだ。

黙っていれば誰かがやってくれる。
上げ膳据え膳の生活が当たり前なので、シオンを心配していても手伝おうという思考にはいかない。

シオンもまたエドガーが仮に手伝っても絶対に足手まといなのでそんなことを求めなかった。

「ほら!さっさと始めるからどっか行け!紅茶が飲みたいなら声をかけてくれていい」

それだけ言うとシオンはさっさと床磨きする体制になってしまった。

邪魔者にされたエドガーはしばらくはシオンの仕事する様子を眺めていたが、不意にそばを離れて階下に去っていった。

「やっと消えたか……。動線に立たれていて邪魔だった」

早く終わらせて次は玄関掃除をしなければとシオンは計画的に仕事を進めていた。

一方のエドガーは食堂で読書をしていたが、シオンが気になり落ち着かない。
大好きなエロ小説に集中できないのでボンヤリしていたら、領地の散策が終わったモモとミモザ王子が姿を現した。

「エドガー。ボンヤリして……また破廉恥な妄想を膨らませ遊んでおるのか?」

エドガーがイケメン顔で黙っているときはエロ妄想をしているがミモザ王子の認識である。

「妄想の邪魔ならば僕とモモは部屋に退散するが?」

「ミモザ王子!?そこまでしてエドガー様のエロ妄想を優先してあげるのですか?その妄想に生産性は皆無ですよ!?」

「モモ。太陽がなければ生物が生きられぬと同様に破廉恥な妄想をしないとエドガーは生きられぬ。そのくらい重要な問題だ」

たとえに太陽をだすレベルにエドガーのエロ妄想を擁護するミモザ王子だが、当のエドガーが首をふった。

「違います。破廉恥な妄想が浮かばず悩んでいるところで……」

このエドガーの発言にミモザ王子とモモは咄嗟に顔を見合わせた。

「モモ!隣の領地のエクソシストを連れて来ておくれ。エドガーが破廉恥な妄想を楽しまず悩むなど悪魔の仕業だ!」

「た、たしかに!俺が記憶している限りでもこんなことはなかったです!ちょっと、ひとっ走りエクソシストをレンタルしてきます!」

ミモザ王子はそこまで迷信深くないが、エドガーからエロ妄想が消失したのを悪魔の仕業と考えるくらいには迷信深い。

本当にモモが隣のシーモア家の領地まで行ってしまったがエドガーは何も言わなかった。

残されたミモザ王子は憂いのある表情で黙っているエドガーにそっと声をかけた。

「破廉恥な妄想をせず、なにを夢想していた?答えられるなら答えてみよ」

「……シオンのことです。必要以上に働き平気だと強がる。私が付きまとってもシオンが過去の亡霊から解放されることはない」

それは仕方がないにしても寂しいものですとエドガーは淡々と口にする。

ミモザ王子は静かにエドガーの話を聴くと少し息を吐いた。

「エドガー……。過去と決別せず生きる道を選んだのはシオンだ。そういう者を愛したのなら気が済むまで見守ってやるしか方法はない」

「はい。私はシオンに過去を忘れてほしい訳ではない。無理をしないでほしいだけです」

その想いは充分シオンに伝わっているとミモザ王子が口を開きかけた直後、噂のシオンが階段から降りてきた。

シオンはミモザ王子を見つけると礼儀正しく頭を下げた。

「玄関を掃除したらご昼食を用意します。少しお待ちください」

「シオン。先程からエドガーがそなたを心配しておる。仕事を止めはしないが無理はしないでおくれ」

「ありがとうございます。これくらいは平気ですので」

そのままシオンが去ろうとした瞬間であった。

「エクソシストを連れてきた!おい!エクソシスト!あの金髪の澄ました顔のイケメンに悪魔が憑いた疑惑がある!エロ妄想をしないんだ!」 

説明が意味不明すぎるがモモは本気だ。

しかし、モモの理解に苦しむ説明をエクソシストはまったく聞いていなかった。

彼はキョトンとした顔で立ち尽くしているシオンを凝視している。

なにやらおかしな雰囲気になったとモモが察する前にエクソシストはシオンを見ながら号泣しだした。

「イリス様!アンバー・ライラック伯爵の若君!?生きていたのですね!」

隠している本名で呼ばれてシオンは仰天して鳶色の瞳を大きく見開いた。

「ひ!人違いだ!俺はシオン!ラン・ヤスミカ家の執事!貴族ではない!」

慌てて誤魔化そうとするシオンに向かってエクソシストは泣きながら首を横にふった。

「嘘です!私はイリス若様の屋敷の下男でした!あなた様のお顔を忘れるはずがございません!」

このエクソシストの告白にモモは「ん?」と疑問を抱いた。

「シーモア殿からお前は元占い師でジョブチェンしてエクソシストになったと聞いたけど?」

「はい!それは真です。アンバー・ライラック伯爵家がなくなった後に趣味の占いを本業にして、それからエクソシストなので!」

経歴詐称はしていないが、シオンにとっては厄介な人物と再会してしまった。

自分の凶行が原因で御家の爵位を剥奪されたことは妻子を失った件と同様にシオンを苦しめている。

御家が潰れたので奉公人たちを路頭に迷わせたのだ。

「もう……イリス・アンバー・ライラックなんてガキはいない!そいつは母兄殺しで斬首された。俺はシオンだ。そういうことにしてくれ」

たのむから騒がずソッとしておいてほしい、とエクソシストにシオンが頼み込むと、エクソシストは意外なことを告げた。

「イリス様のご生家ですが別の貴族が移り住んだと思ったらすぐに病で亡くなりました。その次も……さらに次の持ち主も」

「そうか。俺が事件を起こしたから……。母上と兄上の亡霊でも出るのかな」

シオンがつらそうに呟くとエクソシストは違うとハッキリ否定した。

「これは最初に移り住んだ貴族が言っていたらしいですが。アンバー・ライラック伯爵家の斬首された若君の亡霊が屋敷を夜中歩いている。首なし姿で……。恐ろしくて今では無人だそうです」

