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寿里~kotori ~

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道化師門

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「ちょっと顔かしてくれない?」

凛が休み時間にノートを確認していると珍しく多々良和希が教室にやって来た。

多々良のつかみどころない性格が不気味な凛は警戒したが、どこか様子が変である。

普段は飄々としている多々良が何やらモジモジしているのだ。

なにかしら厄介ごとに巻き込まれる予感がしたが多々良には十六夜と出逢わせてくれた恩があるので用件を訊こうと思った。

「なにかあるのかよ?」

試しに質問すると多々良はモジモジしながらもハッキリと用件を告げた。

「8才の男の子とデートするのに最適な場所って知ってる?」

「知ってるけどデートが聞き捨てならない」

凛がお巡りさんな気配を感じて追及していると久世が口を挟んできた。

「多々良はよく行く店にいる8才の子供に恋してアプローチ中だ。愛(まな)っていう男の子」

「アプローチじゃないよ。久世、愛も俺が好きって言った!」

しかし、8才の男の子の「好き」を持続させる為に今から外濠をかためておくのだと多々良は力を込めて言った。

こんなに何かに全力な多々良は初めてである。

8才の子供という事実が気になるが優しい凛は協力してやりたい。

なので8才でも喜びそうなデートスポットを教えた。

「あらかわ遊園!楽しいぞ」

凛と十六夜がデートして観覧車でキスした記念の場所でもある。

小さい子供なら十分に楽しめると思って凛は提案したが多々良は迷っているようだ。

「そこは川が近いだろ?川に愛が落ちて溺死する危険がある」

「それは考えすぎ!あそこで溺死はむしろ難しいから!」

凛が呆れて笑っていると久世が横から息を吐いた。

「加藤、川って場所は人の念や魂みたいな厄介者が転がってる。多々良が心配してるのはそこだ」

多々良和希が恋をした男の子、恋澄愛はどうやら不思議な感覚の持ち主のようだ。

愛を育てている恋澄の話では時々、何もない虚空をボーッと眺めている。

そして、偶然なのか愛が眺めていた方角から自殺者や事故死が出てくる。

屍肉屋の子供としてはこれ以上ない逸材だが虚空を視たあとに愛は怯えて泣いてしまう。

どうやら、愛には不慮の死人や故意の自殺や他殺を予知できる力が備わっている。

そういう特殊な力を有する子供は川や海、山など人の死が漂う場所に連れ出すと危険なのだ。

子供なので死者の気配に取り込まれてしまう恐れがある。

久世は多々良の希望で屍肉屋に子供を提供する際に適当に安価で売られてる子供を探した。

近衛凪史は咲を買う時に闇ルートで高値だがレア物の子供がいると情報を得て取引した。

咲は高値がつくだけあり美しい子供だったそうだが愛は可愛いが少し反応が鈍い子供なので安価だった。

だが、それは反応が鈍いではなくて愛には稀少な能力があり、精神年齢が追い付いてなかった。

今は無邪気で明るい子供に変わっているが8才にしては身体も雰囲気も幼く見える。

「つまり、その愛君が安全で楽しめる場所ならいいのか?」

「そういうこと。加藤、あらかわ遊園の他にわかるか?」

久世と多々良に見つめられて凛は少し考えたが浮かばない。

「ごめん。俺も詳しくないから。うちの近所に古河庭園があるけどお屋敷と庭だしな」

何気なく凛は言ったが久世が「それだ!」と手をたたいた。

「加藤!そこだよ!庭園なら安全だ!」

「本当に?あそこ池はあるけど単なる庭園だよ?」

特に8才が行ってもそこまで楽しくないと凛は思ったが多々良もその気になっている。

「ありがとう!古河庭園に愛を連れてく!」

礼を言って多々良は教室を出ていったが久世は凛を見てニヤリとした。

「十六夜とデートするには最高じゃないか?薔薇が見ごろだ」

「それって多々良と愛って子のデートを見守るの?」

庭園は狭いので隠れて尾行は難しいと凛が言おうとしたら久世がスマホで連絡している。

「十六夜?加藤が薔薇が綺麗な庭園でデートしたいって!」

フライングされた!?

