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守りたいもの
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「モモ!新しい愛人を連れてきた!ひどく緊張して怯えている。すまないが面倒みてくれ」
モモがミシェルの愛人となり貧民窟からシルバー家本邸に引き取られた1年後のことだ。
12歳を迎えたモモの前にお互いに肩を寄せあう痩せていて顔色も悪い3人の子供が現れた。
変態聖職者が慈善という建前のもと築いた孤児院を偽った売春宿でひどい扱いを受けていた少年たち。
ステフ、マックス、ヒナリザがミシェルに保護されてシルバー家本邸に引き取られてきた。
この頃のモモはミシェルの愛人をする傍らリンの勉強友達をしていてシルバー家での名目上の地位はミシェルの従者見習いである。
ミシェルは当時シルバー家嫡男として家督相続が決まっており、宮廷では名門の麗しい貴公子と呼ばれていた。
庶子である三男リンは艶やかな黒髪だが、ミシェルを筆頭に嫡出の子供はみんな美しい金髪である。
金色の髪に宝石のような碧眼でいかにも高貴な容姿はシルバー家正妻であるローズからの遺伝だ。
ローズ夫人は王族出身の姫様だったのでミシェルは傍流だが王族の親戚にあたる。
王宮でもシルバー家嫡男であるミシェルより格上の人間など国王一家と父であるシルバー家の当主、そしてシルバー家と同じく王室の流れをひいているヴィオレッド家の当主くらいだ。
つまり、ミシェルは王宮において10本の指に数えられる貴人という身分だった。
しかし、恵まれ過ぎた高貴な身分に反してミシェルは宮廷での貴族との戯れが退屈であった。
洗練された名門の貴公子として社交界にでるが、それは仕事のようなもので誰かの悪口や下品な噂話をさもお上品に喋る他の貴族に生理的な嫌悪感さえも抱いていた。
そもそもミシェルは女性に興味がなかった。
でも、男性なら誰でも好みかというとそうでもない。
ミシェルが12歳の頃に父親が女中であった少女を手籠めにして産まれた異母弟がリン・ケリー・シルバーである。
リンの実母はミシェルと年齢もたいして変わらない娘であった。
貴族だから正妻でなく別の女性と関係を持つのは常識なので父が多少浮気してもミシェルに不快感はさほどなかったがリンの実母の場合は話が別だった。
「13歳の娘を無理に犯して妊娠させたうえに死なせてしまった。これは不倫でもなく犯罪だ!」
シルバー家当主はリンを妊娠した少女を体裁を考えて屋敷から追い出そうとまでしたのだ。
屋敷を追われたら確実に娘は帰る場所がなくなる。
リンの実母は両親がすでに故人で親戚の家にいたのを伯父にあたる人間に奉公に出された。
おそらくだが伯父は美しい少女をシルバー家当主が好むと知って売り飛ばした可能性もある。
身重で解雇された娘を親戚が面倒みる確率は限りなく低い。
そう判断したシルバー家当主夫人ローズの計らいでリンの実母はシルバー家の屋敷内でほとんど寝たきりのまま出産を迎える。
リンの実母はもともと体が弱くて出産に耐えられず亡くなってしまった。
このことはミシェルの人生に大きな影を落とすことになる。
「身寄りのない娘を玩具のように扱って邪魔なら捨ててしまう。非道な行いだ。どんなに権力があっても、貴族であっても許されることではない」
しかし、ミシェルがなに不自由なく贅沢で優雅な暮らしが出来るのは皮肉にもシルバー家の人間だからだ。
父親の行いを非難しても、所詮は世間知らずな貴族の坊っちゃんの綺麗事で終わる。
リンは病弱だった母には似ず健康であった。
ローズ夫人は実子ではないリンを大変可愛がり、乳母に世話を任せず自ら養育したほどだ。
