花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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殺人者の贖罪

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ラン・ヤスミカ領は麦畑に牧場に葡萄畑と農産物や乳製品やハムやソーセージなどの加工肉、そしてワインなどなど美味しい食材の宝庫である。

領民総出で迷惑な爆弾花火を作ってる以外は自然豊かで牧歌的な田舎領地だ。

領地で自給自足できるレベルに農耕や酪農が発達しているのでラン・ヤスミカ領の人々は飢えることなく健康体だった。

さらに領内には水路が完備され、学校や教会、病院に領民館(市民会館みたいなもの)まで建設されているのでライフラインやインフラ設備もバッチリである。

この恵まれた環境を築いてきたのが貴族ラン・ヤスミカ家……ユーリが生まれた領主一族なのだ。

ラン・ヤスミカ家の本邸は単に統治している貴族の屋敷という役割のほかに領内でいうところの役場のような側面がある。

ラン・ヤスミカ家当主でユーリの父ラクロワの仕事は領内で発生するトラブルへの対処や裁判官のような役割を担うことだ。

つまり領主である貴族が統治者であり、裁判官であり、知事のようなポジションになる。

小さい領地でも領民の健康で文化的な生活と安全を保証するのは結構大変だったりする。

陳情なんて日常茶飯事であり、しまいには夫婦喧嘩の仲裁や初恋の相談まで領民はラン・ヤスミカ家を頼るからだ。

そして、ラン・ヤスミカ領内であっても税収制度は存在する。

いくら善政をしいても適度な税収がないとラン・ヤスミカ家だって生活に困る。

しかし、徹底的な平和主義であるラン・ヤスミカ家は代々領内の人間に重税を強要しない。

搾取とは無縁なので逆に領地の人々から「これ、もっと税金払わないと領主一家が困窮すんじゃね?」と心配されるレベルに増税しない。

必要最低限の税収で領内を統治しているので結果的に領主ラン・ヤスミカ家が貧乏貴族という事態に発展した。

貴族なのに領民と同じような質素な服装で働き、馬車は使わず、馬か荷車で移動している。

そんな慎ましい貧乏貴族ラン・ヤスミカ家の次男ユーリに嫁いだ少年リンは都の名門大貴族シルバー家の庶子だ。

庶子でもシルバー家では何不自由なく豪華な屋敷で暮らしてきたリンだが、ユーリと夫婦になってすっかりラン・ヤスミカ領に馴染んでしまった。

「ユーリ!デートがしたいです!」

リンの「デートしたい」はユーリと散歩に行きたいと同義語なのだが、恵まれたラン・ヤスミカ領に唯一存在しないものはデートスポットである。

そもそも領地の人間にはデートするという発想がない。

恋人できたら本能のまんま、ことにおよぶ流れが多いのだ。

学校と教会があるわりに性道徳に関しては放任主義で、納屋でも草むらでも自己責任でよろしくやっくれ主義であった。

その代わり恋人とそういう行為をしたら結婚しろが暗黙の了解となっている。

だから、結婚が早い者が多いのだ。

ユーリは18歳で15歳のリンと結婚したが、ユーリの兄エセルはもっと若年……14歳くらいの年齢で結婚している。

これはなにも領主の嫡男だから早婚とかでなく許嫁としてラン・ヤスミカ家で暮らしていたフィンナとそういう関係になり子供も出来たので結婚したという経緯がある。

だから、エセルは25歳の若さで9歳の双子兄妹のパパをしているのだ。

ホンワカした雰囲気のエセルだがやることはやっている。

話は脱線したが、ユーリとリンのデートである。

いつものルーティンだとラン・ヤスミカ家別邸を出てから領内を視察ついでに話ながら仲良く歩く。

途中で領地の人たちと世間話をしたり、相談事を聞いたり、子供たちと遊んだりして楽しく過ごしてデート終了になる。

デートというより18歳と15歳の男子が仲良く田舎を散歩してるだけの光景である。

もっと甘くてエロな展開を期待したいが、残念ながらユーリは納屋とか草むらでリンとセックスするほど性道徳的にワイルドでなく、リンに迫られてキスするくらいだ。

清らかな交際といいたいところだが、男子同士でも夫婦なのだからリンとしては1度くらい納屋でも草むらでも森でもいいから青姦して欲しいがユーリの性格を考えると難しいところだ。

