寿里~kotori ~

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泪・ナミダ

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「人のきもちが理解できなくて辛いんです」

静かで澄んだ青年の声が電話越しに聴こえ私は見えないけれど相槌をうった。

私が働くのは何かの理由で心が傷ついてしまった人のカウンセリングを電話で行う相談所

(こもれびカウンセリング)

心理カウンセラーで臨床心理士でもある私は大学卒業後に個人経営の心療内科に数年勤めたあと、この電話カウンセリング専門のこもれびカウンセリングに転職した。

転職にたいしたキッカケはない

ただ勤めていたクリニックの院長との不倫がバレて居づらくなり辞めただけだ。

私は独身だが院長には妻子があり、私は遊びのつもりでいたが院長が妻と別れるとかほざきだし面倒になったのもある。同性愛者が異性と結婚して家庭を築くのは勝手だが浮気するなら相手はあくまで性欲のはけ口と割りきってほしい。私が思うより院長は頭が悪かったようだ。

もう二度と同じ職場の男と関係は持つまいと肝に命じ新たな職場で特に波風たてず仕事をしていた私の耳に彼の声が暴風の後の塵ひとつない澄んだ涼風のように心地よく響いた。

(あっ、ヤバいな惚れる)

心がそう警鐘を鳴らしたが動揺がさとられぬよう私は声の主に長年のカウンセリングで染みついた相手を安心させる穏やかな声音でカウンセリングを開始した。

「人のきもちが理解できず苦しいのですね?さしつかえなければ何故そう思うのか話していただけませんか?」

私の質問に声の主は先程より震えた声で語りはじめたので私は一切口をはさまず時おり(なるほど)とか(はい・・・)など貴方の話を真剣に受けとめていますのていを装い、その澄んだ寂しげな声の持ち主に想いを馳せた。

「ありがとうございます。いま伺ったお話ですと小さい頃から自覚はないのに薄情と非難される、社会人になってますます責められることが増えたが御自身では何が悪いのかわからず非常にお辛い・・・とても苦しいですね・・・御自身が苦しんでいることを責められるのは」

「はい・・・上司や恋人からも人の立場になって考えろと責められますが僕は僕なんだから抽象的なこと言われても凄く困るんです。皆を不愉快にしたい訳でもないのに気がつくと僕を非難してみんないなくなる・・・もう、こんな自分なんか消えた方がいいって考えが最近離れなくて」

話を聞いた限り相談者は理解できない代わりに必死にみんなの言葉を素直に受けとり理解しようと努力してきたのがわかる。

相談は酷い自己嫌悪で軽く抑鬱状態に入っている可能性もあるがキチンと順序正しく説明している様子と幼少期からの他人との共感性の乏しさをふまえて考えると、この相談者には先天性の脳のアンバランス・・・つまりADHD、ASDなどの自閉症スペクトラムの傾向が診られると私は密かに結論づけた。

しかし、それはあくまでも私の個人的見解であり徒に相談者にその可能性を示唆するのは危険だ。

あの手の傾向を持つ人間とそうではない人間を見分けるのは容易ではなく線引きが困難で誤診もあとを絶たない。そのため抑鬱状態に的を絞り、悩みが原因と思われる食欲減退、もしくは過食、睡眠障害や飲酒量の増大などの有無をヤンワリ質問したら相談者は不意に穏やかな声で返事をよこした。

「いきなり失礼ですが貴方の声は優しいですね。人にそんな風に心配してもらえるなんていつぶりだろう・・・」

「ありがとうございます。不躾ですがSさんのお声もとても素敵ですよ。声がキレイだとよく誉められませんか?」

「そんな・・・僕を誉める人なんてほとんどいません。嬉しいです、こんな僕を誉めてくれて・・・体調は特に悪くないのですが過去に非難された言葉を不意に思い出すと涙がでそうになります」

フラッシュバックだなと私は納得しつつ体調に異変がないことにひとまず安心するとカウンセリング終了時間が近づいたので最後にこう伝えた。

「これは私のSさんへの言葉と思ってください。貴方は御自身が非難されてしまうことに真剣に悩みここに相談の予約をなさいました。料金も安くはないですし電話代も自己負担です。そこまで誠実に周りの非難と向き合おうとしてるSさんは決して薄情ではないと思います。今まで心ない言葉に傷ついても立ち上がってきた貴方を私は心から尊敬します。だから・・・もう、無理をしないでください」

それだけ伝えると電話の向こうから微かに鼻をすする音が聴こえ少し間があってから言葉が返ってきた。

「そう慰めてくれて話を聞いてくれただけで凄く気分が楽になりました。なんとか、また前を向いていけそうです。本当にありがとうございます。貴方も無理をしないでください。悩みのアドバイスをしてくれた声が優しいのに泣きたいのを我慢してるように感じたので・・・すみません余計なことを」

「お気になさらないでください。ほら、やはりSさんは薄情じゃありません。また、何かあればご相談ください。それでは・・・失礼いたします」

お互いに別れの挨拶を交わして通話が終わった・・・

何となく個室から出て外の空気を吸おうとドアを開けたときちょうど鉢合わせた同僚と目があい何故かギョッと叫ばれた。

「佐々くん!?どうしたの?何かトラブル!?」

心配そうに見詰める同僚の声でようやく私は両目から涙を盛大に流していることに気がつき慌ててぬぐったが涙はとめどなく溢れでてきて止まらず遂にはその場でしゃがみこんでしまった。

同僚はそんな私をいたわるように見ると子供を慰めるように柔らかい声音で口を開いた。

「佐々くん・・・ようやく泣けたね。よかった、ずっと我慢してるようで心配だったよ」

「私は・・・心配されるような人間じゃないです。偉そうに人様をカウンセリングできる資格もない」

「それは佐々くんだけじゃない私も皆同じだよ。でもさ・・・傷つく痛みも知らない人間はカウンセラー失格だと思う。あと、傷つける痛みを誰よりも知ってるのが私たちなんだよ。今日は他に指定予約ないなら帰りなよ。所長には言っとくから」

同僚に言われたとおり私は目を真っ赤にしながら帰り支度をして相談所の入ったビルを出て真っ先にある番号に電話をかけた。

数コールで繋がりどちらも沈黙していたら電話越しに子供の声が聴こえた。

「パパーお電話!?」

「ダメよパパの邪魔しちゃ!ママのところに来なさい」


幸せな声を聴いた私は何も話さない相手に向かってなんとか告げた。

「御家族を大事にしてください。お元気で」

それだけ言って切るとまた涙が溢れそうになったがそのままにして黙々と家路へと急いだ。

それ以後、あの澄んだ声音の相談者から相談がくることはなく私は今日もカウンセラーとして電話越しで悩める人、傷ついた人の心に寄り添い続ける。

いつかまた私は恋をするだろう

それまで何人の相談者に出逢えるのか・・・その人達の微力ながら力になるために私は今日も電話越しに語りかける。

(こちら、こもれびカウンセリングです。カウンセリングは佐々が担当させていただきます)


end
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