シルバー家当主も正妻であるローズの実家が王族なこともあり、リンの養育に最初は口出ししなかった。
だが、幼年期を迎えたリンがすごいペースで読み書き算術をマスターしたので状況が変わってしまった。
シルバー家の者に受け継がれる、毒にも薬にもなりうる白銀の賢さと黒髪で可憐な容姿を持ったリン・ケリー・シルバーは庶子だが、使える手駒と判断されて父親の厳しい監視下におかれたのだ。
「リン。お前は身分が卑しい母が産んだ庶子だ。ローズから産まれた兄姉と違って血筋が汚れている。それでもシルバー家の子息として暮らせている意味はわかるか?」
4歳にも満たないリンに対してシルバー家の当主は残酷な質問をぶつける。
リンは非常に聡明で物心つくとすぐに自分が他の兄姉と違うと察した。
「ミシェル兄上。私だけ髪の色がちがうのはなんでですか?瞳の色もちがう。お母様とは別の人の子どもだからですか?」
リンは誰に教えられなくても自分の立場を悟っていたようだ。
そんな幼子に「お前の母の血筋は卑しい」なんて告げる父親の冷酷さがミシェルには耐えられなかった。
幼いリンは父の残酷な問いにも表情を変えず丁寧に答えていた。
「シルバー家へのご恩を返すためです。父上」
「理解しているならよい。ローズや兄姉がお前を構うのは憐れみだ。高貴な者は弱者を憐れむもの。ゆめゆめミシェルたちと自分は対等とは思うな」
「心得てございます」
父であるシルバー家当主に何度も同じ戒めを繰り返され、リンは成長とともに庶子として振る舞うようになった。
育ての母であるローズ夫人が「リンは私の息子ですよ」と語りかけても無駄である。
「ありがとうございます。お義母さま」
礼儀正しく、笑顔だがリンは心からローズ夫人やミシェルたちに甘えなくなってしまった。
ミシェルはそんなリンが可愛そうで溺愛していた。
たしかに母親の身分は違うがミシェルはリンと自分たちに格差があるとはどうしても思えない。
愛されることは憐れまれていることだとインプットされてしまったリンはミシェルにも微妙な距離をとっていた。
大切にされればされるほど恩に報いなくてはならないという強迫観念がリンを支配していたのかもしれない。
「リンが負い目を感じる必要はない。そう言い聞かせてもリンは曖昧に笑うだけだ。父上が何度も冷たい言葉をかけるせいで」
宮廷でこんなことを相談できるのは近衛兵をしている、みんな大好きエロシェンコだけであった。
エロシェンコさんは硬派で優しいのでミシェルの悩みにも誠実に答える。
「弟君を想うミシェル様のお気持ちは伝わっていますよ。聡明な弟君が理解しないわけがないです」
「だといいのだが。私は所詮無力だ。リンをろくに助けられず、父上の非道を表沙汰に否定もできない」
宮廷で権謀術数なんてするより自分にはしたいことがあるのではないか。
このまま父の真似をしてシルバー家の覇権を守るだけの人生なんてむなしくて悲しすぎる。
そんな悩みを口にするとエロシェンコが周囲を見回して小声で告げた。
「堕天使の話はご存知ですか?」
「堕天使?たしか、高位の聖職者から金品を奪う悪童だろ?先日も慈善活動に行った司教が被害を受けた」
高位の聖職者と言えば聞えはよいが彼らの真の目的は買春であった。
貧民窟には身を売るしか生きる術がない少年少女が多い。
そういう子供を保護するふりして性欲を満たす聖職者はたくさんいる。
だが「堕天使」と恐れられる少年はそんな好色な聖職者から金品を強奪して貧民窟に消えてしまうという。
やましい目的が絡んでいるので聖職者たちも被害をおおやけにできずにいたが、身ぐるみを剥がされた変態司教が助けを求めて立ち上がったタイミングで馬車に轢かれてしまい大事故になったのだ。