大好きな夫ユーリに青姦しろとはリンも流石に言えない。

ユーリの純朴で誠実なところが好きなリンなのでお散歩デートでも充分に満足であった。

そんな仲良し若夫婦のデートでの会話である。

「リン。エドガー義兄上のことなんだが」

散歩中、ユーリが唐突に口を開いたのでリンはハッとなった。

「エドガー兄様になにか?屋敷内でシオンを見つめてる以外は最近特に変わったことはないですよ?」

リンの異母兄のひとりエドガーは澄ましたイケメン変態貴族であり、寡黙なくせに頭の左脳も右脳もおそらく海馬も前頭葉も駆使してエロ妄想しているという貴族でも稀に見る生産性のない残念なイケメン青年貴族様である。

長らく愛読書のヒロインであるルクレチアに恋していたエドガーだが別の恋をした。

どういう流れかユーリには意味不明なのだがエドガーは突如、別邸で執事をしているシオンという28歳の薄幸で訳ありな男性を愛人にすると公言して当のシオンを激怒させ派手に無視されている。

シオンは粋で小綺麗な元賭場のリーダーで屈強ではなく元ヤクザ者にしては痩身だった。

茶髪に鳶色の瞳の粋でいなせな兄さんである。

ちなみに料理上手で執事なのに別邸の厨房も担当している。

過去に妻子がいたらしいが詳しいことは主人であるユーリやリンにもわからない。

そんなミステリアスなところもツボだったのか、エドガーはシオンにゾッコンとなり、無視されてもガン見するほど恋い焦がれている。

しかし、執事として別邸で働くシオンからしたら、終始イケメンの変態貴族にジロジロ視られてる状況は恐怖以外のなにものでもない。

もっと、端的に言ってしまうとキモいになる。

エドガーのストーキング行為に耐えかねたシオンがユーリに嘆願したのだ。

「シオンが個室に鍵をつけてほしいって。うちって召使いの部屋に鍵がないから。なんか……身の危険を感じ始めたらしい」

「そんな!エドガー兄様は部屋まで押し入って無理やりなんて非道はしません!父上がそういうレイプマンだったのでエドガー兄様は強姦が嫌いです!小説の強姦ものは大好きですがリアルで強姦はしません!」

兄様を擁護したいからって田舎の散歩道で強姦強姦と連呼するリンにユーリは焦った。

「リン!声を小さくしろ!俺だってエドガー義兄上がそんなことするなんて思ってない!でもな!鍵がないからエドガー義兄上、覗きはするんだよ!湯浴みしてるときとか個室で着替えてるときに視線を感じて振り返ると金髪が一瞬見えるってシオンがガチで怖がってる!」