最近の久世と十六夜は前よりお互いに良好な関係を築いていると凛が安心していたらフライングデートの報告をされたのだ。

久世は通話を切ると凛に笑顔で言った。

「勿論、東海道新幹線を運休させる勢いでOKだって。十六夜と薔薇を見ながらデートすれば新幹線は安全だ。鉄道の平和は加藤にかかってる」

これは、凛は古河庭園デートを十六夜としなければ東海道新幹線が運休する。

「いや、そんな大きな鉄質をとらなくても十六夜さんとならデートするし!」

凛は改めてスマホで十六夜に古河庭園デートをしたいと連絡した。

秒で「行くよ!」と返信が来たので地元の庭園デートである。

こうして、凛は十六夜と古河庭園デートをしつつ、多々良和希と恋澄愛を見守ることになった。

当日に凛は十六夜と待ち合わせて先に古河庭園に入った。

入園料は安くて財布に優しいデートである。

少し歩くと六義園があるが地元民である凛はほとんど行かない。

古河庭園だって近くにある滝野川図書館を利用するときに通る程度である。

古河庭園は元は明治時代の偉い人の別邸で、現在は薔薇を売りにしている。

庭園には洋館と薔薇園があり、5月とかに行くと観光客の二酸化炭素で薔薇も枯れる勢いであった。

薔薇アイスという好みが別れるアイスも特産品である。

十六夜は薔薇園を喜んで見ていた。

凛も凄く久々に訪れたが季節外れの古河庭園は比較的に閑散としていて落ち着く。

「ここのお屋敷って喫茶室もあるんですよ。昔、俺の母親が入ったら紅茶がリプトンの普通のティーパックで800円取られた」

「小さなお屋敷なうえにぼったくり庭園だね!」

凛は小さい頃にここで遊んでて洋館に無断で入ろうとしたらスタッフから「失せろ」と言われた過去があるので古河庭園にあまり良い思い出がない。

十六夜は立派な豪邸に暮らしてくるせいか古河庭園を見ても感動もしてない。

薔薇に飽きたので日本庭園に移動したら多々良と小さな男の子を目撃した。

いつの間にか庭園にいたのか!

愛という男の子は遠目から見ても小柄で幼く見える。

多々良と御池を見ているが何か目の焦点が合ってないような気がする。

凛は愛が池に落ちないか心配だったが十六夜が笑顔で言った。

「可愛い子だね!あれは千里眼の持ち主だよ」

「千里眼?未来予知とかの?」

凛が首をひねると十六夜が愛の様子を見ながら教えてくれた。

「あの子は池を視ていない。未来を視てる。夢中になってるから余程気になる未来なんだね」

そんな力があんな小さな子にあるのか凛は半信半疑だったが御池を視ていた愛は突然、凛の方を向いて走り出した。

「うわ!なんか走ってくる!?」

「凛、何か重大な事かもだから」

愛が走り出したので当然、多々良にバレたというか最初からバレていた。

「久世が知らせてくれた。愛、御池で何を視たの?」

多々良に優しく促されて愛は凛をじっと見つめるとハッキリと通告した。

「くだける!からだ!!」

随分と不吉な未来予知で凛はなんとなく怖くなった。

不慮の自殺で死ぬとかそういう予言かと思ったら愛は笑顔で言ったのだ。

「おにーちゃんの隣のおにーちゃん!!」

咄嗟に凛は息を呑んだ。

十六夜が何か危険な目にあるのか?

もし、そうなら護らないとダメだと凛が誓った瞬間に愛が未来の続きを朗らかに語った。

「おにーちゃんとおにーちゃんがお布団で重なってて!!綺麗なおにーちゃんがそう言うの!!恋さんと供寿みたいに!」

えっ?