司教は事故死だが間接的な原因は堕天使の追い剥ぎとされて貧民窟に捜索が入るらしい。
「堕天使は間違いなく死罪になる。慈善家を装った堕落した司教の死の責任をとらせれて」
「しかし、堕天使と呼ばれる子が罪を犯したのも事実だ。死罪でも文句は言えないと思うが?」
そう答えかけたミシェルに対してエロシェンコはつらそうに囁いた。
「堕天使はまだ子供です。それしか生きていく手段がなかった子を救うことなく処刑するは殺すと同じことです」
ミシェルは咄嗟に自分がしなければならないことが見えてきた。
まるで霞が晴れたかのように。
「捜索はいつ入る?」
「明日の正午とききました。堕天使は黒髪で、瞳の色は菫色。痩せた少年だと被害者は証言しております」
エロシェンコからの情報に礼を言うとミシェルはすぐに宮廷からシルバー家本邸に戻った。
お忍びで出掛ける用意をしているとリンが不思議そうに見つめている。
「ミシェル兄上。その格好は?可愛い男の子のところに行くのですか?」
リン・ケリー・シルバー当時12歳。
すでに兄上が美少年好きと理解してるお年頃である。
「どんなお家の子ですか?男娼の子ですか?」
「うーむ。これから会いに行くからわからないな。しかし、髪の毛はリンと同じ黒髪だぞ。瞳はスミレ色らしいが」
「そうなのですね。行ってらっしゃいませ」
可愛い弟に送り出されてミシェルは馬車を貧民窟まで走らせた。
果たして自分がすることが正しいのかはわからない。
だが、やれることをするだけだと思ったのだ。
間一髪で貧民窟の堕天使ことモモを救うとミシェルはシルバー家本邸に連れ帰った。
「ふーん。要はミシェルは貴族のクセに貴族社会が嫌いだけど貴族であることから逃げる勇気がない。そのジレンマの結果、俺を保護したのか?とんだ自己満足だな」
死罪寸前に救ってくれたミシェルに対してモモはズバリ指摘してくる。
ただ、少ない会話でミシェルの気持ちを理解しつつ自己満足と笑う姿は子供ながら只者ではない。
この子を救ったようで自分が救われたのではないかとミシェルが考えているとモモがテーブルにのっていた胡桃を投げてきた。
「おい!この男色のウジ虫!お前が何を考えて俺を拾ったかなんてどうでもいい!抱きたきゃ抱け!でも金よこせ。死罪を救った恩で無料で抱けるなんて考えてたら殺すぞ?」
モモは美しいが非常に辛辣で口が悪く、金銭授受には大変厳しくて、気が強く、なにより魅力的であった。
「モモ。あまり人に対して殺すぞとか言ってはいけないよ。私と違って傷つく人もいるからね」
「は?注意するとこそこかよ?お前ってやっぱ頭イカれてるな!気に入った!ミシェル!初回抱くときは金貨100枚な!」
「相場がわからないが承知した。モモ。これからよろしくたのむ」
こんな交渉があり、モモはミシェルの愛人となり、リンの勉強友達となった。
そして、新しく連れてこられたステフ、マックス、ヒナリザの世話をすることになる。
「ほら、3人組!ビビってないで着替えしろ!食事は用意されてる」
3人のなかで1番年長のヒナリザが緊張しながらも声をだした。
「モモ…さま。ミシェル様へのご恩に報いるためにはどうすれば?」
ビクビクしているヒナリザを見ながらモモは鼻で笑った。
「は?ご恩なんて感じるな。助けられたから恩返ししろなんてルールはこの世にない。憐れみに報いろなんて面倒なこと、少なくともミシェルは言わない」
そういうミシェルだからモモは出ていくこともなく傍にいるわけで、ステフたちも慕うのだ。
どちらが守られているのかお互いに分からないが、ミシェルとモモを結んでいる絆は憐れみや慈悲でも、お情けでもない。
