花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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旅路と出逢い

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リンの異母兄エドガーの報連相能力が死んでいたせいで、王家のミモザ王子がモモをお供にユーリの一族が統治するラン・ヤスミカ領に到着してしまった。

ミモザ王子は御忍びでの来訪なので、目立たぬよう馬を走らせて来ているが、都からラン・ヤスミカ領までの距離は約1200キロである。

これはリアルな世界だとフランスのパリからオーストリアのウィーンまで移動する距離と同じだ。

馬に乗っての旅路なのでもっと速く到着しそうなものだが、何せ御忍びなので色々と手間取ったらしい。

「途中でミモザ王子……いや!イリスが寄り道するからちっとも先に進まなかった!」

シオンが淹れたお茶を飲みながらモモが遠慮なく愚痴をこぼしている。

身分を隠すためにミモザ王子はモモの友達と偽り、イリスという偽名を使用しているのだ。

道中で何があったのかユーリが訊ねるとモモは息を吐きながら答えた。

「まったく!イリス(ミモザ王子)が普通に馬に乗れるってことには地味に驚いたけど、それは想定内だった!問題は旅の途中で人助けしすぎ!」

「ひ、人助けを?それは立派なことではないですか?」

ミモザ王子はとても慈悲深い心の持ち主なのだろうと、ユーリが感動しつつ首を傾げるとモモは再び息を吐いたのだ。

「迷子の子供を助けたまでは感心する。あと、体調を崩した爺さんの介抱をしたのもミモザ王子らしいと納得する……。けどな!」

ここでモモは紅茶のカップを乱暴に置くとミモザ王子に対して怒鳴り付けた。

「今は友達同士ってことになってるから言わせろ!追い剥ぎに襲われたときに平然とした顔で追い剥ぎを諭すな!説得するな!殺される寸前だっただろうが!?」

「モモ!どういう状況でそうなったか分からないけど王子様相手に怒りすぎだよ」

リンが仲裁しようとすると話を黙って聴いていたエドガーがポツリと言った。

「ご無事ということは追い剥ぎへの説得は成功したのですね?」

まったく動じていないエドガーの問いかけにミモザ王子は真剣な表情で口を開いた。

「勿論だ。追い剥ぎが追い剥ぎになってしまった身の上話を3時間ほど聴いた。どうやら家が貧しくて、父親がアル中で母親がギャンブル狂。両親から酒代とギャンブル代を迫られてやむなく僕らを襲ったらしい」

「それは気の毒な追い剥ぎだ……。王子がどのように説得されたのか伺いたい」

「簡単なことだ。そのような親の言いなりになれば人生は暗いから自立せよと諭した。そして、ダイアナ姉上から頂いた宝石を渡して都のシルバー家に奉公せよとモモに紹介状を書かせて持たせた」

「ほう!追い剥ぎに新しい人生を用意するとは……。さすがはミモザ王子」

突っ込みどころ満載なミモザ王子の対応を素直に感心するエドガーにモモはうんざりした顔で文句を言った。

「ダイアナ王女が旅の安全の御守りと渡した宝石をアッサリ追い剥ぎ野郎に恵んで、更に勝手に就職先にシルバー家を斡旋って!ミモザ王子……イリスの考えることは突拍子もねーよ」

「よいであろう?シルバー家ほどの大貴族ならば元追い剥ぎのひとりくらい楽に雇用できる」

「元追い剥ぎを率先してシルバー家に紹介するな!」

「モモ……。追い剥ぎのプロフェッショナルが固いこと申すな」

「何がプロフェッショナルだよ!?あの追い剥ぎ救済のせいで余計な時間食ったの分かってんのか!?ミモザ王子!」

ずば抜けて聡明でも、長く離宮で生活していたので発想が常人離れしているミモザ王子との道中は相当大変だったらしいと、ユーリとリンはモモの怒鳴り声を懐かしいと思いながら納得した。