「元賭場でリーダーしてたシオンが怖がるレベルにエドガー兄様の視線は破壊力があるのですね?」

「そうみたいだ。シオンなら襲われても撃退できるが執事としてリンの兄様の顔面ボコるわけにはいかないって」

暴力沙汰にならないためにも鍵をつけてくれとシオンはユーリに頼んでいるがリンは無駄骨だと思った。

エドガーは過去にモモが風邪のとき立てこもった部屋の鍵を壊せるなどバカなクセに錠前破りは得意なのだ。

ちゃちな鍵なんてつけてもエドガーは簡単に破壊するので結局暴力沙汰である。

なにより、リンはシオンが少しエドガーを誤解していると感じていた。

「エドガー兄様はシオンが嫌がれば無理やり何かするとか、夜這いするとか、そういう相手を思いやらない行動はしません。とても自制心が強いんです」

「ガン見され続けるのも怖いってシオンの言い分もわかるが。どうしたものか?」

ユーリはあまりそういう色恋沙汰には疎いので妙案が浮かばない。

好きな人を目で追ってしまう行為そのものは悪いことではないし、覗きの確証もないのだ。

シオンはエドガーがキモすぎて少し神経質になってるだけな気もするが、そこまでヤワな性格ではないシオンを神経質にさせてるエドガーの熱視線が根本的な悪因ともいえる。

エドガーに対して必要以上にシオンを見るなとお願いしても絶対に無駄だろう。

そんなお願いが通用する相手ならそもそもシオンはここまで警戒しない。

「なんか双方を険悪にしないで解決する案はないか?」

悩むユーリの顔を見てリンはパッと閃いた作戦を提案してみた。

「エドガー兄様とシオンを一度普通に話させてはいかがです?双方、ガン見とガン無視してる状況では解決しません」

「やっぱ、そうなるよな!エドガー義兄上は優しい人だ。少し言葉が足りないからシオンに誤解されてる。せめて普通に会話できればエドガー義兄上もガン見をやめるかも」

そういう流れでユーリとリンは早速屋敷に戻ってシオンに相談した。

シオンはユーリとリンのお願いにマッハで難色を示している。

「エドガー様とお散歩してこい?嫌です」

主人夫婦が相手でも嫌なものは嫌だと主張するシオンにリンが再度お願いした。

「シオン!エドガー兄様はシオンがきちんと話せばわかってくれる。セックスする仲にならなくてもいいから、せめてキスする仲になってくれ」

「リン様。俺はエドガー様だから拒んでるわけではないです。死別した妻以外と恋愛関係なるのは嫌なだけです」

それだけ告げてお辞儀をして去ろうとしたシオンにユーリは言った。

「シオン。その気持ちが変わらないのなら改めてエドガー義兄上に伝えてくれ。シオンがそう望むならエドガー義兄上だって尊重する」

「最初から伝えてますが……理解してないのならハッキリ申し伝えます」

厨房に行ってしまったシオンを見送りながらユーリは思っていた。

死別した愛する人を忘れられず、好意を向けてくれる人の気持ちにも応えられない。

それほど愛情を感じた存在を失うことは自分が死ぬより苦しいことだ。

ユーリだってリンが高熱で倒れたときは失うことを恐れた。

リンはこうして元気に生きているが、妻子の命が散るのを若くして経験したシオンの心の傷は簡単には癒せない。

「でも、心の傷をまったく癒さないまま生きていくのは淋しすぎる」

そんな感情を抱いてしまう自分はまだまだ18歳でも子供なのだとユーリはリンと寄り添いながら息を吐いた。

それから数日後の夕方……シオンは心底嫌だったがエドガーと領内の野原を歩いていた。

屋敷の主人であるユーリとリンに懇願されて、折れた形でシオンはエドガーと散歩して話すことにしたのだ。

しかし、野原をテクテク歩いていてもエドガーは無言でシオンは話を切り出すタイミングが掴めない。

「このまま無言じゃ埒があかない」

エドガーに好意を寄せられることに関してはシオンはキモくて心底困るが嫌ではない。

変わり者でニートだがエドガーの性格がとても優しいのはシオンにもわかる。

しかし、いくら愛されてもエドガーの気持ちに応えるわけにはいかないのだ。

「もう……ここから出ていく覚悟で出自を話そう」

シオンは決意して口を開いた。

「14歳で結婚した。相手の顔は婚礼まで知らなかった。まあ、貴族じゃありがちですが」

それだけ言い切るとエドガーが小声で言った。

「やはり貴族の生まれだったか。シオンは元ならず者にしては所作が貴族そのものだ」

本邸執事トーマスが常々言っていたのだ。

シオンに執事の作法を教えていたが、妙に立ち振舞いなどを吸収するのが速かったと。

元裏賭場のゴロツキにしては雰囲気が高貴だとトーマスは後輩にあたるシオンを評していたのだ。

エドガーはその話を聞いてシオンの立ち振舞いを何気なく観察して確信した。

「皆、遠慮して尋ねないが、お前は貴族だろ?恐らくラン・ヤスミカ家より裕福な家柄の生まれだ」

エドガーの追及にシオンは苦笑した。

「シルバー家なんかと違って中流貴族。隣国ですが。生まれたときには許嫁がいた。相手は俺より2歳上。元は兄の婚約者だった」

「シオンは次男だったのだな。私と同じく」

「ええ。でも、兄は体が弱くて早世する可能性が高かった。だから、事実上は俺が嫡男にされた。それが間違いだった」

病弱な長男をシオンの母は溺愛していた。

次男だったシオンが健康なことを忌み嫌って、母親はシオンを息子なのに仇のように憎んでいたらしい。

「母親だって子供を贔屓します。俺は嫌われていた」

母親から憎まれたシオンだが結婚相手とは相思相愛となる。

優しい妻が妊娠したときは幸せの絶頂期だった。

しかし、その幸福を呪う存在が2名いたのだ。

病弱で嫡男の座をシオンに奪われた兄と兄を溺愛する母である。

早世すると予想された兄はシオンが結婚しても生きていた。

そして母と共にシオンを恨み続けたという。

恨みの矛先はシオンの愛する妻に向けられてしまった。

「妻子が殺されたのは母と兄の仕業です。妊娠中の妻は毒殺された。俺が見てる前で苦しんで死んだ」

「犯人が母と兄だと特定した証拠はあったのか?」

「妻は俺の母と兄を警戒していた。だから、出された食べ物や飲み物を口にしなかった。でも、あいつらは……卑劣な偽装した!父上からだと騙して俺の妻子を殺した!許せなかった……実母と実兄であっても!」

