花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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書斎の思い出

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ラン・ヤスミカ家本邸には書斎が存在する。

そこには古い書物が膨大にあり、ユーリが生まれたラン・ヤスミカ家の家系図などもあったりする。

とても貴重な文献も多く、王宮がある都でも手に入らない蔵書の数々に嫁いできたばかりのリンは驚愕した。

「この書物!!遥か古の戦術が記されたものだ!なんで、ラン・ヤスミカ領に!?すでに現存してないと父上が言っていた!」

他にも貴重な資料が積まれた書斎にリンが興味津々でいると夫となったユーリが何気なく言った。

「リンは書物が好きなのか?うちの家族ってあんまり読書しないからな。好きなの読んでいいぞ」

そんなわけでリンは暇さえあれば本邸の書斎で読書している。

書物を読んでいるとユーリに嫁ぐ前…シルバー家本邸にいたときを思い出す。

リンは文字の読み書きや算術が幼い頃から得意で神童と家庭教師から絶賛された。

それで庶子の身分だが使い物になると判断されて父親であるシルバー家当主に英才教育されたのだ。

「シルバー家の子息ならば語学、数学、哲学、詩学、武術に戦術、礼儀作法…なんでも完璧で当たり前。庶子でも例外ではない」

幼いリンは毎日学業に追われ、遊ぶこともろくにできないまま成長する。

リンの母代わりであるシルバー家当主の正妻ローズはそんな状況を憂いていた。

「リンは遊び相手もいないでお勉強ばかり。少しは息抜きをさせないと疲れてしまうわ」

ローズ・マリー・シルバー夫人はリンの育ての母で実母を失っているリンをことのほか気遣っていた。

誰かリンの遊び友達になれるような子供はいないか考えていたシルバー夫人はちょうどいい子供を思い出した。

「そうだわ!ミシェルが連れてきたモモならリンと年頃も近いわ!」

このころモモは11歳でミシェルの愛人になったばかり。

訳ありだが非常に賢いと評判なのでシルバー夫人は息子のミシェルに頼んでモモをリンのお勉強友達にすることにした。

試しにシルバー夫人はリンとモモを書斎に連れ出して書物を見せたのだ。

「ほら。これは騎士の物語。こちらは魔法と妖精の物語よ。勉学だけでなく楽しい物語を読みなさい」

リンは素直にシルバー夫人が薦める騎士道物語を選んだが、モモは書斎を見回して言ったのだ。

「そんなの興味ない。物語なんて読んでも楽しくないから」

娯楽で読書する習慣がなかったモモは文字の読み書きなどはできるが夢みたいな物語なんてバカらしいと思っていた。

貧しく荒んだ暮らしのなかでは騎士道も魔法も意味がない夢物語だ。

寛大で聡明なシルバー夫人は反抗的なモモに優しく語った。

「たしかにおとぎ話でお腹はふくれない。でもねモモ。書物の物語は知識や知恵、そして冒険を教えてくれる。読みたいと思ったら読んでみて」

リンは騎士道物語に夢中だったがシルバー夫人の言葉が気になって訊いてみた。

「お義母様は冒険がお好きなのですか?」

血縁はないが実子同然のリンに問われ、シルバー夫人は微笑んだ。

「そう。少女の頃は冒険物語に憧れたものよ。船にのって神話の世界を旅して塔に閉じ込められた王子様を助けてお礼に宝物をもらって再び旅に出る」

「王子様と結婚するお話ではないのですか?」

「リン・ケリー!塔に拉致されて脱出もできない軟弱な王子様と結婚しても苦労するだけよ。財宝を根こそぎ貰うが最適解だわ」

ローズ・マリー・シルバー夫人のこの答えに今まで興味なさげだったモモは瞳を見開いた。

「シルバー夫人。今の物語…最後はどうなるんだ?」

質問するモモにシルバー夫人は1冊の書物を手渡した。

「それは読んでみればわかるわよ」

こうしてリンとモモは時間があるとシルバー夫人と3人で書斎で読書したり、話をすること習慣ができたのである。

そんなリンが15歳で嫁いだ先のラン・ヤスミカ家の書斎に興味を持つのは自明の理であった。