「は?俺は斬首寸前に助かったのに変だろ?」

シオンが唖然とすると様子を見ていたエドガーがポツリと言ってのけた。

「思い込みだ。当時15歳の少年が非業の死を遂げたと噂される屋敷に暮らせば神経質な者はそうなる」

「それか!罪悪感だな。シオンの御家の没落にひと役買った者ならば幻を視ても不思議ではない」

ミモザ王子の言葉にモモはたしかにと納得したが、困ったのはエクソシストをどう口止めするかだ。

「エクソシスト!口止め料なら金貨を渡す。その代わりシオンの存在は他言無用。ばらしたら命の保証はねーからな!」

鋭くモモが睨むとエクソシストは怖がる様子もなく頷くと金貨は要らないと申し出た。

「こうしてイリス様……いえ!シオン様のご無事がわかってなによりでございます。あの、ついでに暇なのでお仕事を手伝いますよ。玄関掃除と庭木も少々荒れてましたね?」

エクソシストは暇潰しにシオンのハードスケジュールを手伝ってくれた。

お陰でシオンの仕事は減ったが、モモがレンタルしてきたエクソシストは隣の領地の者なので雑用させて良いのか心配していたら、その隣領地の領主の嫡男シーモアが訪ねてきた。

「失礼いたす。ラン・ヤスミカ領で悪魔憑きが出たと聞いたので見学に来た。もう悪魔払いは終わったのかな?」

シーモアがキョロキョロしているとエクソシストは真っ直ぐにエドガーを見ながら言った。

「シーモア様。この美しい金髪のイケメンはエロエロの悪魔を調伏して使役しております!私には祓えませなんだ」

「そ、そうか……!シルバー家のご子息がエロエロの悪魔を使役!名門貴族は悪魔をも使役してしまうとは!?おそれいった!」

エロエロの悪魔を使役していることにされてしまったエドガーは澄ました顔でシオンが淹れた紅茶を飲んでいる。

シーモアとエクソシストが帰るときシオンは見送りに出たが、タイミングよくユーリとリンが屋敷に戻ってきた。

「あれ?シーモア殿!来ていたのか!?すまない。留守にしていて!」

「ユーリと2人で遠乗りに出掛けていて!見張り塔を視察していたら遅くなりました!」

不在を詫びるユーリとリンに対してシーモアは鷹揚に笑うとこう告げた。

「うちのエクソシストが悪魔払いに成功したので自慢したくてな!なに!大した用ではない。こちらこそ急にすまぬ!」

そう言ってシーモアはエクソシストを従えて帰路に着いた。

「エクソシストが悪魔払いに成功って結構大事だよな?」

「はい。どなたが悪魔に憑かれてたのか気になります」

ユーリとリンが話していたそばでシオンは心で確信していた。

あの元下男のエクソシストはエドガーで誤魔化したが本当に悪魔に取り憑かれているのはシオンであると見抜いていた。

「後悔と怨念の悪魔に憑かれたのか。15歳の頃からずっと……」

その悪魔は死ぬまで自分を苦しめるだろうとシオンは自嘲するように微笑んだ。

だが、いつもそばにエドガーが付きまとってくれるようになってからその苦しみは軽減されている。

エドガーこそがシオンの消えない心の傷という悪魔を癒すことができる天使なのかもしれない。

そんなことを思いながらシオンはユーリとリンのための紅茶を用意するため早足で立ち去った。

その後をすかさずエドガーが追いかけるのを見てミモザ王子はモモに囁いたのだ。

「エドガーは安易に天使や悪魔などにくくれぬ。あれは言うなれば神の部類だ」

「たしかに!すべてが善くも悪くも常人離れしている。もうエドガー様はエロ神と認識した方がしっくり来ますね」

こうしてミモザ王子とモモのなかでエドガー・イリス・シルバーの評価はちょっと残念なイケメン貴公子ではなく紛れもない【神】として破格のランクアップを遂げたのである。

ちなみにエクソシストは暇なので主人シーモアの許可をとって通いでラン・ヤスミカ家別邸で雑用をするようになった。

実はこのエクソシストがシオンの命を助けたも同然であった。

斬首を執行する処刑人はシオンを憐れんで逃がした訳ではまったくなかった。

処刑人がエクソシストに恋愛運を占ってもらった結果、シオンを斬首すると恋人と別れる羽目になると出たので処刑しなかった。

もちろん、これは真っ赤な嘘でエクソシストがシオンを救える一縷の希望として吐いた虚言である。

処刑人は斬首の執行より恋人を選んだのでシオンの命は助かった。

「生きたことでシオンは苦しみを背負うことになったが人生とはどこかで救いもある」

ミモザ王子は淡く笑いながら仕事をするシオンに付きまとうエドガーを眺めながら呟いた。

邪魔だと怒りながらもエドガーを見ているシオンは後悔と怨念を背負いながらも、けして不幸には映らない。

「まあ!シオンは基本が薄幸だからな!」

人間よりか神に近いエドガーをその薄幸さで引き寄せたシオンも、やはり只者ではないとモモは思い知った。

end

















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