では、何かと問われたらモモはニヤリとして「金貨!」と応えるだろう。
真の気持ちはお互いだけが分かればいいと思っている。
end
モモがミシェルの愛人となり貧民窟からシルバー家本邸に引き取られた1年後のことだ。
12歳を迎えたモモの前にお互いに肩を寄せあう痩せていて顔色も悪い3人の子供が現れた。
変態聖職者が慈善という建前のもと築いた孤児院を偽った売春宿でひどい扱いを受けていた少年たち。
ステフ、マックス、ヒナリザがミシェルに保護されてシルバー家本邸に引き取られてきた。
この頃のモモはミシェルの愛人をする傍らリンの勉強友達をしていてシルバー家での名目上の地位はミシェルの従者見習いである。
ミシェルは当時シルバー家嫡男として家督相続が決まっており、宮廷では名門の麗しい貴公子と呼ばれていた。
庶子である三男リンは艶やかな黒髪だが、ミシェルを筆頭に嫡出の子供はみんな美しい金髪である。
金色の髪に宝石のような碧眼でいかにも高貴な容姿はシルバー家正妻であるローズからの遺伝だ。
ローズ夫人は王族出身の姫様だったのでミシェルは傍流だが王族の親戚にあたる。
王宮でもシルバー家嫡男であるミシェルより格上の人間など国王一家と父であるシルバー家の当主、そしてシルバー家と同じく王室の流れをひいているヴィオレッド家の当主くらいだ。
つまり、ミシェルは王宮において10本の指に数えられる貴人という身分だった。
しかし、恵まれ過ぎた高貴な身分に反してミシェルは宮廷での貴族との戯れが退屈であった。
洗練された名門の貴公子として社交界にでるが、それは仕事のようなもので誰かの悪口や下品な噂話をさもお上品に喋る他の貴族に生理的な嫌悪感さえも抱いていた。
そもそもミシェルは女性に興味がなかった。
でも、男性なら誰でも好みかというとそうでもない。
ミシェルが12歳の頃に父親が女中であった少女を手籠めにして産まれた異母弟がリン・ケリー・シルバーである。
リンの実母はミシェルと年齢もたいして変わらない娘であった。
貴族だから正妻でなく別の女性と関係を持つのは常識なので父が多少浮気してもミシェルに不快感はさほどなかったがリンの実母の場合は話が別だった。
「13歳の娘を無理に犯して妊娠させたうえに死なせてしまった。これは不倫でもなく犯罪だ!」
シルバー家当主はリンを妊娠した少女を体裁を考えて屋敷から追い出そうとまでしたのだ。
屋敷を追われたら確実に娘は帰る場所がなくなる。
リンの実母は両親がすでに故人で親戚の家にいたのを伯父にあたる人間に奉公に出された。
おそらくだが伯父は美しい少女をシルバー家当主が好むと知って売り飛ばした可能性もある。
身重で解雇された娘を親戚が面倒みる確率は限りなく低い。
そう判断したシルバー家当主夫人ローズの計らいでリンの実母はシルバー家の屋敷内でほとんど寝たきりのまま出産を迎える。
リンの実母はもともと体が弱くて出産に耐えられず亡くなってしまった。
このことはミシェルの人生に大きな影を落とすことになる。
「身寄りのない娘を玩具のように扱って邪魔なら捨ててしまう。非道な行いだ。どんなに権力があっても、貴族であっても許されることではない」
しかし、ミシェルがなに不自由なく贅沢で優雅な暮らしが出来るのは皮肉にもシルバー家の人間だからだ。
父親の行いを非難しても、所詮は世間知らずな貴族の坊っちゃんの綺麗事で終わる。
リンは病弱だった母には似ず健康であった。
ローズ夫人は実子ではないリンを大変可愛がり、乳母に世話を任せず自ら養育したほどだ。
シルバー家当主も正妻であるローズの実家が王族なこともあり、リンの養育に最初は口出ししなかった。
だが、幼年期を迎えたリンがすごいペースで読み書き算術をマスターしたので状況が変わってしまった。
