上 下
2 / 6

檻、見つけた感情

しおりを挟む
私の一族は芸術商で、代々偉大な芸術家を生み出してきた。
父母も多大な才能に恵まれた人だった。
その2人の間に私は生まれた。
両親は代々の祖先と同じように、私に芸術の才能を見出だそうとした。
しかし、私には大した才能がなかった。
それどころか、最悪とも呼べる欠陥を持って私は生まれ落ちた。

過剰性スタンダール病。

スタンダール症候群を聞いたことはあるだろうか。
これは、美術館で目眩や吐き気を感じる症状で、原理としては自分よりも大きいものをずっと見上げる体勢により気分が悪くなることをいう。
もともとは病気ではなく一時的な現象の筈が、何故か私は生まれながらにしてこの症状を持っていた。
私は何度も一族の期待に応えようと努力した。
しかし、何度やっても駄目なのだ。
まるで何かの暗示の様に、絵を見ると気分が悪くなる。
胃の中身がひっくり返り、血は逆さまに流れ、皮膚の下を百足が這う様な感覚に襲われた。

徐々に私は一族始まって以来の汚点となり、母は私を憎み、父は私を避けた。私は自閉的になり、感情の表現が欠落した。

私の唯一の味方は、私が生まれた時からつけられた侍従だった。2才しか変わらない彼女はいつも私を励まし、慰め、そして病気を克服できる様に手を貸してくれた。
一族からの酷い扱いも、私は彼女のお陰で耐えられた。
私は落ちこぼれの存在がばれて一族の名が恥じることを防ぐため、敷地から外に出して貰えなかったから、彼女の話を聞くことでしか外の世界を知り得なかった。彼女はそんな私に同情してくれたが、私には彼女の口から語られる世界で充分だった。

そんな無知で細やかな生活が続くと思っていた。

ここまで繁栄を遂げた一族に恥を残してはいけない。
遂に、一族は私にその決断を下した。
町の住人達が、いつまでも現れない一族の跡取り娘の存在に、あること無いこと囁き始めたからだ。
私は身代わりを経て売られることになった。
そして、私の身代わりになったのは、彼女だった。
彼女は家系血を継いでいないにも関わらず、私と違って多大な才能に溢れていた。
不思議なことに、恐怖や怒りはなかった。
私は生まれ落ちた時から、私にも、私の人生にも期待をしていなかったから。
それに、身代わりが彼女なら許せると思った。

静かで暗い夜に、私は売られた。
その日が月の無い夜だということを、私は後になって知った。当時はまだ月という存在を知らなかった。
私は敷地の裏ある脇道から買い取り人に引き渡された。
長も父母も見送りには来なかったが、彼女はいた。
彼女は終始俯いていた。
私は彼女と言葉を交わすことなく、荷馬車に乗り込んだ。
「...それでは、お元気で。」
最後にそう言って私は目を反らした。
突然、辺りに高らかな笑い声が響き渡った。
「あはっ!あはははぁ!」
私は耳を疑った。
笑い声は彼女の口から発せられていたからだ。
彼女は一頻り笑うと、私の襟を掴み、乱暴に顔を引き寄せて言った。
「ありがとうございます、お嬢様ァ!私、やっと、貴方みたいなパン屑の世話から解放されるのね!ふふ..!」
私が困惑したままでいると、畳み掛けるように彼女は言った
「...,あら、まだわからないの?貴方を売るよう族長にいったのは私でしてよ?ふふっ、貴方は一人娘ですし...代わりの私は時期当主で、人生花道ですわァ!」
そこでようやく私は事の顛末を悟った。
私の混乱とは裏腹に、荷馬車は動き始めた。
「それでは、ご機嫌ようお嬢様♪またお会い出来たらいいですわね...生きていたら。」
遠ざかる彼女は富と至福に溺れた顔をしていた。
私は初めて自分に芽生えた感情を自覚した。
復讐だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

声劇台本置き場

ツムギ
キャラ文芸
望本(もちもと)ツムギが作成したフリーの声劇台本を投稿する場所になります。使用報告は要りませんが、使用の際には、作者の名前を出して頂けたら嬉しいです。 台本は人数ごとで分けました。比率は男:女の順で記載しています。キャラクターの性別を変更しなければ、演じる方の声は男女問いません。詳細は本編内の上部に記載しており、登場人物、上演時間、あらすじなどを記載してあります。 詳しい注意事項に付きましては、【ご利用の際について】を一読して頂ければと思います。(書いてる内容は正直変わりません)

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

激熱 名作討論部

ビッグバン
キャラ文芸
ここは田舎町のとある学校。田舎町に引っ越してきた主人公奥田 祐朔は美少女に騙され、変人だらけの部活名作部に強引に入部させられてしまう。・・・「桃太郎ってただの侵略者じゃない」、「ジャックの豆の木のジャックって馬鹿な上に犯罪者でしょ」...桃太郎、、ジャックと豆の木、シンデレラ、こうして、数々の名作の疑問にツッコミ続ける名作部の活動が始まった。

“やさしい”お仕置き

ロアケーキ
大衆娯楽
“やさしさ”とは人それぞれです。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

処理中です...