つまり、愛は近いうちに凛と十六夜がベッドで重なって、十六夜が「くだける!身体が!」と喘ぐ未来が視えるらしい。

そんなプライベートまで未来予知できるなんて恐ろしい子!!と凛が驚愕していたら多々良がクスクス笑って愛を抱きしめた。

「愛!人様の願望を覗いたらダメだよ」

「願望!?なに!今のは十六夜さんの願望かよ!」

急に安心して腰がくだけた凛に十六夜が微笑んで言ったのだ。

「スゴいね!この子は!僕のおさえきれない性欲を肉眼で視たんだ!感受性が人間離れしてる!」

要するに十六夜は古河庭園で凛を見ながらエロい妄想を膨らませて、それを愛が鋭く感知した。

恐らくは千里眼とは、この凄まじい感受性であり、人間の死の気配を察するのも感知した映像が視覚で映るからだ。

凄い才能だが凛としては恋人の性欲丸出しに触れて複雑だ。

清らかに薔薇を眺めてた十六夜が内心では凛とのエロい妄想をしてたなんて知りなくない。

でも、そういう特殊な力なら怒る訳にもいかないし、十六夜の身体を砕くほどのセックスを凛は十六夜に求められてることになる。

「和希さん!あっちでアイスたべる!」

愛はもう御池での感知能力を忘れたように多々良の腕を引っ張っている。

「ハイハイ!愛、そういうものが視えても無視でいいよ!」

多々良と手を繋いで愛は凛と十六夜にバイバイすると行ってしまった。

残された凛はかなり気まずい。

でも、十六夜は平然としている。

8才に自分のエロ妄想を覗かれたのに!

「可愛い子だったね。凛、僕たちも薔薇アイス食べようよ?」

にこにこしている十六夜に凛は小さな声で宣言した。

「いつか身体がくだけるくらいアンタをめちゃくちゃにしてやる。十六夜」

そう言って歩きだそうとした凛の耳元で十六夜は囁いた。

「もう、なってるよ。凛と一緒にいるだけで全身くだけそうにドキドキする」

それを聴いた凛の理性が軽快な調子でプッツンした。

凛は十六夜の腕を掴むと庭園の道化師門まで連れていき近くの倉庫に入り、戸を閉めて、鍵も内側から施錠した。

鍵は子供の頃に洋館のスタッフからもらった。

「失せろ」と言われてトボトボと母親の元に戻る途中でズボンのポケットが重くなっていた。

今日、久々に庭園に来てどこの鍵かと思ったら道化師門の倉庫の内鍵だったのだ。

十六夜を床に押し倒して凛が重なった。

そうして、小さな倉庫で凛は何度も十六夜の名前を呼んでなかに入った。

多々良和希は薔薇アイスを食べながら道化師門の方を見ていた。

そんな門は実在しない。

凛が幼い頃にもらった鍵によって開いた異世界である。

恐らくは閉園しても2人は眠っている。

仲良く手を握りあって重なりあって。

「愛……暗くなってきたら、さっきのお兄さんたちを起こしにいこうか」

薔薇アイスが微妙でしょんぼりしてた愛はパァっと笑顔になった。

「愛も和希さんとかさなりたい!」

琥珀色の大きな瞳がキラキラしていて愛は絶妙に可愛かった。

多々良は生まれて初めてドキドキするという体験をしたが愛にけどられぬように笑った。

「愛がもう少し大きくなったらね」

それでも俺はこの姿だと多々良は屍食鬼として生まれたことを呪った。

この子が死んだら、屍肉を絶って存在を消そう。

愛の笑顔を見つめながら多々良はようやく自分の最後を決めた。

早いもので日が暮れ始めた。

道化師門が閉まる前に多々良は愛の手を引いて再び庭園の奥へと消えていった。

end


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