シルバー家の者に受け継がれる、毒にも薬にもなりうる白銀の賢さと黒髪で可憐な容姿を持ったリン・ケリー・シルバーは庶子だが、使える手駒と判断されて父親の厳しい監視下におかれたのだ。
「リン。お前は身分が卑しい母が産んだ庶子だ。ローズから産まれた兄姉と違って血筋が汚れている。それでもシルバー家の子息として暮らせている意味はわかるか?」
4歳にも満たないリンに対してシルバー家の当主は残酷な質問をぶつける。
リンは非常に聡明で物心つくとすぐに自分が他の兄姉と違うと察した。
「ミシェル兄上。私だけ髪の色がちがうのはなんでですか?瞳の色もちがう。お母様とは別の人の子どもだからですか?」
リンは誰に教えられなくても自分の立場を悟っていたようだ。
そんな幼子に「お前の母の血筋は卑しい」なんて告げる父親の冷酷さがミシェルには耐えられなかった。
幼いリンは父の残酷な問いにも表情を変えず丁寧に答えていた。
「シルバー家へのご恩を返すためです。父上」
「理解しているならよい。ローズや兄姉がお前を構うのは憐れみだ。高貴な者は弱者を憐れむもの。ゆめゆめミシェルたちと自分は対等とは思うな」
「心得てございます」
父であるシルバー家当主に何度も同じ戒めを繰り返され、リンは成長とともに庶子として振る舞うようになった。
育ての母であるローズ夫人が「リンは私の息子ですよ」と語りかけても無駄である。
「ありがとうございます。お義母さま」
礼儀正しく、笑顔だがリンは心からローズ夫人やミシェルたちに甘えなくなってしまった。
ミシェルはそんなリンが可愛そうで溺愛していた。
たしかに母親の身分は違うがミシェルはリンと自分たちに格差があるとはどうしても思えない。
愛されることは憐れまれていることだとインプットされてしまったリンはミシェルにも微妙な距離をとっていた。
大切にされればされるほど恩に報いなくてはならないという強迫観念がリンを支配していたのかもしれない。
「リンが負い目を感じる必要はない。そう言い聞かせてもリンは曖昧に笑うだけだ。父上が何度も冷たい言葉をかけるせいで」
宮廷でこんなことを相談できるのは近衛兵をしている、みんな大好きエロシェンコだけであった。
エロシェンコさんは硬派で優しいのでミシェルの悩みにも誠実に答える。
「弟君を想うミシェル様のお気持ちは伝わっていますよ。聡明な弟君が理解しないわけがないです」
「だといいのだが。私は所詮無力だ。リンをろくに助けられず、父上の非道を表沙汰に否定もできない」
宮廷で権謀術数なんてするより自分にはしたいことがあるのではないか。
このまま父の真似をしてシルバー家の覇権を守るだけの人生なんてむなしくて悲しすぎる。
そんな悩みを口にするとエロシェンコが周囲を見回して小声で告げた。
「堕天使の話はご存知ですか?」
「堕天使?たしか、高位の聖職者から金品を奪う悪童だろ?先日も慈善活動に行った司教が被害を受けた」
高位の聖職者と言えば聞えはよいが彼らの真の目的は買春であった。
貧民窟には身を売るしか生きる術がない少年少女が多い。
そういう子供を保護するふりして性欲を満たす聖職者はたくさんいる。
だが「堕天使」と恐れられる少年はそんな好色な聖職者から金品を強奪して貧民窟に消えてしまうという。
やましい目的が絡んでいるので聖職者たちも被害をおおやけにできずにいたが、身ぐるみを剥がされた変態司教が助けを求めて立ち上がったタイミングで馬車に轢かれてしまい大事故になったのだ。
司教は事故死だが間接的な原因は堕天使の追い剥ぎとされて貧民窟に捜索が入るらしい。
「堕天使は間違いなく死罪になる。慈善家を装った堕落した司教の死の責任をとらせれて」