「シオンは妻子の仇を打った……実母と実兄を殺したのだろ?」

エドガーの問いかけにシオンは無表情のまま、頷いた。

妻子を毒殺されたシオンはすぐに母と兄が首謀者だと見破り、2人が暮らす屋敷を急襲した。

そして、持っていた剣で母と兄を滅多刺しにしたのだ。

「2人を惨殺したあと、俺は捕らえられた」

15歳で実母と実兄殺しの罪を犯したシオンは死罪を宣告され、父親は貴族の称号を剥奪された衝撃も重なり、自害してしまった。

シオンに同情的な者もいたが、母親と兄を殺したシオンの死刑は覆らない。

だが、貴族専用の監獄に投獄され、斬首される日を待つだけだったシオンの運命を変える出来事が起こる。

「いよいよ明日は斬首と覚悟していた夜……牢獄の看守が秘密裏に逃がしてくれた。なんで、看守がそんなことをしたのかわからない。罪人を逃がせば看守の責任になる」

幸か不幸か、そのとき貴族の監獄にいた罪人はシオンだけであった。

15歳の少年を閉じ込めているだけなので警備はそこまで厳重でもなく、看守に言われるまま、シオンは外に出たのだ。

「妻子のあとを追うつもりだった。斬首されてもよかったんだ」

28歳になった現在でも看守がなぜ見ず知らずのシオンを脱獄させたのかわからない。

年端もいかない少年が理不尽に処刑されることに同情したのか、それとも何か別の思惑が隠れていたのか。

結果的にシオンは追っ手をかいくぐって亡命し、ラン・ヤスミカ領近くの街までたどり着いていた。

「妻子を殺され、報復で母と兄を殺した。父上の自害も俺の責任だ。家族全員を俺が殺したようなもんだ。脱獄したあと、何度も死のうとした。でも、結局死にきれなかった」

過去を語り終わったシオンは疲れたように笑うとエドガーに呟いた。

「全部、洗いざらい話したので暇をもらおうと思います」

うまく隠していたが罪人……しかも母と兄を殺した人間が執事をしていたら遠からず問題になる。

シオンの家は貴族の位を剥奪され、財産没収のうえ取り潰しとなり、貴族ではなくなったとしても殺人者を雇っていたらラン・ヤスミカ家の家名に傷がつく。

「少しの間だけでもここで働けて幸せだった。モモには謝っておいてください」

そのまま去ろうとするとエドガーに急に肩を掴まれ、シオンは草むらに転がされた。

油断してたが思いの外、エドガーの力が強かったのだ。

「離してください」

「断る。私もお前を逃がした看守と同じだ。シオンに死んでほしくない。ここで見逃したらお前は屋敷を出奔したのち自害する気だろ?それは絶対にさせない」

「なんでだよ?俺は無駄に生きた。本来なら生きる価値なんてなかった!死に様くらい好きにさせろ!」

「それも断る!ラン・ヤスミカ家を辞めるならとめないが、辞めるならば私も付いていく。シオンが突発的に自殺しないよう」

すべてを忘れろとは言わない。

罪悪感や後悔を感じるなと命じることも酷だ。

しかし、エドガーはシオンが人殺しだとしても生きる価値がないとは思えなかった。

シルバー家という大貴族の次男であってもシオンを本当の意味で救うことはできないと肌身に感じたエドガーの心に灯った感情は愛情とこれまで経験したことのない激しい欲情である。

「辞めるなら私は付いていく。ここに残るならシオンを抱く。どちらか選べ」

「どっちも絶対に嫌だ!」

「ここに残れ。私に付いてこられたくなければ」

どちらにしろ、この変態ストーカーがそばにいることに変わらないと思ったが、シオンは身体が熱くなるのも感じながら悟った。

「これは斬首より酷い罰だ」

草むらで横たわるシオンの頬に美しい金色の髪が触れた瞬間、シオンは反射的に瞳を閉じた。


だが、斬首されるバリの覚悟を決めて強引に犯されるのを待っていても身体になにも挿入されることはなかった。

不思議に思って瞳をうっすら開くとエドガーはソッとシオンの唇にキスをして抱き起こしてくれた。

「帰ろう。シオン」

「……はい」

力なく返事するシオンの手を握るとエドガーは告げた。

「死んだ妻だけを愛していても構わん。私を愛さなくてもよい。拒んでもよい。だが、死ぬな」

「あんたに命令されるいわれはない。帰りましょう。ユーリ様とリン様が心配する」

草を払って歩き出したシオンの見たエドガーはようやく安心したように微笑み、ユーリとリンが待つラン・ヤスミカ家別邸へと帰っていった。

end



















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