ユーリは書斎を愛用するリンの影響で改めて書物を読んでいたが、古い書物のなかに隠しされた小さな鍵を発見した。

「なんだこれ?どっかの部屋の鍵か?小さいから小箱とかの鍵?」

気になってリンに見せるとリンは書斎の奥の壁が普通と異なると指摘した。

「隠し扉の鍵かもです。壁が書棚に隠れてますがここだけ造りが違う」

好奇心に負けたユーリとリンは書斎の本棚を移動させるとワクワクしながら隠し扉を捜した。

すると壁の隅に小さな扉らしきものを発見したのだ。

「ユーリ!多分この扉の鍵ですよ!試しに開けてみましょう!」

「そうだな!隠し扉に隠し部屋なんて初めてだ!!財宝とかあったりして!?」

期待に胸をふくらませて鍵を開けると小部屋が存在した。

しかし、小部屋なかは財宝ではなくて更に書物が置かれていた。

「なんだ!単なる古い書物おきばかよ!」

少しガッカリするユーリの前でリンが小部屋の書物を確認すると大きな瞳をパチパチさせた。

「ユーリ。この書物…隠されて当然です。昔の当主の日記ですから」

「マジ!?じゃあ!何百年も前の当主の秘密が!?」

「はい。こちらは今から数百年前の手記です。えっと…大きな戦があったころかな?」

「あー!戦争でボロ負けしてうちが没落する原因になったときの!?ご先祖も辛かっただろうな」

リンと一緒にユーリは遥か昔の先祖の日記を読んでみたが思わず「えっ?」と首を傾げた。

「戦で敗れたのは屈辱だった。我が右手に封印されし漆黒のドラゴンが出できてくれず、同じく封印していた邪気眼も力を開放せず。14歳より私は漆黒の翼を宿した黒天使の申し子と信じていた。シルバー家より嫁いだ妻は私が黒天使の申し子だと知ると言葉を失い……って!俺のご先祖様!痛すぎるだろ!!?」

「14歳からなにかをこじらせていたようですね。これは封印ものですよ」

ユーリとリンは黒天使の申し子だったらしいラン・ヤスミカ家の何代も前の当主の黒歴史をひととおり読むと元通り封印した。

「シルバー家が縁戚関係をリンが来るまで絶ってた意味がわかった気がする」

「失礼ですが、当時シルバー家から嫁いだ妻は夫のあまりのこじらせてぶりに言葉を失ったのですね」

書斎からふたりが出るとミシェルとモモが手紙を読んでいた。

「ミシェル兄上、モモ。この手紙は?」

「ああ。リンとユーリ殿!都にいる母上が手紙をくれた。リンがユーリ殿と仲良くしているか心配している」

「お義母様は心配症ですね。ユーリとはこうして仲良くしているのに」

リンが微笑むとユーリは明るくあくまでも冗談で口に出してしまった。

「リン!俺は黒天使の申し子の子孫らしいから何があってもリンを護る!」

その言葉にリンは笑いながらユーリにキスをしたがすかさずモモが口を挟んだ。

「そういや、シルバー夫人…ミシェルとリン様のお母上も、わたくしは花の妖精ローズマリーの涙から生まれた花の乙女とか言ってたな。ガキに冗談言ってるにしては目がマジで返事に困った」

「モモ。母上は先代国王の妹姫の娘で立派な王室の出身だ。花の妖精とか乙女ではない。現国王の従姉妹で父上の正妻になる前はローズ姫と呼ばれていた」

ユーリはミシェルからシルバー夫人の出自を知って思った。

「国王の従姉妹という身分の貴女が花の妖精で乙女と真顔で子供に言う現実の方が黒天使より怖いな」

ちなみにその花の乙女であり国王の従姉妹にあたるローズ・マリー・シルバー夫人がモモに渡した夢と冒険の物語のオチは主人公が海賊になり、海の秘宝を手に入れ、その財力でイケメン奴隷でハーレムつくるという11歳のガキに読ませる内容ではなかった。

そして、ハーレムの女主人公が夜毎、イケメン奴隷とこれまたイケメン奴隷がセックスする姿を鑑賞するというラストにモモはシルバー夫人は絶対に貴腐人だと確信したのである。

モモはそんなミシェルの実母であるシルバー夫人のことが好きか嫌いかでいうと大好きであった。

リンはユーリと寄り添いながら「今度、お義母様に手紙を書かないと」と思っていた。

シルバー夫人はリンにとっては聡明で心優しい母代わりなのである。


end







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