「しかし、堕天使と呼ばれる子が罪を犯したのも事実だ。死罪でも文句は言えないと思うが?」
そう答えかけたミシェルに対してエロシェンコはつらそうに囁いた。
「堕天使はまだ子供です。それしか生きていく手段がなかった子を救うことなく処刑するは殺すと同じことです」
ミシェルは咄嗟に自分がしなければならないことが見えてきた。
まるで霞が晴れたかのように。
「捜索はいつ入る?」
「明日の正午とききました。堕天使は黒髪で、瞳の色は菫色。痩せた少年だと被害者は証言しております」
エロシェンコからの情報に礼を言うとミシェルはすぐに宮廷からシルバー家本邸に戻った。
お忍びで出掛ける用意をしているとリンが不思議そうに見つめている。
「ミシェル兄上。その格好は?可愛い男の子のところに行くのですか?」
リン・ケリー・シルバー当時12歳。
すでに兄上が美少年好きと理解してるお年頃である。
「どんなお家の子ですか?男娼の子ですか?」
「うーむ。これから会いに行くからわからないな。しかし、髪の毛はリンと同じ黒髪だぞ。瞳はスミレ色らしいが」
「そうなのですね。行ってらっしゃいませ」
可愛い弟に送り出されてミシェルは馬車を貧民窟まで走らせた。
果たして自分がすることが正しいのかはわからない。
だが、やれることをするだけだと思ったのだ。
間一髪で貧民窟の堕天使ことモモを救うとミシェルはシルバー家本邸に連れ帰った。
「ふーん。要はミシェルは貴族のクセに貴族社会が嫌いだけど貴族であることから逃げる勇気がない。そのジレンマの結果、俺を保護したのか?とんだ自己満足だな」
死罪寸前に救ってくれたミシェルに対してモモはズバリ指摘してくる。
ただ、少ない会話でミシェルの気持ちを理解しつつ自己満足と笑う姿は子供ながら只者ではない。
この子を救ったようで自分が救われたのではないかとミシェルが考えているとモモがテーブルにのっていた胡桃を投げてきた。
「おい!この男色のウジ虫!お前が何を考えて俺を拾ったかなんてどうでもいい!抱きたきゃ抱け!でも金よこせ。死罪を救った恩で無料で抱けるなんて考えてたら殺すぞ?」
モモは美しいが非常に辛辣で口が悪く、金銭授受には大変厳しくて、気が強く、なにより魅力的であった。
「モモ。あまり人に対して殺すぞとか言ってはいけないよ。私と違って傷つく人もいるからね」
「は?注意するとこそこかよ?お前ってやっぱ頭イカれてるな!気に入った!ミシェル!初回抱くときは金貨100枚な!」
「相場がわからないが承知した。モモ。これからよろしくたのむ」
こんな交渉があり、モモはミシェルの愛人となり、リンの勉強友達となった。
そして、新しく連れてこられたステフ、マックス、ヒナリザの世話をすることになる。
「ほら、3人組!ビビってないで着替えしろ!食事は用意されてる」
3人のなかで1番年長のヒナリザが緊張しながらも声をだした。
「モモ…さま。ミシェル様へのご恩に報いるためにはどうすれば?」
ビクビクしているヒナリザを見ながらモモは鼻で笑った。
「は?ご恩なんて感じるな。助けられたから恩返ししろなんてルールはこの世にない。憐れみに報いろなんて面倒なこと、少なくともミシェルは言わない」
そういうミシェルだからモモは出ていくこともなく傍にいるわけで、ステフたちも慕うのだ。
どちらが守られているのかお互いに分からないが、ミシェルとモモを結んでいる絆は憐れみや慈悲でも、お情けでもない。
では、何かと問われたらモモはニヤリとして「金貨!」と応えるだろう。
真の気持ちはお互いだけが分かればいいと思っている。
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