しかし、モモとミモザ王子は実に遠慮がない主従関係であった。

お互いに14歳だがミモザ王子は王家の一員でモモは元貧民窟の孤児であり、圧倒的な身分差があるのに余程波長が合うのか。

なんだかんだ言ってラン・ヤスミカ領までの旅路は楽しかったのだなと、ユーリはモモとミモザ王子の顔を見比べて嬉しくなった。

そんななかでユーリの隣に座っているリンが、今更ですが、と前置きをしてミモザ王子に訊いたのである。

「エドガー兄様とはどのようなご縁で親しくなられたのですか?離宮には限られた者しか近づけないと有名なミモザ王子が?」

その答えはエドガーがなんてこともないように教えてくれた。

「まだ宮廷に通っていたころ……暇で庭園を散歩していたらトイレに行きたくなった」

「え?もしやエドガー義兄上!?」

わりと察しの良いユーリは、エドガーがミモザ王子が引きこもっている離宮のトイレを借りに来たのだと推測したが正解はもっと常軌を逸したものであった。

エドガーは澄ましたイケメン顔で当然の如く告げたのである。

「王子の離宮まで行っても門前払いされたら漏れると思い庭園で立ちションを……」

「したのですか!?王子の離宮の庭園で!?」

顔面蒼白になるユーリに対してミモザ王子は笑いながら懐かしそうに言った。

「離宮の窓から立ちション寸前のエドガーを見つけてな。トイレなら貸すからと離宮への入室を許可した」

自分の離宮の庭で立ちションされるのは微妙だから、とクスクス思い出し笑いしているミモザ王子を見ながらユーリは感銘を受けた。

(ミモザ王子!自分の離宮の敷地内で用を足そうとしてたエドガー義兄上を咎めなかった!なんて寛大で心優しい御方だ!俺だったら庭で立ちションは怒る!)

さすがは次期女王陛下となるダイアナ王女の婚約者様だとミモザ王子を尊敬の眼差しで見つめるユーリをよそにエドガーは静かに言った。

「それからも庭園を散歩していて、もよおしたらミモザ王子の離宮に借りに向かったものだ」

王子の離宮をコンビニのトイレ感覚で使っていたエドガー・イリス・シルバー25歳。

警戒心が強いミモザ王子もエドガーは無害と即判断して気を許していた。

「エドガーの話は興味深い。エドガーが薦めた書物で僕は赤ちゃんの作り方を知ったのだ。10歳の頃に」

笑みを浮かべてとんでもないことを述べるミモザ王子にモモはたまらずツッコミを入れた。

「それ!10歳で変態にエロ小説を読まされただけだろうが!ミモザ王子!?旅で浮かれてるのか!?いつもの理路整然としたミモザ王子に戻って!」

懇願するモモに向かってミモザ王子はからかうように告げた。

「それはムリだ。今の僕はイリスだから。仕方なかろう」

旅の途中で人助けをしたり、エドガーの立ちションを咎めなかったり、ミモザ王子は鋭敏な知性を持っているが、心のキャパが広すぎて少しぶっ飛んでいる。

不思議な魅力がある御方だなとユーリはミモザ王子に対して思った。

リンは心のなかで、くだんの元追い剥ぎが本当にシルバー家本邸に就活に来たらどうなるかと考えていた。

場所は変わって都のシルバー家本邸。

当主クロードはダイアナ王女の宝石を持ってきた男の採用面接をしていた。

「ふむ。志望動機はろくでなしの親から自立したくてか……。よかろう。シェフのルドルフの補佐に決定!厨房で働いてくれ」

モモからの推薦状の効果もあり元追い剥ぎは、すんなり採用されシェフのルドルフの部下となり働いている。

クロードはダイアナ王女が御守りとして渡し、ミモザ王子が追い剥ぎに与えた宝石を見ながら呟いた。

「この宝石は国宝で国王陛下の所有物。ミモザ王子も国宝と知りながら追い剥ぎに与えた」

国王陛下にバレぬうちに宮廷の宝物庫に戻さねばとクロードは息を吐きつつ、道中のモモの苦労を思っていた。

end
















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